わが友ホロゴン・わが夢タンバール

775.03 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)3 ワープロ時代



2月16日土曜日、午前6時15分起床ですが、苦になりません。
6歳の孫プリンスが郊外の運動場で少年野球の練習があるので、
ママが付き添うため、久宝寺に住む長女夫妻の家に行って、
4歳の孫プリンセス1号(1歳の3号まで居ます)と一緒に過ごしたのです。
孫と一緒にいるのは格別楽しい仕事です。
「若い」どころか、「幼い」盛りですが、
エネルギッシュで、その元気のフレーバーが私を若返らせてくれます。

現在の私の生活は、どうやら、音楽と写真、そして、ブログが中心です。
どれも、少しずつ積み上げていくものばかり。
たとえば、リコーダー、揚琴、二胡の楽器学習。
天才じゃないので、一つ一つ技法を学んで、遅々とした歩みですが、
だんだんとそれらしい演奏ができるようになっていくプロセス。
このプロセスが滅法楽しいですね。

長女が孫プリンスと一緒に帰宅して、
入れ替わりに、私は新大阪駅まで移動。
優れた二胡演奏家劉継紅先生のレッスンを受けました。
3年で、はじめて、褒められました。
「弦の音がやわらかくなったじゃないの!」
レッスン一時間前まで別室で練習したときは、固かったのに、
突然、ソフトになった!
私には理由が明白です。
その後、私の使っている二胡は劉継虹先生が指導用に使った!
優れた演奏家が使うと、楽器が別物のように、音が輝き、
その余韻が残っていたのです!
でも、これも一歩は一歩、素直に喜んでいます。

思うに、私は、こんな風に積み上げるのが人生の醍醐味、
と考えるようになったようです。
1989年12月にホロゴンウルトラワイドと出会ったのが、
そんな積み上げ人生への転機、そうはっきり分かっています。

何度も書きましたが、
ホロゴンは画角110度、ほぼ視野いっぱい写ります。
1.5mも離れますと、もうだだっぴろい光景が
どんと向こうに突き放されたようになって、とても写真にはなりません。
もっとも、そんな広大な写真を撮るのが超広角の醍醐味、
そう考える写真家の方が多いようです。
それでなくちゃ、超広角を使う意味はない!
私はそんな風には感じません。
超広角の醍醐味は深く撮れること、そう考えるからです。

でも、路上スナップをホロゴンで自在に撮るにはどうしたらよいか?
これがホロゴンを使い始めた私の課題となりました。
この課題をなんとか解こうとする努力の日々は今もなお続いています。
私が当初採った解決策はシンプルでした。
ノーファインダー、ウェストレベルでの「超接近水平垂直撮影法」。
この技法については何十回も書きました。

その方法を自分のものにするために、
弁慶にならって、千本斬りを目標にしたのですが、
フィルム時代に優に2千本を超え、
経済的負担が減ったデジタル時代になってからは、
その倍は優に撮ったでしょう。
でも、言うはやさしく、行うのは難しいものです。
未だ苦闘中。

ブログは、ホロゴンと違い、楽しさ一方。
開始後1年ほどで、
心を切り替えて、日記ブログに徹するようになって、
自分の人生の煉瓦を積む、という気持ちになりました。
私の場合、外出は、孫の世話をする場合を除き、カメラ必携。
歩いた道をロボグラフィの連鎖でつなぐという人生スタイルが、
自然とできあがったようです。

私の2つのブログのように、
らちもない書き殴りの雑文がどこまでも続き、
ようやく写真コーナーにたどり着いたら、
こちらはもっと訳のわからない写真たちが延々と続く、
というようなブログはありませんね。

自分でも一旦作ったら、見直しなんかほとんどしない位ですから、
他人はなおさらでしょうから、アクセス数は間違いなく一桁でしょう。
(開始1年経過後今まで、両ブログのアクセスは不明です。
日記になったら、人が見るかどうかの関心は自然消えました。
アクセス中チェック中、ずっと100に届かなかったのでしたから、
今はもうほとんどアクセスはないでしょう。
おそらくアクセス数自体は少しあるでしょうけど、
それは、私の文書量、使用レンズ量が多いから、
検索にひっかかる確率が高いためで、
ほとんどは、一瞥で「おっと失礼、間違いました」でしょう。)

フェイスブック等のヒューマンネットワーク拡散のギアと異なり、
ブログは、なんらかのツテか偶然がない限り、アクセスなどしない、
かなり閉鎖系のサイトです。
よいものを選んだものです。

私の写真は純粋に記録ですから、撮影分は全部搭載したいのですが、
時間が惜しい。
だから、ほぼ3分の1ほどに選択し、
歯抜けですが、厳密に撮影順に並べているので、
かなり当時の再現にはなってくれます。
さりとて、見直しはまったくしていませんが、
歩いた道をもう一度辿りながらブログを作るのは楽しいものです。
パソコンの開発とともなって、キーボード入力方式が標準化されて、
一番恩恵を受けているのは私でしょう。
まったく疲れ知らずで文章が作成できます。

小説家も恩恵を被っているでしょうね。
腱鞘炎患者の小説家は記録的に減少しているのではないでしょうか?
そこで、ついでに考えてみますと、
一番被害を受けているのは、小説の愛読者でしょうね。
小説が長大複雑錯綜化の一途を辿っている感じがします。
樋口一葉にしても宮沢賢治にしても、
一つ一つの文章も筋立ても大理石に刻むように完璧に彫啄されています。
そんなコクのある文章はなくなりました。
米国人はかなり以前からタイプライターで叩き出すスタイルでしたから、
SFなんか、アシモフ、ハインラインあたりから、
長大な連続小説の傾向が急激に進んだ感じがします。
どうも「筆を進める」から「叩き出す」に変わったのです。

日本語もはっきりと変わりました。
漢字制限もなくなったのでしょうか?
テレビ、新聞を一切見ないので、
政情どころか、基本情報にもほとんど接しない、隠者同然の私ですから、
こんなことも知らないのですが、
隠者生活なので、不自由していません。
いずれにせよ、とても読みやすい標準的な文章になった感じで、
宮沢賢治や太宰治に見られた作家特有の特異な言葉づかい、文体が
ほとんど影を潜めてしまった感じがします。
ワープロの変換機能の影響かも知れませんが、
それ以上に、人間が標準化されて、
読みやすいけど、全然コクがないという感じ。

実に私の文章もそっくり同様、と言うわけです。
これには理由があります。
私のブログ文は、他のブロガーとは役割が違うからです。
文章の体裁、内容はともあれ、
私の内心では、読者へのメッセージ性など皆無。
ひたすら指の体操、頭の体操をしているだけ。
その証拠に、文章を書き始めるにあたり、
書きたいことが決まっていることがほとんどありません。
適当に指の体操をしている内に、だんだんとばらばらの細部がまとまって、
どうにか方向が見つかるという感じ。
つまり、ここでも、積み上げ方式をとっているのですが、
アピール性がないので、ほとんど「口から出任せ」だからです。
まじめに読む方はいないと思いますが、
時間の無駄はよしましょう。
私は現代のワープロ時代に適応できる人間だったということでしょう。




c0168172_12415861.jpg
c0168172_12420593.jpg
c0168172_12421057.jpg
c0168172_12421651.jpg
c0168172_12422155.jpg
c0168172_12422647.jpg
c0168172_12423155.jpg
c0168172_12424061.jpg
c0168172_12424670.jpg
c0168172_12425173.jpg
c0168172_12425781.jpg
c0168172_12430202.jpg
c0168172_12430861.jpg
c0168172_12431344.jpg
c0168172_12431982.jpg
c0168172_12432418.jpg
c0168172_12432956.jpg
c0168172_12433439.jpg
c0168172_12434051.jpg
c0168172_12434686.jpg
c0168172_12435174.jpg
c0168172_12435648.jpg
c0168172_12440306.jpg
c0168172_12441066.jpg
c0168172_12441738.jpg
c0168172_12442311.jpg
c0168172_12442860.jpg
c0168172_12443416.jpg
c0168172_12444025.jpg
c0168172_12444543.jpg
c0168172_12445183.jpg
c0168172_12445640.jpg
c0168172_12450297.jpg
c0168172_12450845.jpg
c0168172_12451974.jpg
c0168172_12452743.jpg
c0168172_12453396.jpg
c0168172_12453936.jpg
c0168172_12454610.jpg
c0168172_12455212.jpg
c0168172_12460341.jpg
c0168172_12463905.jpg
c0168172_12464851.jpg
c0168172_12465585.jpg
c0168172_12470402.jpg
c0168172_12471193.jpg
c0168172_12471680.jpg
c0168172_12472218.jpg
c0168172_12472868.jpg
c0168172_12473470.jpg
c0168172_12474082.jpg
c0168172_12474697.jpg
c0168172_12475363.jpg
c0168172_12475919.jpg
c0168172_12480528.jpg
c0168172_12482213.jpg
c0168172_12482823.jpg
c0168172_12483524.jpg
c0168172_12484107.jpg
c0168172_12484997.jpg
c0168172_12485544.jpg
c0168172_12490120.jpg
c0168172_12490908.jpg
c0168172_12491782.jpg
c0168172_12492370.jpg
c0168172_12493500.jpg
c0168172_12494450.jpg
c0168172_12495123.jpg
c0168172_12495867.jpg
c0168172_12500476.jpg
c0168172_12501166.jpg
c0168172_12501702.jpg
c0168172_12502564.jpg
c0168172_12504383.jpg
c0168172_12505316.jpg
c0168172_12510099.jpg
c0168172_12510771.jpg
c0168172_12511452.jpg
c0168172_12512039.jpg
c0168172_12512770.jpg
c0168172_12513338.jpg
c0168172_12513921.jpg
c0168172_12514858.jpg
c0168172_12515512.jpg
c0168172_12520244.jpg
c0168172_12520808.jpg





# by hologon158 | 2019-02-17 12:55 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

775.02 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)2 トマス・マートン



「人間の最大の誘惑は、
あまりにも小さなことに満足してしまうことだ」

20世紀最高の宗教家の一人、トマス・マートンの言葉だそうです。
どんなことを小さなこと、大きなことと評価したのは、分かりません。
なにかに夢中になるときは、他のことが小さく見えるものです。
しかも、大きなことを成し遂げようとすれば、
さまざまな小さな、だけど不可欠なことを、
一つ一つ片づけていく必要だってあります。

たとえば、優れたアイデアが閃き、
大急ぎで部屋に戻ってメモしたい、
でも、大切な要件で連絡することがあって、
電話に急いでいる最中だった。
だから、まず電話で大事な要件を済ませて、
ほっと一息ついた途端に、
「そうだ、宝石のようなすごいアイデアを思いついたんだった!」
と、急ぎ書斎に戻ろうとしたら、
そのアイデアが何であったか、完全に失念していることに気づく。
いったい、電話の要件とアイデアとどちらを選ぶべきだったんだろう?
というようなことはよく起こります。
誰にとっても、事の大小を見極めるのは大変に難しいことですね。

トマス・マートンは偉大な思想家であったので、
修道院は修道僧としての務めのかたわら、
マートンが執筆活動を続けることを特別に認めたそうです。
そのおかげで、マートンは続々と優れた著述を発表し続けることができたのです。
修道院はなにが大切なことか、ちゃんと判断できたわけです。

でも、一つ、おかしなことが起こりました。
真偽は分かりませんが、ある記事によれば、
マートンは51歳のとき、入院中、看護婦学生と恋に落ち、
還俗まで考えたことがあったそうです。
たった53歳で事故死してしまったのですから、その2年前のこと、
まだ壮年の盛りでした。
すでに宗教家として名声を確立していたのですから、
世俗の喜びを捨て去り、神にひたすら仕える道を選んでおきなら、
いったいこれはどうしたことなんだろうと戸惑ってしまいます。
でも、事情が分からないので、
どう考えて良いのか、判断することは控えましょう。

でも、修道院がマートンに修道士としての務めを超えて、
宗教家としての対外活動をとくに許したのは、
彼が世界の悩める人々を神の下へ導く偉大な働きをすることが、
世界のために大切であると考えたからですね。
彼にはそんな使命があった!
還俗、結婚がそんな使命を振り捨てる結果につながる可能性は、
なかったのでしょうか?
彼の著書、発言等の活動は、
彼が修道士であることを前提にして成立していたのではないでしょうか?
そう考えると、かなり判断に苦しみます。

でも、私は信仰を持たないせいでしょうか?
私としては、なんと人間的な感情に溢れた人なんだ、と、
好感が持てます。

でも、彼は結局恋人との愛の人生を選ばないことにしたようです。
それなのに、たった2年後、宗教会議のためバンコクを訪れて際、
ホテルの扇風機に感電して亡くなってしまい、
世界のために貢献を果たす道を絶たれてしまうのですから、
皮肉と言えば皮肉です。

恋を選んでいたら、彼は、もしかすると、何十年も長生きして、
さらに偉大な貢献を果たしたかも知れませんね。

彼は、決断を貫いて還俗していたら、長生きを続けることができて、
人間的にもさらに深みを増して、
むしろもっと自由な立場で活動するようになり、
人類に対してさらに豊かな貢献を果たすことができたかも知れません。

そう考えると、「なにが大切か?」という問いは、
そのときそのときの問いへの回答が、
人生を決定的に左右しかねないものであるけれども、
だけど、その回答が人生にとって正解であるかどうかは、
誰にも分からない。
そう考えるのが正しいのでしょう。

ついでに付記しておきますと、
マートンの事故死は、自分の使命を忘れたことへの
天罰だったと考える人もいるかも知れませんが、
これはちっぽけな人間の邪推というものです。
私は神様を信じませんが、
もし神様がおいでになるとしたら、
あんたと同じようなケチな野郎じゃないよ、
そう言いたいですね。

人生って、あらゆる瞬間が選択ですね。
どんな小さなことも、人生を変えます。
ちょっとしか変えないけど、
時間がたつにつれて、
その選択の結果は人生を大きく変えてしまいます。
あなたはあなたの人生を何倍も豊かにしてくれる大切な友と、
道一筋違えたばかりについに出会うことなく終わったかも知れないのです。
でも、失われた可能性は結局可能性ではなかったわけです。
私たちは毎瞬毎瞬自分が選んだ道をしっかり踏みしめ、
失われた可能性など歯牙にもかけないで、
しっかり人生を自分で作っていく、
それしかないのです。

たとえば、結婚のように、一度選ぶと人生の最後まで続く道に足を踏み入れることが沢山あります。
こうなると、自分の選択の結果、責任を負うことになった人たちと自分自身がともに共存共栄できる最上の道を探し求めたいものです。
そうして、その道を行き着くところまでしっかりと足を踏みしめながら歩いていく、
これが人間の生き方というものです。

トマス・マートンも、人生の途中で分岐点にさしかかり、もう一つの道の美しい可能性をかいま見たけど、
結局、最初の選択を守り、もう一つの道を選ばなかったわけです。
彼はその後人生の最後まで、その最終的な決断を後悔しなかったでしょう。
そうであればこそ、正しい選択をした、と言うことができそうです。




c0168172_22090315.jpg
c0168172_22091189.jpg
c0168172_22091620.jpg
c0168172_22092202.jpg
c0168172_22092818.jpg
c0168172_22094027.jpg
c0168172_22094740.jpg
c0168172_22095685.jpg
c0168172_22100123.jpg
c0168172_22100701.jpg
c0168172_22101939.jpg
c0168172_22102489.jpg
c0168172_22103006.jpg
c0168172_22104293.jpg
c0168172_22104847.jpg
c0168172_22105374.jpg
c0168172_22110099.jpg
c0168172_22110657.jpg
c0168172_22111226.jpg
c0168172_22111707.jpg
c0168172_22112257.jpg
c0168172_22112718.jpg
c0168172_22113448.jpg
c0168172_22114125.jpg
c0168172_22114700.jpg
c0168172_22115220.jpg
c0168172_22120055.jpg
c0168172_22120560.jpg
c0168172_22121247.jpg
c0168172_22121890.jpg
c0168172_22122448.jpg
c0168172_22123537.jpg
c0168172_22124022.jpg
c0168172_22124688.jpg
c0168172_22125244.jpg
c0168172_22125777.jpg
c0168172_22130444.jpg
c0168172_22130967.jpg
c0168172_22131540.jpg
c0168172_22132176.jpg
c0168172_22132664.jpg
c0168172_22133276.jpg
c0168172_22133864.jpg
c0168172_22134414.jpg
c0168172_22135240.jpg
c0168172_22135947.jpg
c0168172_22140514.jpg
c0168172_22141246.jpg
c0168172_22141785.jpg
c0168172_22142346.jpg
c0168172_22142946.jpg
c0168172_22143542.jpg
c0168172_22144174.jpg
c0168172_22144786.jpg
c0168172_22145257.jpg
c0168172_22145854.jpg
c0168172_22150484.jpg
c0168172_22151208.jpg
c0168172_22151816.jpg
c0168172_22152430.jpg
c0168172_22152991.jpg
c0168172_22153571.jpg
c0168172_22154149.jpg
c0168172_22154735.jpg
c0168172_22155356.jpg
c0168172_22160275.jpg
c0168172_22160909.jpg
c0168172_22161649.jpg
c0168172_22162330.jpg
c0168172_22162961.jpg
c0168172_22163550.jpg
c0168172_22164210.jpg
c0168172_22164861.jpg
c0168172_22165513.jpg
c0168172_22170183.jpg
c0168172_22170871.jpg
c0168172_22171442.jpg
c0168172_22172051.jpg





# by hologon158 | 2019-02-15 22:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

775.01 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)1 真実よりも



写真は両義的な媒体である、
そう言ってもよいかも知れません。
Photograpy(光の絵)を「写真」と訳したのは、
おそらくジャーナリストだったのではないでしょうか?
写真は最初の最初から、真実を写し出すものではありませんでした。
それは、19世紀の新しいロマンチシズムの媒体であった、
そう言った方が正確ではないかと思います。

だから、人類最初のポートレート写真家の一人、
マーガレット・キャメロンの肖像写真は、
レンズ、写真という最新の媒体によって、
ファンタジーを創造するものでした。
リアリズムを追求するものではなかったのです。
つまり、真実よりも美を表現しようとしたのです。

私が大学に入って、親友と二人で塾を始めて、
その収入で最初に買ったのはカメラでした。
ミノルタSR-1とレンズ2本、50㎜と35㎜。
随分気に入って、かなり使ったと思います。
もちろんモノクロームの時代でした。

でも、就職と同時に結婚したとき、
妻が持参したカメラは35㎜カメラではありませんでした。
ミノルタの六×四・五判のブローニー。
妻は、私の自慢のカメラセットを尻目に、
自信たっぷりに、「このカメラの方がずっときれいに撮れるよ」
ついているレンズはChihoko75㎜F4.5だったと覚えています。

そのセミ版の写真を見て、文字通り仰天してしまいました。
夢とファンタジーに満ちたイメージが浮かび上がっていました。
このときから、私は変わりました。
「真実よりも美」
これが私の写真理想となってしまったのです。

先日、久しぶりに大阪の天満橋筋商店街を撮影しました。
何十回と訪れた街です。
日本一と呼ばれる大アーケード街。
1年以上ご無沙汰してたせいで、びっくりしてしまいました。
以前はかなり静かな商店街でしたが、
打って変わって、外国人観光客で溢れていました。

ホロゴンやスーパーアンギュロンなら、
超接近スナップを楽しんだでしょう。
でも、私がわざわざ選んでソニーα7に付けて持参したのは、
マクロスイター50㎜F1.8
宮崎貞安さんの名作ゾンネタール50㎜F1.1と並ぶファンタジーレンズ。

なぜ前者を選択したか?

