わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2010年 03月 26日 ( 3 )

145.06 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」6 身なりも心もすぐに

アレクサンダー・テクニックは、背、首、頭をしっかりと立てて、
脊椎を一直線に立て、頭を上に向かって進める、そんな気持ちで立つことを求めます。
武蔵の五輪書にも、とても似た考え方を見つけました。
「他流に、太刀かず多きこと」という段。
武蔵は、他流が、さまざまの型を編み出して教えることに異議を唱えます。
人を斬るのに、そんなに沢山の方法はない。
要するに、叩き、斬り、突き、薙ぐ、これだけじゃないか、そう言うのです。
華麗にさまざまな型を工夫して人を斬ろうとしても、斬れはしない。
そして、こう言うのです。

       我が兵法においては、
       身なりも心も直(すぐ)にして、
       敵をひずませ、ゆがませて、
       敵の心のねぢひねる所を勝つ事肝心なり。
       よくよく吟味あるべし

身なりも心もすぐにして、
これって、まさにアレクサンダー・テクニックじゃありませんか?
偉大な音楽教師として知られるネイガウスは、演奏について、
こんなアドバイスを残しています、

       演奏は、情熱を込めて、強く大きく、深く、
       そして正確であるべきである

この言葉も、武蔵にぴったりと寄り添っています。
そこで、のりのよい私のことです、
こんな言葉がいくつもたたみかけて、かさにかかって、心に入ってきたのです、
もう、従わざるをえないじゃありませんか?
今日、仕事から帰って、もちろん子どもたち(猫ですが)にご飯をあげてから、
揚琴に向かい、情熱を込めて、強く大きく、深く、
そして正確に弾くようにつとめてみました。
いやあ、驚きました。
突然、堂々と揚琴が鳴り始めたじゃありませんか!
こんな風に、まともに信じているのですから、
私の主観、自己認識って、極めてえこひいき的ですね。
でも、音楽でも写真でもなんでもそうです、
ためしに情熱を込めて、強く大きく、深く、そして正確にやってみてください。
天井がパッと外れて、蒼天が頭上に広がった、
そんな感じがしますよ。

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by Hologon158 | 2010-03-26 22:09 | ホロゴンデイ | Comments(0)

145.05 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」5 ボールを見ないで!

大リーグのオープン戦で、「超」がつくスーパープレイを見せたそうですね。
あわやホームランというライナーを、
イチローが壁まで走っていって、ボールを見ないままにキャッチしてしまった!
イチローならではの離れ業をまたもや演じたわけです。
今年のイチローの好調をうかがわせる好材料ですが、
背後から飛来するボールを見ないまま捕球することがどうして可能か?
素人にはとても説明できませんが、
イチローほどの名人になると、打者が打った直後のボールの方向、勢いを見ただけで、
その軌跡、落下位置、補給タイミングを計算できるのでしょうね。
宮本武蔵の五輪書を思い出しました。
「他流に、目付けといふこと」という段。
他流では、敵の太刀、顔、足等さまざまな個所をしっかりにらんで戦うことを教えるが、
武蔵は、そんなことはしてはならない、兵法の妨げになると教えます。
翻訳で書いてみましょう。

     「そのわけは、たとえば、鞠をける人は、鞠に目を付けていないのに、
      難しい蹴鞠の曲足をたくみに蹴ることができる。
      ものに習熟することによって、確かに目で一つを見る必要はない。
      兵法の道においても、敵との戦いになれ、人の心の軽重をさとり、
      兵法の道を体得できれば、太刀の遠近、遅速までもすべて見えるものである。
      兵法の目の付け所は、相手の心に目を付け、心眼を働かせなければならない」

イチローの目と動きは確かに武芸者のそれを思い起こさせます。
彼のときおりの言葉にも、まるで武蔵のように晦渋で深い考慮が感じられます。
古今の武芸者に相通じる極意のようなものを感じることができる、
どうやら私たちは稀有の名人を目の当たりにしているのかも知れませんね。

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by Hologon158 | 2010-03-26 18:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

145.04 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」4 豪快和服美人なんてねえ

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現代で一番失望させられることと言えば、
若い女性たちの和服姿ですね。
浴衣を着ても、振り袖を着ても、まったく身についていない。
大またでのっしのっしと歩き、色も柄も下品そのもの。
「優雅」とか「しっとり」とかが和装女性の形容詞でした。
ところが、今や、「豪快」「猥雑」「男性的」が形容詞になりかねません。
着物そのものが上品であっても、顔と腰つきと歩き方がまるで合っていない。
ところが、美しい和装女性を見ることができる都市がひとつあります。
それが、京都。
京都駅前の広場を歩いていますと、
まさにそんな和装女性に出会いました。
旅にでるのか、バッグをひっぱっています。
着物そのものは現代風の奇抜デザインに近いもので、趣味がよいとは言い難い。
でも、腰つき、裾捌きはまさに京のおなごでありました。
とくに足に魅惑を感じるフェティシズムがあるようです。
この女性の足なんか、ファンがつきそうですね。
私は、残念ながら、いかなるフェティシズムとも無縁。
それでも、急ぎ足であるく女性の姿を撮らずにはいられませんでした。
広大な空間に見えますが、これでも、女性まで約2メートルなのです。
by Hologon158 | 2010-03-26 00:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)