わが友ホロゴン・わが夢タンバール

568.08 ホロゴン128「2008年7月19日ホロゴンは夏の葛城古道に居た」8 渾身の切れ味



クトゥーロのウィンナ・ワルツの指揮ぶりは、
可もなく不可もなくという感じ。

    ダイナミクスは十分あります。
    盛り上がりもあります。
    でも、ここ一番というさわりでの歌わせ方は、
    ごくあっさりに押さえておられます。

わざとなんでしょう。
    
    クラシックのマントヴァーニ調をわざと演出しているようです。
    軽妙洒脱路線。
    でも、こちらは年に幾度という稀なコンサートなのです。
    渾身の切れ味をときには見せてほしい感じがします。
    その一瞬だけを記憶するからです。

そんなシーンをいくつも覚えています。

たとえば、往年の大テナー、フランコ・コレルリ。

    1曲目は押さえておいて、2曲目のアリア、
    なんだったか忘れましたが、この際、どうでもいいのです、
    オペラアリアの最初のフォルテッシモで、
    いきなり両手を大きく開きながら、がっと足を踏み出し、
    とんでもないほどの爆発をほとばしらせました。
    そのときの全身の毛が逆立つような驚愕は今も忘れられません。

    この人のフォルテッシモを一度聴いた人なら、どなたも納得するでしょう、
    この人が1世紀に一人か二人しか居ない、そんな逸材であることを。

クラリネットのカール・ライスターも凄い演奏をしました。

    ピアニッシモの至福。
    コレルリとまったく逆の路線で、私の心に永遠に刻み込まれました。
    モーツァルトのクラリネット五重奏曲の緩叙楽章。
    そのピアニッシモは神様が降臨されたかのような霊感が満ち満ちていました。

    さっそく彼のCDを購入しましたが、そのような印象はありませんでした。
    ザ・シンフォニーホールのような音響効果抜群のホールで、
    優秀なメンバーと競り合い、しのぎ合い、助け合ったときにしか
    出ないような稀有のチャンスでの出来事だったのです。

もう一度フォルテッシモに戻りますと、
カラヤンがディ・ステファノ、ウィーンフィルと組んだ「トスカ」全曲盤。

    カラヤンのダイナミクスが遺憾なく発揮された名盤中の名盤です。
    最初の主役二人の二重唱が次第に高潮してクライマックスに達したとき、
    いわば言葉が極まったかのように、全合奏の間奏を挟みます。
    二人の感情の激発をプッチーニはクレッシェンドで演出するのですが、
    そのときの際限なく盛り上がっていくウィーンフィルのサウンド、
    その重厚で艶麗なことは言葉ではとても言い尽くせません。

    イタリアの優れた指揮者たちの振ったヴェルディ、プッチーニを
    どっさり聴いてきましたが、そこでそこまでする指揮者は居なかったので、
    心の底から仰天しました。

もちろんこれらのケースは天才たちのいわば絶頂体験。
こんな体験をクトゥーロさんに求めるのは酷であることは分かっているのですが、
ついそんな感じがしてしまったので、書いてみました。





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by hologon158 | 2015-01-13 22:05 | ホロゴンデイ | Comments(0)