わが友ホロゴン・わが夢タンバール

560.17 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」17-完-幸せな人生


私はかなり幸せな人生を送ってきました。

    その理由の一つはどうやら、
    そうなるように育てられたらしいということ。

日本の場合、たいていの家庭では、人に合わせて生きるように育てられます。
今ではかなり変わってきました。

    日曜日に孫たちが来ましたが、
    下のプリンセスは5ヶ月半の赤ちゃんですが、
    昔では考えられなかった色合い、デザインのコーディネートファッション。
    それが似合っています。

    上のプリンスの3歳は、あっと驚くレザー風のブーツ姿で、
    颯爽と出現しました。
    自分でもかっこいいと分かっているので、
    デパートでは目つき、歩き方が違います。
    時折、ちらりと足下を見つめて、ご満悦。

私のこどもの頃はそんなファッションなどまるでなかった時代。

    夏は半ズボン、冬は長ズボン、ただそれだけ。
    ただし、全校生徒丸刈りの中で、
    小学生の私と弟は、髪を伸ばしていました。
    1年生から6年生までそれで通しました。

今から考えると、不思議です。

    丸刈り規則があったのですから。
    両親は学校からの申し入れを軽く一蹴したのでしょう。
    私には先生からも同級生からも、
    要するに、誰からもなにも指示、要望はなしだったのですから、不思議です。

    私は、だから、長髪を不思議には思わなかったので、
    中学、高校もそれで通しました。

ただ、人とは違う姿だということは知っていました。

    でも、なにも気になりませんでした。
    親から、「勉強がんばれ」と言われたこともなければ、
    「みんなとおなじようにしなきゃ」と言われたこともなし。
    自分で好きなように勉強し、好きなように遊び、
    
好きなように想像を楽しむ少年時代を送ることができました。
    おかげさまで、成人し、職業生活に入っても、すべて自分で律し、
    上司、先輩におもねったり取り入ったりすることなど一切なし。
    生涯、一匹狼(というより、一匹羊)で好きなように生きてきました。

こんな人間は人の上に立つことも下に立つこともしません。
でも、どうやら写真にもそんな撮り手の性格が反映してしまうようです。

    本来写真家の写真には、メッセージがこめられています。
    プレゼンそのものが「ねえねえ、私を見て下さい、きれいでしょ?」風の、
    切実な呼びかけになっていないと、誰も見向きをしないでしょう。

    私の写真には、そんな呼びかけ、メッセージが欠けているようです。
    現在進行中のホロゴン革命から生まれつつあるホロゴンロボグラフィには、
    さらにそれが欠けているようです。

結局、写真って、人生の一こま。

    自分の人生の中に織り込むようにして撮るのが写真。
    
会議で、「なにか意見は?」と尋ねられても、
じっと机を見つめて黙りこくっていて、
人の意見を一渡り聞いてから、優勢な方につくのに、
いざ自己紹介となると、生き生き雄弁に自分を押し出す、
そんな人にたくさん出会ってきました。

    そんな人の写真って、どんなのでしょうねえ?
    知りたくもありませんけど。





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by Hologon158 | 2014-12-13 15:37 | ホロゴンNOVA | Comments(0)