わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2008年 11月 06日 ( 4 )

38.18ホロゴンデイ16「2005年12月3日の京大界隈」18 人間って、一筋縄でいかないね


クーデルカが面白いエピソードを書いています、
あるとき、ユーゴスラヴィアのジプシーに出会った友達になったのです。
彼は、クーデルカに尋ねました、
「君は長年沢山の国を歩いてきたね、
どこが一番よかった?
どこだったら住みたい?」
クーデルカは返事せず。
ジプシー、続けて、
「わかった、わかった、
君はまだ最上の場所を見つけていないんだね。
だから、それを見つけるために、まだ旅し続けているんだ」
クーデルカ答えて、
「それは勘違いだよ、
そんな場所を見つけないように、私は必死なんだよ」
放浪を余儀なくされてもなお住む場所を求めるジプシーと、
エグザイルであるクーデルカの対比が面白いですね。
こんな人もいるのです。
私も随分旅をしましたが、旅の醍醐味の一つは、
旅から帰ってきたときに、心からこう思えること、
「ああ、やっと家に帰れた、やっぱり家がいいなあ!」
だから、クーデルカのような人を理解するのはなかなか困難。
とすると、彼が撮った写真もそう簡単には理解できないはず。
いや、どなたの写真も、つねに誤解の余地が残されている、
そう考えるべきなのでしょうね。
でも、そんな誤解まみれであるかも知れませんが、
ある写真を見ると、「わあ、いいなあ、大好きだ!」
別の写真を見ると、「なんだか、いやだな、見なかったことにしよう」
それでいいんじゃないでしょうか?

c0168172_21154232.jpg
c0168172_21155763.jpg
c0168172_21161328.jpg

by Hologon158 | 2008-11-06 21:25 | ホロゴンデイ | Comments(2)

38.17ホロゴンデイ16「2005年12月3日の京大界隈」17 カルティエ=ブレッソンの人生を知りたいな


いつもよく考えるのですが、
カルティエ=ブレッソンの写真人生って、どんなものだったのだろう?
戦前のことはわかりませんが、
戦後は、キャパやシーモアとともにマグナムを結成し、
ルポルタージュとして写真を発表するようになります。
インドに中国にと、国際的な関心を呼ぶ地域を次々と訪れ、
毎日毎日撮りまくり、
フィルムはフランスに送って、専門家に現像焼き付けをさせたようです。
そんな大量の写真からフォトエッセイとなるような組み写真を構成して、
世界中のマスメディアに掲載する、そんな繰り返し。
カルティエ=ブレッソン自身も、可能であれば、構成に参画したのでしょう。
でも、次の撮影地に飛んで、別の仕事をしていたということもあったはず。
とにかくばりばり写真を撮りまくる人生。
そんなドキュメンタリー・フォトの中から、
彼自身の作品を選び出して、写真集を次々と公刊したわけです。
現代史の激動のなかでルポしながら、
写真集はそうした特定の事件を暗示するようなものは避けて、
いわば無時間的なスナップを中心に構成してゆきました。
ドキュメンタリー・フォトと、決定的瞬間の作品群、
この2つがカルティエ=ブレッソンの両輪だったのでしょうか?
いつかカルティエ=ブレッソンの作品で構成されたドキュメンタリーを
誰か集大成してくれないでしょうかねえ?
カルティエ=ブレッソンのフォトエッセイがどんなものだったかが分かって、
はじめてカルティエ=ブレッソンの写真世界の全貌が明らかになるのではないでしょうか?
とにかく写真三昧の人生でした。
羨ましいと思う反面、猛烈に過酷な人生だったのじゃないかなと、
ちょっと疑いたくなる部分もあります。
カルティエ=ブレッソンの人生を想像すればするほど、
ああ、素人って楽だなあ、素人で良かったなあと胸をなで下ろすのです。
晩年、カルティエ=ブレッソンがカメラを捨てて、
絵筆一本で通したといいます。
やっぱりな!

c0168172_1854940.jpg
c0168172_18542241.jpg
c0168172_18544821.jpg
c0168172_1855476.jpg

by Hologon158 | 2008-11-06 18:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

