わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2010年 03月 06日 ( 8 )

140.46 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」46 そろって老いれば?

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私の住んでいる奈良の町を走る車から見ていますと、
市民であれ、観光客であれ、歩道を歩いてゆく人たちの半数、
いや60%以上も、高齢者であることに驚かされます。
現在の仕事について5年ですが、幾度か再来される方がいます。
怖ろしいですね。
たいていの方、お出でになる度に、はっきりと年老いてゆく。
私の行きつけの歯医者さん、とても誠実かつ有能な方なのですが、
3か月ばかりおいて行ってみますと、仰天して言葉を失いました。
お医者さん特有のふっくら顔が、やせさらばえて、細面に。
「ど、どうしたのですか?」
「ダイエットですよ」
あまりの変貌ぶりに、言葉を疑いたくなりますが、
その後半年、お元気にしておられるので、まあ、そうなのでしょう。
みんなじりじりと年をとっている。
現在の家に転居して、やはり5年ですが、
ぴんぴんとして庭の手入れをしていた、お隣のご主人、
今では完全に寝たきり状態。
私も、他の人から見たら、そうなのでしょう。
日本という国自体がなんだか老化しつつある感じさえします。
ちょっと怖ろしくなります。
そろって老いれば、怖くない?
とんでもない!
でも、なんだか感じるのですが、
誰も同じ傾斜、同じスピードで老いに傾いているわけではない。
早い話、私の妻は、猛烈に若いままにエネルギッシュに駆け回っています。
時間を一杯やることで満たして、
時間の流れを精一杯蕩蕩と豊かにしている感じがします。
どうやら、これが若さの秘訣のようです。
精一杯、生き生きとなにかをやり続けること!
人生をエンジョイすること!
夫の方もがんばらなくちゃ!
by Hologon158 | 2010-03-06 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.45 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」45 頭とレンズの関係

前回、目を閉じ、耳をじっと澄ますという聴き方を紹介しました。
あなたはできますか?
私はできません。
私は、じっと目を見て聴く人間なのです。
よくよく考えてみますと、
私という人間は、聞くときも、考えるときも、書くときも、読むときも、
実はホロゴン風にしかできない人間のようなのです。
とても概括的というか、とてもおおざっぱなのです。
肝心要がことがなにか分かれば、あとはどうでもよい、そんなつかまえ方。
記憶力が大変に悪いことと関連しているのかも知れません。
記憶力の欠如を補完するために、がっと大づかみする、
いつか、頭の配線がそんな風になってしまっていたようです。
揚琴で暗譜するのも同じやり方なのです。
一節一節ずつ覚えてゆくというやり方ができないのです。
ひたすら全曲を通して練習する間に、気がつくと覚えている、
このやり方しかできません。
ぜんぶ、身体で覚えて、頭で覚えない。
なんだかおかしな人間です。
記憶力が悪いので、読書しても、あまり記憶できません。
では、どうするか?
大好きな本は、文字どおり生涯にわたって幾度も幾度も読み返すのです。
覚えていないので、とても新鮮に読める利点があります。
そして、その本の空気のようなものだけが私の身についてくるようです。
写真で、結局、ホロゴンのノーファインダー撮影に行き着いてしまったのも、
あるいは、私の頭のこんな構造と関連しているのではないかな、
そう今気づきました。
細部をしっかりと見つめて、しっかりと画面構成をする、
そんなことができない人間だからこそ、一眼レフを捨て、
超広角15㎜の110度の画角がふさわしいのかも知れません。
言いかえると、
誰にも、その性格にふさわしいレンズがあるのかも知れませんね。

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by Hologon158 | 2010-03-06 21:42 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.44 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」44 テレパシーを信じますか?