理由など、ありません。
ふっと脳裏を過ぎるのです、
「明日はマクロスイターで撮りたい」

成功でした。
なぜか夢を撮りたい、
そんな気分だったからです。





c0168172_17101729.jpg
c0168172_17102502.jpg
c0168172_17103056.jpg
c0168172_17103660.jpg
c0168172_17104180.jpg
c0168172_17104871.jpg
c0168172_17105370.jpg
c0168172_17105902.jpg
c0168172_17110423.jpg
c0168172_17112248.jpg
c0168172_17112722.jpg
c0168172_17113394.jpg
c0168172_17113884.jpg
c0168172_17114453.jpg
c0168172_17114964.jpg
c0168172_17115577.jpg
c0168172_17120031.jpg
c0168172_17120715.jpg
c0168172_17121295.jpg
c0168172_17121772.jpg
c0168172_17122416.jpg
c0168172_17123048.jpg
c0168172_17123663.jpg
c0168172_17124202.jpg
c0168172_17124894.jpg
c0168172_17125339.jpg
c0168172_17130070.jpg
c0168172_17130794.jpg
c0168172_17131214.jpg
c0168172_17131816.jpg
c0168172_17132491.jpg
c0168172_17133193.jpg
c0168172_17133817.jpg
c0168172_17134488.jpg
c0168172_17135062.jpg
c0168172_17135688.jpg
c0168172_17140480.jpg
c0168172_17153634.jpg
c0168172_17154424.jpg
c0168172_17155334.jpg
c0168172_17155931.jpg
c0168172_17161947.jpg
c0168172_17162544.jpg
c0168172_17163146.jpg
c0168172_17163804.jpg
c0168172_17164569.jpg
c0168172_17165225.jpg
c0168172_17165805.jpg
c0168172_17170401.jpg
c0168172_17171087.jpg
c0168172_17171724.jpg
c0168172_17172424.jpg
c0168172_17173155.jpg
c0168172_17173716.jpg
c0168172_17174350.jpg
c0168172_17175070.jpg
c0168172_17175713.jpg
c0168172_17180329.jpg
c0168172_17180912.jpg
c0168172_17181794.jpg
c0168172_17182439.jpg
c0168172_17183137.jpg
c0168172_17191745.jpg
c0168172_17192638.jpg
c0168172_17193397.jpg
c0168172_17194046.jpg
c0168172_17194708.jpg
c0168172_17200128.jpg
c0168172_17210547.jpg
c0168172_17211680.jpg
c0168172_17213828.jpg
c0168172_17215225.jpg
c0168172_17215977.jpg
c0168172_17220655.jpg
c0168172_17221384.jpg






# by hologon158 | 2019-02-14 17:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.02 ホロゴン外傳253(2018年8月10日スーパーアンギュロン21㎜F3.4も奈良町に怒濤のごとく)2 冬ごもり



「桃源の路地の細さよ冬ごもり」

与謝蕪村の句です。
京の片隅にわびしく一人住まいした俳人は、
かなり寂しい思いをしたに違いありません。
なぜ、それが分かるか?
そうでもない限り、わざわざ、我が家は桃源郷なんだ、
と主張するでしょうか?
赤貧洗うがごとし、というほどではなかったでしょう。

でも、細い路地の奥にある侘び住まいであることは否定できませんね。
あまり金もない。

でも、彼には俳句があり、絵がありました。
そして、最高傑作「春風馬堤曲」に現れているように、
彼には夢とロマンも豊かにありました。
心という点にかけては、
蕪村は誰よりも豊かなひとだった、
そう言ってもよいでしょう。

でも、彼を知らぬ人は誰も、
彼を豊かな人とは認識していなかったに違いありません。
俳句だって、文人画だって、
そんなにポピュラーなものではなかったでしょう。
近隣の人たちも、蕪村が有名な俳人であり、画家であることは
漏れ聞いていたかも知れません。
でも、見た限りでは、貧相でうらぶれた老人が豊かであるなどと、
決して思えなかったでしょう。

蕪村自身だって、自分の人生が自分の目から見ても、
大成功だったなどとは考えられなかったでしょう。
まして、自分が後世自分が、
日本文学史屈指の文人、アーチストとして有名になり尊敬され、
何十冊と本に書かれることになるなんて、
夢にも想像できなかったでしょう。
自負心はあっても、現実がともなわない、
心の中にはアイデア、夢、構想が渦巻いているのに、
つい空回りしてしまって、もどかしい思いだったのでしょう。

そんな自負心と焦りがないまぜになって彼を後押しして、
こんな句をものしたのではないでしょうか?

あんたたち、知らんね。
誰も知らんだろうね。
こんなにちっぽけな家だけど、
ここに住んでいるのは、かくいう我が輩なんじゃぞ!
日本広しといえども、俳句と南画にかけては、
わしに並ぶものなぞいないんだぞ!
そんなわしがお住まいになるこの家は桃源郷でなくてなんなのだ?

もう一つ、とても有名な句があります。

うづみ火や我がかくれ家(ガ)も雪の中

雪に包まれながら、すばらしくあたたかな世界を見事に描いた
「夜色楼台図」は、
ちっちゃなうづみ火で己の誇り、自尊心を救おうとしていた蕪村の
陋屋から望見した民家の光景でしょうか?
たくさんの庶民たちがそれぞれに我が家に籠もって、
一家団欒もあれば、孤独もあるけど、
なんとか己が心と体をあたためようとしている世界でした。
これが彼の世界。

上記の句も絵もしっかり蕪村の心を表しています。
蕪村が孤独な寒居にいてもなお、
芸術によっておのれの心を温めることができ、
自分の周りで、自分と同じように暖をとろうとしている人々にも
思いを致すことができたのです。
でも、自分が歴史に残ることなど知る由もないのに、
己が矜恃を捨てることがなく、人への思いやりを忘れることもなかった。
だからこそ、与謝蕪村は偉大な芸術家として歴史に残ることとなる、
そう言ってもよいかも知れません。

と、そこまで考えて、ふっと思いつきました。
蕪村の境遇には、私にも共通するところがかなりあるな.........
もちろん、私は文人でも画家でもありません。
でも、家族、友人、一部の知人以外には誰一人知るものもなく、
奈良の郊外の片隅の陋屋にひっそり生きているのだから。
多くの人がそうでしょう。
もしかすると、あなただって?

人知らぬ身であることなど、苦痛でもなんでもありません。
人に知られるなど、ろくなことではありません。
有名人の多くが、有名となったばかりに、
どこに行っても、なにをしても、人の目を避けることができず、
羨望、妬み、憎しみ、怒りの的とされ、
苦しみ、悲しみ、焦り、寂しさ、絶望に心を引き裂かれ、
健康を損なわれ、短命に終わった方も多いでしょう。

我が家も細い路地づたいにたどり着く陋屋です。
金儲けとは生涯縁がなかった、
そして、生涯人を踏み台にしたことのない人ですから、
人からねたまれ、そねまれ、恨まれることもなく、
明朗快活に日々を送ることができます。
ちっちゃな木造建て売り住宅の中古に移り住むにあたり、
ちっちゃな工夫ですが、狭い書斎部分を建て増ししてもらい、
かつ窓という窓を二重サッシにしてもらいました。
引っ越しのたびに整理に整理を重ねて残った本たちが書斎を埋め、
揚琴、二胡、リコーダー、ときにはハーモニカと、
いろいろな楽器を好きなだけ鳴らし、ブログを楽しみ、
半月前から始めたストレッチポールによる脊椎体操をし、
その後、壁掛けのスクリーンに投影した韓流ドラマや映画を楽しみ、
一日の終わりには、半時間の半身浴によって身体をポカポカ温め、
布団に入る前にも一度ストレッチポールを楽しみ、
布団に入ると、瞬時に入眠し、深い眠りを楽しむことができます。
ついでに言いますと、
朝目をさますと、瞬時に覚醒し、
ただちに布団の横に敷いたヨガマットに移り、
またストレッチポールで脊椎体操し、
15分間、自分でプログラムを組んだ10を超える柔軟体操を楽しみ、
さあ、今日も元気に一日を楽しもう!
熱がない限り、この習慣は変わりません。
しかも、熱など記憶する限り上がったことがありません。

これもまた桃源郷也!
私はそう信じています。
そんな次第で、私もほんの少しは、ほんの少しですが、
与謝蕪村という人を理解できるんじゃないかな、
そう思っています。

私は自分がついに無名の市井人のままに終わることを知っています。
でも、自分が心から愛する素敵な家族を持ち、
心から敬愛できる友人たちと親しみ、
写真、4種の楽器演奏を楽しみ、
数知れない音楽、美術等の芸術で心を温め、
偉大なギリシャ、中国、日本の古典たちに親しみ、啓蒙され、と、
生き甲斐にできる趣味を文字通りどっさり持ち、
日々朝から晩まで休むことなくエンジョイし、
5時間半ぐっしり熟睡して、瞬時に覚醒して、再び生活を始める、
そんな毎日。
誰も私のことを知らなくても、いっこうに気になりません。
私が私の知るべき人たち、愛すべき人たちを知って、
(その中にはブログを介して知り合った友人もいるのですから、
ブログ万歳、ですね)
その人たちと交わることができれば、
それで十分。

蕪村は自分の芸術家としての器を知っていたから、
自己評価と現実とのギャップにときに苦しんだこともあるでしょう。
こちらは、自己評価と現実とはぴたり一致して、
他人評価など「おとといお出で」状態なので、
いまさら自己改革もへちまもあったものじゃない。
ひらすらご機嫌で生きているわけです。

ネットを見ますと、有名人がどんどん亡くなっているという感じ。
でも、私は、人知れず、徹底的に長生きしてやるぞ、
もちろん妻と一緒に!
そう心に決めています。




c0168172_19054620.jpg
c0168172_19055345.jpg
c0168172_19055918.jpg
c0168172_19060468.jpg
c0168172_19060946.jpg
c0168172_19061581.jpg
c0168172_19062060.jpg
c0168172_19062540.jpg
c0168172_19063134.jpg
c0168172_19063781.jpg
c0168172_19064249.jpg
c0168172_19064862.jpg
c0168172_19065424.jpg
c0168172_19070161.jpg
c0168172_19070675.jpg
c0168172_19071189.jpg
c0168172_19071636.jpg
c0168172_19072375.jpg
c0168172_19072879.jpg
c0168172_19073393.jpg
c0168172_19074079.jpg
c0168172_19074669.jpg
c0168172_19075536.jpg
c0168172_19080543.jpg
c0168172_19081194.jpg
c0168172_19081717.jpg
c0168172_19082564.jpg
c0168172_19083040.jpg
c0168172_19083661.jpg
c0168172_19084244.jpg
c0168172_19084859.jpg
c0168172_19085639.jpg
c0168172_19090154.jpg
c0168172_19090786.jpg
c0168172_19091588.jpg
c0168172_19093138.jpg
c0168172_19093827.jpg
c0168172_19094362.jpg
c0168172_19094941.jpg
c0168172_19100088.jpg
c0168172_19100667.jpg
c0168172_19101256.jpg
c0168172_19101832.jpg
c0168172_19102647.jpg
c0168172_19103350.jpg
c0168172_19105831.jpg
c0168172_19111711.jpg
c0168172_19112391.jpg
c0168172_19113191.jpg
c0168172_19115437.jpg
c0168172_19115971.jpg
c0168172_19120606.jpg
c0168172_19121362.jpg





# by hologon158 | 2019-02-10 17:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.01 ホロゴン外傳253(2018年8月10日スーパーアンギュロン21㎜F3.4も奈良町に怒濤のごとく)1 夢にも思わぬ



メソポタミアでは、古代の粘土板が数多く発掘されて、
そこに刻まれた様々な文学が復活されています。
あんな互いに区別困難な楔形文字をよく読めるものですね。

その一つが「ウルの滅亡哀歌」です。
ウルはシュメールの古い都の一つ。
こんなものです、
([]内は私の印象です)

「エンリルはギビル(火と光の神)を助手として、
天の大暴風に呼びかけた。
天から雄叫びをあげる大暴風は、
大地で吼え立てて国を滅ぼす暴風は、
堤防を貫く裂け目のごとく制御しがたい悪い風は、
町の船々に襲いかかってひと飲みにしてしまう。
  [大津波を伴っていたのでは?]
彼はこれらをすべて天の土台に集合させた。 
  [北極から押し寄せたのでは?]
彼は暴風の目の前で火を放った。
荒々しい暴風とともに荒野の灼熱の熱さを放った。
雨をたっぷりと含んでいる雲のごとくに、
彼は火をたっぷりと降り注がせた。
  [もしかすると、彗星の落下も同時に起こったのでは?]
昼間の輝かしい光、良い光を彼はつかんだ。
国土には輝く太陽が昇らなくなり、
夕方の星のごとくぼんやりと輝くだけだった。
喜び、涼しさのある夜を南風が掴んだ。
そこで国土には輝く太陽は昇らなくなり、
夕方の星のごとくぼんやりと輝くだけだった。
喜びと涼しさのあるはずの夜を南風が掴んだのだ。
彼らの杯はほこりで覆われている。
黒頭たちの上を風が吹き抜けていった。

シュメールに罠がしかけられた。
国中で人々は防御壁を構築するが、
暴風はそれらをまとめて無にしてしまった。
どんな涙もその悪い風に願うことはできない。
あらゆるものの上を吹きすさぶ暴風は国土を打ち震わせた。
暴風は洪水のごとくに町々を破壊した。
国土を滅ぼし尽くす暴風は町に沈黙をすえつけた。
すべてを失わせてしまう暴風は禍をもたらしながらやってきた。
火のごとく焼き尽くす暴風は人々に空虚さを据え付けた。
エンリルが憎しみにまかせて命令を下した暴風は、
国土を切り刻む暴風は、
ウルの上に衣服のごとく覆い被さって、
リンネル(布)のごとくに広がった。
暴風はライオンのごとく勢いあふれて突進する。」

人間によるただの征服戦とは次元が違います。
天空そのものが襲いかかってきて、
その攻撃には津波、嵐、洪水、とさまざま天候激変が、
未曾有のスケールで一挙に襲いかかってきたことがわかります。
だから、これは神の怒りと分かったのです。
彗星の激突が巻き起こした地球の半ばを覆うような粉塵、
それに伴う天候異変が太陽の隠したのではないでしょうか?

