わが友ホロゴン・わが夢タンバール

100.29 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」29 好い加減で悪かったね

ボルヘスは、詩人コウルリッジの言葉を教えてくれます、

   ある男が夢の中で楽園を通りすぎる。
   男はその魂がたしかにそこに行ったというしるしに、一本の花を授けられる。
   男は目を醒まして、手の中にそれを見る。
   ああ、もしそんなことが起こったとしたら!
   そのあと男はどうするだろう?

深層心理学も精神病理学もない時代の男であれば、
その後、楽園の存在をしっかりと信じて、幸せの生涯を送ったことでしょう。
でも、現代の虚構と欺瞞のただ中に生きる男なら、そう簡単にことはおさまりません。
誰かが、眠っている男の手に花を握らせて、
催眠術でその夢を見るように吹き込んだかも知れない。
自分で花を握って寝てしまい、その花の感触がそんな夢を男に見させたのかもしれない。
花を握って目が覚めたという夢を見ただけなのかも知れない。
今なお、男は夢を見続けて、そんな言葉を書き付けただけなのかも知れない。
夢は夢であって、現実世界とは無関係、花は花であって、夢とは無関係、
そんな考え方もできます。
こんな風にして、解釈の可能性は果てしなく、続きます。
そんな時代に生きる人間は、複眼どころか、
多眼的思考ができなければならないのかも知れません。
で、あんたならどうする、ですか?
私の場合は簡単です、
その瞬間にどう感じたか?
それで決まり。
私は、自分の感情、行動のことで、あれこれ思い悩むことはしないのです。
直感ですべてを決定します。
それでやってこれました。
失敗しないか、ですって?
失敗しますとも、いっぱいしました。
でも、自分が決断したんだから、後悔はしない。
後悔しても、次の瞬間には忘れる。
後悔して、どうにかなるのであれば、激しく後悔するでしょう。
でも、どうにもならないのであれば、それは私の生きる条件、前提。
その条件、前提の下で、次ぎにどうするか、考える。
一度失敗したら、二度としないか?
しますとも、幾度でもくり返して。
失敗しないでおこうと、失敗体験をいつまでも覚えておく、
そのしんどさを考えると、忘れてしまって、また失敗する方がずっと楽。
つまり、好い加減な人間なのですね。
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by Hologon158 | 2009-08-16 21:31 | ホロゴンデイ | Comments(0)