わが友ホロゴン・わが夢タンバール

435.10 ホロゴンデイ102「2010年9月5日 大阪天下茶屋をホロゴンまかり通る」10 ボルヘス



昨日の続き。

午後2時10分珈琲店を出発して、
天神橋商店街を南下して、午後3時20分、喫茶店に入りました。
その直前10分間ばかり古書店に入り込んでいたので、
撮影時間は正味1時間、カウントは380枚。

もう一度レンズをズマールに代えました。
これで2レンズ、2ラウンドとなります。

古書店では2冊翻訳物を買いました。

    ボルヘスの講演集「ボルヘス、オラル」(白馬書房)
    カニグズバーグ作品集「13歳の沈黙」(岩波書店)

カニグズバーグのファンなのに、岩波から作品集が出ているのも知りませんでした。
要するに、私はいつしか読書家ではなくなっていた!

Yoshiさんが蔵書の処分のことを書いておられましたが、
私も引っ越しの度に段ボールで何箱も古書店に本を引き取ってもらってきました。
今は書斎の両側の天井までの作り付けの書棚と別の場所の書棚1つに
せいぜい千冊程度しかありません。
これらはいつか暇になったら、もう一度読みたい、
死ぬまで読みたいという本がほとんど。
その第一は「春秋左氏傳」なのですから、
私という人間はちょっと古すぎるようです。

ボルヘスは大変な読書家です。
博覧強記を絵に描いたような人で、
頭の中にそんな本が数知れず収まっています。
歩く図書館、そう言ったら適切な希有な人物です。
晩年目が見えなくなるのですが、
その後も口述筆記で東西の書籍、詩を縦横に引用しつつ、
文学について、書物について、哲学について語り続けました。

どういう頭の作りだったのだろうと、いつも不思議に思うのですが、
これだけは絶対にわかりませんね。
絶対的真実がいくつかあります。

    リズムとか音感の才能がある人物の知覚世界を、才能のない人は想像できません。
    頭の良い人の知能の動きを、それより頭の悪い人はわかりません。
    悲しいことですね。

昔、一時代を隠した天才哲学者ヴィトゲンシュタインの話を思い出しました。
うろ覚えですが、大体こんなお話です。

    彼は汽車に乗っていました。
    目の前の座席には友人、たしかイタリア人の経済学者が座っていました。
    ヴィトゲンシュタインは熱っぽく彼の持論を語りました。
    この世界のあらゆる事物、現象は言語で語り尽くすことできる、
    言語で語ることができないものはこの世界には存在しない。

    すると、友人は、あごの下でぐいと指をひねる、
    イタリア人特有のある仕草をしました。
    「あんたの言うことはでたらめだ」というような意味の仕草。

    ヴィトゲンシュタインはその瞬間、自分の論説に大いなる欠陥があると悟り、
    全く新たな哲学理論に移行してしまったというのです。

同じくらい頭の良い二人の天才の間では、言葉が不要だったという、
当時のヴィトゲンシュタインにはかなり皮肉なお話。

言葉って、難しいものですね。
私はこうやって、ぼけ防止のための思考訓練として、
思いつきをめったやたらに書きなぐっています。

    私より頭の良い人(たくさんおいででしょう)は、
    私の言説にいっぱい穴があることを即座に見抜いて、
    時間の無駄なので、このブログに来るのをやめます。

    私より頭の悪い人(もしかすると、ほんのちょっぴり?)は、
    私がなにを言いたいかわからないので、
    やっぱりブログに来るのをやめます。

    私とだいたい頭が同程度の人も、
    私があんまりさまざまなことに過激な発言をするので、
    これも辟易して、遠ざかってしまう。

    おかげで、このブログ、初見の人以外にはほとんど人が来ないらしい。

まあ、いいでしょう。
3時50分、出発。
あとひとふんばりがんばりましょう。




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by Hologon158 | 2013-05-10 11:29 | ホロゴンデイ | Comments(0)