38.16ホロゴンデイ16「2005年12月3日の京大界隈」16 ほんの少しだけ心にチクリとするものを


カルティエ=ブレッソン、
木村伊兵衛、
セバスチャン・サルガド、
呉家林、
そして、クーデルカ、
モノクロームを貫いた大写真家たちの作品を見るにつけ、
モノクロームから自ら立ち去った私としては、
ほんの少しだけ心にチクリとするものを感じないわけにはまいりません。
ストイックで、芸術的な香りさえ感じさせるモノクローム、
これに対して、満艦飾の総花的な色彩の饗宴となりかねないカラー、
どうも分が悪いですね。
そんな風に感じつつも、
モノクロームに戻ることは絶対にあるまいとさえ思える私。
というのも、私にとって、写真は生き甲斐なのですが、
なによりもまず、自分の体験の記録。
私が赤に強烈に惹かれることは幾度も書きました。
赤なるがゆえに私の眼を一瞬惹きつけてしまうものたちから、
その赤を抜いてしまったら、
私の心の揺れを引き起こした張本人を見事オミットしてしまうことになります。
これじゃ、まるで主犯をみすみす取り逃がして、
手下の雑魚ばかりを逮捕していきがる刑事さん。
心の記録のために、芸術性を捨てる、
なんと高貴な自己犠牲ではありませんか!
と言っても、誰も感動する方はいないでしょうね。
ぜんぶ冗談、冗談!

c0168172_0141359.jpg
c0168172_0143018.jpg
c0168172_0144545.jpg

by Hologon158 | 2008-11-06 09:12 | Comments(0)

38.15ホロゴンデイ16「2005年12月3日の京大界隈」15 クーデルカについてもう少し書きます


とにかく是非彼の作品を見ていただきたいのです。
クーデルカの作品群には、ただちに指摘できる特質が3つあります。
一点の隙もない緊密そのものの構図、
不統一な要素の魔法のような一体化、
そして、純白から漆黒までの見事なグラデーション。
この3つの特質は、クーデルカの写真の特異な彫刻的構造を、
3方向から眺めたパースペクティブに過ぎません。
クーデルカは、一瞬のシャッターにより、
その場の全体をぎゅっとまとめあわせて、
立体彫刻をどんと築き上げてしまうのです。
クーデルカが構築する写真世界は、
身近なスナップであるにもかかわらず、
エベレストのように崇高な頂きの輝きを見せてくれるのです。
超広角で撮ったとおぼしき名作もあります。
パリの大通りの雪景色、
地下鉄の換気口にまたがって暖をとる黒犬、
はるか向こうに小さくシルエットを見せる通行人たち、
人工池なのでしょうか、円形の窪みの向こう岸の黒い円弧、
そして、そのずっと遠景に黒々とけぶる森、
これらの要素が見事に組み合わさって、
神話的とも言いたくなるような、静寂の空気感に満ちた情景を作り出しています。
このような天才がソ連軍のプラハ侵攻を描く一連の写真群を発表したとき、
他のいかなる媒体にも増して、
彼の写真の持つ迫力が、ソ連の不法性を世界に印象づけたと、私は信じます。
そのクーデルカが晩年パノラマに熱中したというのも不思議です。
伝説的な名作の数々を生み出すという奇跡的ないとなみに、
ついに疲れ切ったからでしょうか?
緊密な構造とダイナミックなモノクロームのグラデーションはあいかわらずですが、
どこか解放を求める心の渇きのようなものを感じさせます。
クーデルカの全盛時代の作品は圧倒的な力感をもって迫ってくるのですが、
どこか寂しく冷たい金属的なきしみを感じるのは私だけでしょうか?
カルティエ=ブレッソンの決定的瞬間の作品群が、
もっと人間的で、人肌のあたたかさを感じさせるのとは対照的です。
その結果、私だけのことかも知れませんが、
クーデルカの作品群にこの上ない尊敬と驚異を感じるのですが、
私が心から愛するのはカルティエ=ブレッソンの作品群なのです。

c0168172_23525546.jpg
c0168172_2353816.jpg
c0168172_23532277.jpg
c0168172_23533575.jpg

by Hologon158 | 2008-11-06 00:03 | ホロゴンデイ | Comments(0)