わが友ホロゴン・わが夢タンバール

59.12 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」12 そのまま、人生、という感じ


夕食後もまだセザンヌを眺めています。
どうしてこんなに隅々までのっぴきならないほどに緊密に、
だけどもゆったりと描くことができたのでしょうね。
緊密なんだけど、ちっとも窮屈ではない。
構図のよい絵はどっさりあります。
でも、なんだかいかにも絵じみて、
心にぐっと食い込んでくるあたたかさ、リアリティがないことが多い。
セザンヌにもそんな絵はどっさりあります。
私は、セザンヌの塗り残しの絵って、あんまり好きじゃありません。
いかにも絵ですよ、これは、と、無理矢理気づかされている感じがするからです。
そのあたり、水墨画の塗り残しとは趣きが違うようです。
完全に塗り込める油絵という常識が邪魔をしているのでしょうか?
問題はどうやら構図ではなくて、生命感にありそうです。
セザンヌの2枚、生きているのです。
トランプの絵、どちらかが今にも札を1枚卓上に投げ出しそうな気配。
生命感は空気感にもつながります。
卓上の玉葱、切れば、涙が出てしまいそう。
写真にも、この同じもの、生命感と空気感が欲しいですね。
どうすれば、それが得られるのか、私には分かりません。
これぞ写真でございと言わんばかりに写真的な雰囲気の写真は少なくありません。
でも、カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛の作品にはこれがない。
そのまま、人生、という感じ。
いつかそんな感じの写真、撮ってみたいな。

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by Hologon158 | 2009-03-31 21:02 | ホロゴンドラマ | Comments(0)