人々の滅亡の惨状が描かれた後で、
返し歌が書かれています、

「ああ、暴風たちが国土を一緒になって打ちのめしてしまった。
天の暴風が、雄叫びあげる暴風が、
国土に何日もとどまったあの悪い暴風が、
町町を破壊し尽くす暴風が、
家家を破壊し尽くす暴風が、
牛小屋を破壊し尽くす暴風が、
羊小屋を破壊し尽くす暴風が、
聖なるしきたりを麻痺させるあれが、
重々しい策謀を転覆させてしまったあれが、
国土に良い物を断ってしまったあの暴風が、。。。」

この哀歌は、古代に起こったシュメールの諸都市の滅亡が、
神の手による未曾有の天変地変であったことを報告しているようです。

地質学によれば、紀元前1万1000年前から7千万年前にかけて、
三度、北極の氷河壁が一気に崩れ、未曾有の高さの津波となって、
すべてを破壊しつつ南下したことが判明しています。
その都度、海位は何十メートルも跳ね上がって、
沿岸の諸都市と住民を一気に滅亡させてしまい、
丘陵、山岳部等の内陸の住民だけが残されたのです。
当時の文化、文明の主要拠点は一気に絶滅させられたのでしょう。

現代でも、今や北極も南極も異常な温度上昇にさらされているようです。
南極では、巨大な亀裂が氷原を真っ二つに切り離しつつあるとのことです。

何億年か何十億年か前に火星に大異変が勃発し、
地球に似た水の惑星だった火星から、
大気と水を一気に奪ってしまったと言われています。
つまり、天文学的規模で見ると、
太陽系も惑星たちも地表の生物を絶滅寸前に追い込むほどの異変を、
太古の昔に幾度も体験し、その事情は今も変わらないのかも知れません。

日本はとくに立て続けに破滅の危機にさらされています。
一番最近の災害は福島原発事故による原発汚染。
完全な言論封殺のおかげで、日本国民は原発事故は過去のものとなり、
福島県は復興しつつあると思いこんでいる方がほとんどのようです。
あなたもそうかも知れませんね。
本当にそうでしょうか?

第三原発でしたか、原子炉の爆発によって、
燃料棒が行方不明(おそらく原発外の地面のどこかに沈殿?)。
原発2基の屋上の設置された燃料庫内の使用済み燃料棒は、
現在取り出しが不可能となっていますが、
その理由は正規の位置に垂直に立っておらず、散乱しているため。
とくに、第三原発は悲惨です。ごらんになったように、
原子爆弾の爆発を思わせるキノコ雲を立ち上げて爆発したのです。
原子炉の真上に置かれていた使用済み燃料庫も爆発炎上したか、
そうでなくても冷却機能など消失してしまっているはず。
となると、使用済み燃料棒たちはどうなっているのでしょうか?
絶えず水で冷却しなければならないのに?
つまり、福島原発による汚染は今なお進行中なのです。

原発事故後2年ほどでしたか、
ある大学の専門家が汚染地図を作製して更新し続けました。
更新のサイクルは忘れましたが、汚染状況は刻々と拡大し続け、
関東一円、東京でも次第に深刻化を増していました。
私は絶えずAccessして、やきもきしていました。
そして、ある日、汚染地図はネットから消えました。
消えた理由は明らかですね。
かくして、日本は天下泰平の日々に戻りました。

でも、本当に泰平なんでしょうか?チェルノブイリでは、
広大な地域が無人化されました。
その地域に人々は戻ったでしょうか?
なぜ、福島原発は自然に問題解決されてしまったのでしょうか?
チェルノブイリほどの無人地帯がもうけられず、
福島県は復興したと言わんばかりですが、
本当に安全なのでしょうか?
放射能測定は高いビルの上にポールで高くした計器でされていると、
聴きました。
これじゃ、汚染など全然起こっていませんね。
原発行政を続け、東電等の原発会社を保護するためです。
政府、東電に為すすべはなく、現実になにもできていないのに、
国民は、頼りのないのは無事な証拠、とばかり、
日本繁栄、無事息災を決め込んでいる、というのが現状です。
現実には、汚染地域は、人間的時間で考える限り、
永遠に居住不能となったのに.....?

世界各国も、誰かがのたまわった「完全にコントロールされている!」
という妄言を信じたわけではありません。
密かにオリンピック開催地の汚染状況も調査していることでしょう。
でも、今更、選手派遣を中止するわけにはいきません。
原発汚染を理由に明示すれば、日本政府との摩擦は免れない。
他の中止理由など存在しない。
だとすると、短期間の選手派遣はさほどのダメージを残さないと、
これまた根拠なしに判断して、オリンピック派遣に踏み切っている、
そんなところでしょう。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ポリシーです。
ただし、選手たちの危険負担の下に!

そんなところへ、南海トリュフ、硫黄島、阿蘇山、富士山等の火山大噴火、
各地の地震等の危機のどれかが起これば、
まさにエンリルの禍の再現となることでしょう。
火山灰は、全交通機関、原発等の発電所の機能停止、
水源地の汚染と水道への水の供給の停止を不可避的に発生させ、
生存の危機に陥った全国民への救援も当分の間、おそらく何週間か、
完全不能となってしまうのですから、
国民の90パーセントは死滅の危機に曝されるでしょう。

私の場合、まだ生まれたばかりの孫たちが居ますから、
せめてその子たちが寿命を全うするまでは起こらないでほしい、
そう祈るばかりです。

阪神大震災が起こってから、世界中が騒々しくなり、
にわかに地球規模での災厄の危険性が明らかになってきました。
若い頃、そんな未来が待っているなんて、
夢にも思わなかったのにねえ.........
民主主義社会が完全に消えて、独裁国家になるなんて可能性も、
夢にも思わなかったのにねえ.........?

でも、古代には少なくとも一度起こったらしいのです。
同じことがまた起こらなければ良いのですが.........



c0168172_12323508.jpg
c0168172_12324398.jpg
c0168172_12324913.jpg
c0168172_12325562.jpg
c0168172_12330271.jpg
c0168172_12330833.jpg
c0168172_12331618.jpg
c0168172_12332254.jpg
c0168172_12332803.jpg
c0168172_12333338.jpg
c0168172_12334057.jpg
c0168172_12334618.jpg
c0168172_12335229.jpg
c0168172_12335751.jpg
c0168172_12340275.jpg
c0168172_12340898.jpg
c0168172_12341444.jpg
c0168172_12342155.jpg
c0168172_12342723.jpg
c0168172_12343322.jpg
c0168172_12343877.jpg
c0168172_12344567.jpg
c0168172_12345250.jpg
c0168172_12345853.jpg
c0168172_12350489.jpg
c0168172_12350991.jpg
c0168172_12351546.jpg
c0168172_12352106.jpg
c0168172_12352600.jpg
c0168172_12353235.jpg
c0168172_12353733.jpg
c0168172_12354354.jpg
c0168172_12354953.jpg
c0168172_12355504.jpg
c0168172_12360520.jpg
c0168172_12361237.jpg
c0168172_12361745.jpg
c0168172_12362456.jpg
c0168172_12363006.jpg
c0168172_12363699.jpg
c0168172_12364377.jpg
c0168172_12365013.jpg
c0168172_12365619.jpg
c0168172_12370537.jpg
c0168172_12371287.jpg
c0168172_12371840.jpg
c0168172_12372462.jpg
c0168172_12373025.jpg
c0168172_12373705.jpg
c0168172_12374381.jpg
c0168172_12375034.jpg
c0168172_12375682.jpg
c0168172_12380215.jpg
c0168172_12380983.jpg
c0168172_12381522.jpg
c0168172_12382159.jpg
c0168172_12382728.jpg
c0168172_12383373.jpg
c0168172_12383984.jpg
c0168172_12384537.jpg
c0168172_12385148.jpg
c0168172_12385703.jpg
c0168172_12390336.jpg
c0168172_12391050.jpg
c0168172_12391813.jpg
c0168172_12392526.jpg
c0168172_12393135.jpg
c0168172_12393719.jpg
c0168172_12394438.jpg
c0168172_12395063.jpg
c0168172_12395717.jpg
c0168172_12400472.jpg
c0168172_12401037.jpg
c0168172_12401607.jpg
c0168172_12402324.jpg
c0168172_12402943.jpg
c0168172_12403872.jpg
c0168172_12404510.jpg
c0168172_12405120.jpg
c0168172_12405772.jpg
c0168172_12410378.jpg





# by hologon158 | 2019-02-07 12:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.00 ホロゴン外傳252(2018年8月2キネタール50㎜F1.8が奈良町を堂々闊歩) おおどかに



私が7年ほど前に最後にチェックしたとき、
せいぜい平均数十人のアクセス数でしたが、
今や数人を除き、ほとんどの方が我がブログから撤退されたでしょう。
2019年に入って、私のブログはほぼ完全に日記となるましたが、
なんだか重荷を肩から下ろしたような、
軽やかな気分は気持ちいいものです。

退職後、すっかり金銭的余裕がなくなってしまい、
海外旅行はおろか、国内旅行もこの数年おさらばして、
もっぱら、奈良、大阪を中心としてロボグラフィ遍歴の日々。
そんな田舎ブログにおいでになる方はないので、
安心して、ローカル色豊かな店々のプレゼンテーション、
つまり、有り体に言えば、田舎くさい店飾りを、
飽きもせず幾度も幾度も撮りまくって、ブログに投稿。
それも、一記事の掲載写真量が段々と増えて行って、
今回など100枚。
仮にどんな方が来ても、この枚数では辟易して、
早々に撤退なさって、もう二度とおいでにならないでしょう。

クックの映画用レンズ、キネタール50㎜F1.8は、
戦前から戦後にかけてハリウッド映画界に名声を誇った、
スピードパンクロの後継機種と思われます。
私は37.5mF2レンズでキネタールに親しみ、
スピードパンクロ50㎜F2がついに我がものになる可能性がなくなったとき、
クックレンズの主戦投手の地位につくかと思われたのですが、
スピードパンクロ35㎜F2がどの地位を軽く奪ってしまいました。
こちらの方が玄妙なる描写で私の心を奪ったからです。
今でも、スピードパンクロ35㎜F2は、私の心の中では、
パンタッカー50㎜F2.3に次ぐ、第三のレンズ。
もちろんホロゴンが永遠の主役。

でも、今回、久しぶりにキネタール50㎜F1.8を使ってみて、
このレンズもやっぱり魔物らしい!
キネタール50㎜F1.8が私のレンズ中に第四位にのし上がることは無理。
ゾンネタール50㎜F1.1も居るし、マクロスイター50㎜F1.8も居ますから。
でも、これからは時々使ってあげることにしましょう。
硬く鋭いレンズ、そう思っていましたが、なかなかどうして、
玄妙幽玄の味わいも醸し出してくれることが分かったからです。




c0168172_18234619.jpg
c0168172_18235268.jpg
c0168172_18251978.jpg
c0168172_18252477.jpg
c0168172_18253088.jpg
c0168172_18253508.jpg
c0168172_18254008.jpg
c0168172_18254507.jpg
c0168172_18255516.jpg
c0168172_18260045.jpg
c0168172_18272017.jpg
c0168172_18272760.jpg
c0168172_18273300.jpg
c0168172_18273971.jpg
c0168172_18274463.jpg
c0168172_18275072.jpg
c0168172_18275605.jpg
c0168172_18280166.jpg
c0168172_18280766.jpg
c0168172_18281207.jpg
c0168172_18281969.jpg
c0168172_18282562.jpg
c0168172_18283104.jpg
c0168172_18283773.jpg
c0168172_18284250.jpg
c0168172_18284810.jpg
c0168172_18285685.jpg
c0168172_18290212.jpg
c0168172_18291433.jpg
c0168172_18292119.jpg
c0168172_18292759.jpg
c0168172_18293381.jpg
c0168172_18293977.jpg
c0168172_18294410.jpg
c0168172_18295077.jpg
c0168172_18295657.jpg
c0168172_18300287.jpg
c0168172_18300807.jpg
c0168172_18301540.jpg
c0168172_18302193.jpg
c0168172_18302754.jpg
c0168172_18303418.jpg
c0168172_18304687.jpg
c0168172_18305293.jpg
c0168172_18305874.jpg
c0168172_18310581.jpg
c0168172_18311138.jpg
c0168172_18311701.jpg
c0168172_18312304.jpg





# by hologon158 | 2019-02-03 18:36 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

772.00 ホロゴン外傅251「2018年7月26日スーパーアンギュロン21㎜F3.4も梅田を激写!」



旧M型ライカ全盛時代、カルティエ=ブレッソンよりも一世代後の、
次第にマスコミが写真を活用するようになった時代、
ライカがまだ使われていたとしたら、
その写真家たちが選んだレンズの筆頭はこれだったでしょう、

  スーパーアンギュロン21㎜F3.4

とくにジャン・ルー・シーフや篠山紀信のような、
指導的な写真家が使ったのですから、その影響下、
広角を多用する写真家の標準装備だったのではないでしょうか?
私は写真家でもなんでもない、ただの写真好きに過ぎなかったのですが、
やっぱりジャン・ルー・シーフのファッション写真には魅せられました。
私の愛するホロゴンより遙かにダイナミックでしたから。

でも、かなり使いましたが、私の選択はどこまでもホロゴンでした。
ホロゴンで撮ると、私はいつもの私、という気持ちですが、
スーパーアンギュロン21㎜F3.4で撮ると、
どうしても下駄を履かせてもらっている、
いつもの自分よりもずっとダイナミックに脚色してもらっている、
そんな「出来すぎ」感を感じてしまうのです。
今回の写真をごらんになったら、私の気持ちも理解していだけるのでは?
一言で言うと、なんだか格好良すぎる!




c0168172_19014635.jpg
c0168172_19015796.jpg
c0168172_19020341.jpg
c0168172_20584889.jpg
c0168172_20585426.jpg
c0168172_20590195.jpg
c0168172_20590769.jpg
c0168172_20591351.jpg
c0168172_20591981.jpg
c0168172_20592542.jpg
c0168172_20593100.jpg
c0168172_20593681.jpg
c0168172_20594166.jpg
c0168172_20594830.jpg
c0168172_20595373.jpg
c0168172_21000059.jpg
c0168172_21000613.jpg
c0168172_21001221.jpg
c0168172_21001728.jpg
c0168172_21002425.jpg
c0168172_21002949.jpg
c0168172_21003462.jpg
c0168172_21004462.jpg
c0168172_21005107.jpg
c0168172_21010404.jpg
c0168172_21011042.jpg
c0168172_21011654.jpg
c0168172_21012238.jpg
c0168172_21012892.jpg
c0168172_21013400.jpg
c0168172_21014079.jpg
c0168172_21014633.jpg
c0168172_21015206.jpg
c0168172_21015756.jpg
c0168172_21020368.jpg
c0168172_21020961.jpg
c0168172_21021515.jpg
c0168172_21022176.jpg
c0168172_21022742.jpg
c0168172_21023378.jpg
c0168172_21024062.jpg
c0168172_21024614.jpg
c0168172_21025377.jpg
c0168172_21030253.jpg
c0168172_21030850.jpg
c0168172_21031457.jpg
c0168172_21032084.jpg
c0168172_21032608.jpg
c0168172_21033546.jpg
c0168172_21034144.jpg
c0168172_21034729.jpg
c0168172_21035427.jpg
c0168172_21040209.jpg
c0168172_21040829.jpg
c0168172_21041489.jpg
c0168172_21042008.jpg
c0168172_21042728.jpg
c0168172_21043293.jpg
c0168172_21043876.jpg
c0168172_21044541.jpg
c0168172_21045884.jpg
c0168172_21051104.jpg
c0168172_21051869.jpg
c0168172_21052864.jpg
c0168172_21053671.jpg
c0168172_21054397.jpg
c0168172_21054983.jpg
c0168172_21055627.jpg
c0168172_21060460.jpg
c0168172_21061087.jpg
c0168172_21061607.jpg
c0168172_21062204.jpg
c0168172_21063406.jpg
c0168172_21064707.jpg
c0168172_21065329.jpg
c0168172_21071688.jpg
c0168172_21072533.jpg
c0168172_21073265.jpg
c0168172_21073938.jpg
c0168172_21074603.jpg
c0168172_21075270.jpg
c0168172_21075978.jpg
c0168172_21081197.jpg
c0168172_21081957.jpg
c0168172_21082945.jpg
c0168172_21083959.jpg
c0168172_21085112.jpg
c0168172_21085844.jpg
c0168172_21090592.jpg
c0168172_21091645.jpg
c0168172_21092316.jpg
c0168172_21093250.jpg
c0168172_21093954.jpg
c0168172_21094666.jpg
c0168172_21095336.jpg
c0168172_21100032.jpg
c0168172_21100778.jpg
c0168172_21101689.jpg
c0168172_21102312.jpg
c0168172_21103003.jpg
c0168172_21103686.jpg
c0168172_21104327.jpg
c0168172_21104968.jpg
c0168172_21113810.jpg
c0168172_21114526.jpg
c0168172_21124456.jpg
c0168172_21125257.jpg
c0168172_21125940.jpg
c0168172_21130729.jpg






# by hologon158 | 2019-01-29 21:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

771.02 ホロゴン外傅250「2018年7月10日オリオン28㎜F6が奈良町で大胆に!」2 真善美



世界におけるもっとも大切なものを一言で言い切った言葉、
それが、
「真善美」

前に一度か二度書いたと思います。
私が尊敬する先輩が高校生の娘さんに尋ねられたそうです、
「おとうさん、真善美って言うけど、
どれか一つと言われたら、どれをとる?」
彼は即座に答えました、
「美、だよ」
なによりも真実を大切にする職業人ですが、
その人にしてこうです。

実は私も若い頃から「美」に魅せられてきました。
子供の頃の体験は、映画館での洋画体験。
小学生2、3年頃からずっと連れていってもらったので、
かなり見たと思います。
スター女優たちの美しさが、
子供心に衝撃的な体験を与えてくれました。

