わが友ホロゴン・わが夢タンバール

292.07 ホロゴンデイ79「2007年1月6日新年近江八幡詣で濡れに濡れ」7 日本はどこに?



カール・セーガンの「悪霊にさいなまれる世界」(早川文庫)
おもしろいですね。
様々なエッセイを集めたもののようですが、
非常に啓発的です。

セーガンは、アメリカ人の科学知識と好奇心の欠如を嘆いています。
その一例が傑作。

    「アメリカ人の42パーセントが、日本がどこにあるか知らない」

どこかでも読みました。
アメリカ人のほとんどが、
日本と戦争したことなど知らないのだそうです。

まさか、とお考えでしょう。
でも、それが事実なのです。
日本でも、ほとんどそれに近いのではないかかという気がします。

その理由は、自分で学ばない限り、
基本的な知識を蓄えるチャンスがほとんどないからです。

学校は、受験教室と同然で、
受験に役立つ知識を教えるメカニズムと化して、
知的好奇心を植え付ける役割は果たしていません。

学校で得た知識は、
受験をしない人には無縁であり、
受験した人も試験が終われば、忘れ去ってしまいます。

もともと学校は知識を得るところではありません。
学校で教え込むことができるのはほんのひとかけら。
あとは、自分で手に入れなくてはなりません。
学校は、本来は、知的好奇心を育てるところなのです。

でも、学校がその仕事をしないのであれば、
人間は、自分で知的好奇心を育て、成長させなければなりません。

私は、もともと学校が大嫌い、
だけど、好奇心の旺盛な人間でした。
高校まではさぼりもせず、まともに真面目に勉強して、
大学に入りましたが、
その後は、ほとんど授業にも出ず、
自分が知りたいことは自分で調べ、
月間20冊から40冊の本を読みふけりました。
国家試験もすべて完全独学で通しました。

こんな独学独習の習慣が、
私を自分の頭で考える人間にしてくれたと考えています。

この習慣の利点は、
どんな難問にぶつかっても、まず参考文献を、とは考えない。
ただちに自分の頭で考え始めることができる。

文献参照はその後でよい、そう私は考えます。
なにも考えないで、文献ばかり探しますと、
先例重視、先学重視の姿勢に傾いてしまいます。

でも、難問のほとんどが、文献のないエリアで起こります。
だから、難問なのです。
つまり、文献はほとんど役に立たない。

結局、勝負の決め所は、
自分の頭で、その場でただちに、考え通せるかどうか?
そうではないでしょうか?



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by hologon158 | 2012-01-06 21:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)