わが友ホロゴン・わが夢タンバール

488.01 ホロゴンデイ112「2007年10月17日は、奈良天理の片隅でホロゴンと遊んでいた」1 自由へ!



2014年!
今年は私にとっては一つの元年になります。

    とうとう職業生活からおさらばして、完全なる自由人になる。

もともと職業生活に入った最初の最初から、
徹頭徹尾自分で決断決行しなければならない質の仕事だったせいで、
誰はばかることなく生きてきたのですから、もともとかなり自由に人間。

    しかし、なんでも自決すると言っても、任務だけは選べない点では、
    すべての業種と同じ。
    任務を正しく遂行しない限り、自由だなどと胸を張るわけには参りません。
    その点では、自由にはたががはまっていたことは確か。
    
このたがが完全に外れるのですから、
これはもうワクワクしています。

私に開かれる自由の一つが写真。

    これまでは、せいぜい週末、原則として土曜日1回が撮影日。
    ところが、これからは好きな日に撮影に出ることができるのです。

でも、冷静に考えてみると、ここには落とし穴がありそうです。

    自由って、不自由のたががはまっていてこそ、価値があります。
    毎日なにをしてもいい、ということになると、
    毎日なにもしなくても構わないというあたりに落ち着きかねません。

こうなると、自分で自分の自由に価値を見つけなければなりませんね。

    そんな私に必要なものは、
    目標であり、志であり、努力なのかも知れません。

私に欠けているのがこれ。

    もともと負けず嫌いなので、競争が嫌い。
    競争すると、我を忘れてしまうことが分かっているから。

そこで、写真を撮るにしても、

    出会い頭の事故風にいきあたりばったり、
        「やあ、こんにちわ! シャッ!」
        「これはこれは、よいところでお会いしました、シャッ!」
    と、九十九里浜の地引き網そこのけの撮り方で撮る限り、
    目標も志も努力もまるで無縁の人生。

    そんな風にして撮れる写真は、清の康煕帝のように、
    沢山の子どもたちをみんな我が子と引き受けちゃって、
    分け隔てなく可愛がるのですから、完全に質より量の世界。

このあたりどうにかならないものか?

    そう思わないわけではありませんが、
    どうにもならないだろうな、というのが正直な気持ち。
    おそらく撮り方は今のまま、当分突っ走ることになりそうです。

今年最初のホロゴンデイは、そんな私の撮り方そのままのロボグラフィ。

    フォトジェニックな被写体などまるでありません。
    どこでもない、なんでもない片田舎の片隅で出会ったものたち。




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by Hologon158 | 2014-01-02 18:20 | ホロゴンデイ | Comments(0)