グレース・ケリー、
オードリー・ヘプバーン、
イングリッド・バーグマン、
モーリン・オハラ、
ジューン・アリスン、
グレタ・ガルボ、
ルート・ロイヴェリク、
カトリーヌ・ドヌーブ、
ジャンヌ・モロー、
ブリジット・バルドー、
おっと肝心なこの人、
マリリン・モンロー、もう数え切れないですね。
たまに見た日本映画でも、
原節子さん、
高峰秀子さん

このような往年の偉大なスターたちと比べると、
現代のスターたちは、かなり普通、としか言いようがありませんね。
ただし、夏目雅子さんは例外。

おっと、女優さんの話ではありませんでした。
完全無欠の美の話。

長年の体験で知りました。
真実を見極める、真実を知るのは大変に難しい。
それに対して、美は瞬時にそれと分かります。
逆に言えば、一瞬で美しさを感じないものは、
どこかそうでないファクターが美に混じりこんでいるのです。

瞬時に真実と分かる体験があります。
でも、常に危険が潜んでいます、
もしかすると、真実は見せかけかも知れない!
美の体験は別です。
出会ったの刹那の美の体験は、一瞬に私を満たす宇宙体験。
その瞬間、宇宙全体を肯定してしまうのです、
「イエス、イエスッ、イエース!
今、この宇宙は美しい!
生きていてよかった!」
いわば、「全肯定の瞬間」ですね。

大げさ、とお思いでしょうけど、
あなたにもそんな瞬間があったはず。
私はさまざまな全肯定の瞬間を思い出すことができます。

桂林でもそんな瞬間がありました。
璃江を船で下って、あの老年期の丘たちの仙境を体験するのも、
忘れられない体験でしたが、
翌日、タクシーをやとって、途中の陽堤を訪ねたときの、
途中の体験は一生涯忘れられません。

街道を南下してきて東に折れると、狭い道が村まで続いています。
その角でタクシーから降りると、遠くへなだらかに傾斜していく草地。
そこに座ったときのことを今でもまざまざと覚えています。

陽堤につながるやや細い道は並木道でした。
道全部を覆うほどの大きな樹列。
その細い土道を自転車が走っていきます。
かすかな車輪の音を響かせながら、並木で隠れたり現れたり。
きっと気持ちのよいサイクリングなんだろう。
うらやましく思ったことを思い出します。

草地のはるか向こうに、湿潤な空気で次第にかすんで行く、
あの突兀とした丘々の連なりを遠望したとき、
心の底から一つの思いがけない感興が湧いてきました。

  此処こそ「死ぬによい場所」だなあ......

まだ30歳半ばでした。
死のことなど実感したことがありませんでした。
学生時代、ハイデガーの「存在と時間」を読んだものです。
難解なんてと言うより、まるっきり分からなかったから、
目を通しただけですが。
死どころか、老いることもまったく実感できませんでした。

でも、桂林の老年期の山々のつらなりを望見したとき、
そんな私が感じたのは、
まさに「永遠」であり、「死」でした。

そのとき横に座っていた写真家の田島謹之助さんも、
当時はまだ50前後でしたが、すでに亡くなってしまわれています。
養老院に隠遁されてしまい、場所を教えていただけなかったので、
縁者から亡くなったことを知らされたのは没後でした。

彼も桂林の野で同じ思いだったかな?
息を引き取るとき、あの遠く果てしなく霞んでゆく幽玄の光景を
思い出されただろうか?
ときどき、そう考えます。

私だって、息を引き取るとき、
あの野を思い出すか、怪しいものだと思っています。
きっと、妻のこと、子供たち(猫たちも含む)のこと、
孫たちのこと、大事な友のこと、父母や姉妹のこと、
甥姪たちのことを次々と思い出すんだろうなあ.....
でも、生来ちょっとドジな人間ですから、
こんなときに限って、一番思い出したくない体験を
一番まざまざと思い出すんじゃないかな?
でも、そのときは、恥ずかしいなんて思わないでしょうね。
あんなこともあったっけ.....
自分を含めて、すべてを許す大きな気持ちになっていることでしょう。

そこで、思うのですが、
突然、神様がこうおっしゃるのです。

「写真のことも忘れていないかね。
思い出せる写真があったら、その間、待ってあげるよ」

自分が撮った数知れない写真の中でなにか思い出すものがあるでしょうか?
もちろん! 数えきれないほど、どっさりありますとも!
そう考えたいですね。
候補はいくつも思い浮かびます。
ユージン・スミスの影響を受けて、
林間の幼い二人の娘を撮った横位置の写真。
二人がもう少し成長してから、並べて上半身だけ撮ったポートレート。
そして、イギリスの小都市☆で撮った「レインフォール」
これらは間違いなく思い出すでしょう。
それから後はとんでもない早送りで、
覚えてもいなかった写真たちの記憶が甦り、
私の脳裏をバンバンと走っていくかも知れません。
ああ、どんな気持ちでこれらを眺めることでしょう?

私はプロじゃないし、写真家でもない、ただの写真好きなので、
大した量ではありませんが、
それでも、銀塩フィルム時代は、
36枚撮りフィルムを少なくとも5000本は消費しました。
これで約18万枚にはのぼりそうです。
デジタル写真時代になると、自由の身に後半なったこともあって、
銀塩時代の2倍は撮っているでしょう。
そうすると、約36万枚。
合計約54万枚にのぼりそう。
私の2つのブログに収めた写真は1万を超す程度ですから、
まだまだ昔の写真を掲載し足りない!

神様がそうおっしゃってくださるのですから、
できるだけ沢山思い出すことにいたしましょう。
まだ昇天だか地獄落ちだか決まっていないということで、
私は半ば地上にとどまっているのでしょう。
もう思い出せる限り逐一思い出し、
じっくりと眺め尽くしてやろう。

それから、地上時間で30年ほど経過した頃でしょうか?
天使のガブリエルが神様のもとにやってきます。
「神様、いったいなにをなさっておいでですか?
天国は神様留守で、みんなやりたい放題でございますよ。」
神様、ちょっと渋い顔を見せて、
「いや、ちと甘い顔を見せたら、ツケアガリおって...
途中でさえぎるわけにもいかんよってから、
ちと弱っておるんじゃけ.......」




c0168172_13420257.jpg
c0168172_13421383.jpg
c0168172_13421940.jpg
c0168172_13422437.jpg
c0168172_13422931.jpg
c0168172_13423448.jpg
c0168172_13423920.jpg
c0168172_13424693.jpg
c0168172_13425119.jpg
c0168172_13425799.jpg
c0168172_13430373.jpg
c0168172_13430816.jpg
c0168172_13431557.jpg
c0168172_13451141.jpg
c0168172_13451851.jpg
c0168172_13452465.jpg
c0168172_13452908.jpg
c0168172_13453601.jpg
c0168172_13454296.jpg
c0168172_13454792.jpg
c0168172_13455683.jpg
c0168172_13460411.jpg
c0168172_13461078.jpg
c0168172_13461613.jpg
c0168172_13462114.jpg
c0168172_13462918.jpg
c0168172_13463455.jpg
c0168172_13464016.jpg
c0168172_13464775.jpg
c0168172_13465213.jpg
c0168172_13465972.jpg
c0168172_13470578.jpg
c0168172_13471077.jpg
c0168172_13471692.jpg
c0168172_13472385.jpg
c0168172_13472971.jpg
c0168172_13473506.jpg
c0168172_13474137.jpg
c0168172_13474775.jpg
c0168172_13475528.jpg
c0168172_13480609.jpg
c0168172_13481227.jpg
c0168172_13482090.jpg
c0168172_13482689.jpg
c0168172_13483294.jpg
c0168172_13483807.jpg
c0168172_13485978.jpg
c0168172_13490751.jpg
c0168172_13491306.jpg
c0168172_13491953.jpg
c0168172_13492633.jpg
c0168172_13493320.jpg
c0168172_13493926.jpg
c0168172_13494610.jpg
c0168172_13495539.jpg
c0168172_13500154.jpg
c0168172_13500921.jpg
c0168172_13501659.jpg
c0168172_13502230.jpg
c0168172_13502852.jpg
c0168172_13503522.jpg
c0168172_13504103.jpg
c0168172_13505199.jpg
c0168172_13513949.jpg
c0168172_13511404.jpg






# by hologon158 | 2019-01-25 13:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

771.01 ホロゴン外傅250「2018年7月10日オリオン28㎜F6が奈良町で大胆に!」1 男の子だもん!



ロシアの広角レンズはツァイスの技術を継承したと言われています。
ロシアのレンズばかり集めるコレクターも少なくないと言われていました。
今はどうでしょうね。
私が使ったのはたった1本。
オリオン28㎜F6
正真正銘の名レンズです。
超小型でスナップに最適のギア。
私は、奈良町のようなロボグラフィの宝庫に入ると、
眼は完全にロボグラフィ仕様になります。
まあ、大抵、どこでもそうなのですが、
オリオン28㎜F6のようなスナップギアを手にすると、
慣れないことをやってしまいます。
女性たち、ときに子どもたちを思わず撮ってしまいます。

当然なのかも知れませんが、男性はほとんど撮りません。
なぜでしょうねえ?

私の一番上の甥がまだ3つの頃のことです。
猛烈に鋭敏精緻な頭脳の持ち主で、学者になってしまいました。

私が尋ねました、
「男の子と女の子、どっちが好き?」
即座に、
「女の子だよ。」
「どうして?」
「だって、男の子だもん!」
それから、甥が聞き返しました、
「おじちゃんは?」
一瞬詰まってから、正直に白状しました、
「うーん、やっぱり女の子だねえ」

この子、小学校になると、電車で通いました。
ある知り合いが報告してくれたそうです。
「電車に座ってと、小学生の男の子が通路を歩いてきて、
突然、床に座り込み、算数の宿題をさっさと仕上げて、
終わると、すっと立ち上がって行ってしまった。
お宅のぼっちゃんでした。」
集中力は大切な才能ですね。
この話で思い出しました。

古典ギリシアで、アテーナイとスパルタが激突しました。
アテーナイが北方のスパルタ同盟国ポテイダイアに遠征しました。
厳寒の真冬に攻囲戦を敢行する無理な作戦でした。
深夜のアテーナイ軍の陣地。
どうやらローマ帝国軍同様、四角い陣地を構築し、
十字の通路を交錯させていたようです。

その中心の十字路に、歩哨たちが不眠の警戒をしていました。
すると、ソクラテスが一人通りかかりました。
革のサンダルの足は素足で、ごく軽装なのに、平然とした様子。
突然、十字路のど真ん中で立ち止まり、そのまま静止しました。
深い瞑想に入り込んでしまったのです。
歩哨たちが見守る中、完全に静止したまま夜明けを迎えたのです。
なんだったか忘れましたが、日の出を告げる合図が響きました。
その瞬間、深い瞑想から浮かび上がったように、
ソクラテスは動き、太陽に向かって祈りを捧げ、
何事もなかったかのようにすたすたと立ち去りました。
歩哨たちは深い畏敬の念に打たれて、
呆然とその姿を見送ったということです。

ちょっとスケールは違いますが、
甥はちょっとソクラテスに似ています。

私は全然似ていません。
私の能力には記憶力が完全に欠けています。
もちろん思考力も並程度。
頭の中で思索を凝らすなんて、絶対にできません。
紙に書かないと、なんにも考えられないのです。
基本的に直観だけで生きているようです。

そんな私ですから、レンズを変えると、撮り方もレンズに従ってしまう。
ホロゴンとオリオン28㎜F6を持ったときは、
昔取った杵柄、というほどではありませんが、
にわかにスナップ屋に近い精神状態になってしまうようです。
どちらも美しい女性だけに反応するのですから、
この2本、もしかすると、男性レンズかも知れません。

レンズに性別があるかって?
そんなこと知りませんよ。
今思いついただけ。
でも、私は完全に妻一辺倒で、
生涯に他の女性の手を握ったこともない。
だから、女性に反応する責任はレンズにある!
私はそうにらんでいます。

ときおり、私の撮影に気づいたかのような視線が見つかります。
でも、そうとは限らないのです。
視線が上の方、つまり私の方を見ていたら、その可能性はあります。
でも、大抵の視線は私のレンズを見ています。
でも、雑踏の中で視線をレンズに落とすのは、
当然、音を聴いたからではありません。
お分かりですね。
音を聴いて、撮影に気づいて視線をレンズに走らせたら、
撮影後なのですから、その視線が写るはずがない!

カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛は、撮影風景を見ますと、
ストリートスナップをアイレベルに構えたカメラで敢行していたようです。
二人とも、まったく気づかれることもなく、易々と名作をものしたのです。
でも、お二人のやり方だと、まさに至近距離での撮影なので、
撮影した瞬間に気づかれることもあったでしょう。
でも、それでトラブルになったということもなさそうです。
そんなとき、どんな行動をとったか、私は想像ができます。
にっこり笑いかけたのです。
長年あれだけの傑作を撮り続けたお二人です。
そのあたりの振る舞いは堂に入ったものだったでしょうね。
一度見てみたかったですねえ。




c0168172_11541788.jpg
c0168172_11542458.jpg
c0168172_11542921.jpg
c0168172_11543528.jpg
c0168172_11544262.jpg
c0168172_11544767.jpg
c0168172_11545342.jpg
c0168172_11545883.jpg
c0168172_11550413.jpg
c0168172_11551009.jpg
c0168172_11551574.jpg
c0168172_11552195.jpg
c0168172_11552796.jpg
c0168172_11553363.jpg
c0168172_11554709.jpg
c0168172_11555920.jpg
c0168172_11560587.jpg
c0168172_11562062.jpg
c0168172_11562625.jpg
c0168172_11563258.jpg
c0168172_11564155.jpg
c0168172_11564992.jpg
c0168172_11565550.jpg
c0168172_11570157.jpg
c0168172_11570744.jpg
c0168172_11571356.jpg
c0168172_11571955.jpg
c0168172_11572547.jpg
c0168172_11573186.jpg
c0168172_11573729.jpg
c0168172_11574253.jpg
c0168172_11574884.jpg
c0168172_11575444.jpg
c0168172_11580058.jpg
c0168172_11580605.jpg
c0168172_11581269.jpg
c0168172_11581840.jpg
c0168172_11582466.jpg
c0168172_11583049.jpg
c0168172_11583626.jpg
c0168172_11584192.jpg
c0168172_11584913.jpg
c0168172_11585740.jpg
c0168172_11590453.jpg
c0168172_11591001.jpg
c0168172_11592374.jpg
c0168172_11593563.jpg
c0168172_11594705.jpg
c0168172_11595416.jpg
c0168172_12000115.jpg
c0168172_12000973.jpg
c0168172_12001971.jpg
c0168172_12002691.jpg
c0168172_12003378.jpg
c0168172_12004003.jpg
c0168172_12004723.jpg
c0168172_12005808.jpg
c0168172_12010544.jpg
c0168172_12011561.jpg
c0168172_12012404.jpg
c0168172_12013109.jpg
c0168172_12013804.jpg
c0168172_12014638.jpg
c0168172_12015374.jpg





# by hologon158 | 2019-01-24 12:04 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

769.00 美との対話14「2018年12月8日フレクトゴン35㎜F2.4がマネに惚れ惚れと」深い表情





c0168172_11550163.jpg
c0168172_11550887.jpg
c0168172_11551303.jpg
c0168172_11551902.jpg
c0168172_11552492.jpg
c0168172_11553006.jpg
c0168172_11553654.jpg
c0168172_11554361.jpg
c0168172_11554902.jpg
c0168172_11555531.jpg
c0168172_11560053.jpg
c0168172_11560690.jpg
c0168172_11561211.jpg
c0168172_11561884.jpg
c0168172_11562439.jpg
c0168172_11563023.jpg
c0168172_11564146.jpg
c0168172_11565002.jpg


c0168172_11570686.jpg



エドゥアール・マネ、
彼のことで知っていること、と言えば、
フランス印象派の始祖の一人であること、
「草上の昼食」、「オランピア」と、
なにかと物議を醸す問題作に敢えて挑んだ画家であったこと、
「笛を吹く少年」を切手で見たこと、
この程度しか知りません。

でも、画家のことについて何も知らなくても、
絵を楽しむためには何の不足もない、私はそう考えます。
古代からもさまざまな傑作のほとんどは、
作者に関する情報など皆無。
だから、その作品を本当の意味で観賞し評価することができない、
なんて言う人が居たら、袋だたきに遭うでしょう。

ですから、マネについては、あえて改めて調べたりせず、
絵だけを見つめることにいたしましょう。
ずらっと通観してみて、一つ感じることがあります。
印象派の多くの画家が女性を好んで描いたようですが、
マネの女性たちは、晩年のルノアールの女性たちに比較すると、
むしろ謹厳に近いかなり内省的、内向的な性格に見えます。

私は、女性写真をほとんど撮りませんが、
子供たちの写真を撮るときは、
孫を含めて、子供たちは心を外界に向けて全開しているものです。

マネはこれらの女性たちを描きながら、
心の中で何を考えていたんでしょうね?
人物たちの表情には、いつも何か静かに沈潜していくような、
思いが漂っている、そんな感じがします。
たとえば、家事や仕事に没頭している女性の頭の中は、
今やっている作業の手順、次の手だてなどで一杯でしょう。
そんな感じではありません。
来し方、行く末にじっと思いをこらしている、
そして、その思いはとても深い、そんな気配。
「草上の昼食」、「オランピア」の女性でさえそうです。
どのような階層の女性であれ、賢いのです。

現代の肖像画、とくに、スーパーリアリズムの女性画からは、
そのような内面の思いを感じ取ることはできません。
ただの外観だけが丁寧に、でも、かなりテクニカルに達者に、
カンバスに描き込まれています。
でも、ただ、それだけ。

なぜでしょうか?
私は画家の責任ではないと考えます。
そうじゃなくて、女性が、いや人間全部が、物心ついてただちに、
テレビその他のさまざまなコミュニケーション手段に心を取られ、
内省的な思いを凝らす時間を奪い去られたまま、日々を過ごしている。
だから、自分の心に沈潜する時間どころか能力まで、
次第に次第に失いつつある、そんな感じがします。

ですから、たとえば、電車の中で乗客を一人一人眺めて行っても、
その半数以上は携帯に眼を凝らし、あるいは耳を傾け、
それ以外の人もうたた寝をするか、それとも茫然無為の表情。
私にはそんな感じがします。
昔、携帯などなかった時代、乗客の半数以上は読書をし、
新聞を読み、そうでない人は何かを考えてる表情だった、
そうしっかり記憶している。

世界の支配は人間の手から機械に渡りつつあるのではないか?
段々心配になっています。

マネの女性たちの思い豊かな表情を取り戻す、
これが現代文明の課題ではないでしょうか?






