わが友ホロゴン・わが夢タンバール

417.18 ホロゴン外傳103「2013年1月19日 千林商店街でゾンネタールソフトが一暴れしたよ」18 記憶



妻の記憶です。

    まだ子供の頃、食事中でした。
    妻がお味噌汁をいただいていたとき、
    母親は仕立てから戻って来たばかりの新調の着物を
    うれしそうに開いて、眺めていました。
    すると、なぜか飛沫がポンと飛び、
    母親の目の前で襟元にポトリと落ちたのです。
    もちろん母親は激怒、
        「なんでわざわざ襟元に滴を落とすの!」
    妻も負けずにやりかえして、
        「わざとしたんじゃないわよ。
         偶然。
         第一食卓の近くで大事な着物を開くなんて!」

論争は結局引き分けに終わったそうですが、
まったく選りに選って、
一番目立つところに飛沫が飛ぶなんて確率は大変に低いことは確か。
でも、こんな偶然は身の回りで始終起こっています。

    なんでもない出来事は記憶されませんが、
    この出来事は稀だからこそ記憶されたわけです。

思えば、私たちの人生の記憶は、
そんな稀な出来事の記憶によって成り立っているのかもしれません。

そうすると、私たちは、豊かな記憶に生きたいと思うのであれば、
稀な出来事の狩人になる必要があるのかもしれません。
写真を撮る人はその点有利です。
そんな稀な出来事、記憶に値するシーンを求めてさまようのですから。

もっとも写真家の場合、そんな気持ちはないかもしれません。

    すべての神経が作品づくりに傾注されているので、
    デジタルであれ銀塩であれ、シャッターを押す瞬間、心を締めるのは、
        「今だ!
        いいぞ!
        よし!」
    あるいは、
        「今だ!
        いいぞ!
        ああ、だめだった......」

しくじった瞬間は、最高にフォトジェニックなシーンは
取り逃がした大魚よろしく心に残りますが、
それ以外のシーンは、
ワイパーでフロントウィンドウをさっと拭い去るような具合に、
心から消し去られてしまうことでしょう。
直前の瞬間をいつまでも引きずっている限り、
よい写真など望めないでしょうから。

私の場合、すべてが記憶に値する瞬間。
だからこそ、撮るのですから。
フォトジェニックだから記憶に値するのではありません。
私の心をぐらりと動かした出会いだから記憶に値するのです。

    私は、すべての人がそうであるように、スペシャルです。
    この世に私は一人、私のような人間はどこにもいないのです。
    そんな人間が感じても、他の人が感じるなんて期待しない方がよい。
    私がたとえば、小さな水たまりに心を動かされても、
    他の人は、「なんでこんなものが面白いの?」

これが人間のおもしろさです。
だから、数知れない小説が書かれるのです。

以前は、私もいっぱし写真家を目指していましたから、
マウントしたポジをB4のライトボックスに並べて、
ダメ写真は手裏剣よろしくライト面から外に弾きとばして、
全部ゴミ箱直行でした。
残るのはほんの数枚でした。
惜しいことをしました。

今では、すべてを慈しんでいます。
人がそれをどう思おうが、それはその人のこと。
大事なことは、その写真たちが
私のこれまでの道程を照らすスポットライトであるということ。




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by Hologon158 | 2013-02-23 22:51 | ホロゴン外傳 | Comments(0)