わが友ホロゴン・わが夢タンバール

482.04 ホロゴン外傳125「2011年9月10日 ボケレンズが梅田、難波の路地を駆け抜けた」4 イディオム



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日曜日の続き

昨日の千住真理子さんとスーク室内オーケストラのコンサートで一つ考えたことがありました。

第1部の後半はバッハでした。
ヴァイオリン協奏曲と2つのヴァイオリンのための協奏曲。
第2部はチャイコフスキーの弦楽セレナーデ。

チャイコフスキーは、彼の本当に成功した作品では大天才でした。
でも、お好きな方には申し訳ありませんが、
弦楽セレナーデはバッハと対等に張り合えるほどの名作ではありません。

どこが違うんだろうか?

    クラシック音楽だけがそうだというわけではありませんが、
    音楽は建築とそっくりです。
    部材がデザインによって適切な構造に組み合わされて完成します。
    その部材の一つ一つが美しいばかりでなく、
    組み合わせ方が絶妙であったとき、
    美しい建築が生まれます。

美しい建築を「凍れる音楽」と誰かが表現しましたが、
まさにその通りです。

    バッハは、さまざまのジャンルの音楽を文字通り独創しました。
    単純だけど、生き生きとしたフレーズを絶妙に組み合わせて、
    明確な構造を持ちながら、
    静寂の中に端然と飛翔するフェニックスのように、
    幾度も再帰する、
    たとえようもないほどに生命感に満ちた音楽を生み出しました。
    ロマン派のように私の感情をかき立てるのではなく、
    私という生命を生き生きと躍動させてくれる、神のネクタール。

一方、弦楽セレナーデは、私は小編成の弦楽合奏団が好きなので、
幾度もコンサートで拝見しますが、

    バッハのように自発的に音楽的感興が沸き上がってくることがありません。
    いかにも達者に作ったという感じで、
    チャイコフスキーの名作たちに共通する活気に満ちたエネルギー感、
    生命感というものが感じられないのです。

    その理由が、とくに第3楽章に顕著ですが、
    バッハのような絶妙のフレーズを畳みかけるようにして、
    一つの音楽を整然と構築するというところが感じられず、
    歯切れがとても悪いせいなのではと思われます。

バッハ、モーツァルト、ベートーベンに共通してみられることですが、

    作曲家特有のイディオムのようなフレーズをどっさり用意して、
    自発性、創造性に満ちた作曲家独特の地平線の上に、
    山や川や平原や海を描き出します。
    音楽は、手抜きのない、見事な筆致で描かれた絢爛たる絵巻物のようで、
    聴き手は、偉大な絵巻物に起こるように、
    次々と開かれていく画像を、
    すでに見終わった画像からの唯一無二の帰結であるかのように受け取り、
    一心不乱に眺め、作者の独創性が生み出す
    唯一無二の画像の美しさを満喫することができます。

あらゆる芸術分野で、偉大な作品に同様の印象を受けます。
写真でも同様です。

    カルティエ=ブレッソン、ケルテス、木村伊兵衛、
    エドワード・ウェストン、アンセル・アダムズ、ユージン・スミス、等々、
    偉大な写真家たちも、その作品には、一目見たら、
    ああ、この人の作品だと気づかせてくれるイディオムのようなものが、
    ワーグナーのライトモチーフのように画像の隅々から浮かび上がってきます。
    それが写真に確固たる基盤を与え、品格と香りを醸し出してくれる、
    そんな感じがします。
by Hologon158 | 2013-12-12 21:27 | ホロゴン外傳 | Comments(0)