わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2009年 09月 17日 ( 4 )

107.34 ホロゴンデイ32「2009年9月5日新潟よいとこ、よい人、一度はおいで」34 ヘンシーン!

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今回の写真群5枚は、初日の午前中撮ったものです。
まだホロゴンウルトラワイドが死んだふりをする前。
5枚とも、ホロゴン15mmF8で撮りました。
ゴキゲンだったわけです。
「そのとき、ホロゴンが仮性頓死を敢行するまで、残すところ3時間。
Hologon158はそのことを知るよしもなかったのである」
私は、ホロゴンにどんなことがあったにせよ、
結局、こんなホロゴン15mmF8の写りが大好きなのです。
ツァイスらしい赤と青の発色の良さ、
立体感と鮮度、
そして、周辺減光。
猛烈に押しつけがましい描写かも知れません。
とくにほとんどどなたもこんなものをフォトジェニックとは考えない、
そんなものばかり律儀に撮り歩いている、私という人間はどこか奇怪なのかも?
でも、私は、クラーク・ケントの気分なのです。
つまり、現実の姿は、品行方正だけど平凡な男なのです、
だけど、一旦「S」字マークのシャツを着て、マントなんか羽織ると、
もう無敵のスーパーマン!
あの感じ。
平凡な写真素人なんだけど、ホロゴンを手にしたとたん、
ヘンシーン!
「スーパーマン」はちょっと古いけど、子供と一緒に見た「ウルトラマン」、
「スーパーマン」の翻案ですが、コンセプトは同じでしたね。
変身願望というのは、誰にでもある、いわば基本的な欲求なのかも知れません。
でも、悪いけど、犬や猫たちに変身願望あるんでしょうか?
そういう意味で、変身願望は極めて人間的なのです。
そう言えば、ホロゴンのシャッター、なんかこんな風に聞こえるぞ、
「シュワッチ!」
by Hologon158 | 2009-09-17 20:51 | ホロゴンデイ | Comments(8)

107.33 ホロゴンデイ32「2009年9月5日新潟よいとこ、よい人、一度はおいで」33 一人楽しんでいます

新潟にとりついてというか、とりつかれてというか、
9月10日以来7日間、32回にわたって、新潟シリーズを続けてきました。
いい加減にしてくれとお感じの方もかなりおありではないかとおそれています。
でも、いつものとおり、あなたの思い通りには参りませんよ。
これは私のブログなのですから。
新潟初日9月6日のスキャン分は結局414枚でした。
まだ150枚程度しかお送りしていません。
かなりはしょるつもりですが、それでもまだ200枚近く行きそうです。
近頃は1回につき5枚程度と、加速しています。
それでも、一日平均4回記事をアップしても、約10日は新潟初日シリーズが続きそうです。
一日に撮った分だけで2週間以上続けるとは、べらぼうめ、とお腹立ちかもしれませんね。
誤解のないようにお願いします。
あなたが今ごらんになっているのは、写真家による写真作品ではないのです。
ただの心覚え、ビジュアル・メモランダムなのです。
通常携帯で撮るようなメモ行為。
それをホロゴンという極上のレンズで撮るから、ややこしくなる。
私にとっては、美しい記憶にふさわしい極上のメモを作りたいのです。
でも、ただのメモなので、すいすい撮り、すいすい選択して、すいすいスキャン。
おかげで被害を受けるのはあなたですが、これは簡単に防げます。
見なきゃいいのですから。
本日、揚琴レッスンの帰り道、梅田ヨドバシカメラに新潟の残りフィルム19本を現像に出しました。
6日の残り12本と7日7本です。
今、我が家では、6日の午前中撮影分8本のスキャンが終わろうとしてます。
計算上、初日シリーズの後に、6日の前半8本分(おそらく200枚)を続けても、
合計20日間は新潟だけでもたせることができるのですが、
あいにく次回のレッスン日は10月8日、まだ3週間ある!
つまり、1日足りない。
初日シリーズ終了後、たとえば、ハノイシリーズの残り半分をもってきて、日を稼ごうか、
それとも、ペースを少し落とそうか、ここは思案のしどころですね。
と、一人楽しんでいるのです。

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by Hologon158 | 2009-09-17 18:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)

107.32 ホロゴンデイ32「2009年9月5日新潟よいとこ、よい人、一度はおいで」32 今朝、死にかけた!