# by hologon158 | 2019-01-22 11:58 | 美との対話 | Comments(0)

768.03 ホロゴン外傅249「2018年6月30日スピードパンクロ50㎜F2が西大寺をゆらり巡幸」3 愛の始まり



昨日夜、ふっと脳裏をよぎりました。

  あのとき、ぼくの写真への愛は始まったんだ!

高校1、2年の頃のことです。
父はもともと20巻ほどの長大な百科事典を持っていました。
父は読書家でした。
まだ30代の頃、京城(現ソウル)の朝鮮高等法院勤務で、
書斎の壁一杯に書棚を並べていたのだそうですが、
ある日、親戚が業者を伴って留守中訪れ、全部売り払ってしまいました。
でも、出入り差し止めにもせずに、またコツコツ本を貯めたそうです。
ところが、太平洋戦争は敗戦、引き揚げとなったとき、
母は子どもたちの必要品を中心に携帯する荷物を作ったのに、
父はまず愛用の碁盤を風呂敷に包もうとしたということです。
「とんでもない」と、母が取りだすと、次に本を何冊か包んだそうです。
まさに必携の愛読書!
母はそれを減らして、家族の必要品を分担させたと聞きました。
なんだか私はこの父に一番よく似たのかも知れない、
そう感じるエピソード。

父は生涯に2度蔵書を喪失する体験をしたことになります。
結局、大和高田市に職を得て、三度目に本を集め出したわけです。
こんな体験をしたくはないですね。

私が水滸伝、三国志演義に耽溺するようになったのは高校1年の頃。
自分で岩波文庫のシリーズものを見つけてきたのです。
新たな登場人物が登場するたびに、
上記の古い百科事典で調べたものでした。
第二次世界大戦後も、中国古典は日本人にとっても古典でしたし、
中国史は日本人に深い関わりをもつ歴史だったわけです。
だから、どんな人でも詳しい記事が見つかりました。
それが面白いので、中国史の人物の記事を片端から読んだものでした。

中にはとんでもなくいい加減な記述もあることに気づきました。

  明の遺臣が親王の一人を護持して、船で逃走したのです。
  でも、にわかに巻き起こった嵐に船は今にも転覆しそうな気配。
  そのとき、遺臣は舳先に立って、天を仰ぎ、絶叫しました、
  「天は我が明朝を見捨て賜うのか?」
  船はついに転覆し、生き残った者はいなかった。

どうですか?
おかしいと思いませんか?
どうして遺臣の悲憤慷慨の情景が記録されているのですか、
生存者ゼロなのに?

きっと明史にそう記載されているのでしょう。
でも、百科事典の記事作成者はそれをそっくりそのまま書き移すって、
おかしいんじゃないでしょうか?

このいい加減さを見つけてから、
私のこの大百科事典への信用はかなり落ちたようです。
学者って、かなりいい加減なんだ、ということも学びました。
とくに、自分の学んだことに固執して、新しい発見に目をつぶる、
歴史のパラダイムを若い頃の知識に固定してしまう傾向。
その印象は今日までますます深いものになっている感じがします。

私はこのミスを父にも母にも尋ねませんでした。
高校に入った頃から、自分の問題は自分一人で処理する、
そんな人間になっていたからです。
たとえば、試験の席次表も通信簿を一切両親に見せませんでした。
両親も要求しませんでした。
その頃は当然のように考えていたのですが、今から考えると変。
親子間になにも問題がないのに、そんな家庭ってあるでしょうか?
子も親もかなり異常なのかも知れません。
でも、どうやら、これが両親の教育方針だったようです。
なにはともあれ、私はなんでも自分一人で考え、
一人で処理をする人間になることができました。
感謝しています。

父は、古びてしまった大百科事典を補完するものとして、
平凡社だったと思いますが、大型版型の一巻本、
中百科事典を購入しました。
写真製版が進んでいたようで、かなりビジュアルになっていました。
その中に「写真」の記事があり、見開き二頁だったと思いますが、
著名な写真家たちの作品がびっしり並んでいたのです。
幾度も幾度も夢中になって眺めました。
全部は覚えていませんが、覚えているもの、
というか、覚えているものと信じているものがあります。

カルティエ・ブレッソンのサンラザール駅裏、
シカゴだったかニューヨークだったかの路地の向こうに、
座り込んだ孤独なカウボーイブーツの男と、その前に対座する猫。
木村伊兵衛の秋田の美女、沖縄の遊女、N夫人、
さらには、秋田のカスリ姿の若者たち、塀の前の馬。
エドワード・ウェストンのレッドペッパー、
それと同じ形に足を組んだ女性(娘)のヌード。
アンドレ・ケルテスのチューリップの静物。
ユージン・スミスの「天国への道」
今から考えると、なかなか見事な選択でした。

そして、スミスの上記の不朽の名作と、
カルティエ=ブレッソンのサンラザール駅裏の水たまりを跳ぶ男、
この2枚が私の人生を変えました、写真と共に歩む人生に!
今ではそれが運命の転回点だったと、はっきりわかります。

私は、結局父のあとを追って、
一生、難問だらけの仕事を一杯抱える職業に就いたのですが、
週に一度、たいてい土曜日ですが、仕事を放り出して、
一日中ストリート、路地裏をモノクロ写真で撮りまくるようになりました。
そして、36枚撮りフィルム4巻の現像タンクを6本用意して、
たいてい一日に24本きっかり撮って、
約1時間で一挙に24本のフィルムを現像するのが習慣になりました。
そのタイムスケジュールを自分で表にして、
その通り、6本タンクの同時処理で、現像プロセスを一気に済ませたのです。

そのうち、仕事がさらに重くなって、
モノクロの現像引き伸ばしをするゆとりがなくなり、
リバーサルに移行しましたが、これは別の問題。

そこで、肝心の本題です。
前記の写真趣味のきっかけとなった二つの作品を、
自分の写真人生で活かすことができたか?

どうやら活かすことができた、
私はそう考えたいのです。
まず、ユージン・スミスの「天国への道」
私は写真趣味をツァイスのスーパーイコンタ6×9判で始め、
ヤシカコンタックスも加えて、二本立てで楽しんでいました。
宮崎に二度目の地方転勤をしたときです。
浜辺の樹林の中に空き地がありました。
まだ幼い女の子二人を連れての散歩の途中、偶然入り込んだのです。
この樹林に囲まれた空き地がトンネル効果で浮き上がり、
二人の娘がその中で遊ぶ姿をスーパーイコンタで撮りました。
六×九判のものクリーム。
ユージン・スミスの右下から左上に上昇する動きがないので、
正確には「本家取り」とは言えませんが、
スミスの写真に続くシーンという感じで、気に入っています。

カルティエ=ブレッソンの「跳ぶ男」の本家取りは、
かなり成功したと自負しています。
イングランドを10日ほど個人旅行しました。
イギリスの西海岸側の小さな中世都市、チェスターは古い石畳の町。
中心街では、通りに並ぶ建物の1、2階には商店が並び、
2階をつなげるプロムナードが通り、
ストリートに面する階段で自由に出入りできる、
という便利な構造の通りが奥ゆかしい雰囲気があって、
まるでタイムマシーンで中世に飛んだような楽しさ。

中心に教会に面してグランクロスと呼ばれる小広場があり、
変形十字路がもうけられているというような形でした。
もちろん、十字路も広場も石畳です。
ホテルにチェックインして部屋に荷物を置いて、
さっと撮影に出かけて、最初に目指したのがこの広場。
午後3時頃でした。
空を見上げると、黒い雲が東に向かって走っています。
夕立が来る!
そう直感しました。
大急ぎで東南側の2階プロムナードに上りました。
その途端、どっと驟雨が襲ってきました。

カメラバッグからコンタックスT2を取り出しました。
メインのコンタックスRTSⅡは、
プラナー50mmF1.4とゾナー180mmF2.8です。
ここはT2のゾナー38mmF2.8の出番だ!
そう直観しました。
正解でした。
取り出して、オンのスイッチを押した途端、
西の曲がり角から白いワイシャツ姿の青年が飛び出し、
私はたった一枚ですが、かろうじて間に合いました。

その写真は、別ブログ「レンズ千夜一夜」にあります。

  44 驟雨(ゾナー38㎜f2.8でブレッソンしてみた)

青年の右足は空中にあり、石畳に着く寸前。
足と、足の影が離れていることで分かります。
当時はリバーサルを使って、F8に絞っていましたから、
全紙に伸ばしてもビクともせず、
向かいの明かりのある窓の室内もしっかり写っていました。
私が生涯に撮った唯一無二の傑作。

その後かなりして、
あるアマチュア写真の団体の例会に出品しました。
講師は絶賛してくださいました。
私が「10年に1度の作品になりました」と言いますと、
講師、「違いますよ。一生に1枚の傑作です」
講師のおっしゃったことは正しかった。
私はもう二度とこうしたストリートフォトの傑作など撮らないまま、
アマチュア写真家から足を洗い、ただの写真好きになってしまいました。
その意味で、大変に懐かしい写真。

そして、思うのです。
私がカルティエ=ブレッソンの傑作を知らなかったら、
けっして撮ろうとは思わなかったシチュエーション。

私の書斎の壁面にかかったいるのは、
義兄のブリュージュの運河を描いた傑作水彩画。
そして、入り口に残された僅かな壁面に、
全紙に伸ばしたこの写真は、
私のかつての写真家志望時代の懐かしい名残りというわけです。

なお、後日聴いた話ですが、
上記の団体は、奈良県全体の出品作品から、
その年の最高の一枚を選ぶしきたりがあり、
役員たちは私のこの一枚が当然選ぶべきだと一致したのですが、
いずれどこかのコンクールに応募するだろうから、
これを選ぶと応募できなくなるのは忍びない、という考慮から、
この写真を選ばなかったそうです。
とてもありがたいご配慮ですが、役員たち、ご存じなかったのです。
私はコンクールには絶対に出さない、ということを。

あなたにとても美しい娘や孫が居たとして、
その子が美人コンクールに出たいと言ったら、賛成しますか?
私なら、絶対に、賛成いたしませんね。





c0168172_11135271.jpg
c0168172_11140198.jpg
c0168172_11142094.jpg
c0168172_11153138.jpg
c0168172_11153706.jpg
c0168172_11154518.jpg
c0168172_11155130.jpg
c0168172_11155669.jpg
c0168172_11160184.jpg
c0168172_11160778.jpg
c0168172_11161210.jpg
c0168172_11161868.jpg
c0168172_11162478.jpg
c0168172_11162999.jpg
c0168172_11163535.jpg
c0168172_11164040.jpg
c0168172_11164552.jpg
c0168172_11165076.jpg
c0168172_11165695.jpg
c0168172_11170599.jpg
c0168172_11171347.jpg
c0168172_11172031.jpg
c0168172_11172734.jpg
c0168172_11173361.jpg
c0168172_11173972.jpg
c0168172_11174464.jpg
c0168172_11175172.jpg
c0168172_11175955.jpg
c0168172_11180512.jpg
c0168172_11181112.jpg
c0168172_11181818.jpg
c0168172_11182483.jpg
c0168172_11183128.jpg
c0168172_11183806.jpg
c0168172_11184446.jpg
c0168172_11185249.jpg
c0168172_11185830.jpg
c0168172_11190464.jpg
c0168172_11191074.jpg
c0168172_11192262.jpg
c0168172_11192886.jpg
c0168172_11193617.jpg
c0168172_11194381.jpg
c0168172_11195040.jpg
c0168172_11195828.jpg
c0168172_11200665.jpg
c0168172_11201229.jpg
c0168172_11215133.jpg
c0168172_11215904.jpg
c0168172_11220614.jpg
c0168172_11221222.jpg
c0168172_11222001.jpg
c0168172_11222623.jpg
c0168172_11223315.jpg
c0168172_11223932.jpg
c0168172_11224685.jpg
c0168172_11225222.jpg
c0168172_11225953.jpg
c0168172_11230514.jpg
c0168172_11231134.jpg
c0168172_11231878.jpg
c0168172_11232424.jpg
c0168172_11233747.jpg
c0168172_11234435.jpg
c0168172_11235136.jpg
c0168172_11235826.jpg
c0168172_11240402.jpg
c0168172_11241105.jpg
c0168172_11241844.jpg
c0168172_11242492.jpg
c0168172_11243453.jpg
c0168172_11244128.jpg
c0168172_11244804.jpg
c0168172_11251337.jpg
c0168172_11252108.jpg
c0168172_11252869.jpg
c0168172_11253611.jpg
c0168172_11254385.jpg
c0168172_11254983.jpg
c0168172_11255690.jpg





# by hologon158 | 2019-01-18 11:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

767.02 ホロゴン外傅249「2018年6月30日スピードパンクロ50㎜F2が西大寺をゆらり巡幸」2 重厚にして絢爛



稀代の名レンズなのに、中将姫光学さんにお返しした後、
スピードパンクロ50㎜F2を手に入れたいと、
eBayあたりを探索したりしてはいません。

なぜ?
やはり、私の人生、私の性格のせいでしょうね。

人に抜きん出て、絢爛たる才能、才知をひけらかし、
目覚ましい企画を立案して、「俺についてこい!」なんて音頭をとる、
そんなことができる人がいますが、私は違います。
集団行動が全然できない人間。
どんな組織であっても、いつか違和感を感じて、
ひっそり去る、という体験もかなりあります。
だから、これまでの生涯、
友人は、肝胆相照らす気持ちを持ち合える人だけに止め、
仕事も人生も一人で静かに楽しむ、
そんな人生を送って来た人間です。

スピードパンクロ50㎜F2の描写はまさに重厚にして絢爛!
その描写は光彩陸離たる渋い輝きに満ち、
颯爽たる風に乗って、変幻自在に被写体を料理して、
レンズのたたずまい、描写の輝きには、
一時代を築いた傑作レンズとしての堂々たる自信、
押しも押されもしない存在感を感じさせす。

私はそんなスピードパンクロ50㎜F2の魅力に深く魅せられ、
かなり必死に追いかけたのですが、
どうもお天道様が二度も入手を妨害なさったようです。
「似合わないことはよしなさい。
あんたの器にぴたりと来るような別のレンズを探しなさい」
というお告げなのかも知れません。

と言うのも、スピードパンクロ50㎜F2を使ってみて、
だんだんと分かって来たのです。
レンズとの相性、レンズと付き合える器の大きさがないと、
どんな夢レンズであれ、使いこなしは望めませんね。
そして、もっと大切なこと、私の性格として、
どうやら「重厚、絢爛」よりも「ぼうよう、幽玄」の方が好みらしい。

同じスピードパンクロでも、35㎜F2の方はなぜか50㎜と違って、
ぼうよう、幽玄の形容詞がふさわしい描写です。
同じスピードパンクロでも、市場価格は格段に違います。
もうeBayを物色することもなくなって久しいので、
正確な価格は覚えていませんが、半分以下だったのでは?
つまり、懐の関係でも、35㎜の方が私にずっとふさわしい。

