わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2008年 10月 31日 ( 2 )

37.14 ホロゴンデイ15「2008年8月2日の伏見稲荷」14 このカメラなしで暮らさなければと考えるだけで


11の「今、一番見たい写真は何ですか?」という問いかけに、
yoshipassさんがこたえてくれました、「マリオ・ジャモメリ」
ご存知の方も多いと思います。
イタリアの写真家です。
実は、私もそのモノクローム作品をじかに観たいと願っている写真家だったのです。
この人、実に面白い人なのです。
というのは、写真を始めてからずっと一つのカメラを使い続けてきた人なのです。
彼の対談を読みました。
その辺りの気持ちを語ってくれるのですが、
それがみんな私の心に直接響いてきます。
「このカメラとずっと生活を共にしてきました。
僕の人生のたくさんの瞬間、良いときも悪いときも僕と一緒にやってきました。
もしこのカメラが無くなったら?
このカメラなしで暮らさなければならないと考えるだけで、
心臓が締め付けられるようですよ」
どうやら六×九判のカメラを友人に簡略化してもらって、
距離と絞りとシャッター速度だけを調節できるようにしてもらったようなのです。
「大事なのは、光がもれないことです。これはただの箱」
彼はこうも言います、
「もしできたら、カメラなしで撮影したいくらいですよ。
メカが好きではないのでね」
もともと画家を志望していたジャコメリが写真を撮るようになったのは、
「他の技術では取り逃がす事実をとらえることができること、
「写真がより強烈なものを作らせてくれることを発見した」からなのです。
次の言葉もいいですね、
「ぼくは時間の許すかぎり写真を撮っています。
ぼくは本職の写真家ではありません。
誰からも命令を受けず、今写真を撮ってこいと言う人もいません。
その気になって、自分が準備できたなと感じたら、撮ります。
精神集中ができないと、写真は撮りません」
でも、一番共感した言葉はこうです、
「このカメラは、僕と同じように感じ、
僕の邪魔もせず、難しいこともいわない」
コンタクトの中から写真を選ぶ心構えも気持ちがよいのです。
「自分が感じたことに一番合っていて、
他人と分かち合いたいと望む瞬間を一番よく再現している映像を選びます」
そして、とどめの一言、
「僕にとって、富とはまさに他人が捨てた無用なもの、
他の人にとっては意味をなさないつまらないものなのです」
私には、ジャコメリの言葉の一つ一つが珠玉のように感じられます。
私がホロゴンに対して感じていることそのまま、
私が写真に対して感じていることそのままを、
これ以上ない位に心温まる表現で言い表してくれたのですから。
ジャコメリさん、ありがとう!

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by Hologon158 | 2008-10-31 20:28 | ホロゴンデイ | Comments(0)

37.13 ホロゴンデイ15「2008年8月2日の伏見稲荷」13 時間の刻まれた顔、ある黄昏とある街


アルゼンチンの文豪ホルヘ・ルイス・ボルヘス、
私はこの人が大好きなのです。
1944年の「伝奇集」、49年の「不死の人」、
この2冊に熱狂したのは、まだ学生の頃だったように記憶しています。
おそらくオスカー・ワイルド、ポー、芥川龍之介の、
強烈に圧縮された小宇宙的短編小説の伝統を、
南米特有の宇宙的なスケールの視野の中に取り込んで、
独特の短編小説を世界に贈ってくれた人でした。
まさに筆を惜しむ極端な節度をもって紡ぎ出されるのは、
測り知れない深い教養に裏打ちされた神話的小宇宙でした。
このボルヘスが1950年に、こんな箴言を残してくれています
「音楽、
幸福の陶酔、
神話、
時間の刻まれた顔、
ある黄昏とある街、
これらはすべてなにかを語ろうとし、
われわれが見落としてはならなかった何かをすでに語り、
あるいは何かをまさに語ろうとしている。
いまだ生み出されないこの啓示の緊迫性こそ、
美的現実というものであろう」
詩人でもあった言葉の達人が語るのです、
この言葉それ自体が詩であり音楽である、そんな感じがします。
おそらく原文は、完全に詩であるはず。
この、あたかも写真を視野において発言したかのような、
しかし、実は写真とは無関係の言葉のようです。
にもかかわらず、この言葉は写真に一番よく当てはまる感じがします。
「時間の刻まれた顔」、まさに写真ではありませんか!
「ある黄昏とある街」、これこそ今や私のライフワークとなりそうな主題。
最後の4行と来ますと、
もう写真表現の特質そのものではないでしょうか?
「いまだ生み出されない啓示の緊迫性」、
それを抜き差しならない迫真さで写真に盛り込めたら、
そのとき、写真は、
他の芸術のなしえない別種の奇跡を果たすことができるのではないでしょうか?

さて、伏見稲荷の参道はもう薄暮に近づきつつあります。
まさに「ある黄昏」
陽光と混じり合って、照明があたたかいですね。

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by Hologon158 | 2008-10-31 00:05 | ホロゴンデイ | Comments(2)