わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2009年 02月 06日 ( 3 )

50.02タンバールアワー3「2009年1月23日生駒の夜」2 闇夜もタンバールさえあれば怖いものなし


さて、タンバールの夜にご招待いたしましょう。
すでに書きましたが、この日は午後7時半から、写真仲間の新年会。
午後5時すぎに仕事を終え、
奈良から生駒まで電車で約10分。
ついたのは午後5時半。
それから約1時間、バッグの底に潜めておいたタンバールで撮影しました。
すでにとっぷりと日は暮れています。
生駒駅の南に小さな商店街、その商店街とその周辺の路地を徘徊しました。
路地に入ると、街灯はほとんどありません。
ほとんど暗黒。
そんな闇の中で撮るのですから、剣呑だなあとお感じのことでしょう。
でも、前にも書きましたが、私は闇にぜんぜん恐怖感を持たない人間。
そのうえ、手には愛しのタンバールなのです。
心はふくふく、手もぬくぬく。
もちろん脳内露出計なので、こんな闇では露出計がはたらきません。
タンバールの開放値はF2.3(フィルターなしならF2.2)。
こんな場合、手持ちぎりぎりの設定にするのが私の常套手段。
つまり、絞りを開放にして、シャッター速度は8分の1秒。
こんなにしても、闇は闇、撮れっこありません。
でも、光が少しでもあれば、フィルムに少しは拾いたい、
そんなことを願っての設定です。
ほとんど暗黒なので、撮るものが限られています。
おかげで、日中よりペースが落ちて、収穫は3本だけ。
そんな中から少しずつごらん頂くことにしましょう。
まず最初に、商店街入り口付近の風景。
ソフトフィルターを付けたままですから、もうボケボケ!
それに、ちょっと後ピン傾向がうかがえます。
でも、これは私と大変によく似た性格で、責めることはできませんね。
私など、誰かに何かぐさっと言われても、とっさに言い返せない。
でも、そのすぐ後で、なんど後悔したか!
「ああ、そうだった、こう言い返してやったら、
きっと胸がすかっとしただろうになあ…」
私もちょっとというか、大変に後ピン傾向なのです。
つまり、我が愛しのタンバールも、ほんとにきれいな瞳をしているのですが、
それに似合わず、ちょっとトロイところがあるらしいのですね。
可愛いやつなのです。

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by Hologon158 | 2009-02-06 21:42 | タンバールアワー | Comments(2)

49.29 ホロゴンデイ20「2008年10月5日羅漢さん」29-完-千変万化の旋律に一点のゆるみもない!


ここ2日続けて、中国の作曲家にして胡琴の演奏家である、
劉明源のVCDを観、CDを2枚聴くことができました。
板胡という小型胡琴の大演奏家なのですが、
驚天動地というのはこのことかも知れません。
つくづく悟りました、
中国には、老子、孔子、始皇帝、漢の高祖劉邦、項羽、諸葛孔明、
唐の李世民、孫文、毛沢東など、
とてつもない人物がどっさり出現しましたが、
現代、かつてない人口を抱えて、
やはり今なお途方もない大きさの人物を生み続けているのだなあ!
ほんの小さな楽器なのです。
でも、その楽器から流れ出る音楽は限りなく豊か。
まるでストラディヴァリウスのように、
清らかで、輝かしく、あたたかく、深く、
今そこで音楽が生まれ出てくるかのような自在さで、
音楽が続くのです。
その千変万化の旋律に一点のゆるみもない!
まさにブレの気配をみじんも感じさせない、豪快で繊細な音。
風貌は大黒様のようで、手はグローブ、腕は丸太ん棒。
このがっしりとした体格がほんの小さな弓を操るのです。
そう、これだから、そんなこ揺るぎもしない、
ピンと張りきった旋律線を紡ぎ出せるのだなと、妙に納得。
まさに「神手」と呼ばれただけの人ではあります。
あらゆる分野で、このような「神手」としか呼びようのない名人が居ます。
動き、旋律、歌声、描線、写像、その他いかなるものでも、
まったく同じです。
ほんのかすかなかすかな揺らぎも見いだせないほどの、
確信に満ちたラインがすっとどこまでもどこまでも伸びてゆく、
そんな印象が「神手」のパフォーマンスに備わっています。
絵画では、フェルメール、ベラスケス、ダ・ヴィンチ!
人形浄瑠璃の吉田蓑助、
オペラのマリア・カラス、
ピアノのグレン・グールドもそうでした。
二胡では、劉明源と閔惠芬、
揚琴では、黄河。
そして、写真では、カルティエ=ブレッソン。

