わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2008年 10月 12日 ( 5 )

32.15ホロゴンデイ12「2006年11月20日大阪心斎橋界隈」15 玉鬘の美しい姿を浮かび上がらせる蛍


日本の文学史上もっとも美しい光景はなんでしょうね?
私は、そんなに沢山日本文学を読んではいないのですが、
「源氏物語」にさまざまな美しいシーンを読むことができました。
ちなみに、もしお読みになりたいと考えている方がおられたら、
「新潮日本古典集成」で、原文でお読みになることを極力お勧めします。
私は古文が大の苦手。
そんな古文が苦手な人間でもすらすら読めるように、
文章の横に小さく赤字で現代語訳が付けられています。
古文を読むのが億劫になり理由の一つに、
一々別欄の注釈を読まなければならないことがあります。
それが不要なのです。
そして、どんどん読んでいく内に、もう赤字が目に入らなくなります。
次第に源氏物語の言葉遣いに慣れ親しむことができるからです。
さて、その「源氏物語」の「蛍」の章。
ここに、私が文学史上最高のビジュアルシーンを見つけました。
詳しい説明は省きます。
光源氏は、引き取って娘同然に育てている玉鬘(たまかずら)を
自分の弟兵部卿の宮に引き合わせようとします。
でも、玉かずらは未婚の女性ですから、燈火を落とした一間に。
これでは、玉鬘を弟に見せることができません。
そこで、御簾を隔てての対面の瞬間、
源氏はいっぱいの蛍を玉鬘のいる一間に放ちます。
蛍は、玉鬘の美しい姿をほのかに浮かび上がらせ、
目論んだとおりに、弟の恋心をかき立てるのです。
なんという美しいイメージ!
なんというビジュアルな表現力。
ここにも、言葉による写真的表現の一例があります。
近ごろ、andoodesignさんが火付け役となったのでしょう、
超大口径のレンズ探しが燎原の火のように拡がっています。
クセノン50mmF0.95のようなレンズであれば、
蛍が浮かび上がらせる玉鬘の姿を写真にすることができたかもしれませんね。
私は、ホロゴン15mmF8なので、そんな宵闇のシーンを撮るのは論外。
Andoodesignさんたちに、
そんなこの世と思えないような美観の撮影を期待することにいたしましょう。
ここでは、ホロゴンで撮った写真で我慢してくださいね。
暮れなずむアメリカ村の雑風景を選んでみました。

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by Hologon158 | 2008-10-12 21:12 | ホロゴンデイ | Comments(2)

32.14ホロゴンデイ12「2006年11月20日大阪心斎橋界隈」14 ストリートに熟成はありうるか?


11で紹介した、感受性豊かな美女、
とても印象的な言葉を述べたことを思い出しました。
「フィルム・カメラは、撮った結果がすぐに分からない。
どんな風に撮れたかなと想像するのが楽しい」
こんな言葉を若い女性の口から聞けるとは、
まったく思ってもいなかったので、驚きました。
このような方がおられる限り、
まだまだ銀塩カメラにも未来が残されているのです。
この、いわば熟成を待つ喜びは私も2,3度書きました。
現代社会は、熟成を待つことができない社会。
すべて促成出荷が原則。
写真も例外ではありません。
あまりにも味気ないではありませんか!
カメラも今では電気製品になってしまいました。
電気製品の本質は、新型が旧型に交替することにあります。
旧型に生き残る道はありません。
先日、ホロゴンウルトラワイドのサブに使うため、
ライカⅡ型というカメラを手に入れました。
なんと1936年製。
黒エナメルの塗装がいまでも艶々として、
完全に作動しています。
いわゆるバルナック型ですが、板金製。
ダイカストボディの後記のバルナックよりぐっと小振りで、
手の中にすっぽりと収まります。
作られて72年も経っているカメラがまだ現役なのです。
ポソリと落ちるシャッター音が極上。
結果としての写真も極上(これは主観的独断)。
うれしくなってしまいます。
本日の写真に写っている光景は熟成されたものではなく、
もちろんどんどん更新されるプレゼンテーション。
でも、街そのものはファッションストリートとして熟成しつつあり、
そのプレゼンの技法も熟成しつつあるようです。
だから、プレゼンは新しいように見えて、
ストリートとしての光景としては熟成の賜物なのかも知れません。
なかなかハードボイルドではありませんか。

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by Hologon158 | 2008-10-12 18:02 | ホロゴンデイ | Comments(1)

32.13ホロゴンデイ12「2006年11月20日大阪心斎橋界隈」13 呉家林と森山大道、どこが違う?


