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212.13 ホロゴンデイ63「2010年1月23日 秀吉の故地、滋賀長浜は雨だった」13 袋に入らない

           [Rara Avis展ご案内は、1月17日ホロゴンニュースをご覧ください]


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中国古代のお話です。
戦国時代の趙という国の貴公子、平原君、
外交任務を帯びて、別の公国を訪問することになりました。
貴公子は、たくさんの居候たち(食客)を抱えていました。
その食客の一人やってきて、言いました、
「私を連れていっていただきませんか?」
貴公子は苦い顔で、
「君は長い間私のところで無駄飯を食ってきたが、
その間、私のためになにもしなかったね。
優れた人間なら、錐のように、袋に入れられたら、
切っ先が袋を破るものだよ」
すると、男はたじろぎもせず、しれっと、
「だから、このたび、袋に入れていただきたいのですよ」
男が見事外交交渉をとりまとめたことは言うまでもありません。

ここで、私が思うに、この男の生き方って、魅力的ではありませんか?
なにがなんでも、やたらと袋に入り込んで、
鈍い切っ先でぶすぶすと袋を無理矢理破りたがる人間が多い中で、
必要がなければ、袋に入らない、
だけど、本当に必要があれば、袋に入る、
そんな人間が本当に生きているのかも知れません。

私がそんな人間として生きようとしてきたわけではありませんが、
こと写真に関しては、そうでした。
30数年間、土曜写真家をたゆまず続けてきたのに、
まったく上達もせず、名前も知られず、
自分の撮りたいものだけを自分のために撮り続けてきました。
後悔はありません。

人に知られようと思えば、人が高く評価する写真を撮らなければなりません。
そのためには、私には、今とまったく異なる精進、修練、努力が必要でしょう。
写真家になりたい、先生と呼ばれたいとがんばる人を否定するつもりはありません。
でも、結局は、人のために写真を撮ることになってしまいます。

自分がどう思うか、だけではなく、
人がどう思うかを絶えず考えながら、写真を撮るなんて面倒。

袋の中に入らないで、自分のためだけにやりたいことをする人生を送る、
これは心安らかに人生を楽しめる最上の方法なのではないでしょうか?
by Hologon158 | 2011-02-15 00:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)