要するに、お天道様は私に分相応のレンズを調達してくれたらしい。
でも、いつもこのレンズのことは気にかかっていたのです。
中将姫光学さんのブログで凄い描写にお目にかかっていたからです。
ということで、スピードパンクロ50㎜F2の輝かしい描写を、
楽しむ機会を中将姫光学さんが与えてくださったことを感謝します。




c0168172_16225365.jpg
c0168172_16230113.jpg
c0168172_16230626.jpg
c0168172_16231100.jpg
c0168172_16231759.jpg
c0168172_16232375.jpg
c0168172_16232807.jpg
c0168172_16233481.jpg
c0168172_16233927.jpg
c0168172_16235187.jpg
c0168172_16235739.jpg
c0168172_16240237.jpg
c0168172_16241473.jpg
c0168172_16241994.jpg
c0168172_16242407.jpg
c0168172_16242989.jpg
c0168172_16243542.jpg
c0168172_16244536.jpg
c0168172_16245058.jpg
c0168172_16245816.jpg
c0168172_16250636.jpg
c0168172_16251320.jpg
c0168172_16252050.jpg
c0168172_16252678.jpg
c0168172_16253159.jpg
c0168172_16253756.jpg
c0168172_16254379.jpg
c0168172_16254923.jpg
c0168172_16255607.jpg
c0168172_16260137.jpg
c0168172_16260740.jpg
c0168172_16261300.jpg
c0168172_16262428.jpg
c0168172_16263039.jpg
c0168172_16263559.jpg
c0168172_16265938.jpg
c0168172_16270764.jpg
c0168172_16272073.jpg
c0168172_16272657.jpg
c0168172_16273278.jpg
c0168172_16273870.jpg
c0168172_16274490.jpg
c0168172_16275089.jpg
c0168172_16275600.jpg
c0168172_16280268.jpg
c0168172_16280829.jpg
c0168172_16281455.jpg
c0168172_16282110.jpg
c0168172_16282730.jpg
c0168172_16283685.jpg
c0168172_16284282.jpg
c0168172_16290378.jpg
c0168172_16291242.jpg
c0168172_16291879.jpg
c0168172_16292481.jpg
c0168172_16293275.jpg
c0168172_16293999.jpg
c0168172_16295289.jpg
c0168172_16300049.jpg
c0168172_16301638.jpg
c0168172_16302371.jpg
c0168172_16303072.jpg
c0168172_16303644.jpg
c0168172_16304327.jpg
c0168172_16305075.jpg
c0168172_16305712.jpg
c0168172_16310302.jpg
c0168172_16311336.jpg
c0168172_16312022.jpg
c0168172_16312685.jpg
c0168172_16313572.jpg
c0168172_16314247.jpg
c0168172_16314862.jpg





# by hologon158 | 2019-01-15 23:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

767.01 ホロゴン外傅249「2018年6月30日スピードパンクロ50㎜F2が西大寺をゆらり巡幸」1 重厚かつ絢爛



中将姫光学さんから長い間お借りしていた名玉、
スピードパンクロ50㎜F2、
ブログ未搭載分がまだ残っていました。
奈良西大寺と奈良町で撮ったようです。
たまに行く場所であれば、
どんな所用で訪れたか思い出すのですが、
奈良町、大和西大寺は私の地元です。
絶えず徘徊しているので、
撮影分をざらっと眺めても、思い出しません。
でも、撮影したショットをどこで、
どんな気持ちで撮ったかは、
ちゃんと思い出します。

スピードパンクロ50㎜F2、
レンズとしての個性溢れる性格は比類がないかもしれません。
私がホロゴンに次いで愛する2本の映画用レンズ、
パンタッカー50㎜F2.3やスピードパンクロ35㎜F2より
一頭地を抜いています。
前にも書きましたが、
二度もeBayで落札したのに、入金手続きが完遂できず、
ついに手に入れることができませんが、
今から考えますと、これはまさに天の思し召しかも知れません。
私は、どちらかと言うと、地味で凡庸な人間です。
自分からしゃしゃり出て、
イニシャティブをグイと我が手に引き寄せる、
そんなことはできない人間です。
スピードパンクロ50㎜F2はまさに主人公が似合う使い手のレンズ。
重厚かつ絢爛たる描写ですね。

このスピードパンクロ50㎜F2でロボグラフィをこんな風に撮れたのは、
私にとって望外の幸せでした。




c0168172_22054694.jpg
c0168172_22055434.jpg
c0168172_22060025.jpg
c0168172_22060632.jpg
c0168172_22061212.jpg
c0168172_22062023.jpg
c0168172_22064439.jpg
c0168172_22064956.jpg
c0168172_22065523.jpg
c0168172_22070157.jpg
c0168172_22070744.jpg
c0168172_22071329.jpg
c0168172_22071961.jpg
c0168172_22073486.jpg
c0168172_22075978.jpg
c0168172_22080663.jpg
c0168172_22081277.jpg
c0168172_22081773.jpg
c0168172_22082329.jpg
c0168172_22082849.jpg
c0168172_22083483.jpg
c0168172_22084158.jpg
c0168172_22084701.jpg
c0168172_22085381.jpg
c0168172_22085943.jpg
c0168172_22090577.jpg
c0168172_22091012.jpg
c0168172_22091790.jpg
c0168172_22092639.jpg
c0168172_22173399.jpg
c0168172_22174141.jpg
c0168172_22174729.jpg
c0168172_22175303.jpg
c0168172_22180071.jpg
c0168172_22180664.jpg
c0168172_22181238.jpg
c0168172_22181819.jpg
c0168172_22182483.jpg
c0168172_22182966.jpg
c0168172_22183530.jpg
c0168172_22184011.jpg
c0168172_22184691.jpg
c0168172_22185338.jpg
c0168172_22190228.jpg
c0168172_22190961.jpg
c0168172_22191556.jpg
c0168172_22192129.jpg
c0168172_22192819.jpg
c0168172_22193403.jpg
c0168172_22194064.jpg
c0168172_22194696.jpg
c0168172_22195110.jpg
c0168172_22195787.jpg
c0168172_22200489.jpg
c0168172_22201045.jpg
c0168172_22201641.jpg
c0168172_22202419.jpg
c0168172_22203111.jpg
c0168172_22204329.jpg
c0168172_22204910.jpg
c0168172_22205511.jpg
c0168172_22210123.jpg
c0168172_22210868.jpg
c0168172_22211587.jpg
c0168172_22212606.jpg
c0168172_22213340.jpg
c0168172_22215433.jpg
c0168172_22221047.jpg
c0168172_22221870.jpg
c0168172_22222612.jpg





# by hologon158 | 2019-01-12 22:27 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

766.03 ホロゴン外傅248「2018年6月27日バルター50㎜F2.3が奈良町にご挨拶」3 シロナガスクジラ発見!



お正月が済みました。
今朝早く二女一家が帰宅の途につき、
我が家に静かな落ち着きが戻りました。
合戦の跡のようにおもちゃやがらくたの山でしたが、
朝はゴミ一つないクリーンさ。
二女は飛ぶ鳥あとを濁しません。
母親に似たのです。

私は整理整頓が大の苦手です。
整頓された環境では落ち着きません。
私の小さな書斎はいつも雑然とごった返しています。

だからでしょうか?
大都会のストリートより、場末の路地裏が歩き心地、撮り心地が断然よい。
都会を撮る写真家はストリートフォトグラファーとなり、
路地裏で見捨てられたものたちを撮る輩はボログラファーとなるわけです。

写真を初めて半世紀をとっくに過ぎましたが、
20年前に写真家志望はきっぱりとあきらめ、
町歩きの記憶術として写真を撮りためるスタンスに移行し、
2008年8月、本ブログを始めてロボグラフィを標榜してからは、
さらに性根を入れて路地裏写真を撮って来ました。

私が写真家志望ではなくなった明らかな証左は、
他人が私の写真を観ることを意識しなくなったことにあります。
私一人がいつか思い出を想起するよすがとして観るかもしれない、
そう思っていたのですが、
先日書きましたように、エキサイトブログの運命、すなわち、
いつか消え去る可能性が濃厚であると分かったことがきっかけとなって、
上記のスタンスはさらに強化されました。

その上、仮にエキサイトブログが存続しても、
気づいてみると、見直せる量ではなくなってしまっています。
とすると、ブログをやる意義はただ一点に集中してしまうようです。
日々の生活を活発化する道具、
そして、人生のエネルギー源。

そして、一昨日の1月6日、2019年初めての撮影会。
まさに記念すべき事件が起こりました。
生まれて初めて、正真正銘のロボグラファー、
即ち、ロボグラフィをメインに撮る人と一緒に撮影したのです。
というより、私よりもロボグラフィを徹底して撮る人なのです。

これまで撮られた写真を拝見して、さらに一層驚きました。
写真を始められて1年に満たないというのに、
どれもこれも気合いが入っていて、どっしりと腰の据わった、
いわば盤石の安定感と充足感に満ちたアート!
本物のアーティストなのです。

さらに驚き!
まだ若い女性なのに、
容貌、気構え、足の運び、目の配り、撮り方、
どれを取っても、なにもかもわきまえた落ち着きを感じさせられ、
ただ者ではない!

これまで初めて撮影に同行した写真初心者で、
これほどに万事にわたりコントロールされた動きを見せた人はいません。
NKさんと呼びます。

このNKさんのすごいところまだまだあります。
万事につけ私より高いレベルで、語り合うことができます。
こんな明朗闊達で、若くして毅然とした識見を備え、
万事にわたり堂々と意見を開陳できる人に会ったことはありません。

世界の海のどこかに今もシロナガスクジラが遊泳しているのでしょう。
そこがどこか、私は知りません。
どなたも知らないでしょう。
巨大な肺を利用して、深く静かに潜航しているのでしょう。
でも、いきなり海面を破って空中にそそり立ったら?
そんな感じさえしました。

世の中は広い!



c0168172_13263392.jpg
c0168172_13264410.jpg
c0168172_13265046.jpg
c0168172_13265607.jpg
c0168172_13270430.jpg
c0168172_13270979.jpg
c0168172_13271402.jpg
c0168172_13272066.jpg
c0168172_13272545.jpg
c0168172_13273172.jpg
c0168172_13273650.jpg
c0168172_13274294.jpg
c0168172_13274707.jpg
c0168172_13275311.jpg
c0168172_13275842.jpg
c0168172_13280426.jpg
c0168172_13281097.jpg
c0168172_13281576.jpg
c0168172_13282187.jpg
c0168172_13283546.jpg
c0168172_13284498.jpg
c0168172_13285698.jpg
c0168172_13290278.jpg
c0168172_13290902.jpg
c0168172_13291439.jpg
c0168172_13292010.jpg
c0168172_13292509.jpg
c0168172_13293124.jpg
c0168172_13293749.jpg
c0168172_13294371.jpg
c0168172_13294920.jpg
c0168172_13295648.jpg
c0168172_13300268.jpg
c0168172_13300941.jpg
c0168172_13301549.jpg
c0168172_13302167.jpg
c0168172_13302630.jpg
c0168172_13303291.jpg
c0168172_13303893.jpg
c0168172_13304409.jpg
c0168172_13305158.jpg
c0168172_13305804.jpg
c0168172_13310672.jpg
c0168172_13311507.jpg
c0168172_13312152.jpg
c0168172_13312970.jpg
c0168172_13313602.jpg
c0168172_13314291.jpg
c0168172_13322077.jpg
c0168172_13323908.jpg
c0168172_13324542.jpg
c0168172_13325203.jpg
c0168172_13325955.jpg
c0168172_13330678.jpg
c0168172_13331209.jpg
c0168172_13332088.jpg
c0168172_13333508.jpg
c0168172_13334796.jpg
c0168172_13335452.jpg
c0168172_13344442.jpg
c0168172_13345245.jpg
c0168172_13351289.jpg
c0168172_13352781.jpg
c0168172_13362186.jpg
c0168172_13362963.jpg
c0168172_13363624.jpg
c0168172_13364378.jpg
c0168172_13365354.jpg
c0168172_13375333.jpg
c0168172_13380698.jpg
c0168172_13381452.jpg
c0168172_13401376.jpg
c0168172_13402294.jpg
c0168172_13402961.jpg
c0168172_13403774.jpg
c0168172_13412870.jpg
c0168172_13414644.jpg
c0168172_13415527.jpg
c0168172_13423587.jpg
c0168172_13424454.jpg
c0168172_13425297.jpg
c0168172_13425806.jpg
c0168172_13430757.jpg
c0168172_13431460.jpg
c0168172_13432313.jpg
c0168172_13434126.jpg
c0168172_13435070.jpg
c0168172_13440680.jpg
c0168172_13441350.jpg
c0168172_13442049.jpg
c0168172_13442703.jpg






# by hologon158 | 2019-01-08 14:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

767.00 ホロゴンニュース5「2019年1月元旦バリオペッツ57㎜F2が衝撃の登場!!!」



孤高のレンズ製作者宮崎貞安さんから、年末、ニューレンズが届きました。
試写の依頼です。

VarioPetz57㎜F2
バリオペッツ57㎜F2

ペッツヴァールレンズ現代バージョン。
レンズ構成図等は同封されておらず、
「球面収差可変レンズ(SA可変レンズ)」と題する図面が同封されていました。
レンズの底部に5個の指標が刻印されています。
中央③だけが距離計と連動しています。
(これがどういう意味か、不明です。)
④、⑤の方向にまわすと、タンバールのような味になるのだそうです。
逆に、②、①の方向に回すと、キノプラズマート、大口径ベス単に味に。
つまり、1本のレンズを5本のレンズのように使いこなせる!

年末の大掃除の合間を縫って半時間散歩に出て、第一回試写。
他のバリエーションを試すまでもなく、
もう基本設計だけで、猛烈に面白い画像が得られました。
合焦部分は見事にピントがあっているのに、繊細柔和。
繊細柔和なのに、毅然としたたたずまいがたまりません。
こんな高貴な風格を備えたレンズは今までにお目にかかったことがない!
そう言い切ってしまいたいほどに、颯爽。

そして、ボケ味と来たら、背景の形と光の両方があいまって、
予測不能、変幻自在の光の交響曲を繰り広げてくれます。
私の乏しい表現力ではとても語り尽くせません。

今回は、この③だけの試写結果を掲載します。
すべて、F2開放です。
まあ、ご覧なってください。




c0168172_22391833.jpg
c0168172_22392996.jpg
c0168172_22394038.jpg
c0168172_22395630.jpg
c0168172_22400203.jpg
c0168172_22400926.jpg
c0168172_22401592.jpg
c0168172_22402193.jpg
c0168172_22402794.jpg
c0168172_22403239.jpg
c0168172_22403745.jpg
c0168172_22404303.jpg
c0168172_22404940.jpg
c0168172_22405558.jpg
c0168172_22410063.jpg
c0168172_22410628.jpg
c0168172_22411123.jpg
c0168172_22411716.jpg
c0168172_22412265.jpg
c0168172_22412851.jpg
c0168172_22413455.jpg








# by hologon158 | 2019-01-01 22:43 | ホロゴンニュース | Comments(0)

766.00 ホロゴン外傳248「2018年6月27日バルター50㎜F2.3が奈良町にご挨拶」2 安定感も大切



師走って、いやですねえ。
なにがいやと言って、大掃除がいやですねえ。
力仕事は全部私が一手に引き受けることになっています。
最初の最初からどうやらボタンを掛け違えた感じ。
「力仕事はぜんぶ僕がやるから」と、粋がってしまい、
外出時もバッグ等重いものは全部引き受けてきたおかげで、
家内でも、毎年の大掃除は力仕事全部が私の分担になって、
引退後はさらに分担は増えるばかり。

段々と、「そうだなあ、召使いに任せておくべきだったなあ」
さりとて、我が家に居るのはお姫様だけ。
生涯、召使いを雇う経済的余裕に恵まれず。
それでも、レンズだけはなんとか少しずつ入手できて、
今、そのレンズたちに日々の精神生活を支えてもらっている次第。

   バルター50mmF2.3

ボシュロムの映画用レンズとして、とても名高いレンズですが、
ライバルだったスピードパンクロ50㎜F2とは対照的に、
けっして大向こうを唸らせたりせず、ゆったり構えて、
使えば使うほど、安心して使えるあたりが、実に凄い。
まさに実直地道に徹する仕事レンズだったようです。

どうやら、私の人生に欠けていた、大切なファクターを体現する、
そんな感じがあって、大事にしたい気持ちもあります。
でも、地味な存在だけに、
いつも剣が峰に立つつもりで撮影に出かける私としては、
つい選びかねてしまうのですが、
いざ持ち出して使っていると、その類い希な安定感には、
「うーん」と唸らせられてしまいます。




c0168172_11580095.jpg
c0168172_11581428.jpg
c0168172_11582081.jpg
c0168172_11582552.jpg
c0168172_11583593.jpg
c0168172_11583040.jpg
c0168172_11584025.jpg
c0168172_11584502.jpg
c0168172_11585063.jpg
c0168172_11585695.jpg
c0168172_11590144.jpg
c0168172_11590653.jpg
c0168172_11591231.jpg
c0168172_11591768.jpg
c0168172_11592273.jpg
c0168172_11592841.jpg
c0168172_11593358.jpg
c0168172_11593901.jpg
c0168172_11594433.jpg
c0168172_11594955.jpg
c0168172_11595483.jpg
c0168172_11595935.jpg
c0168172_12000732.jpg
c0168172_12001434.jpg
c0168172_12002040.jpg
c0168172_12002788.jpg
c0168172_12003351.jpg
c0168172_12004559.jpg
c0168172_12005143.jpg
c0168172_12005763.jpg
c0168172_12010374.jpg
c0168172_12011038.jpg
c0168172_12011678.jpg
c0168172_12012211.jpg
c0168172_12012739.jpg
c0168172_12013381.jpg
c0168172_12013982.jpg
c0168172_12014811.jpg
c0168172_12015470.jpg
c0168172_12020042.jpg
c0168172_12020690.jpg
c0168172_12021214.jpg
c0168172_12021911.jpg
c0168172_12023025.jpg
c0168172_12023600.jpg
c0168172_12024230.jpg
c0168172_12024844.jpg
c0168172_12025496.jpg
c0168172_12030072.jpg
c0168172_12030624.jpg
c0168172_12031274.jpg
c0168172_12031866.jpg
c0168172_12032307.jpg
c0168172_12033051.jpg
c0168172_12033628.jpg
c0168172_12034274.jpg
c0168172_12034753.jpg
c0168172_12035323.jpg
c0168172_12035954.jpg
c0168172_12040568.jpg
c0168172_12041786.jpg
c0168172_12042386.jpg
c0168172_12042807.jpg
c0168172_12043460.jpg
c0168172_12044505.jpg
c0168172_12045360.jpg
c0168172_12050140.jpg
c0168172_12050794.jpg
c0168172_12051403.jpg
c0168172_12052137.jpg
c0168172_12052842.jpg
c0168172_12054953.jpg
c0168172_12055958.jpg
c0168172_12060680.jpg
c0168172_12061395.jpg
c0168172_12062090.jpg





# by hologon158 | 2018-12-31 12:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

766.00 ホロゴン外傳248「2018年6月27日バルター50㎜F2.3が奈良町にご挨拶」1 この瞬間を楽しむ!



