わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2009年 03月 14日 ( 3 )

55.13ホロゴンドラマ4「2008年11月11、12日長崎四日と楽日」13 ライオンがハイエナの皮をかぶって

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昨日、ちょっと早めに着いたので、料理店近くの古書店に入りました。
写真の登場以後どんな風に変わったか?
そんな視点から現代絵画を論じた、ちょっと面白そうな本を見つけました。
でも、写真と画家との対比はあまりいただけないなという感じ。
「画家は見るが、写真機は見ない。
画家の身体は、眼を通して世界に接するが、レンズは接しない」
そう書かれています。
でも、これちょっと対比するレベルが違うんじゃないかな?
写真機は、それ自体、眼でもなんでもありません。
写真機は見ないでしょうが、撮影者は見ます。
写真機は、撮影者のキャンバスであり、絵筆、つまり道具なのです。
レンズは、世界に接しないけれど、撮影者は眼を通して世界に接しています。
写真に対するちょっとした偏見がなにかあるような気がしてなりません。
もっとも、写真的なリアリズムに対する一種の反作用として、
画家たちが、絵画におけるリアリズムについて再考を強いられたという論調は正しいと思います。
近ごろ、そうした再考のなかから生まれ出た潮流として、
写真よりもリアルな画像を目指す画家たちも沢山いるようです。
私には、これはちょっと滑稽に見えます。
なんだかこけおどしのように見えてしまうからです。
ライオンがハイエナの皮をかぶって、どうだ、偉いだろって、
胸を張っている感じがしてしまうのです。
by Hologon158 | 2009-03-14 22:52 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

55.12ホロゴンドラマ4「2008年11月11、12日長崎四日と楽日」12 心の中に歌がないと


昨夜、付虹先生の揚琴演奏をずっと見つめていて、考えていました、
音楽を演奏するということがどんなことか?
心の中でどんな気持ちが交錯しているか、私には分かりません。
でも、眺めていて分かるのは、
譜面をどう弾くかなんてことはまったく心にはないことが分かります。
ただ音楽がその場で生まれ出てゆく、そんな感じ。
そこまで音楽が自分の中に入っていないと、
プロとして人前で演奏するなんてことは論外なのでしょう。
楽譜はいわば指標にすぎません。
とくに付虹先生の場合、中国の揚琴音楽は別として、
中国や日本の歌のアレンジ曲なのですから、もとの楽譜は歌しかないのです。
先生は、たいていの場合、耳で聞いて採譜して、それを使うそうです。
それなのに、日本の歌を日本人の心で歌い上げるように自然で本物なのです。
揚琴は、左手で主旋律(歌)を弾き、右手で伴奏をします。
これすべて付虹先生のアレンジであり、ときにはアドリブ。
揚琴は基本的には打楽器ですから、音はぶつぶつと切れている。
でも、付虹先生が演奏すると、歌がなめらかに流れるのです。
心の中に歌がないと、そして心の歌を揚琴に移しかえる腕がないと、
人の心を躍らせる歌は生まれてこない。
演奏するって、大変なことなのですね。
こりゃ、あかんわ!

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by Hologon158 | 2009-03-14 10:26 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

55.11ホロゴンドラマ4「2008年11月11、12日長崎四日と楽日」11 幸福と絶望は紙一重?


午後11時半帰宅しました。
大阪府寝屋川市の京阪駅前の新和風創作料理店「桜-撫庵」に居たのです。
私の揚琴の師匠、付虹先生が金曜日、午後7時及び午後8時2回、
このお店でディナー付き演奏をするのです。
二胡の演奏家陳小林先生とその弟子四人
(内二人は、その一人が私なのですが、付虹先生の弟子でもあります)、
それに今中国の竹笛に魅せられて、学び始めたフルート奏者、
合計6人で、この演奏を愉しむことにしたのです。
休憩を挟んでの約2時間は悦楽の時でした。
付虹先生の演奏は、情緒纏綿として、清冽。
次から次へとリクエストにこたえて、楽譜などなしに、
魔法のように音楽が先生の手の下から紡ぎ出されてゆくのです。
陳小林先生も飛び入りで2曲。
いきなりの本番でも、お二人の演奏はぴったりとかみ合って、
ただただ恍惚として聞き惚れました。
二胡はかなり音がおとなしいので、通常はマイクで増幅するのですが、
そんな仕掛けなどまったく不要、朗々として、ふくよか。
ニュアンスたっぷりの演奏でした。
私の想いはひたすら、「もったいない、もったいない!
こんな素晴らしい芸術家お二人にマンツーマンで教えてもらっているなんて!」
最後に、ご自身二胡を教えておられる陳小林先生の一番弟子の方も加わって、
恒例のアンコール曲「賽馬(モンゴル草競馬)」
実に力のこもった演奏でした。
幸せでした。
でも、私の一番の思いは結局、次のことに落ち着きました。
付虹先生が演奏しておられるような素敵な音楽は、
ぼくにはとても弾けない。
音楽性、これがぼくには欠けている!
写真だったら、今私がしているように、素人でもブログで公開できる。
揚琴は、素人だったら、絶望的。
どこにも公開できない!
一人こっそり愉しむことしかなさそう…

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by Hologon158 | 2009-03-14 00:10 | Comments(2)