わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2008年 10月 14日 ( 4 )

33.10ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」10 若奥様、なにをお祈りするのでしょうか?


カトマンズの町を歩いていて気づいたことがあります。
階層によって、お参りするお寺が違うのです。
一般庶民は小さな祠にお参りします。
お参りの時間があるようです。
朝のある時刻になると、祠に行列ができます。
いかにもおばちゃん、おっさん然とした、いわば庶民の皆さんが、
お盆にいろいろお供えを載せて、ぴったりひしめき合って並びます。
カトマンズの中心街にある、外壁を彫刻が埋める由緒あるヒンズー寺院、
豪華な装飾の大寺院は彫像も金づくめ、
お参りの女性も、一見してそれと知れる高価な生地のサリーに身を包んでいます。
第一容貌が違います。
年配でも、おばさんではなくて、はっきりと奥方様の風格、
若い女性となりますと、おねえちゃんではなくて、
はっきりと良家の若奥様の風情。
日本の昔と違い、インド、ネパールでは、お嬢様、若奥様も、
けっして楚々たる風情はなくて、むしろ凛然とした気品をたたえていて、
その振る舞いだけ見ても、庶民とは画然と区別されます。
お供えも器も豪勢そのもの。
成金趣味ではなく、由緒ある逸品。
このあたりの社会層の区分は日本ではほとんどなくなりました。
今でも、どこかに行けば、深窓の令嬢は存在するはずです。
でも、あまりにも数が少ないので、お目にかかる機会がない。
お目にかかるのは、すべて階層の区別など到底できない、
奇抜な現代ファッションに身を固めた、けばけばしい女性たち。
平等化は悪いことではありません。
でも、文化が平準化されるときに起こるのは、常に古き良き文化の破壊。
平等化されるときに切り捨てられるのは、
いつも最高クラスの文化生活なのです。
現代日本は、欲望、あるがままの姿を称揚し、推薦する社会です。
高度に文化的な社会は、理想、あるべき姿を称揚し、推薦する社会。
現代日本は、自己中だけが生き残れる社会、文化。
高度に文化的な社会は、真・善・美を尊ぶ人が自由に呼吸できる社会。
この違いは大きいですね。
私はそんな高い文化の階層の人間ではありませんが、
下劣、低劣な欲望をむき出しにする現代文化を軽蔑します。
ここだけの話しですが、現代の大写真家たちの作品に満足できないのは、
その思想、思考、願望があまりにも低次元の層から始まっているからなのです。
自己をさらけ出す勇気が賞賛されます。
でも、高貴な人間性を培う努力を賞賛する動きはぜんぜん存在しません。
そんな人間性を持つ人間が社会の中心層にいないからです。
そこで、現代の写真家たちの作品を一口で言いますと、
気品がない。
詩がない。
夢がない。
理想がない。
あるのはむき出しの現実だけ。
写真はもっと人の心を高め、清め、
理想を思い出させ、
夢を見させてくれるものであってもよいのではないでしょうか?
でも、そんな写真を撮るためには、
むき出しの情念を浄化して、
自身、真善美を尊び、夢を見る人間になる必要があるのかも知れません。
でも、そんな写真、現代では誰も見向きもしないでしょうね。

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    [撮影メモ]
     話しがどうもつい写真に逸れがちですね。
     お参りの若奥様に話題を集中すべきでした。
     でも、若奥様はそのまま寺院の奥に消え、
     私は、フィルムを巻き上げつつ、にんまり。
     これではロマンスは生まれませんよね。
     さて、この写真の撮影方法ですが、
     この女神の彫像の周囲に蝋燭立ての柵が円形に取り巻いています。
     私は、若奥様が蝋燭をお灯明で点火しようとしたその瞬間、
     女神のお顔の手前30センチばかりに
     ホロゴンを突き出したのです。
     私の注意はあくまでも女神に集中(と見えたはず)。
     若奥様は、私が目の前に居ることに気づいても、
     女神を撮っているものと考えたことでしょう。
     でも、私の目的はあくまでも若奥様だったのです。
     この奥行きの深さ、広さがホロゴンの神通力なのです。
by Hologon158 | 2008-10-14 22:06 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.9ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」9 ここでもお百度参りは切実なようで


ボーダナートの大ストゥーパは世界一の仏舎利塔だそうです。
その大ストゥーパを中心に、仏教寺院、僧院が沢山集まっています。
僧侶たちの多くはチベットからの亡命僧のようです。
中国に国を奪われたチベットの人たちは、
インドとネパールにいわば分宿を余儀なくされているわけです。
ストゥーパの真っ正面とおぼしき場所に捧げ物のようなものがおかれていました。
その中心にはダライ・ラマの肖像写真。
チベットの人たちの願いがそれだけで分かります。
どうやら、この大ストゥーパでも、お百度参りのようなものが行われているようです。
時計回りに、僧侶、善男善女がぐるぐると回っています。
祖国に帰りたい、肉親、友人に会いたい、
そんな切実な願いがボーダナートの大ストゥーパに沿って上昇し、
天空高くに飛翔してゆくような感じさえします。
そんな中、独りの少年だけは逆回りなのです。
いたづらではなさそうです。
頭を垂れて、左手を壁にすりながら、断固逆行し続けていました。
なにか祈願しているのでしょうか?
少年の境遇、このときの心境を知りたいものです。
今でも気になっています。

