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224.17 ホロゴンデイ67「2005年7月9日奈良小房町は風鈴祭だった」17-完-見込み違い



今朝、日経朝刊で、9.11事件当時のニューヨーク市復興を指揮した、
ジュリアーニ市長のアドバイスが掲載されていました。

経験者でないと言えない貴重なアドバイス。

被害を直接受けなかった人間は、
被害者と一緒になって悲嘆と無気力に沈んではならない、
ただちにふつうの生活を開始するのが、復興の第一歩である。

復興のための作業の指揮系統は一本にし、
情報を共通にし、かつ公開する。
9.11の場合、市長が総指揮をとり、
記者会見には、知事をはじめとする関係者を並べ、
どんな質問にも即答できるようにしたということです。

いくつかの記事はそろって、菅首相の指揮ぶりに疑問を呈しています。
報告をもってゆくと、たいてい、罵声を浴びせられ、
「そんなことを俺のところに持ってくるな」と怒鳴られ、
報告をすることに意味が感じられない。

各種委員会が乱立し、指揮系統がバラバラで、
委員たち自身、どんな機能を果たせるか、皆目不明。
すべてが思いつきで動いているようです。

官僚機構を最初に敵に回してしまった民主党政権が、
未体験、未曾有の災害でさらに行動不能に陥っている様子が明らかです。

菅首相が福島県知事に会いに行ったときのことも取りざたされています。

突っ立ったままの知事に近づいた首相、
腰に両手をあてがったまま、お辞儀をしたようです。

ふつうは、だれもそんな姿勢でお辞儀をしませんね。
いわば陣中見舞いに行くのです。
そんなときなら、なおさら、そんな姿勢でお辞儀はしませんね。

日本社会というのは、上下関係でできあがっています。
そのことを考えると、首相の姿勢が理解できそうです。

彼は、こう予定していたのです。
わざわざ一国の総理がお見舞いにいってやるのだ。
知事が平身低頭、恐縮して、自分からすり寄ってくる、
それを総理が上から、まあまあ、よくがんばってるねと、
鷹揚に受け止めてあげよう。
総理の威厳をしっかりと示そう。

ところが、案に相違して、知事は、昂然と突っ立ったまま、
自分から近づく羽目に陥ってしまった。
勘が狂うじゃないか!

知事は知事で、一向に進捗しない復興への道に業を煮やし、
首相はきっと謝罪してくれるだろうと、動かず待ち受けています。

勢い、首相の方から挨拶をさせられる羽目になって、
お辞儀をせざるを得ない、でも、大きく構えたい、
その相反する感情のせめぎ合いがこんな姿勢を取らせてしまった。

誠実な心があれば、こんなぶざまな挨拶などする筈がない。
福島県知事と県民のみなさんのご苦労を真摯にねぎらい、
復興への道が遅々として進まないことを陳謝する気持ちがあれば、
首相であればこそ、自分から駆け寄って、手を握り、
肩を抱き、顔を寄せて、心からの言葉をほとばしらせるのが、
本来の人間の姿ではありませんか?

首相になった直後の各国首脳会談で、当惑顔で、
歓談する首脳たちの脇をうろちょろしていた姿を思いだします。

この人は、なんだか器が小さすぎる。
人の上に立つ人ではない感じがします。


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by Hologon158 | 2011-04-27 20:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)