さて、伏見の羅漢シリーズはこれで終わり。
たった1日の写真を102枚も使って、29回まで伸ばしに伸ばす。
まるで、どこかの官庁の「水増し請求」みないなものですね。
でも、これが私なのですから、ごまかしは効きません。
もっとも、一番気に入った写真、人に見せてもよいと感じる写真を数枚厳選すれば、
私のブログももう少し体裁のよいものになるかも知れません。
でも、それは作家のすること。
たとえば、陶芸家が、最高の作品だけで勝負するために、
ほとんどの陶器を廃棄してしまうようなものです。
私は、写真家じゃないのですから、そんな勝負をする義理愛はないわけです。
そんなわけで、変わり映えのしないロボーグラフィばかり。
今後も同様です。
ただ黙々と、スキャンしては、ブログにアップさせていただきます。
よろしく
飽きたら、適当にさよならしてくださいね。

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by Hologon158 | 2009-02-06 19:47 | ホロゴンデイ | Comments(3)

49.28 ホロゴンデイ20「2008年10月5日羅漢さん」28 弘法筆を選ぶのか選ばないのか?


「弘法筆を選ばず」
私の友人が若い頃ヴァイオリンを習っていた頃のこと。
自分のヴァイオリンがちっともならないので、先生に、
「このヴァイオリン、ダメですよ。売ろうと思っています」
先生、「どれ、貸してごらん」とひょいと手にとって、
さあ弾くわ弾くわ、実に見事な音で演奏されました。
「まあまあ音がでるじゃないの、
これ、ぼくが練習用に買い取ってもいいよ」
友人、あわてて取り返して、「いや、売りません、僕が使います」
私が合奏を教えていただいている二胡の陳小林先生も同様です。
初心者用に毛が生えたような二胡でも、
先生が弾きますと、甘く切ない音が流れ出るのです。
だから、私はこの言葉を信じます。
本当の名人はそんなものなのでしょう。
でも、だから、自分もそうできる、そうしようなんて思いません。
「素人は道具を選ぶ」
これもまた、真実。
とくに、カメラとレンズにおいては、素人の場合、道具次第。
現代のディジタルカメラの描写にどんな違いがあるのか、
私には皆目見当もつきません。
でも、クラシックレンズは、それぞれ独特の個性を持っています。
とくにホロゴンとタンバール。
どちらも、他のいかなるレンズとも違う描写を見せてくれます。
写真家だったら、ホロゴン、タンバールで出せるような味わいを、
並のレンズでさらりとやってのけるかも知れませんね。
どうぞ、どうぞ、おやりください。
私はそれに文句を付けるつもりはありません。
私には、そんなことはできないし、またしたくもない。
私は、「この」ホロゴンを使いたいのだし、
「この」タンバールを使ってみたいのです。
そして、このホロゴン、このタンバールがどんな味わいを出してくれるか、
その汲めども尽きぬ独特の個性を、心ゆくまで味わいたいのです。
土門拳さんが、「写真作法」で、読者からの質問に対し、
「私はライカM3を使っているけど、
あなたは手持ちのカメラでがんばりなさい」
そうアドバイスされるのを読んで、少し奇異な感じを抱きました。
まるで、プロは道具を選ぶけど、アマは廉価版で我慢しろと言わんばかり。
結局、「弘法こそ筆を選ぶ」なのでしょうかねえ?

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by Hologon158 | 2009-02-06 00:09 | Comments(2)