本日は、恒例、月二回の付虹先生レッスン日。
いつも、浮き浮きと出かけます。
妻以外に、美人に親しく会える唯一の機会だから!
おっと、間違い! 違いますよ!
大好きな揚琴のレッスンを受けられる、人生で一番貴重なチャンスだから!
でも、書きたいことはそのことではありません。
JR奈良駅から大和路快速で出かけます。
いわゆるロマンスシートなので、とても楽ちん。
でも、今朝、実は死にかけたのです。
途中の駅で、隣に小柄な女性が座りました。
私、ラッキーと内心喜びました。
おっさんはいけません。
後から来ても、膝をぐいぐいと広げて、自分の席を広げようとします。
肘をつきだしてきて、平気で私の横腹をこづきます。
一度など相撲取りまがいの巨大な青年がどっかと座りました。
一瞬、人生が暗転したかのように、私は穴に落ち込んだ気分でした。
そのときは、幸い次の駅で前の席が空いたので、這々の体で穴蔵から抜け出しました。
でも、巨人君、ちょっと気を悪くしたんじゃないかな?
そして、今日は、小柄な女性で、安楽ソフトムードで行ける!
と思ったのは大間違いでありました。
この女性をBと呼びましょう。
なんの略かは、すぐにおわかりになります。
Bは、座ったとたんにぐいぐいと体を動かし、
肘を私の肘にぶちあてて、自分の席を広く確保しました。
なんだ、おっさんと同じじゃないか?
紳士は、体が大きくても、窓際の私との距離をあけるために、肘掛けに近く体をずらすものです。
Bは、女性の姿をしたおっさんだった!
でも、もともとそんなに大きくはないので、これはまだ我慢ができます。
突然、私は座席付近を包む臭気に気づきました。
クサイのだ!
女性は、なにか香水のようなものを付けているらしい。
でも、別の何かと複合して、それは臭気と化している!
でも、Bは気づいていない。
もうおわかりですね、Bはbad flavorの頭文字。
日本人は元来無臭なのです。
適度な乾湿度と毎日の入浴のおかげ。
イエズス会の神父が戦国時代に来日して、日本人は毎日入浴するので、大変に清潔だと特筆しています。
切った張ったの時代でさえ、日本人たち、入浴だけはちゃんと忘れなかった!
なんだ、昔から日本人は日本人だったのです。
ですから、人間の匂いというものは、加齢臭と口臭だけというのが日本の常識でした。
私の妻はほとんど化粧をしませんし、してもとてもあっさり、いっさい香りなどは出しません。
猫たちが3匹いるのですが、一日中換気扇を回しているので、ペット臭もない。
ですから、我が家では、ほとんど臭気がない。
(ほとんど、というのは、私自身に悪臭がないか、わからないので)
ですから、私は、臭気に対する抵抗力がきわめて弱いのです。
私は、突然窒息の危機に瀕していることを悟って、大急ぎで第二吸気法に切り替えました。
つまり、鼻呼吸は停止、口だけで息をする。
でも、苦しい!
私の友人に、海外によく出かける指揮者がいます。
彼は、大演奏家たちのコンサートを数知れず見てきました。
カラヤンのウィーンフィル、1987年ニューイヤーコンサートも観ましたし、
カラヤンが最晩年に、田園なのに、運命の振りで出てしまったシーンも、最前列近くで目撃したそうです。
そのときは、コンサートマスターの豊田耕児さんがドンと床を蹴って、
オーケストラをからくも出発させたそうです。
そんな人なのですが、ヨーロッパに長く通ったせいで、習慣もヨーロッパ化しています。
「自分のオーデコロンを見つけてください。
ヨーロッパの紳士は、それぞれに自分の固有の香りを見つけているのです。
それが紳士のしるしなのです」
これを聞いて思ったものです、
いやー、そんなのいやだあ!
日本の紳士の印は無臭なのだ!
まだ、JRに戻りましょう、生存を求めての私の戦いは10分程度で終わりました。
Bが途中の駅で突然下車してくれたからです。
次に座った女性はまさに淑女で、無臭でした。
そんなわけで、かろうじて私は命をとりとめた思いでした。
本日のレッスンは厳しいものがありました。
「伴奏の練習にかまけて、宿題、あまりできていませんね」
でも、最後に10月4日に、付虹先生も伴奏出演する陳少林先生の発表会用、
「陽関三畳」の伴奏を聴いていただきました。
先生が二胡の演奏を実に正確にハミングしてくださるので、大変に弾きやすいのです。
終わって、先生が小さくつぶやきました、
「ほんと、凄い!」
もうこの言葉が聞けるだけで、車内のいやな体験を忘れることができた思いでした。
さて、最後に、あなたが女性であるなら、ぜひ、くれぐれもお願いしておきます。
できるだけ香りは押さえるようにしましょうね。
どんな美しい香りも、別のなにかと複合して、臭気と化しかねないのです。
あなたが失恋したとすれば、ひょっとすれば、そのせいかも?
無臭こそ、男性を喜ばせる第一条件であるとお考えくださいね。
(ほんとかどうか知らないけど、自己防衛のため、大げさにこう書かせていただきましょう)