時々、とても不思議に思うことがあります。

私はさまざまなアートを楽しみます。
音楽を聴き、絵画に感動し、
偉大な建造物に驚異を覚えます。
私は2つのブログ記事を作成するためもあって、
かなり長時間マックに向かいます。
この作業のバックグラウンドミュージックということで、
CDをかけることもありますが、
いちいちCDを交換するのが面倒なので、Youtubeで間に合わせます。

最高のお気に入りは、グレン・グールドとマルタ・アルゲリッチ。
数知れず掲載されています。
CD音源もどっさりありますし、
演奏シーンもたっぷり見ることができます。
二人とも実にフォトジェニック。

書斎の短辺一杯に作り付けた書棚の棚に、
親友のWKさんが制作した小型スピーカーを2.5mほど離して置き、
サンスイの中古プリメインアンプで鳴らしています。
総額8万円ほどのごく安価なセットですが、
タンノイやJBLのビンテージスピーカーよりも自然で生き生きとした、
クリアーそのものサウンドがふっくりと部屋を満たします。
ついそこに、グランドピアノがおかれて、マルタが居て、
あたたかでしなやかで、それでいて比類なく豪快な音楽を、
この場で私一人のために演奏してくれている、
そんな感じさえします。

Youtubeでさえそうなのでしから、
CD(レコードならさらに)をかけると、
書斎はさらにビビッドな演奏空間と化します。

そんな悦楽空間にすっぽりはまりこんで、
ブログを書くとさぞかし捗るだろうと思われるかも知れませんが、
つい音楽に聞きほれてしまい、
さらにYoutubeで貴重な音源を探してしまいます。
ブログの1記事のために、50から100枚の写真をまず選択し、
ブログ用に小型化し、登録する作業はかなり大変なので、
どうしても音楽に関心が傾いてしまうのでしょう。

こうした掲載用ファイルへの改変作業で写真をしっかり見ているので、
最近までは、記事作成が完了すると、もう、見直したりせず、
別の仕事に移っていました。
いつか見直すことがあるだろうという思いで。

でも、気がついてみたら、2つのブログの記事は1万を超し、
掲載写真は10万を優に超してしまいました。
とても読み直すことなどできそうにありません。

その上、エキサイトは近い将来ブロから撤退する、
そう噂されていることを小耳に挟みました。
一定の予告期間を置いて終了を告示し、
ユーザーはその期間中に他社のブログにデータを移し変える作業を
終えざるを得なくなるのだそうです。
でも、私のブログのデータを受け入れてくれるブログなんてあるでしょうか?
ないでしょうね。
もしこんなことが起これば、
私は、これからの生涯にわたり、エキサイトブログを楽しむつもりでいたのに、
すっかりアテが外れてしまうことになりそうです。

それでも、この世界で一番立ち直りが速いと言われてきた私です。
ただちに考え方を一変させました。
画家、音楽家のような芸術家たちの仕事、パフォーマンス、
これもまさに一過性です。
画家が描いた絵は人にわたり、
二度と画家の目の前に現れることはないでしょう。
音楽家たちは演奏が終われば、
どんなに入神、入魂の偉大な名演でも、二度と帰ってきません。
レコードやCDは哀れなほどに貧弱な再生でしかありません!
画集なんて、本物の絵の何百分の一も再現できていません。

画家や演奏家は自分の芸術を創造する瞬間の喜び、興奮、
エクスタシー、入神の体験の記憶を心の奥底に溜めながら生きていくのでしょう。

私のブログはアートでもない、ただのがらくたおもちゃ箱ですが、
私にとってはすべてが思い出そのものです。
全部とは言いませんが、ほとんど覚えています。
たっぷりと思い出と感慨に耽りながら、
ブログライフを楽しむことにいたしましょう。

そこで、私にとってはこれまでにない新機軸を考案。
記事をアップした後、記事を最初から最後まで丁寧にたどってみましょう。
そして、心の中に今掲載した写真データを撮影した日、
その一つ一つのロボグラフィとの出会いの瞬間も思い出すことにしましょう。

それに、今ふっと思ったことですが、
エキサイトブログが終焉を迎える心配をしている内に、
自分の方が先に終焉を迎える可能性だったある!
「案ずるより死ぬが速し」
そうか?
じゃ、エキサイトブログが無くなることなんて、
そんなに心配しなくていいんだなあ。

時折ネットでいきなり死亡記事に出会うことがあります。
物故者の年齢がほとんどの場合自分より年下なのです。
まだそんな歳じゃないのに、そんな私よりも早く大団円に突入してしまう、
そんな有名人がなんと多いことでしょうか?

私は信仰がありません。
つまり、私には、今生きているこの一生しかないのです。
すべての人に終焉があります。
もしかすると、運命はあらかじめ決まっているかも知れません。
でも、私は実は運命も信じません。
宇宙のすべての因子が絡み合い、
とどまることを知らない玉突き事故を体験しているようはものです。

そして、今この瞬間の出来事を起こした因子は、
実のところ宇宙全体かも知れないのです。
果てしない遙かなる過去のある瞬間に、
私は、ある日妻と出会い、
あるとき、ホロゴンウルトラワイドと出会ったのですが、
そんな決定的瞬間を決めた淵源は、
数億年前のいくつもの離れた場所で、いくつもの瞬間に起こった、
さまざまな出来事なのかも知れないけど、
実のところ、上記の出会いの直前にあるスペシャルな因果が、
稀なる事故によって挿入されたため起こったのであって、
そのスペシャルな割り込みがなかったら、起こらなかったかも知れない。

このように考えると、私たちにできることはたった一つしかないのです。

今、この瞬間を楽しむ!

明日のことを思い煩っても仕方がないのです。
私のそんな思い煩いとは無関係になにかが起こる可能性が常にあるからです。
計画を立て、周到に準備する、これは当然です。
そんな努力が人生を築いていくのですから。

でも、計画どおりには行かないことを忘れず、
なにが起こっても、それを心行くまで楽しみ、
起こらなかったことを思い煩うことはしない。
そんな風に生きたいものですね。

そんな人生に豊かな彩りを備えてくれるのがアートですね。
アートの最大の利点は、私の心をなにかに没頭、没入させてくれることです。
アートに心を遊ばせ、ブログ記事作成によって、自分の人生の一こまを記録しながら、
日々の瞬間を自分のやりたいこと、見たいこと、聴きたいことで埋めつつ生きる、
そうしたいものですね。



c0168172_14591877.jpg
c0168172_14593495.jpg
c0168172_14594124.jpg
c0168172_14594722.jpg
c0168172_14595865.jpg
c0168172_15001538.jpg
c0168172_15002470.jpg
c0168172_15003086.jpg
c0168172_15003541.jpg
c0168172_15004089.jpg
c0168172_15005273.jpg
c0168172_15005825.jpg
c0168172_15010423.jpg
c0168172_15010901.jpg
c0168172_15011590.jpg
c0168172_15012599.jpg
c0168172_15013033.jpg
c0168172_15013768.jpg
c0168172_15014278.jpg
c0168172_15014742.jpg
c0168172_15015334.jpg
c0168172_15015913.jpg
c0168172_15022127.jpg
c0168172_15023352.jpg
c0168172_15024592.jpg
c0168172_15025171.jpg
c0168172_15025766.jpg
c0168172_15030369.jpg
c0168172_15031962.jpg
c0168172_15032522.jpg
c0168172_15034644.jpg
c0168172_15035249.jpg
c0168172_15035939.jpg
c0168172_15060611.jpg
c0168172_15061534.jpg
c0168172_15062233.jpg
c0168172_15063471.jpg
c0168172_15064028.jpg
c0168172_15064797.jpg
c0168172_15065408.jpg
c0168172_15070062.jpg
c0168172_15070739.jpg
c0168172_15071311.jpg
c0168172_15071929.jpg
c0168172_15073054.jpg
c0168172_15073655.jpg
c0168172_15074297.jpg
c0168172_15074825.jpg
c0168172_15075543.jpg
c0168172_15080535.jpg
c0168172_15081303.jpg
c0168172_15082041.jpg
c0168172_15082730.jpg
c0168172_15084753.jpg
c0168172_15085718.jpg
c0168172_15091098.jpg
c0168172_15091772.jpg
c0168172_15092901.jpg
c0168172_15093912.jpg
c0168172_15094582.jpg
c0168172_15095239.jpg
c0168172_15100098.jpg





# by hologon158 | 2018-12-29 15:12 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

765.00 美との対話13「2018年12月28日ベラスケスの神秘の肖像画たちに讃美あれ!」



「ラス・メニーナス(女官たち)」をご覧になったことがありますか?
マドリードのプラド美術館の至宝、というより、世界の至宝ですね。

私はこの世の至宝とも言うべき美術史上の最高傑作を
いくつか観ることができました。
私にとっては、その記憶は薄れることのない生涯の宝物になっています。

 ベラスケスの「ラス・メニーナス」 マドリード・プラド美術館
 ファン・エイク兄弟の「祭壇画」  オランダ・ヘント
 フェルメールの「デルフトの眺望」 ベルギー・デルフトのマウリッツハイス美術館

内2つをとれと言われたら、「ラス・メニーナス」と「デルフトの眺望」
でも、1つに絞れと言われたら、そんな要求をする人を蹴飛ばしてしまうでしょう。

「ラス・メニーナス」を展示してある暗い部屋に入ったときのことを、
私は忘れることができません。
3.18m×2.76mという大作です。
タイムマシーンでベラスケスが描いている部屋に入り込んだ!
そう直感したのです。
それほどに人物たちが生彩溢れる姿で目に飛び込んできたのです。

彼が「ラス・メニーナス」を描かなかったとしても、
彼は十指をもって数え切れないほどの、
神々のごとき偉大な画家たちのパンテオンに列する画家の一人。
でも、「ラス・メニーナス」を描いたことによって、
ベラスケスはその頂点に立つ存在になった!
私はそう信じます。
もちろんベラスケスに勝るとも劣らない人が幾人か居ます。
人によって挙げる画家は違うかも知れません。
でも、「ラス・メニーナス」をひとたび観たなら、
ベラスケスの偉大さを認めないわけにはいかない。
私はそう確信しています。

彼が描いたもう一つの大作が、「ブレダの開城」
これはさらに大きくて、横3m70、縦3m05もあります。
実に堂々としたモニュメンタルな大作ですが、
勝利者であるスペイン軍の将軍アンブロジオ・スピノーラは、
へりくだりつつ門の鍵を差し出す敗将の肩に手をやります。
その花も実もあり武人の姿がこの絵の価値を高めています。

そして、この絵にはとてもおかしな部分があるのです。
スピノーラうしろに控える部将らの内の貴族が一人、
オランダ軍の敗将のうしろに控える銃兵らしき将校が一人、
どちらも脇見をしていて、しかも、その姿、表情から、
脇見の対象ははっきりと画家であることを暗示している、
そんな風に感じられるのです。
というのは、その仮想上の画家を見つめるもう一人の人物を
描き加えているのですが、この人物、実は画家自身なのです。
そのまことにさりげないたたずまいが笑いを誘います。
画家が画家自身を見つめている仕掛けに得意を感じている、
そんな風情。
どうやら、こういうことではないでしょうか?
現場にいなかったベラスケスが自身をこの事件の当事者に仕立て上げ、
しかも、絵の中でそのことを自白しているのです。

そうすると、ベラスケスという人間が浮き上がってくる感じがします。
じゃ、こういうことじゃないのでしょうか?
彼は、「ラス・メニーナス」でも、王室の誰よりもくっきりと、
自分の姿を描き込んでいるのです!
どちらも極めて公的な主題なのに!
なぜ?
彼は、自分が自分の絵のモデルたちよりも、
はるかに重要な人間であることをすでに知っていたのです!

上記は、私が今思いついた、いわば単なる「思いつき」です。
でも、なんだか間違っていない、という感じがします。
代表作2作に仕掛けた、極秘のウィット。
ベラスケスという人を理解するうえで、
とても重要な「描き込み」、という感じがしてなりません。

このような画家が他にいたでしょうか?
彼は自分の作品がどちらも美術史だけではなく、
ヨーロッパの歴史に残る大作であることも知っていたのです。
そこで、彼はそんな歴史の大舞台に自分自身の姿も遺したい、
そうして、自分がそのことを知っていたことを後世に知らせたい、
密かにそう目論んで、
まんまと実行し、かつ成功してのけたのではないでしょうか?

ベラスケスには、心の底から仰天するような力作、大作が、
他にも沢山ありますが、もっとも瞠目すべき傑作は、
私はこれだ、と、はっきり確信する作品があります。

「ファン・デ・パレーハ」

自分の弟子を描いたポートレート作品。
どうも黒人らしい風貌です。
昔、どこかで読んだ話ですが、
ベラスケスは暗く仕組んだ舞台に2つの額を並べました。
どちらも黒人の肖像画です。
ところが、その一つはモデル自身で、
誰もその区別をすることができなかった!
この絵だったら、それは実話だったんだなあ、
そう思わせる見事に生彩溢れる仕上がりです。
それが実話かどうかはともかくとして、
そんな逸話が生まれても不思議はない、そんな風に思わせる、
なんとも生彩溢れる活き活きとした表情ではありませんか?

しかもよく観れば、明らかですが、
この17世紀の画家は、精密に生き写しを作ろうとしていません。
随分ざっくりと大きく筆を使っています。
そして、あんまり色を重ねず、あっさりと描き切って、
しかるべき位置に立つと、
生命感溢れる現実存在が立ち上がってくるのです。

ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、レンブラント、
フェルメール、セザンヌ、ピカソ等々、
美の巨人たちに比較しますと、知名度は少し落ちる感じがします。
時というふるいがさらに働くことで、
ベラスケスの存在はさらにさらに大きく高くそびえ立つだろう、
私はそう確信しています。




c0168172_21554969.jpg
c0168172_21555705.jpg
c0168172_21560273.jpg
c0168172_21560853.jpg
c0168172_21562176.jpg
c0168172_21562721.jpg
c0168172_21563741.jpg
c0168172_21570319.jpg
c0168172_21571096.jpg
c0168172_21571761.jpg
c0168172_21572289.jpg
c0168172_21572947.jpg
c0168172_21574050.jpg
c0168172_21580314.jpg
c0168172_21581193.jpg
c0168172_21581706.jpg
c0168172_21582204.jpg
c0168172_21583627.jpg
c0168172_21584447.jpg
c0168172_21585159.jpg
c0168172_21585866.jpg
c0168172_21592332.jpg
c0168172_21593159.jpg
c0168172_21593955.jpg
c0168172_21594753.jpg
c0168172_21595546.jpg
c0168172_22000253.jpg
c0168172_22000942.jpg
c0168172_22004324.jpg
c0168172_22005170.jpg
c0168172_22011708.jpg
c0168172_22012691.jpg






# by hologon158 | 2018-12-28 22:10 | 美との対話 | Comments(0)

764.00 ホロゴン外傳247「2018年6月25日エンラージングアナスチグマート50㎜F3.5のアメリカ村」



1998年制作、監督スティーブン・スピルバーグの、
映画「プライベート・ライアン」
ネットの紹介記事にはこう書かれています、

「第2次世界大戦を題材に、
過酷な戦地での男たちの友情と生き様を描いたヒューマンな戦争映画。
戦場の殺戮を徹底したリアルさで再現し、
ドキュメンタリー映画の迫力さえ帯び話題となった。」

別の記事に関係者のコメントが見つかりました。
「私は観衆を舞台に上げ、実戦を見たことがない子供達とともに、
オマハビーチの丘を駆け上がって欲しかったのです。
(死体の数を減らすなど)映画の質を落としたり、受け入れやすいものしたり、
実際に起こったことを消し去るようであるならば、
それは映画全体で伝えようとしていることを大きく貶めることになります。」
(スティーヴン・スピルバーグ監督)

「この映画ができて、とてもうれしい。
アメリカ人の誰もがこの映画を見て、
次に若者たちを戦場に送る際には、
彼らをどういう場所に押し込もうとしているのかわかった上で
そうすることを祈りたい。」
(スティーヴン・アンブローズ、歴史家、
「プライベート・ライアン」アドバイザー)

この映画をご覧になったことがありますか?
私は10分と見続けることができませんでした。
腕が、頭が血を吹いて吹き飛ぶ、腹が爆発する、
そんなシーンを正視することができませんでした。
子供達も、この映画を観て、
オマハビーチの丘を駆け上がることができたでしょうか?
途中で自分が敵弾を受けて粉々になる気分を味わったのでは?

