わが友ホロゴン・わが夢タンバール

392.10 ホロゴンデイ95「2005年12月11日 京都烏丸界隈でロボグラフィ三昧」10 しかたがないのです



前回のように考えると、
独創的な創造をする人間が、並の人間とかなり違うことは明らかです。
サラリーマンの思考法しかできない人間にアートなどできるわけがない。

偉大なアーチストたちはどこか常人と違って当然なのです。
でも、常人と違うから、アーチストになれるか?
そう問うと、そうじゃないことは明らかですね。

   独創的な思考、精神の持ち主が、
   とくにその人にふさわしい芸術と出会い、
   その芸術に必要なさまざまな条件を満たしたときにだけ、
   アートが生まれてくるのでしょう。

縄文人だって、誰もが芸術家だったとは思えません。
子供たちも独創的です。
しかたがないのです。
全部自分で見つけ出さなければならないのですから。
赤ん坊時代、親が教えられるものはほとんどありません。
すべて自分で見つけなければなりません。

久しぶりに孫という赤ん坊と付き合って、それが分かります。
ハイハイの仕方から立ち上がって二足歩行をする、
全部自分で実行するのです。

孫は、まだ1歳になっていませんが、
普通にスタスタ歩き、走ります。
家には15センチの段差がありますが、
どこにもつかまらずに、すいすい上り下りをしています。

なんでも突然投げ飛ばします。
携帯を奪い取られると、もう悲劇ですね。

   まず、べろべろとなめて、かぶりつき、
   次は、細い指を器用に飛ばして、スマートフォンを操作し、
   目にも止まらぬスピードでソフトを次々とチェンジし、
   ママの携帯の登録電話を消してしまったそうです。
   その後、突然、投げ飛ばします。

円盤状のオモチャを回転させながら空中を飛ばし、
着地後も回転を保ちたい、そんな大それた目標があります。

   まず床で手を添えて回転させる作業を繰り返し、
   それから立ち上がって、手首にスナップを効かせながら、
   円盤を空中に投げるのです。
   でも、くりっと回転して落ちてしまいます
   また、床で円盤を回転させるところから、練習を再開。

1歳ならずして、もうそんな遊びを自分で考案して、練習するのです。

小学校、中学校と団体生活をする中で、
赤ん坊たちが誰も持っていた独創性は消えていきます。
とくに日本の学校教育は完全に「右に習え」式なのですから、
独創的な人間の比率は世界でも最低なのではないでしょうか?

そんな「右に習え」式教育をくぐり抜けて生き抜いて、
自分の独創性にさらに磨きをかけた人たちが、
アーチストの供給源になる、そんな感じがします。



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by Hologon158 | 2012-11-01 18:45 | ホロゴンデイ | Comments(0)