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by Hologon158 | 2009-09-17 17:09 | ホロゴンデイ | Comments(0)

107.31 ホロゴンデイ32「2009年9月5日新潟よいとこ、よい人、一度はおいで」31 東京はいいよ!

城山三郎がナンシーと往復書簡を交わしています。
その中で、城山が、ナンシーがニュー・メキシコの片田舎に30年間住んでいることについて、
「その地でお困りのことはありませんか。
不便なことや難儀なことも数々あると思うのですが」と書きました。
ナンシーは、返信で、なんで不便だと考えているのか理解ができない、と書いています。
城山は、大都会で住むことが便利だと考えていることを図らずも暴露してしまったのです。
都会中心の価値観もまた一理あります。
ナンシーの価値観もまた一理あります。
互いに相容れないのですが、ないものねだりよりはずっとまし。
都会の人間が田舎の価値観をもち、田舎の人間が都会の価値観をもってもはじまらない。
私の写真の先生田島謹之助さんは生粋の江戸っ子です。
うどんだけは関西風の出しにうっとりされるのですが、それ以外はだいたい東京一辺倒。
口癖のようにおっしゃっていたことは、
「東京はいいよ、1年の間に、世界中の美術展とコンサートがやってくる」
私はそのことは否定いたしません。
でも、そんなに沢山の美術展とコンサートを鑑賞するのは考え物ではないでしょうか?
私は、ほんの少しのアートしか観ないことにしています。
アートは勉強じゃないんだから、自分が心から惚れ込めるものだけ知り、観れば十分。
私は、群衆と押しくらまんじゅうしながら、アートを鑑賞するつもりはまったくありません。
そうでもしなければ、原画は観られないじゃない?
そうおっしゃる方がいるでしょうね。
おっしゃる意味は十分理解しているつもりですが、まったく賛成するつもりがありません。
そうでもしなければ、原画が観られないのであれば、私は観ません。
また、原画を観なければ、ほんとに分かったなんて、言えないじゃない?
そうおっしゃる方もいるでしょうね。
原画を観なければ、ほんとに分かったとは言えない?
ほんとに分かるって、どういう意味なのでしょうね?
私には、これは理解できません。
ほんとに分かる必要がなんであるの?
私はそう言いたい。
私の心が揺さぶられれば、私の心が躍り上がったら、
目の前にあるのがポスターでも、絵はがきでも、切手でも、棒きれでもいいじゃないですか!
それが誰が描いたもので、どういう流派で、どんな伝統から生まれ、どんな影響を与えたか、
なんて、どうでもいいじゃないですか!
ですから、私は、奈良の片田舎に住んでいることになんの痛痒も不便も感じません。
本質的に重要なことは、自分にふさわしい場所に生きること、
自分に大切なこと、必要なものが手にはいる場所であること、
そして、友人とたまに会えること、
これで生きるに十分じゃないですか?
でも、最後に正直に申し上げましょう、
私にとって、都会は本質的に悪魔の巣窟のようなものです。
新宿、東京の雑踏の人々の目が私には耐えられない。
人を人と見ていない、障害物か物体かのように、無機質の目で見返してくる!
あの目が耐えられない。
でも、あの目をしなければ、都会で生きてゆくことができない。
だから、自分もしらぬ間にそんな目をしてしまう、
それが耐えられない。
自然がいい、土の道がいい、人がいない方がいい、
私は結局、静寂と沈黙を選んだのです。

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by Hologon158 | 2009-09-17 00:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)