わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2009年 03月 02日 ( 4 )

52. 45ホロゴン外傳7「1989年8月パキスタン」45 カルティエ=ブレッソン神話は崩壊していない!


昨夜、反省会の夕食で、中ジョッキを傾けながら、
51.11と12で書きましたカルティエ=ブレッソンに関する記事を、
友人達にとうとうとぶちました。
私としては新説を出したつもりだったのですが、
どなたからも反論どころか、コメントすら頂けなかったので、
誰かにその反論を聴きたかったのです。
ちょっと寂しい人なのですね。
今橋映子さんは「フォト・リテラシー」の中でお書きになっています。
カルティエ=ブレッソンの「サン・ラザール駅裏」がトリミングであったことを取り上げて、
「カルティエ=ブレッソンをめぐる神話がこうして切り崩される瞬間、
私たちの前には、報道写真を再考察する糸口が次々と発見されるのである」
たいていのカルティエ=ブレッソン好きは、トリミングだということを知っていたのですから、
まず、この点で誤解があるように思われるのですが、それはさておき、
私は、昨夜、自分が51.12の末尾で書いたことが間違いであったことに気づきました。
私はこう書いたのです、
「人が、彼の生涯最高の作品として称揚する写真が、
彼の生涯の基本ポリシーから外れたほとんど唯一の作品であり、
それなのに、決定的瞬間の史上最高のモデルとなってしまった!
なんという皮肉!」
そうではないのです!
カルティエ=ブレッソンは、このトリミング作業のなかで、
自分が写真の新たな可能性をつかんだことを悟ったのです。
すなわち、場所と人と写真家がある一点で決定的に結ばれるときがあって、
その瞬間、すみずみまでのっぴきならないほどに関連づけられた映像が写真となる。
彼の生涯の作品はすべてが伝説的なほどに決定的瞬間として完成されています。
そのように写真世界を確立できたのも、
この写真がきっかけ、突破口だったのです。
カルティエ=ブレッソンは、この写真でいわばブレークしたのです。
ですから、この写真がトリミングである事実は、
カルティエ=ブレッソン神話を崩壊させるものではなく、
逆に、カルティエ=ブレッソン神話の礎だったのです。
アルキメデスがお風呂で比重の原理を発見したように、
カルティエ=ブレッソンは、サン・ラザール駅裏のプリントで、
決定的瞬間の存在を発見したのです。
「ユーレカ!」、彼はそう叫んだかも知れませんね。
その後、彼がトリミングしたのは、1938年の「パチェリ枢機卿」たった一枚!
つまり、彼は生涯一貫して、彼の発見した原理を貫いたのです。
幾人もの評論家が、「決定的瞬間」は英語版の意訳であり、
彼自身の言葉ではなかったことをことさらに取り上げています。
それを何と呼ぼうと、何と理屈づけようと、そんなことはどうでもよろしい!
大切なことは、カルティエ=ブレッソンの写真の中で、
人とものと場所が信じがたいほど見事な幾何学的構図を描き、
それが人間的真実を教えてくれるということなのです。
他の写真家には、これと比肩できるような作品はほとんどありません。
彼以上に自分のポリシーを貫いた人もいないのではないでしょうか?
ですから、「神話」と呼ぶにふさわしいのです。
その神話の最高の作品が「サンラザール駅裏」であると誰もが考えてきたのは、
トリミングがなされたにもかかわらず、正しかった!
c0168172_16514036.jpg

[撮影メモ]
この光景は、シャンドゥール峠に向かう途中の湖、
パンダール湖。
その朝の光景です。
こんな清々しい、澄み切った空気の地で一生を過ごせたらどうでしょうね。
花粉症なんてないでしょうね。
でも、私は花粉症ではない。
この地に住んでいたら、
妻に出会うこともなかったし、
ホロゴンに巡り会うこともなかった。
やーめた。
by Hologon158 | 2009-03-02 16:55 | ホロゴン外傳 | Comments(4)

