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190.20 ホロゴンデイ57「2010年10月9日葛城古道はやまぬ雨に暗く沈み」20 ご苦労様


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前人未踏のオリンピック3連覇を成し遂げた柔道の野村忠宏選手が、
    オリンピック出場を賭けて講道館杯選手権に出場し、
    2回戦であえなく敗退したというニュースが先頃ありました。
    十数年間もの長きにわたって、世界に君臨した覇者も、
    年には勝てないというのは悲しいですね。

そこで、考えたのは、宮本武蔵のことでした。
    生涯にわたり60度ほども勝負をして、ついに生き延びたというのは、
    どういうことなのでしょうか?
    剣術と柔道は違うのでしょうか?
    そんなことはないはず。
1996年アトランタオリンピックで金メダルをとったときのシーンを思い出します。
    (今と違い、当時はまだテレビを見ていたのです)
    その電撃のような、切り替えしの信じがたいほどのスピードにしびれました。
    いにしえの武芸者だ、そう思いました。

武蔵もそうだったに違いありません。
    あんな風に、信じがたいスピードで、
    対戦者の予測を超えた動きを見せたのでしょう。
    真剣勝負だと、自分がどんな風に斬られたか、
    まったく気づかないで死んでいったに違いありません。
両者ともそこまで、鍛錬し、秘伝の技を会得したのでしょう。
    武蔵が最後の勝負をしたのは、何歳の頃でしょうか?
    現在の野村選手よりもずっと年を取っていたにちがいありません。
    でも、負けなかった。

なぜでしょうか?
    武芸という武芸にいっさい通じていない私ですから、
    ここは頭だけで考えています。
    きっと的外れなのでしょう。

2つのファクターがあるように思います。
一つは、生死にかかわるか否か。
    武蔵は、真剣勝負を戦うことが多かったはず。
    負ければ死ぬのです。
    自ずと、修行の志そのものが違っていたはず。
もう一つは、情報。
    武蔵の対戦者は、武蔵の立ち合いを自分の目で目撃したことはなかったはず。
    それは、逆に、武蔵にも言えます。
    それだけ、お互いに、いかなる敵のいかなる不意打ちに対しても、
    対応できるような心構えと準備が必要だったことでしょう。
ところが、現代は違います。
    互いに、対戦者の手口をビデオで研究に研究を重ねて知り尽くし、
    その裏をかくための練習をすることができます。
    野村選手のスピードは、たちまち各国選手の模範となり、
    このスピードを超える努力を重ねた選手たちが野村選手に向かってきたのです。
    こんな風に考えますと、野村選手の3連覇は、信じがたいほどの超人的偉業なのです。
    でも、いつかは、彼を超えるものが出現する、これは避けがたいことでした。

では、そんな野村選手は武蔵を超えた武芸者でしょうか?
    こんな風に比較することが無理ですね。
    対戦者たちが武蔵について情報がないままに対戦を余儀なくされたとしても、
    それはお互い様です。
    対戦者たちも、生涯をかけて、武芸に精進し、
    さまざまな対戦を勝ち抜いてきた、ひとかどの武芸者たちだったはず。
    武蔵は、どんなに才能に満ち経験を積んだ敵にも打ち勝つための努力をし、
    それに成功し、生き延びたのです。

侍の時代には侍の生きざまがあり、
現代には、現代の勇者の生きざまがあるのでしょう。
    オリンピック4連覇に挑んだ野村選手の意気に感じ、
    ご苦労様、そう言いたいですね。
by Hologon158 | 2010-11-27 23:05 | ホロゴンデイ | Comments(0)