読心術はテレパシーの一種のようですね。
あなたはテレパシーを信じていますか?
信じるも信じないも、根拠となる体験がないのでは、どうしようもないですね。
間違いのない事実は、私の妻は、私の考えることが分かること。
(でも、私は妻の考えが分からない)
これはテレパシーではなくて、経験的判断、推理なのでしょう。
猫たちでさえも、推理をし、私たちの考え方を察知して、すばやく行動します。
この推理は、言語的な推論ではなくて、経験的な察知、
第六感って、そんなものなのかも知れません。
素行の相対したお坊さんは、読心術を使うとき、相手の目を見ていたのでしょうか?
計算する馬の話がありますね。
簡単な算術なら、ぴたりと正解を当てることができる。
でも、これは出題者の顔をさりげなく見て、
正解のときだけ示す微妙な表情の変化を知覚していたことが判明しました。
素行だって、それ位のことは考えたかも知れません。
でも、すでに、他の人が目をつぶったり、向こうを向いたりしても読まれていたかも。
そんな実験がすでになされていなくても、
素行としては、そんな可能性を試すわけにはいかなかったのです。
それで読まれたんじゃ、面目丸つぶれですから。
それにしても、ずばり読まれて、「フン、間違いだ!」と言い張る人はいなかったのでしょうか?
おそらく、お坊さん、見事に呼吸を読んで、ずばり「こうでしょ!」と切り込んだのです。
だから、被験者は、あんまりびっくりして思わずたじたじっとなったまま、
態勢を挽回できずに、白状してしまったのです。
目は嘘をつけない!
でも、聴覚型の人もいます。
まだ社会人1年生の頃、50前の上司は男の中の男として知られる人物でした。
鋭敏で、まっとうで、エネルギッシュでした。
でも、数年後には癌で、惜しまれつつ世を去ってしまうのです。
神に愛された人だったのかもしれません。
この人、重要な会話のときは、しっかりと目を閉じて、相手の言葉に耳を傾けるのです。
そんな人に向かって話したことがありますか?
好い加減なことを言えなくなってしまいます。
こわいですよ。
松平定信もそんな人だったようです。
訴訟のとき、裁きの場と障子を隔てた小部屋に入り、
お茶を頂きながら、じっと当事者の言葉に耳を傾けたと言います。
お茶は精神安定剤なのです。
小さな偽りが言葉の揺れになって現れるのかも知れません。
そんな知覚的な効果だけではありません。
稀代の鋭敏な人物が障子の向こうでじっと耳を澄ませている、
その事実だけで、虚言を吐こうとする不埒者はおもわず狼狽したに違いありません。
テレパシーでなくても、人の心を読む術はいろいろあるようですね。

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by Hologon158 | 2010-03-06 16:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.43 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」43 役者やのお!

クイズだなんて、大げさに出ましたが、大したことではないのです。
私が感じたのは、こうでした。
   この話をそのまま受け取ると、
   素行先生、お坊さんにちゃんと心の中を読まれてしまったじゃありませんか?
   素行先生の負け!

しかし、素行先生、負けるつもりはなかったはず。
彼が考えたのは、こうでした、
   見抜かれるのは仕方がない、
   でも、自分の面目を失いたくない。
そこで、猛烈に物騒な脅しに出たのです。
素行の狙いは見事的中しました。
お坊さん、すごすごと逃げ去ってしまったのです。

そこで、素行、とくとくとして種明かしをした?
そうでしょうか?
もし私がその場にいたら、こう言って笑ったでしょうね、
   「なんだ、それじゃ、素行さん、あんたも結局は見抜かれたんだね」
素行は、そんな風に言われたり、噂されたりしたくなかった!
   だとすれば、その場であっさりと自慢げに種明かしなどしなかった!
   あっけにとられて、なんだ、なんだと騒ぐ人たちを尻目に、
   素行は悠々と立ち去ったはずなのです。
後日、自分の評判を傷つけない頃になって、はじめて打ち明けたのです。

つまり、素行は、若くして、早くも軍略的な人間だったのです。
見破られるとしても、人に見破られたことを気づかせない戦術をとったのです。
ところが、時がたつうちに、本当は、時間を置いた、2つのお話が、1つになってしまった。
「甲子夜話」の著者松浦静山は、なんと言っても平和の時代のおっとりとしたお殿様、
素行の逸話をあやまり伝えられて、そっくり鵜呑みにして書き記してしまった。
そうではないでしょうか?

