わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2010年 03月 31日 ( 3 )

145.20 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」20 偉大さへのサイクル

「音楽家のためのアレクサンダー・テクニーク入門」で読みました。

    「ボレロ」で有名な作曲家ラヴェルは、代表作の弦楽四重奏曲を作曲後も、
    パリ音楽院でフォーレの作曲クラスに通っていたそうです。

    偉大なソプラノ歌手ロッテ・レーマンは、すでに盛時を過ぎた後も、
    毎日45分間、音階をゆっくりと完璧に歌えるように練習したそうです。

    偉大な音楽教師ナディア・ブーランジェも、高齢になっても、
    ピアノで単純な和音の練習を続けたそうです。

偉大な音楽性は、とても地道な努力に支えられていたのですね。
怠惰で偉大さに達した人などいませんね。
そして、彼らは、音楽が好きでたまらなかったのではないでしょうか?

    好きだからこそ、謙虚になれた。
    謙虚になれたからこそ、さらに努力ができた。
    努力ができたからこそ、なおさら好きになった。

こんな風にサイクルを重ねるうちに、音楽性がどんどんと増幅していくのかも知れません。
私たちは、どうも、努力もせず、好い加減に試してみたあげく、
好きだ、嫌いだと勝手に独り決めしている感じがあります。
とことんまで、その道を突き進んでみて、その向こうに突き出たとき、
はじめて正当に好きなのか嫌いなのかを決めることができるのかも知れません。

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by Hologon158 | 2010-03-31 21:53 | ホロゴンデイ | Comments(0)

145.19 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」19 謙譲の美徳もほどほどに

昨日朝の通勤バスの運転手は最悪でした。
新米の女性運転手。
私の乗るバス停の前には大学直通バスのバス停があり、
通学バスはそのバス停の広場で回転します。
昨日朝、そんなバスが回転を始めました。
客は一人も乗っていません。
私のバスがやってきて、これを見た運転手、
なにを思ったか、私の立つバス停よりも30メートル以上手前で停車してしまいました。
まず、なによりも十人ばかりの乗客がすでに乗っているのですから、
公道をやってきた自分のバスの方が優先です。
次に、かりに回転中のバスに先に行かせる事情があったとしても、
先行車が行った後すぐに続けるように、バス停の客は乗せるのが普通ではありませんか?
先輩に対するなんという謙譲の美徳。
さすがに回転中のバスの運転手が気がついて、先に行けと手で合図しました。
当然です。
しかも、出発場所からたった一つ目のバス停なのに、
このときすでに時刻表より3分も遅れて到着していたのです。
5分遅れでようやくバスに乗り込んで、運転手のネームプレートを確かめますと、
名前の上に麗々しく印字されていました、
     「わたくしは安全運転につとめます」
まったく通行車も通行人もない田舎のバス停なのです。
     こんなの安全運転じゃない!
ようやく進行したのですが、途中2度、同じバス会社の対向車に出会いました。
すると、同じ広さの道が続いていて、
しかも走行しながら十分行き交う余裕がある大通りなのに、
なんと7、80メートル手前で停車してしまい、うやうやしく待機するのです。
2度目の対向車運転手、たまりかねたのでしょう、手を振って、そのままこっちへ来いと合図。
たった15分の道のりが、10分遅れでした。
新米であることを考慮しても、この常識はずれの運転ぶりには参りました。
自分が通勤客を乗せて、できるだけ定時に運行するべきであることを、
まったく念頭に置いていない。
以前、駐車場入り口の警備員が、バスの前に出て停車させ、
やってきた右折車を駐車場に導きました。
すると、バスの運転手、警備員を呼び寄せて言いました、
    「あんた、公共のバスの直進を止めたらあかんで」
毅然として、よかったですね。
郵政、普天間基地移転と、
鳩山首相の優柔不断、食言、基本を忘れた事なかれ主義、参院選優先のご都合主義が続き、
大事なところで決断力を発揮するという宣言など、どこに行ったのでしょう?
このバスの運転手さんの毅然とした姿勢、
公共の福祉を基本とする原理、原則主義を見習ってほしいものですね。
今のありさまは、むしろ最初の新米運転手とそっくり。

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by Hologon158 | 2010-03-31 18:31 | ホロゴンデイ | Comments(0)

145.18 ホロゴンデイ44「2010年2月7日清水あたりで京の雅を体験し」18 どれだけトライする?

ある賢者が言ったそうです、

    なにかを試してみるということをしない人生は、
    生きる価値がない。

この言葉に賛成しない人の方が多いのではないでしょうか?
たいていの人はこう言うでしょう、

    自分が試してみたいと思うものが現れたら、試してみるよ。
    でも、そんなにたくさん現れないんだ。

どちらも正しいように思えます。
    結局、自分が試したいと思ったら、そのときこそ、
    徹底的に試してみるべきだということでしょうか?
中途半端は行けませんね。
ほとんどのクラシックレンズファンは、ちょっと試してみただけで、
レンズの価値を決めてしまいます。
このようなやり方は2つの面で間違っていると、私は信じています。
自分のことは棚上げにして言うのですから、怒らないでくださいね。

1 あなたの写真の腕は、ほんの数十本撮っただけで、レンズを評価できるほどじゃない。
2 あなたのレンズは、数十本で自分のすべてを見せるほど、底の浅いものじゃない。

そして、どれだけ試してみるかは、その人の人生観次第ではないでしょうか?
人生の段階で、一つずつ味わう、試してみるという人もいれば、
人生のいかなる段階でも、同時にいくつもいくつも試してみる人もいるでしょう。
でも、かじっただけで、次ぎに飛びつく人は、人生を無駄にしている感じがします。
なんにも試していないように見えて、
実は、深い底流でなにかを試している人だっているでしょう。

    「あんたはどうなんだ?」
そう尋ねる方が当然おいでになるでしょう。
私は、とても狭い人間で、なんでもやってやろうということはありません。
    ときどき、心にピンと来るものがあります。
    そんなものだけを試してみることにしています。
煙草もついに一度も吸わなかったし、
あらゆるスポーツもしなかった。
ゴルフも車の運転もしたいとも思わなかった。
人がすることはほとんどしない人生です。
でも、後悔してはいません。
器用ではないので、ほんの少しだけじっくりトライすることにしたいものです。

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by Hologon158 | 2010-03-31 00:08 | ホロゴンデイ | Comments(0)