わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2011年 09月 28日 ( 3 )

270.04 ホロゴンニュース「2011年9月28日奈良町をキノプラズマートはお忍びで」Part.2 タブラ・ラサ



名判事オリバー・ウェンデル・ホームズJrの父が、
当然ながら、

    オリバー・ウェンデル・ホームズ。

作家です。
彼はエッセイ集「朝食テーブルの独裁者」で知られています。
私はまだ読んだことがありません。

明治維新の当時壮年期であった19世紀の人がどんなことを考えていたか?
興味がないわけではありませんが、
目下の関心は、別の所にあります。

    朝昼晩ブログの独裁者。

誰のことか?

    もちろん、私のことです。

ブログを始めた頃は独裁者ではなかったのです。
ブログの民主主義者。
でも、ふっと気づきました。

    朝昼晩、ブログを楽しみたいと思ったら、
    誰かの意見をあてにするのは、ダメ。

    一旦、ウェブ上に出てしまったら、
    もう取り返しがつかない。
    なにもかも自分で考える生活をしてきた人間が、
    今さら、人の意見を気にしても仕方がないじゃないか?

そこで、私はブログの独裁者となりました。
すると、分かりました。

    ブログって、この上もなく楽しいものだということが。

「タブラ・ラサ」

    この言葉、とても気持ちがよいですね。
    まるっきりの白紙、
    それが、タブラ・ラサtabula rasaです。

生まれてきたとき、心がタブラ・ラサであるかどうか、
私は知りませんが、どうもそうではなさそうです。

でも、ブログはまさに、タブラ・ラサ。

    今日、今から、なにを書いても良いのです。
    それを決めるのは、
    私。
    だから、独裁者でなければならない。

そして、独裁者らしく、孤独。
    でも、構わない。
    なによりも自由が大切。

本日のキノプラズマートの撮影結果、
後半をお送りしましょう。

    いつもの場所で、
    いつものように撮っています。

とても狭いエリアです。
私の視点、私の認識もとても狭い。
ですから、人の興味を惹くようなものは撮れません。
私の興味を惹くものだけ。

    写真でも、私は独裁者なのですが、
    とても小さな独立王国の主。



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by Hologon158 | 2011-09-28 21:37 | ホロゴンニュース | Comments(0)

270.03 ホロゴンニュース「2011年9月28日奈良町をキノプラズマートはお忍びで」Part.1



自問自答することがよくあります。

    この世で一番すてきな音楽はなんだろう?

答えられるわけがないですね。
全部聴いたわけじゃないし、
そのときの気分、演奏で変わってしまいます。

    今、この世で一番好きな音楽はなにか?

これなら、答えることができます。
これまで何曲も交代してきました。
でも、その数年は、この曲が揺るぎない王座を保っています。

    モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」

    すべてのオペラの中で、この曲ほど、
    緊密な構成で組み立てられている作品はあまりありませんし、
    最初から最後まで、文句のない名曲ばかり。
    そして、登場人物のキャラクター、役割分担も完璧です。
    全員が必要。
    ドラマの中で、全員、アリアの出番ももらっています。

でも、なによりもまず特筆すべきことは、

    モーツァルトがこのドラマに付けた音楽!
    すみずみまで完璧!
    そう言いたい位に、見事で、たとえようなく美しい。

    伯爵夫人とケルビーノのために書いたアリアは全部、
    人類が書いた至高の音楽に数えたいほど。

でも、ここで一番言いたいことは、
彼がちょっとした片隅に置いた音楽が
いつもとんでもないほどに生き生きとした表現なのです。

    このとき、モーツァルトのペンは神様が一緒に握っていたに違いない、
    そう確信しています。
    このいわば伴奏とアリアなどの主旋律とのかけあい、
    これがいつも実に雄弁に、その場の状況を彩り、
    説明し、雰囲気を作り上げます。

モーツァルトが交響曲でやっていることも、
基本的には同質である、と思われます。

    対話。

    さまざまなパートが互いにとても雄弁に語り合います。
    その語りの妙味に、聴く者は酔いしれるのです。

今日は、キノプラズマート25mmf1.5aを持ち出しました。
ソニーNEX-5Aに付けて、お昼に撮りました。
120枚の収穫から29枚、2回に分けてお送りします。

スピード・アナスティグマート25mmF1.5に代表される、
ダルメイヤー系のケルト的な濃霧に包まれた写りとは異なり、
まるで、カントの純粋理性批判のように、明晰。

どちらをとるかは、お好み次第ということになりそうです。

    私は、両方とります。



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by Hologon158 | 2011-09-28 19:51 | ホロゴンニュース | Comments(0)

270.03 ホロゴンデイ外傳26「2011年9月24日大阪福島にはダルメイヤーが繰り出した」3 グレン・ボルトン!