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by Hologon158 | 2010-03-06 15:46 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.42 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」42 テレパシー異聞

「甲子夜話」からまた1つ、
ただし、今回はクイズです、よく読んでくださいね。

    昔、人の心の中を言い当てるお坊さんがいたそうです。
    誰もかもみんな見抜かれて、面目ないとしょんぼり。
    軍学家の山鹿素行先生、まだ若かりし頃ですが、
    みんなから強いられて、いやだと言うのに、坊さんと対面させられました。
    じっとにらみあい数秒。
    お坊さん、額に汗を浮かべて、
        「今日は、当て物は勘弁してくだされ」
    素行、ぐっと膝を詰めて、
        「ぜひ、聞かせていただきたい」
    お坊さん、平に平にと逃げ去ってしまいました。
    回りの人たちが、素行に尋ねました、
        「なぜ、坊さんは言えなかったのですか?」
    素行、
        「心に考えたら、それを当てることができるのは当然です。
         そこで、私は心に考えたのです、
         私の心にあることを一言でも口にしたら、斬る!
         ですから、逃げてしまったのですよ」

そこで、クイズ。

山鹿素行がいかに鋭敏な頭脳だったかという逸話、そんな感じです。
でも、この話、どこかおかしい、ピントがずれていると思いませんか?

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by Hologon158 | 2010-03-06 14:28 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.41 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」41 レミングたちだって

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   世の中、物事には軽重があって、それを間違ってはいけない。
    2時間近くかけてわざわざ行った長浜で、こんなもの撮ることはないだろう!

そうおっしゃる方が多いでしょうね。
私もそうおもいますね。
ですから、そんなことをする人はほとんど居ませんね。
でも、私は撮ります。
なぜか?
   撮りたい! 瞬間、そう思うからです。
   そんな風に心が動いたら、なにも考えずに、シャッターを押す!
   そうしているからです。
大体、物事の軽重って、簡単にお分かりになりますか?
人生、なにが大切で、なにが大切でないか?
これが分かれば、世話はない。
でも、それが分からないから、のたうちまわって生きるのです。
   大切だと思ったことが、後で大したことではないと分かる。
   つまらないことだと思っていたことが、後で、重要だったと分かる。
私には、そんなことがいくらでもあります。
物事の軽重は、その後の出来事の重なりも一緒になって決まって行くのですから、
そのとき、過去現在未来の全体を見わたせない私たちにはとても判断できないのです。
だとすると、どうすればよいのか?
   自分を信じましょう。
   自分の心のままに動きましょう。
   自分の心のまま動いて、後で後悔するのと、
   自分の心に反して動いて、後でこうかいするのと、
   どちらが苦いですか?
ですから、私は、どこに行っても、撮りたいものを撮り、
どんなに美しく見え、どんなに重要なポイントと人が言おうとも、
私の心が動かなければ、目もくれないことにしています。
   それで、この板や壁が人生に大切だと、分かったかい?
分かりませんね。
なにが人生に大切で、なにが大切じゃないか、いつ決まるか、分かりませんね。
だから、そんなことを一々考えながら生きていられませんね。
   ただまっしぐらに生き抜いて、いつか死ぬ、それで良いじゃないですか?
レミングたちだって、そう考えて、まっしぐらに海に突っ込んで行くのでしょう。

   世界のレミングたち、がんばろう!
by Hologon158 | 2010-03-06 12:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.40 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」40 猫にやられた!