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    [撮影メモ]
     お百度参りをする参拝者は随分多いのです。
     お参りの邪魔をするわけにはいきません。
     でも、少年に接近しないと撮れません。
     せめて70から80には近寄りたいものです。
     こんな場合、放物線状に動くことにしています。
     まず、お参りの人たちの邪魔をしないように、外に出て、 
     少年と平行に進みます。
     ちょうど太陽に向かって正対する位置に来たとき、
     放物線を描いて、お参りの人の隙間に入り込み、
     少年に接近して一枚シャッターを切って、
     すっと外に退避しました。
     右側の影はお参りの人の影。
     つまり、ぎりぎりの間隔で撮影に成功したわけです。
     手の中でレバーを引いてフィルムを巻き上げながら、
     自問自答します、
     どうだったかな、ちゃんと撮れたかな?
     うん、撮れたはず。
     でも、心はこの問いをずっと持ち続けるのです。
     これが銀塩カメラの醍醐味ではないでしょうか?
by Hologon158 | 2008-10-14 19:00 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.8ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」8 いつも笑顔でいるって、難しいことだね


パタンの小さな仏教寺院に入ってみました。
ヒンズー寺院と基本的な作りは一緒。
中庭があり、周囲にお堂があります。
でも、ちょっと違うのは、中庭の中央に大きなお堂があり、
中にびっしりと仏像が詰まっているのです。
その底部近くに、この仏像を見つけました。
非常に小さな仏様です。
フレクトゴン35mmF2.4は、私の記憶では、10センチまで寄れます。
本来のマクロではないので、そんなに美しくは撮れないのですが、
開放では像が微妙なニュアンスで崩れるので、
マクロとしても、ちょっと面白いレンズなのです。
頭部だけで約10センチもな小仏像をその中に見つけました。
お堂の内部は非常に暗いので、
前面の柵にカメラを押しつけて、たしか8分の1秒で撮りました。
この柔和さ、ほのかな笑顔、
すべてを理解し、すべてを許す、そんな表情、
まるで京都太秦の広隆寺の弥勒菩薩様のようです。
こんな笑顔ができるようになれば、
長生きできそうですね。

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by Hologon158 | 2008-10-14 17:00 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.7ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」7 あなたは友人とぴったりひっついて座れますか?


パタンの寺院の西面。
ベンチがあります。
常連さんなのでしょう、互いに顔見知りの老人たちが集まっています。
密接距離というのをご存知でしょうか?
人が、ある距離を超えて近づいてくると、圧迫感を覚える、その距離です。
民族により、国により、文化により、地方により、人により異なるそうです。
さらには、近づく相手にもよります。
恋人なら、密接距離はゼロとなるでしょう。
仇敵なら、はるか彼方に見えただけで、嫌悪感、圧迫感、不安がこみあげてくるでしょう。
つまり、密接距離は無限大。
友人同士ならどうか?
日本人男性なら、友人同士でも、ぴったりひっつくのはちょっと無理。
ところが、中国人は男同士平気で手を握って歩きます。
ロシア人ときたら、しっかり抱き合って、接吻までします。
こうなると、かなり短いですね。
ちなみに、この距離が長いのがドイツ人だそうです。
ドイツ人は、どこに行っても、誰と居ても、
肉体的にだけではなく、精神的にも、間隔を置きたがるそうです。
ネパール人はどうでしょうか?
この写真の友人たちをご覧ください。
両側に随分余裕があるのに、皆さん、びたびたとくっつき合って、にこにこ顔。
もちろん少し寒いので、たがいに温め合う目的もあるのかも知れません。
それにしても、日本人はそんな風に暖をとることはしないのですから、
ネパール人も密接距離が大変に小さいようですね。
でも、おもしろいものですね。
左端の男性をごらんください。
ちょっと離れて座り、なんだか疎外感を漂わせていますね。
この人たちと知り合いではないのでしょうか?
それなら、もっと離れて座ってもよさそうなものです。
両側にいっぱいベンチがあるのですから。
このあたりの人間関係、皆目見当がつきませんが、
専門家が見たら、たちまち見破ってしまうかも知れませんね。
カトマンズは、たしか海抜が千メートルを越えるはず。
そのうえ、盆地です。
ヒマラヤが北と西に聳えているのですから。
そのうえ冬と来るのですから、日没が大変に早いのです。
その残り日のあたたかさを少しでももらおうと、
老人たち、傾く太陽にしっかりと対面し続けているわけです。

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     [撮影メモ]
      ホロゴンと老人たちの距離は約2メートル。
      だから、老人たち、私に気づいたのです。
      私に向かって、なにか言いかけてきました。
      私も、適当に、英語で返事します。
      意味が通じようが通じまいが、そんなことは問題じゃない。
      肝心なことは、たがいに笑顔を交わせるということ。
      これ以上離れたら、とても写真にはなりません。
      ホロゴンは、その意味で、引っ込み思案の方には向きませんね。
      ちなみに、私の密接距離は、自分から近づく場合は、30センチ。
      つまり、ホロゴンで撮る最短距離が私の密接距離なのです。 
      
by Hologon158 | 2008-10-14 00:05 | ホロゴン写真展 | Comments(2)