わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2010年 04月 30日 ( 2 )

152.11 ホロゴンデイ46「2009年8月8日京都の街は暑く、僕は熱かった」11 ミクロコスモスに生あり

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連休に入りましたね。
でも、私はカレンダー通りなので、出勤しています。
最近見つけたインド料理店で、おいしいナンをいただき、
ポメラを使い、本を読んでいます。
マッソン、マッカーシー「ゾウがすすり泣くとき」(河出文庫)
別のことを書くつもりだったのですが、
この本でとてもおもしろい記事を見つけました。
ブラジルの獰猛な軍隊蟻のエキトン。
ときどき、行進をやめて、怠惰に過ごすことがあります。
そんなとき、お互いに体を掃除しあうのです。

    あちこちで、一匹がかわるがわる脚を突きだし、
    一匹ないし数匹の仲間がそれをきれいにしてやっている。
    口やら舌で脚を梳くようにして、
    仕上げて前足で触角をやさしくひょいとひと撫で。
    こうした蟻たちの行動は、単なる楽しみのためとしか思えなかった。
    ということは、これらの小さな生き物たちには余剰エネルギーがある、
    種の繁栄に不可欠な仕事をした上で、余ったエネルギーは、
    子羊や子猫のように、単にはしゃぐために使っている、
    あるいは理性ある生き物のように、気まぐれに過ごしている、
    ということなのだろうか?
    見ていると、ただ遊んでいるのだという結論を出さずにいられなかった。

昔、フランス映画「ミクロコスモス」で見たびっくり仰天映像を思い出しました。

    葉っぱの上の水滴、表面張力で透明の球体なのです。
    その水滴よりもかなり小さい蟻が、球体の中に首だけ突っ込んで、
    水を飲んでいるのです。
    蟻が首を突っ込んでも、ぐっとプラスチックが凹むような感じで、
    球体はまったく崩れません。
    不思議な光景です。
    その球体の中に見える蟻の顔は、
    タンブラーでオンザロックをすする紳士よりもおいしそうでした。

蟻の世界は、人間が想像もできないほどに違っている。
そして、それなりに楽しみがあるのではと思ったのですが、
遊ぶ蟻まで居る。
ただのロボット的なメカニズムにちょっと毛が生えた程度と思っている蟻が、
    実は人生ならぬ蟻生を楽しんでいるかも知れない、
そう考えると、ちょっとした思考パラダイムの革命に近い、
生命界の豊かさへの、新しい認識かも知れません。
こんなことを知ると、私は無上にうれしくなり、幸せを感じるのです。

    まさに、地球上の生き物たちはみんな、
    私たち人間の同志であり、同胞なのです。
by Hologon158 | 2010-04-30 19:15 | ホロゴンデイ | Comments(0)

152.10 ホロゴンデイ46「2009年8月8日京都の街は暑く、僕は熱かった」10 ヘタはヘタなりに

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昨日の二胡の演奏会の打ち上げで、
お隣に座った年輩の女性の言葉が印象的でした、

   私はがんばっても、そんなに巧くなりそうにありません。
   でも、こうしてコンサートに参加して、伴奏を弾いて感じたのですが、
   主旋律のメロディがよく聞き取れ、
   また自分の伴奏が主旋律にぴったり合うのが分かると、
   嬉しくなってしまいます。
   巧い人が独奏を弾くのは当然ですが、
   別にそんな凄い演奏ができなくても、二胡をやる価値があります。
   これからも、こんな風に伴奏を楽しみたいですね。

私、心から賛成しました。
私が目指している方向とぴったり一致しているからです。
今回も、揚琴の両側、いわばコンサートマスターの席に座ったのは、
陳小林先生の一番弟子で、すでに二胡の先生もしている方と、
子どもの頃からはじめて、天才的な上達ぶりが目覚ましい大学一年生の女性。
お二人とも、二胡から流れ出るサウンドがまるで違います。
かなり技巧を要する猛スピードの中国音楽は、
この二人と先生だけが主旋律を弾きました。
理由は単純です、
   この二人しか弾けない。
私は、そんな方の伴奏をつとめるのは喜びです。
   なぜって、ぴたりと合うからです。
でも、そんな方と技量を張り合いたいとはけっして思いません。
なぜか?
   私の伴奏がぴたりと合うのは、
   巧い奏者は見事なリズムで弾くから、そのリズムに乗ればよいからなのです。
ですから、ヘタはヘタなりに、あくまでも伴奏者として楽しみたいものです。
そのあたりのスタンスは、写真と同様ですね。
by Hologon158 | 2010-04-30 00:19 | ホロゴンデイ | Comments(0)