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今日の大阪大正区の撮影は中止!
玄関に用意しておいたバッグのフラップがしっとりと泣き濡れていました。
見事、猫にやられてしまったのです。
出て行ってほしくないときの、奥の手。
以前、仕事用バッグにこれをされて、知らずに通勤電車に乗りました。
隣に座ったサラリーマン、突然、なにか鼻をひくひく鳴らす音を立てたと思ったら、
ガバッと立ち上がって、急いで離れていってしまいました。
これで気づきました、私のバッグはとても異様な悪習を放っていたのです。
私は、遊び用に帆布風の布バッグ(軽量)と仕事用のレザーバッグ(小型)、
この2つしかバッグを持っていません。
今日は単独行(つまり、お忍び)なので、ポメラと本一冊を入れます。
これが友人とのおしゃべり代わりというわけで、
これにいつもの建築家手帳があれば、鬼に金棒というわけです。
その上に、ホロゴンウルトラワイドとフィルム16本。
仕事用バッグではその半分も入りません。
おそらく犯人はグリだと疑っていますが、このあたりちゃんとお見通し。
やられました。
やむなく蟄居。
      (ここまで書いたのが午前10時50分、ふっと気づきました、
      そうだ、ほとんど人がいないカントリーに行けばよかった!
      バッグが悪習でも、誰も気づかないのに!
      私は、なかなか軌道修正ができない人間なのですね)
でも、家でもやることは一杯あります。
1月30日葛城古道撮影分14本をスキャンします。
月曜日に40本少し現像が上がってきますから、それまでに済ませておきたい。
ブログも揚琴も現在絶好調なので、これも楽しみたい。
要するに、いつも通りの生活ですが、退屈いたしませんね。
天国でパラダイスしちゃっている人に、使徒ペテロが質問するそうです、

      あなた、今、次のどの状態ですか?
        1 幸せ
        2 大変に幸せ
        3 もうめっちゃめちゃ幸せ

私の場合、こうした日常のルーチンに近い生活は、1。
スキャンが終わり、CRT上にA4ほどの大きさの画像が出現します。
一枚一枚心が躍り、興奮しますね。
揚琴は、課題をいつも設定します。
今日は、この曲を完全に暗譜で弾けるように!
課題をクリアーできますと、これはパラダイスですね。
そして、ブログ。
毎回、キーボードに指を置くまで、なにを書くか、決まらない。
でも、キーボードに指を置くと、なんとかなるものです。
なぜか?
宿題とか義務ではない、遊びだからです。
やってもやらなくてもいい、でも、やったら楽しい、そんなこと。
      なに、自由? 
      じゃ、やろう!
by Hologon158 | 2010-03-06 11:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)

140.39 ホロゴンデイ42「2010年1月23日近江長浜しっとり雨に濡れ」39 どうぞ、ご勝手に

「甲子夜話」にこわい話が載っています。

     江戸で知られた狂歌の宗匠が狂歌集を出したのです。
     よほど自信があったのでしょう、つてを頼って、
     京都の冷泉家の和歌の大家に添削、批評を仰いだのです。
     でも、その後いくら待っても、なんの音沙汰もありません。
     しびれを切らして、つてを頼って連絡をしてもらうと、
     歌集が送り返されてきました。
     喜んで歌集を開いて、見れども見れども、添削、批評は見つかりません。
     こりゃ、どういうことじゃ、ともう一度見直したのですが、
     きれいさっぱり手を入れた形跡なし。
     巻末を何気なく開いてみますと、一首の歌。

               敷島の道を横ぎるかま鼬、
                    てんになるべき言の葉もなし

     狂歌師、この歌を読んで、とても及ぶところではない、
     恥ずかしいことをしたと後悔したということです。

これを読んで、感じたことは、
     ぼくも、自分の写真に自信があって、
     さあ、どうだ、凄いだろ?と自慢する気だったら、
     同じ罠に陥ったことだろう。
でも、私はこの狂歌師よりは経験を積んでいます。
私の場合、まだ写真をやっていた頃、いろいろと人に写真を見せる機会がありました。
私の写真たちが受けた反応は、ほとんどの場合、次のいずれかでした。
     当惑
     反発
     拒絶
     嫌悪
     無視
ですから、こうしてブログを作っていきながら、
自分の写真が受けている反応はちゃんと理解しています。
それでも出すのは、江戸の狂歌師とはぜんぜん違う立場で。
     自分という観客のため。
でも、こんな風に書いても、ほとんどの方は文章をお読みにならないでしょうから、
結局、私の写真たちも、写真作品としての厳しい視線にさらされていることでしょう。
私としては、こう言うだけです、
     どうぞ、ご勝手に。
     でも、私は江戸の狂歌師と違って、恥じたりはしませんよ、
     あしからず。

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by Hologon158 | 2010-03-06 00:19 | ホロゴンデイ | Comments(0)