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アイヴォー・ボルトン指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団の、
モーツァルト交響曲41番「ジュピター」のCDが届きました。

モーツァルトの交響曲のおもしろさがどこにあるか?
これを聴いて、わかったような気がします。

どうわかったかを書く前に、
グレン・グールドのことを書かなければなりません。
これから書くことは、私がかってに考えていることで、
どこかで読んだわけではありません。

グレン・グールドより前から、
もちろんバッハは至高の楽聖でした。
でも、うやうやしく拝聴し、ありがたくご託宣をそん託する、
そんな、いわば山の上の存在でした。
要するに、すごいんだけど、どうもよくわからない存在でした。

ところが、グレン・グールドが出現して、
どんな摩訶不思議な魔法を使ったのか、未だにわからないのですが、
フーガの幾声部もの旋律を見事に歌わせることに成功しました。

    なんだ、いくつもの声部がおもいっきり歌を歌い、
    たがいに競いあい、協力しあっているじゃないか?
    まるでジャズじゃないか!

グレン・グールドの頭の中がどうなっているのか、見たかったですね。
いく人ものグールドが居て、各声部を受け持ち、
総合グールドが各パーツを見事に統合することができた、
そんな頭脳なのでしょう。

だから、バッハが楽しくて仕方がない。
その楽しさが聴衆にもちゃんと伝わる。

このグレン・グールドのモーツァルト・ピアノソナタ全集、
これが猛烈に新鮮で強烈でおもしろい。

    モーツァルトもまた、生き生きと躍動するパーツをちりばめ、
    それを統合して、一つの音楽としたことが、
    グールドの演奏を聴けば、納得できます。
    とても知的な遊びができた、それがモーツァルトの実像だったんだ、
    そんな風に感じてしまうのです。

そこで、アイヴォー・ボルトンの出番です。

    コンサートで、CDで、アイヴォー・ボルトンの作り出した音楽を聴いて、
    グールドがピアノソナタでやったことを、
    ボルトンはシンフォニーでやっているんだ、
    そうわかったのです。

こんな感じ、

    すべてのパートが互いにおしゃべりをし、
    喧嘩し、議論し、愛の言葉を交わし合っている!
    次々にすべてのパートにパッパッパッとライトが当たって、
    言いたいことを全部言い切りながら、次に移ってゆきます。

聴く方も気がつくと、身を乗り出して、

    ふーん、それで?
    ほー、そうだったの!
    それからどうした?
    もっともっと、全部話して!

ボルトンには、モーツァルトの言いたいことが全部わかるのです。
だから、私たちに向かって、わかったことを洗いざらいぶちまけてくれている。

私は、モーツァルトの交響曲をあまり好みませんでした。
美しい旋律が一杯あるけど、なにを言いたいんだか、さっぱりわからない。
演奏も、遅すぎたり、早すぎたり。
遊びじゃないんだよ、と言いたくなる感じ。

アイヴォー・ボルトンとグレン・グールド、
この二人の創るモーツァルトは違います。

    僕はこう思うんだ、はっきりとそれを理解させてくれて、
    しかも、舌を巻くほどに美しく、新鮮で、明晰で、深い。

私は、ボルトンがどの程度の指揮者か、まったく情報を持ち合わせていません。
でも、いつも書きますが、

    芸術は、私がよければ、芸術であり、
    私が感じなければ、誰がなんと言おうと、芸術ではありません。

心から脱帽する芸術家なんて、なかなか出会いません。

    でも、出会えたら、わかります。
    その作品の隅々まで確信と感情とエネルギーがみなぎっているからです。」

アイヴォー・ボルトンは、

    本物です。
    怪物です。

私の生きる糧となるアーチストをまた一人見つけました。
ワクワクしています。
by Hologon158 | 2011-09-28 01:04 | ホロゴン外傳 | Comments(0)