わが友ホロゴン・わが夢タンバール

706.03 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」3 島々清しゃ


映画「島々清しゃ」を観ました。
内容紹介はネットでご覧ください。
名作「百円の恋」で、希代の名演を繰り広げた安藤サクラさんが、
都会からたまたま島にやってきたヴァイオリニスト。
音感が良すぎるために、周囲の音に耐えられず、
遮音ヘッドフォンを常時つけている少女と出会い、
なにが起こったか?

調べていませんが、
この二人を含むほんの数人だけがいわば本職のプロで、
他はかなり現地の沖縄の人々なのではないでしょうか?
そう思うほど、せりふ回しが稚拙。

ヴァイオリニストがいわば修行途中の子供たちを放り出して、
挨拶もなしに唐突に島を去るあたり、
どうも説明不足で、クライマックスの盛り上がりが今一つですが、
もともと深いせっぱ詰った理由から島に来た訳でもなさそうですから、
深い理由もなしに島を去るのも当然かも?
でも、そう感じさせるほど、主人公の人物設定が浅過ぎる感じ。

むしろ沖縄の小さな島の人々と風土が文句なしに清々しい。
その清浄の気に触れるだけで、
この映画の価値は十分ある、そんな感じがしました。
島の人たち、子供から老人に至るまで、
どこかが、なにかが違います。

私が少年時代を過ごした大和高田市の記憶がよみがえります。
そんな少年時代に私の周りに居た人たちよりも、
さらに心が澄んだ人たち、そんな感じがします。
風土と歴史が可能にしている、心の豊かさ、温かさ、なのかも。

そして、もう一つ印象的だったことは、
島の人たちが音楽に生きていること、
音楽が人生の隅々まで浸透していること。
生き甲斐なんてレベルではなく、
生きることそのものであること。

ヒロインのヴァイオリニストは島での体験を経てもなお、
とてもその域に達したとは思えません。
彼女が、知り合った人々に別れを告げずに、
ひっそりと島を立ち去ろうとしたのは、
彼女の敗北宣言だったのかもしれません。

翻って考えてみますと、
私にとって、写真も音楽もその域に達しているとは思えません。
沖縄の人たちは、生まれたときから、
土着の音楽に囲まれ、土着の音楽を呼吸できる、
このことが生きているのでしょうか?
沖縄の歴史を十分理解しているとは思いませんが、
私の知る限りでも、沖縄の人たちの歩んで来た苦難の歴史は、
沖縄の人たちは、音楽に生きることができたからこそ、
その苦難を耐え抜くことができたのかも知れませんね。

そのように考えると、大和の民ほどに、
音楽との距離が大きい民族は地球上少ないのかも知れません。
どの民族ももっと生き生きと音楽を生きています。
音楽は生きることに欠かせないファクターのようです。
誰でも歌い、誰でも踊り、誰でもなにかの楽器を演奏できます。
男も女もできます。
そうしなければ生きて行けないほどの切実さがどの民族にもあった、
ということかも知れません。

もっとも、日本でも平安朝まではそうだったのかも知れません。
詩歌管弦は平安貴族の基本的素養だったからです。
光源氏も踊りました。
平安朝の武士も詩歌をよくしました。
陸奥の勇将、阿部貞任に歌を良くした事績が、
2つも残されていることは有名ですね。
そして、民衆も歌と踊りに生きていたようです。

でも、鎌倉期以降、あまり風流な武人はいなかったようです。
辞世の句は残されていますが、
これはあらかじめ用意していたものです。
どんな状況で死を迎えるか予見不能です。
辞世の句を残せないような恥ずかしい事態は避けたいので、
余裕があればその場で作るけど、
無理なら、用意した句を詠いあげて死を飾る、
それが武士のわきまえだったわけです。

俳諧が武士階級に流行したことは事実ですが、
本物の域に達した人はわずか。
句会は、戦いに明け暮れ、明日をも知れぬ戦国の世に、
せめてひとときでも平安静穏のときを過ごしたい、
そう願った武将たちの安息の場だったようですが、
俳諧を生涯愛した武人はかなり少ないようです。
商人階級の音楽との距離もかなり武士たちに近かかったようです。
日本人の道徳観が音楽との距離を遠くして来たのかも知れません。

私と写真との距離も、
この戦国武将たちに似ている感じがします。
命を賭けるところまでは到底届いていません。
会社を出て、運転手に、
「うん、なんだな、今日は疲れたな、
よし、青坂に行こうか?
サナエにそう伝えてくれたまえ。
家には、会議が長引いているので、
今晩は帰れないかも知れない、
そう連絡しておいてくれたまえ」
そんな社長さんと似たスタンスかも知れませんね。

でも、そんな関係が50年間も続いてきたのですから、
私としては、写真を愛する点にかけては、
この社長さんより遙かにまさっている、
そう言わせてほしいですね。

こんな風にあれこれと考えて行きますと、
映画「島々清しゃ」の主人公は、
沖縄の風土、沖縄の音楽、沖縄に生きる人々なのだ、
そう考えた方が自然かな、そんな感じがしてきました。
日本にも、音楽を空気のように呼吸して生きる人たちがいる、
そう知ることができるのは嬉しいことですね。





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by hologon158 | 2017-10-05 23:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)