わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2012年 07月 10日 ( 4 )

354.06 ホロゴンデイ外傳87「2012年6月30日大阪鶴橋をバルター35mmがスイープ」6 するに時あり



94歳の女性にお会いしました。
かくしゃくとして、まるでぼけたところがありません。

あなたは、94歳まで元気に生きる自信がありますか?

私はあります。
ただし、妻がそんな風に長生きする自信が。
若いとが言いがたい年齢ですが、
まだ緑の黒髪で、はつらつとして、気合い十分。

私自身はと言えば、
そんなに長生きするつもりはありません。
山本五十六元帥ではありませんが、

   「三年は暴れて見せます」

私たちは、大リーグ連続安打記録に挑戦中のイチローのようなものです。
必ずヒットできない日が来ます。
でも、それがいつ来るか、分からない。
それまでは、休場するわけには参りません。
ひたすら打ち続けるしかない。

自分のやりたいことを思いっきりやるしかありません。
と言っても、今していることを永久に続けるわけには参りません。
これまでだって、今していることをし続けてきたわけでもありません。

   どんなことにも、するに時があります。

未来になれば、また、別のことをしているかも知れません。
そのとき、そのときにやりたいことができれば、
それが最高ではありませんか?




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by Hologon158 | 2012-07-10 21:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

354.05 ホロゴンデイ外傳87「2012年6月30日大阪鶴橋をバルター35mmがスイープ」5 平々凡々に?



あらゆる文化現象は同様の変化を被りつつあるようです。

音楽媒体のSPからモノーラルLP、ステレオ、CDへの移行、
写真媒体のマニュアル露出、ピント合わせから、
自動露出、オートフォーカスへの移行、
銀塩からデジタルへの移行は、高精密、高生彩への道です。

文章だって、そうです。
一言で言えば、「饒舌化」「複雑化」「平準化」

私のブログなど、饒舌化の典型例なのでしょう。

一番、危惧するのは、「平準化」
誰が書いても、文体が教科書的になってしまっていること。
とても読みやすい。
でも、無個性。

あ、これは太宰治の文章だ、宮沢賢治の文章だと、
ただちに分かる文体なるものが見えなくなってしまいました。

文は人なり、という言葉があります。
平準化したのは文章ではなく、人間の方です。
人間が平準化し、個性とかコクとかがなくなったために、
文章もありきたりになってしまったのです。

同じテレビを見て、同じスポーツを楽しみ、同じ食べ物を食べ、
という風に、生活全般が平準化しつつあります。
みんな揃って、平々凡々に?




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by hologon158 | 2012-07-10 18:13 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

354.04 ホロゴンデイ外傳87「2012年6月30日大阪鶴橋をバルター35mmがスイープ」4 驚きです



電車に乗って驚くのは、
ほとんど50%以上の乗客が真剣に携帯に向かっていること。
今や、携帯メールは人間のもっとも主要なコミュニケーションツールですね。

プロポーズもメールでする時代なのだそうです。
なおさら言いにくい絶交、離婚の意思表示だって、
メールでしているのかも知れませんね。
相手の顔を見ないで、言いにくいことを伝えることができる、
これは大変に便利ですね。
自分の意思を相手に伝えやすいという点で、
コミュニケーションは円滑迅速になったのかも知れません。

でも、メールの性格上、ニュアンスもなにもあったものじゃない、
完全なる最後通告風になってきているのではないでしょうか?
だとすると、これはロボット化のプロセスなのかも知れません。

これからは、インターネットを使う人心操作技術も発達していくでしょう。
今でも使われているはずです。
インターネットに国境はないので、
場合によっては、他国が人心操作をすることだって、考えられます。

万葉時代、コミュニケーションは歌によってなされました。
平安時代、コミュニケーションは、和歌と書簡によってなされました。

妻は、万葉集を読んで、この時代の人たちは、
現代人よりも高度で洗練されていたんじゃないだろうか、
そんな感想をもらしていました。

平安時代の書簡だってそうです。
書き順もデザインも自由。
白い紙の表裏にさまざまな方向に書きつづって、
空白を埋めて行くのが常態だったようです。
そのうえ、書道の文字は判読しにくいと来ますと、
現代人には言葉のニュアンスどころか、意味だって判読不明なのに、
平安時代の人々はこれを易々と読み解いて、
不自由なく意思を伝えあっていたのですから、
驚きです。

和歌のニュアンスだって同様です。
この言葉のうちに隠されたニュアンスを読みとって、
心を動かされていたのですから、
そんなことなど夢にも考えられない現代人は、
ある一面においては、かなり退化しているのかも知れません。

携帯メールは、そんな退化をさらに高進していくのではないか、
ちょっと心配になります。




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by hologon158 | 2012-07-10 17:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

354.03 ホロゴンデイ外傳87「2012年6月30日大阪鶴橋をバルター35mmがスイープ」3 努力あるのみ!


昨日は付虹先生の揚琴レッスン日。
一番楽しい日ですが、一番気合いが入る日。

奈良から大阪まではるばるやってくるせいでしょうか?
最初、必ず手が動かない、手首が回らない、頭も働かないと、
三重苦に悩まされます。
ようやく動き始めるのは、レッスンが終わり加減になったあたり。

最初から、左手が右手よりも低く、音も弱い。
だから、連音を弾いても、ぎくしゃくぎくしゃく。
毎回、このあたりを調整しなければならないのはつらいですね。

目下の練習曲「幸福泉」は、楽しいけれど、かなり難しい曲です。
急緩急の3部構成で、強弱の表情も至る所でつけなければなりません。
私が弾くと、一本の太い棒のようになります。

先生「次回で終わりましょう」
大変です。
つぎの2週間で形をつけなければなりません。
要するに、もっと頭を使って練習しなければ、ということです。

最後に、「八月桂花遍地開」という楽しい二胡曲を二人で練習しました。
付虹先生が二胡を弾きます。
これが楽しい!

音楽演奏の醍醐味はやはり合奏。
私にとっても、二胡の伴奏が主目的です。
「光明行」という名曲の伴奏を教えていただくことになりました。
いよいよ本格的に伴奏を教えていただけそうです。
わくわくしてきました。




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by hologon158 | 2012-07-10 00:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)