呉家林
ご存知でしょうか?
中国の写真家です。
友人のAKさんが写真集「Next door neighbours」を手に入れてくれました。
ライカでモノクロームのスナップを撮ってきた写真家。
この人、まさに中国のカルティエ=ブレッソンなのです。
見事な幾何学的構図、
画面上の人物、動物等の主人公たちが有機的に関連しあって、
まるでドラマを見るような構成、
写真として、もう文句なしの作品群がずらりと並び、壮観!
写真家自身、カルティエ=ブレッソンから多くのものを得ているようです。
もうまるでカルティエ=ブレッソン自身が撮ったかのような、
そっくりの写真まであります。
でも、模倣ではありません。
あっと驚くようなショットが次々と出現するのです。
この写真集を何度見たことでしょうか?
真似をするためではありません。
私にはスナップは撮れないことが分かっているので、
まったく別世界の写真家。
でも、目と心に喜びを与えてくれるのです。
たとえば、森山大道の写真集もいくつか持っています。
見るたびに、当惑を感じるのです。
凄い!
けど、なっとくが行かない。
この写真家、いっぱい言いたいことがあるし、
写真もどこか深いものがありそう。
だけど、楽しめない。
共感できない。
夢がない。
私が、肯定的、楽天的に生きる人間だから、合わないだけのことでしょう。
森山大道が分からないなんて、写真のトウシローもいいところだよ、
そう笑われそうです。
でも、私は、写真を見せてもらって、
元気がぐんぐん湧いてくる、
見てよかった、生きてて良かった!
そんな風に心から感じることができる写真が大好きなのです。
呉家林さん、
是非ご覧ください。
今回の写真はあいかわらず、ホロゴンによるロボーグラフィ。
アメリカ村はファッションストリートなので、
題材に事欠きません。
ご覧になって、元気が出てくるような写真ではありませんが、
私としては、この程度の写真で、大いに楽しめるのです。
自分の写真ですからね。

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by Hologon158 | 2008-10-12 15:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

32.12ホロゴンデイ12「2006年11月20日大阪心斎橋界隈」12 バイクに一番似合っている場所


伏見の街を撮り歩きながら、考えました。
ぼくは、なにを撮ろうとしているのだろう?
なんでこれを撮り、なんであれは撮らないのだろう?
どうやら、私は、ものそのものを撮っているのではないようです。
ものを見たとき、なにかイメージらしいものが心に浮かぶことがあります。
イメージが浮かばないのであれば、撮りません。
イメージが浮かんだとき、
そのイメージが自分自身の心にかなうようなものであれば、撮ります。
昨日は、仲の良い友人3人と歩いたのですが、
みんなてんでんばらばらのものを撮ります。
みんな心が違い、性格も違い、人生が違い、
写真に対する思い入れも違い、だから、写真の理想も違う。
だから、同じもの、同じ光景を見ても、まったく異なるイメージを抱くらしい。
だから、同じ街、同じ自然を撮っても、写真がぜんぜん違います。
写真にスタンダードはないのでしょうね。
写真はマラソンではなく、
写真に優劣もない、そう言いたいですね。
好きな写真とそうでない写真があるだけ。
もちろん、はっと心を突かれる写真、
心を揺さぶられる写真があります。
こんな写真は絶対に撮れないなあ、と心底脱帽する写真もあります。
でも、それは人生を豊かにする写真体験ではありますが、
その写真と同様のものを撮らなければならない、そんな目標となるものではありません。
よその奥さんを見て、わあ、美しい人だ!とびっくりすることがあっても、
だから、その奥さんと結ばれることは論外、というようなものです。
だから、写真はやりがいがあるわけです。
じっくりと腰を据えて、ゆっくりとゆっくりと自分の写真を作り上げてゆく、
そんな地面に根を生やすような営みが写真趣味なのではないでしょうか?
とすると、その営みの一日一日が貴重な体験の積み重ねであり、貴重な収穫。
だから、どの写真も大切なのです。
ブログを初めて、私は、ほとんどどなたもおやりにならないような、
「ある日のホロゴンと私」(ホロゴンデイ)シリーズを続けています。
ある日撮った写真をずらりと並べてゆく。
いわば、写真の才能の有無も、写真に対する思い入れの中身も全部さらけ出す、
猛烈に無謀な企画です。
でも、ここで考えたように、どの写真も私にとって大切な子供たちなのですから、
はたからは、見ちゃおられない駄作群であっても、
私にとっては、自分の写真たちに「お前たちみんな大切なんだよ」と語りかける行為。
こんな風に考えると、ますます私の駄作たちがいとおしくなってきました。
そこで、本日も、我が駄作を4枚。
前にもアメリカ村シリーズで出しましたが、またまたバイクと自転車。
どこに行っても、バイクと自転車を撮ってしまいます。
でも、バイクに一番似合っている場所があるとすれば、
それはアメリカ村ではないでしょうか?