52.44ホロゴン外傳7「1989年8月パキスタン」44 人間、ほんとは時計いらずなのだ

c0168172_1523615.jpg

面白いニュースを読みました。
「スピーチに挟む効果的な「間」やスポーツでの間合いなど、日常生活で無意識に適切な間を取ることができるのは、脳の神経細胞が砂時計のように時を刻んでいるおかげ。こんな脳の働きを丹治順・玉川大教授(脳生理学)と東北大のチームが見つけ、1日付の米科学誌電子版に発表した。脳が秒単位の時間をつくる仕組みを解明した初の成果で、時間認知に障害が出るパーキンソン病などの治療に役立つ可能性があるという。」
この世には、とんでもなく正確に時間を刻める人がいます。
たとえば、打楽器奏者。
私の友人がテレビで観たそうです、
4人のドラム奏者が猛スピードで複雑なリズムを刻む、華麗なる競演。
ところが、ただ1人の演奏としか聞こえなかったそうです。
そして、指揮者。
優れた指揮者が棒を振りますと、
オーケストラはまるで軌道を走るかのように一糸乱れぬリズムで演奏します。
蓑助のような文楽人形遣いの人形の動きと停止の間合い、
落語家が、熊さんのセリフを語った後、一呼吸置いて、大家さんのセリフを語るその間合い、
みんな超微細な時間がポイント。
それよりも長くても、短くても、ずれてしまう。
ピタリと決まるから、「よっ、名人!」ということになります。
カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛の写真も同様の印象を受けます。
ただし、木村伊兵衛の場合は、ほんの一呼吸ずらして。
正確に時を刻めるから、適確にずらすことができたのでしょうね。
時間の正確な人間を評して、ときに「身体の中に時計があるような」とたとえますが、
ほんとに時計があったのですから、恐れ入ります。

今回の写真は、そんな時計的感覚は不要。
朝まだき、ようやく人が少しずつ起き出そうという時間です。
村には平穏が満ち満ちています。
なんだか桃源郷ってこんな処だったのではと思わせる光景。
by Hologon158 | 2009-03-02 15:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

52.43ホロゴン外傳7「1989年8月パキスタン」43 一台のカメラ、一弾揚琴


水墨画家、浦上玉堂の七言絶句にちょっと考えさせられました。

玉堂琴士たまたま三首を得る
半醒半酔半生老ゆ
終日終宵、酔吟に悩む
もし生前何に長儘(チョウジン)すと問わば
一杯の卯酒(ボウシュ)一弾琴
琴酒に興を遣る
老行日暮れて道なほ遠し
無限の心事(懐)なんぞきわまり有らん
世上の是非すべて管せず
ただまさに寒斎に長嘯すべし
(書斎に沈吟す)
老来孤独、栖(スミカ)無きに似たり
酔い去りて行吟するに、日すでに低し
身は風琴をひきいて、いたる処好し
山を尋ね水を尋ぬ、九州の西

私は、まだ老人とは思われたくない、いわば半老半壮の身。
でも、なんだか、玉堂の気持ちが痛いほど分かります。
ぼくはあと何年生きるのだろう?
ときどき、そう考えることがあるからです。
目の前に90の老人が居て、その人から尋ねられるとします、
「私とあんたとどちらが長生きできるじゃろうね?」
いまどき、こんな言葉を使う人がいるとは思いませんが、まあいいでしょう、
私はこう答えるほかはありませんね、「分かりません」
目の前に3歳の子供が来て、「おじちゃん、僕の方が長生きするよ」
私、やっぱり、「それは分からないよ」
でも、とにかく「あと一球!」じゃありませんが、
「あと何年?」と数える歳になってしまったのです。
子供の頃、夏休みが後半にさしかかったときと、やることは同じ。
こうなりゃ、思いっきり生きるぞ!
玉堂と違うのは、私なら、
「一台のカメラ、一弾揚琴
身はホロゴンをひきいて、いたる処好し」

c0168172_1145859.jpg

[後書き]
この崖下の家、
ちょっと「老来孤独、栖(スミカ)無きに似たり」を思い出させませんか?
でも、一度住んでみたいですね。
私の下手な揚琴演奏でも、水と風の音と溶け合って、ちょっとしたものに?
ならないでしょうね。
by Hologon158 | 2009-03-02 11:09 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

52.42ホロゴン外傳7「1989年8月パキスタン」42 よく遊び、余った時間でよく学ぼう!

c0168172_022176.jpg
子供の頃、木登りをしたことがありませんか?
私は大いに楽しみました。
樹上に家を造るほど、大きな木はなかったので、
この少年に近い状態でした。
でも、それでも十分にエキサイティングな体験でした。
視点が高くなる、ただそれだけで、自分が偉くなった感じがしたものでした。
私の母親はおおらかなものでした。
「首の骨を折るから、すぐに下りてきなさい!」なんて、
ヒステリックに呼びかけたりはしなかったのですから。
こんな風にして、視点を変えることの大切さを学ぶのかも知れません。
子供の遊びを馬鹿にしてはいけません。
大人になったときに大切になるようなさまざまな体験を、遊びの中で積むのですから。
受験戦争に浸りきった子どもたちが成人した今、
政治、経済のリーダー達が改善不可能な未熟さを露呈しているあたりに、
ひょっとすると、遊びながら学ぶ機会を奪われたことが絡んでいるかも知れません。
by Hologon158 | 2009-03-02 00:04 | ホロゴン外傳 | Comments(2)