わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2018年 01月 30日 ( 1 )

715.01 ホロゴン外傅220「2017年9月27日ズミクロン35㎜F2の新大阪」1 私のブログの独裁者


今、春日大社国宝殿の展示は、
「伝説の名刀たち」
観覧してはいません。
ただ、パンフレットもどこかでもらっただけ。
神殿秘蔵、あるいは、
春日大社の御神刀を製作してきた刀工、月山家秘蔵の
平安、鎌倉期の名刀たち。
国宝が6つ、重文が7つ、というのですから、壮観でしょう。

おもしろいことを思い出しました。
韓流ドラマの時代劇をいくつか見ました。
そんなに多くではありません。
韓流ドラマの時代劇はたいていの場合宮廷内に渦巻く陰謀の顛末。
忠臣たちは裏切りによって倒され、
悪臣は横暴、専横の限りを尽くしますが、
本来王位を継ぐべき王子は、悲運を耐えに耐え続けますが、
最後には、悪臣を倒し、王位と愛する女性を手に入れる、
というような筋立て。
つまり、物語の大半はこれでもかこれでもかの横暴、悲劇の連続。
かなり疲れます。

その間に、私の子供の頃よく口にしていた、
「チャンチャンバラバラ砂ぼこり」の剣劇が展開します。
日本の時代劇のような一撃必殺の瞬間技ではなく、
華麗な舞のような立ち回りです。
そんなとき、剣士たちは左手に携えた剣の鞘を払うと、
鞘を地面にポーンと放り出します。

これが私にはよく分からないのです。
たいてい装飾のない黒鞘のようです。
戦いが終わると、勝利した剣士は自分の鞘を探さなければなりません。
でも、何人も入り乱れての乱闘の場には、
いくつもの鞘が散乱しているはずです。
韓流ドラマの剣も日本刀に似て反りがあります。
まさか完全に同一規格ではないでしょうから、
自分の剣がぴたりと収まる、自分の鞘を探さなければなりません。
戦闘が終わって、平安のときがあっても、これは面倒な作業。
でも、たいていは自分の鞘を探している暇なんかないはずです。

また、武運拙く敗走を余儀なくされたりすると、もっと厄介。
その都度、無事逃げ延びても、当分鞘なしで過ごさなければならない。
大和武士たちのように、
剣帯で吊したり、腰帯に差し込んだりしておけば、
そんな不便はなかったのでは?
そんな疑問が浮かんでしまいます。

もちろん、華麗な立ち回りのためには、
腰に鞘があると、どうしても邪魔になる、
という不便を考えてのことでしょうけど、
ならば、せめて、鞘に様々に装飾、色彩を施して、
戦闘後見つけやすいようにしたら、どうなかな?
などと、余計な心配をさせられます。

日本刀の場合、立ち回りに邪魔のなる鞘を腰に残した理由は、
瞬時に滑らかに抜けるかどうかが一瞬の勝負を分ける、
ということがあるのかもしれませんね。
居合い抜きがその典型ですが、
鞘から抜く動作がきわめて重要な修練の対象とされたのでしょう。
「抜く手を見せず」という言葉は日本にしかないのかもしれません。
日本刀も昔は直刀だったようです。
それが段々と「反り」の工夫を凝らすようになったのも、
鞘から瞬時に抜くための秘訣だったのかもしれませんね。
日本刀のことも剣道のこともまったく無知な私ですから、すべて頭の体操。
おそらく、すべて私の根拠のないあて推量にすぎないのでしょう。

でも、春日大社の日本刀展のパンフレットの数本の名刀が
それぞれに微妙そのものの美しいカーブを描くのを見ながら、
この記事を書いていると、
なんだか自ずから上記のような考えが湧いて出ました。

幾度も書いてきましたが、
私はブログ記事の冒頭にたいてい長い文章を掲載しています。
これすべて私の指先から流れ出た妄想!
そうお考えくださいね。
すべて頭の体操。

50歳のころ決意したことがあります。
「老境に入っても、
絶対に心身とも衰えないぞ!」
もちろんそんなことは不可能です。
でも、女性ではありますが、
100歳を超えても現役で活躍している方もおいでになります。
嘉納愛子さん、篠田桃紅さんのお書きになった本を読みますと、
お二人ともそれなりに大病にかからなかったわけではない。
そうした苦境を克服して、それぞれに努力してこられたのです。
それならば、私だって、努力してみよう。

私は神様のこともよく書きますが、
究極のところ、完全な無神論者です。
だから、神頼みをするわけには参りません。
そして、私の人生はたった一回限り、
死ねば、私は宇宙の組成物質に戻る、
そう確信していますから、
この一生をなにがなんでも大切に生き通したい。

そのためには、惚ける訳にいかず、体力を衰えさせるわけにはいきません。
私はとても不器用な人間です。
だから、信じたいこと、それは、
「千里の道は一歩から」
「継続は力なり」
そこで考え出し、実行してきたことが少なくとも10はあります。
いったん始めたら、やめません。
たとえば、妻を愛するようになって、××年!
やめない。

もう少し単純なことでは、
写真を始めて、原則として、毎週撮影に出るようになって、
40年を超えました。
どんなに仕事が激務であっても、
仕事よりもまず遊ぶことを優先させました。
夏休みには必ず旅行をしました。
心を込めて遊べるから、心を込めて仕事もできる。
体力あればこそ、精神力がある。
そんな風に信じて生きてきました。
だから、精神が疲れることが今までほとんどありませんでした。

そんな私が2008年8月に始めたブログは大成功でした。
人気を博したからではありません。
1年経っても、ほとんど人は来ませんでした。
だから、それ以来、アクセス数チェックはきっぱり絶ち、
完全に日記として続けてきました。
そうすると、どんなことでも思う存分書けます。
オリバー・ウェンデル・ホームズ博士が、
たしか「朝の食卓の独裁者」という随筆を書いています。
私は「私のブログの独裁者」というわけです。

このブログこそ、私の心の体操道具。
そして、私の随想、思いつきの倉庫。
そして、怖いことですが、
もしかしたら、私の精神の健康度のバロメーター。
なにも書くことがなくなったら、
私はアウト、ということでしょうね。



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by hologon158 | 2018-01-30 22:31 | ホロゴン外傳 | Comments(0)