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by Hologon158 | 2008-10-12 10:23 | ホロゴンデイ | Comments(0)

32.11ホロゴンデイ12「2006年11月20日大阪心斎橋界隈」11 アメリカ村は妖怪たちと出会う場所?


今日、お昼は、たしか日本のお稲荷さんの総本山である伏見稲荷近くまで北上。
以前も頂いたことのある料理店で昼食。
ショーウィンドウの中の鯖寿司があんまり美味しそうだったので、
内心、これだっと決めて、お店の入り口に入りかけたところ、
私の嗅覚を襲ったのは鰻の蒲焼きのニオイ。
店先で炭火で焼いているのです。
殺生な!
折角、鯖寿司に決定したのに!
でも、別に鯖党に義理はないので、さっさと鰻党に鞍替え。
なんともふっくらとかつ香ばしく焼き上げた蒲焼きだったことか!
心とお腹の底から満足して、店を出ました。
もう一度、街道ぞいに南下。
ロボーグラフィーをたっぷりを愉しみました。
2時間半ほどでしか、さんざんに歩いて、ちょっと疲れたところに、
ほどよく瀟洒な喫茶店を発見。
京の町家の鰻の寝床風の奥深い作りを利用して、
大変に居心地のよい喫茶室。
その一番奥に陣取って、ティータイム。
ついでに、持参した写真を見せあいっこしました。
私の写真を同行の仲間3人に見せていたところ、
お店でアルバイトしている若い女性がやってきて、
「私にも見せていただけますか?
写真が大好きなので」
一同、美しく若い女性は大歓迎。
さっそく隣のテーブルの椅子を引き寄せて座りました。
私が持参したのは、近ごろ、自宅近くの村落内で撮った最新作。
それも、すべてホロゴン15mmF8以外のお気に入りのレンズの試写。
この女性の反応は、すべて瞬時で、素直で、ストレートで、
豊かな感受性の持ち主であることが分かる表情と言葉。
私の写真がいつも受ける反応とは極端に違います。
嬉しくなって、とくに喜んでくれた写真を二枚プレゼントしました。
女性、大喜びしてくれて、
「私の部屋、周り写真だらけなのです。
この写真を飾ります」
写真を見たとき、その印象をただちに言葉で表現するなんて、
ほとんどの人には困難な、またはほとんど不可能なことです。
この女性、よほどに幸せな家庭に育って、素直な感受性を培ったのか、
ご自身が芸術的センスに恵まれた躍動的な精神の持ち主なのか、
それとも、その両方のファクターに恵まれたか?
いずれにせよ、大変に楽しい出会いでした。
さて、アメリカ村での出会い。
妖怪的な存在ばかりですが、よく見ますと、どこかご愛嬌。
考えてみますと、妖怪たちから見るときは、
私たちの方こそ、奇妙、奇怪なのかも知れません。

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by Hologon158 | 2008-10-12 00:18 | ホロゴンデイ | Comments(2)