子供たち、若者たちがこんなシーンを観て、
戦争の悲惨さを学び、反戦の気持ちをしっかりと心に育てる、
そんな風に心が働くでしょうか?
私はそうは思わないのです。
ゲームショップというのでしょうか?
若者たちがパソコンゲームに夢中になっているのを見たことがあります。
バケモノたちと戦ったり、
群がる敵を殺戮し、敵の罠をぶっとばし、
あらゆるものを破壊しながら前進して行くシーンが果てしなく続きます。
「プライベート・ライアン」同様に凄惨そのもののリアル表現。
だから、子供たちは、戦争ゲームを嫌いになるでしょうか?
ならないんじゃないでしょうか?

映画は現実ではないのです。
反戦映画も戦闘ゲームもどちらもただの画像に過ぎません。
どんなにリアルに描いても、結局は映像なのです。
人間は刺激を受けると、さらに強い刺激をもとめる傾向があります。
下手をすると、
もっともっと殺戮や破壊のエクスタシーを求めるようになるだけでは?

以前、ある集まりで、戦争体験の話になったとき、
一人の老人が、太平洋戦争末期、まだ小学生だったけど、
家の裏の竹やぶに潜む米兵を見つけて殺したといきなり話しました。
その目にはある種のエクスターが宿り、
この体験は彼の大切な思い出になっていることは明らかでした。
人を殺したことが彼にとって貴重な人生経験になっているのです。
何も返答できなかったことを覚えています。

私は人を殴ったことも、殴られたこともない人間です。
おっと一度だけありました。
結婚して2年あたりの頃でしたか、
愛妻と何か喧嘩したとき、ほっぺをパチンとしてしまった!
これは生涯悔やむ失敗でした。
一生頭が上がらなくなってしまったのですから。
おっと、これは余談。

私が言いたい事、それは、
ビジュアルな残酷表現が反戦思想を子供たちに植え付ける、なんて、
私には大きな思い違いであり、完全な夢想であり、
むしろビジネスのためのキャッチコピーに過ぎない、
私はそう考えます。
その証拠に、歴史上、現実に戦争に参加した人々は無数ですが、
その人たち全員が例外無く反戦思想を抱いたでしょうか?

スティーヴン・スピルバーグ監督のように、
実戦と区別のつかない戦闘シーンなど一切描くことなく、
反戦への最上のアピールを表現しえた映画製作者は沢山居ます。
デビット・リーン監督の「戦場にかける橋」もその一つ。
スピルバーグ監督自身の「シンドラーのリスト」だってそうです。
映画全体が戦争の悲惨を観る人に痛感させます。
反戦映画としてはるかに上質ではないでしょうか?

過激する戦闘シーンが引き起こす様々な心理状態が、
「戦争は絶対にしてはならない」という確信を導き出す保証はありません。
表現すべきは戦争の悲惨であって、戦場の悲惨ではないのです。

ちょっと汚い喩えですが、
たとえば、あなたの子がお漏らしを続けたとしましょう。
あなたはそのお漏らしで濡れたパンツを子の顔に押し付けて、
「汚いだろ!!?
気持ち悪いだろ!!?
今度やったら、そのたびに、こうするからな!!
忘れちゃ、ダメだぞ!!
分かったか!!」
こんな感じになりかねません。
下手をすると、お漏らしをさらに悪化させかねません。

エホバの神は、絶対に守るべき戒めとして、
「汝、殺すなかれ!」と命じました。
イエスさまはおっしゃいました、
「汝の敵を愛せ」
「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出しなさい」
この2000年間、
この言葉を文字通り実践したキリスト者が何人居たでしょう?

戦争を防ぐためには、戦争の原因となるさまざまな紛争を、
戦争に至る前になんとかして解決することしかありません。
戦争行為に対する忌避の感情は、
紛争が激化したときに起こる敵への憎悪や正義感のエキサイトを
打ち消す力はありません。
スピルバーグ監督はそのあたりを理解していないようです。

庶民は絶対に戦争など起こしません。
国家が戦争を始めたら、
庶民は兵士としての徴用を逃れることはできません。
戦争を防ぎたかったら、庶民の忌避感情を育てるより、
政治的、思想的な努力をするほかはないのです。
国家そのものを変革する、国際関係の改善に努める、
そんな持続的な努力だけが戦争を回避させるのではないでしょうか?

さて、今回は、やっぱりダルメイヤーレンズのロボグラフィです。
引き伸ばしレンズのようです。
レンズ改造名人宮崎貞安さんにライカマウントに改造して頂きました。
ダルメイヤーらしい柔らかさを基調とするレンズです。
使えば使うほどに、いぶし銀のような落ち着きのある雰囲気に、
心をやさしくマッサージしてもらっているような気分を覚えます。
現代レンズの対極にある、そんな感じがあって、
いつもながら、私の心はこのレンズの地味な滋味に洗われる思い。
こじつけて言わせていただきますと、
「プライベート・ライアン」とは正反対のプロデュース。
ぜんぜん無理をしていませんね。




c0168172_23201473.jpg
c0168172_23202037.jpg
c0168172_23202774.jpg
c0168172_23203643.jpg
c0168172_23204317.jpg
c0168172_23204990.jpg
c0168172_23205577.jpg
c0168172_23210018.jpg
c0168172_23210556.jpg
c0168172_23211018.jpg
c0168172_23211595.jpg
c0168172_23212117.jpg
c0168172_23212652.jpg
c0168172_23214057.jpg
c0168172_23214658.jpg
c0168172_23215111.jpg
c0168172_23215644.jpg
c0168172_23220224.jpg
c0168172_23220729.jpg
c0168172_23221940.jpg
c0168172_23222868.jpg
c0168172_23223367.jpg
c0168172_23223932.jpg
c0168172_23224422.jpg
c0168172_23225310.jpg
c0168172_23225854.jpg
c0168172_23230408.jpg
c0168172_23231367.jpg
c0168172_23231843.jpg
c0168172_10395505.jpg
c0168172_10421965.jpg
c0168172_10423230.jpg
c0168172_10423923.jpg
c0168172_10424563.jpg
c0168172_10425770.jpg
c0168172_10430365.jpg
c0168172_10430929.jpg
c0168172_10431665.jpg
c0168172_10432295.jpg
c0168172_10432801.jpg
c0168172_10433728.jpg
c0168172_10434447.jpg
c0168172_10435385.jpg
c0168172_10441040.jpg
c0168172_10441977.jpg
c0168172_10450784.jpg
c0168172_10455604.jpg
c0168172_10460654.jpg
c0168172_10461420.jpg
c0168172_10462034.jpg
c0168172_10462915.jpg
c0168172_10463738.jpg
c0168172_10464367.jpg
c0168172_10465286.jpg
c0168172_10475147.jpg
c0168172_10475862.jpg
c0168172_10480521.jpg
c0168172_10481501.jpg
c0168172_10482286.jpg
c0168172_10483141.jpg
c0168172_10484436.jpg
c0168172_10485125.jpg
c0168172_10490192.jpg
c0168172_10490985.jpg
c0168172_10491529.jpg
c0168172_10492138.jpg
c0168172_10492948.jpg
c0168172_10493599.jpg
c0168172_10494244.jpg
c0168172_10495014.jpg
c0168172_10495781.jpg
c0168172_10500340.jpg
c0168172_10500944.jpg
c0168172_10502547.jpg
c0168172_10503913.jpg
c0168172_10504713.jpg
c0168172_10505472.jpg
c0168172_10510545.jpg
c0168172_10511401.jpg
c0168172_10512256.jpg
c0168172_10513145.jpg
c0168172_10514057.jpg
c0168172_10514776.jpg
c0168172_10515640.jpg
c0168172_10520581.jpg
c0168172_10521218.jpg
c0168172_10522432.jpg
c0168172_10544045.jpg
c0168172_10544943.jpg
c0168172_10545985.jpg
c0168172_10550998.jpg
c0168172_10551713.jpg
c0168172_10552606.jpg
c0168172_10553423.jpg
c0168172_10554115.jpg
c0168172_10554823.jpg
c0168172_10555562.jpg
c0168172_10560231.jpg
c0168172_10560953.jpg






# by hologon158 | 2018-12-27 10:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

763.00 美との対話12「2018年12月23日比類無き美の創造者ピカソに圧倒されて」



ピカソは生涯に一体どれだけの創作をしたのか?
さまざまな議論があるようです。
ウィキペディアによれば、
生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、
300点の彫刻と陶器を制作したとされています。
このように、作品の数が研究対象になるあたりがピカソとフェルメールの特徴。
ピカソはそのあまりの多さに、
フェルメールはその少なさに、関心が集まったようです。

でも、結論から言えば、ピカソの創作数は謎の謎と言って良いでしょう。
ウィキペディアが丸い数で統計していることからも明らかなように、
議論される数はどうしても丸い概数になります。
当然です。
ピカソ自身は、自分の制作をカウントしていたのでしょうか?
彼の創作態度は奔流のようなものです。
冷静にカウントするなんてしたはずがない。
だとすると、その場にいない誰かがどうやって記録できたのですか?

上記の丸めた数だけでも大変なものです。
1892年、ラ・コルーニャの美術学校に入学したとのことですから、
これを創作開始時期と仮定し、
死ぬまで描いたと仮定すると、終期は1973年4月8日。
丸い数にして、80年連続して創作したとしましょう。
すると、29200日(閏年無視)。
ウィキペディアの推定総数は14万7800点。
つまり、毎日休みなく創作しても、一日5点!
旅行とか病気とか、1点も創作できない日もあったでしょうから、
実際には、さらに沢山の創作を日々重ねないと、ノルマは達成不能。

かなり以前にドキュメンタリーを観ました。
ピカソがアクリルの透明板に絵を描く姿を撮影したものです。
透明板ごしに撮影されているのです。
描いては消し、書いては消しと、めくるめく万華鏡さながら。
そのスピードは圧倒的、見ている方で笑い転げてしまうほど。

ピカソの心と体はどんな風に出来ていたのでしょうね?
アートにおける偉大な天才たちの誰とも同じで、
お互いにも誰とも似ていなかったでしょう。
つまり、私たちにはまったく想像もつかない心と体。

とりわけピカソは怒濤のような創作衝動に突き動かされて、
まさに憑かれたように筆を走らせたのでしょう。
ピカソにはかなり確然と画風を変革していったようです。

ピカソの絵をピックアップして並べてみましょう。
そして、彼の作品をずらりと通観してみますと、
どんな時期の絵にも、歴然とピカソの手が感じられる、
そうではありませんか?
ほとばしるような勢いは不変です。
内からわき上がって来る力感も不変。
当たり前です。
作風は違っていても、
画家は一貫してピカソを生きたのですから、
ピカソはどこまでもピカソだった!
そうではありませんか?





c0168172_22183614.jpg
c0168172_22184212.jpg
c0168172_22184887.jpg
c0168172_22185452.jpg
c0168172_22190574.jpg
c0168172_22191154.jpg
c0168172_22191614.jpg
c0168172_22192266.jpg
c0168172_22193672.jpg
c0168172_22194190.jpg
c0168172_22194687.jpg
c0168172_22195296.jpg
c0168172_22195744.jpg
c0168172_22200757.jpg
c0168172_22201226.jpg
c0168172_22201962.jpg





# by hologon158 | 2018-12-24 22:21 | 美との対話 | Comments(0)

762.02 ホロゴン外傳246「2018年6月13日スピードパンクロ50㎜F2奈良町で華麗に舞い」2 パレイドリア



パレイドリア
この言葉を聞かれたことがありますか?
ウィキペディアを引用しますと、
「パレイドリア(英: Pareidolia)とは、心理現象の一種。
視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、
普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず
心に思い浮かべる現象を指す。」

火星、月、太陽でなにか不思議な形態を見つける人がいます。
YouTubeにはそんな情報が一杯見つかります。
私も暇なときにはあちこち物色して、楽しみます。
私にも納得できるものがあるからです。
いくつか、紹介しましょう。

① 火星での岩壁に刻まれた巨像

NASA Rover finds Egyptian Statue on Mars?!
https://www.youtube.com/watch?v=MvOWnkJHHBI&list=PL1kIeRJejsQZvezbI-xHzoqizem8BhMjK&index=75 

妻が購入した講談社図鑑「宇宙」だったと思いますが、
そこにも上記の写真が火星の地表の紹介写真として掲載されていました。
エジプトの有名なラムセスの彫像に少し似ています。
(https://www.ab-road.net/CSP/img/INF/SIGHT/87/000387/000387_x.jpg)

② 月面の塔

https://www.youtube.com/watch?v=tqNzE8q2kks
The Moon Exposed! MILES HIGH Tower Discovery & Much More!

グーグルアースであなたも見ることができます。
およそ4マイルもの高さがあります。


③ 太陽表面近くの超巨大な物体

Huge Sphere in Sun's Corona! 2017-05-02
https://www.youtube.com/watch?v=AETdemdDeos

8/31あたりで拡大されて見ることができます。
太陽表面に接近した暗黒の球体。
超巨大な触手のようなものが伸ばされて、
太陽表面に突き刺ささっているような感じ。
球体は突然その黒い触手を引っ込めて太陽表面から離脱します。
その衝撃が太陽表面にさざ波のような波紋を起こしてるように見えます。
これも幾人もの方が記事を書いていますので、
オリジナルはNASAあたりの観察ビデオのようです。
(https://tocana.jp/2016/01/post_8702_entry.html)

④ 火星の3つの塔

【衝撃】移住時に使用可能?火星にて超巨大なタワーを3つ発見で世界が震えた! 
https://www.youtube.com/watch?v=-dckomWduqA

これもあなたご自身でグーグルマーズで見ることができます。

こんなものが幾つも幾つも見つかります。
発見者は地球外生物の証拠を見つけたと勢い込んで、
ネットに報告しているわけです。

でも、NASAは一切「ノーコメント」
もしくは、⑤についてのNASAの回答は、例によって、
「単にパレイドリアに過ぎず、なんらかの人口の塔ではない。」

私は、上記の現象、写真が、
「視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、
普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず
心に思い浮かべる現象」に過ぎないとは思えません。
たとえば、最後の3つの塔ですが、「本来そこには存在しない」とすれば、
600mと算定される構造物らしきものが写真に写っているにもかかわらず、
そこには現実には「存在しない」のでしょうか?
定規を当ててご覧になったら分かります。
完全に一直線上に等間隔に並んでいる!
カメラのレンズが映し出したものだから、そこにそれはあるのです!
NASAが、「人口の塔ではない、なんらかの自然物なのだ」と、
主張するのであれば、まだ分かります。
その場合には、NASAは、自然物なので調査するに値しないと判断する理由を
説明すべきです。

私は上記のすべてについて、自然の出来事ではない何かが写っている、
そう考えています。
でも、実のところ、私は自分の写真、ロボグラフィにおいて、
私の撮りたいものを写真に収めるにあたり、
一番活用しているのが、このパレイドリアなのです。
私は、私が赴くところには、まさにパレイドリアが盛んに起こっている、
つまり、私は、自分が見たものに、
客観的に存在しないものを見るのが大好きなのです。
ほとんどの写真家は、とくに風景写真においては、
そこに現に生起しているけど、カメラに収めるのが大変に難しい光景、
たとえば、かぎろい(陽炎)を写真に収めたいと苦心惨憺されます。
ここだけの話、本当に起きている自然の美は、現実に撮影不可能です。
たとえば、日の出にせよ、夕焼けにせよ、あなたが現実に遭遇した光景は、
荘厳、神秘に満ちた究極の美として記憶しておられるのではありませんか?
アンセル・アダムズのような偉大な風景写真家の名作でも、
現実にそこにあった荘厳、神秘の十分の一も捉えていません。
写真としてたとえようもなく美しい、だけど......

ところが、私のロボグラフィは違います。
そこには、そんな美も神秘も不思議もないのです。
でも、私に向かってメタモルフォーゼを起こしてくれるレンズがあって、
そんなレンズで撮ると、そこにはなにかしら不思議なイメージが見つかる、
そこにはなかったかも知れないが、ある種のレンズなら作りだしてくれる、
私ごのみの雰囲気、気配。

私は、だから、
自分のロボグラフィを写真世界のコンセプトとしては認めていません。
私一人だけのための遭遇メモ。
私にはなにかが見えています。
でも、私が写真を人に見せていた当時も、私の写真など鼻にもひっかけない、
そんな写真家がほとんどでした。
何撮ってるの?
これが何なの?
訳がわからない!

ですから、私は人に、
「私の写真を観て、楽しんでください」
「分かってください」
などと要求し、希望したりするつもりは一切ありません。
私がパンタッカーやスピードパンクロに夢中になる訳を理解してもらおう、
という積もりもありません。
まず「見てください」とさえも望みません。
本心をありていに言えば、
「ま、ほっといてくださいね」





c0168172_20144921.jpg
c0168172_20145856.jpg
c0168172_20150564.jpg
c0168172_20151042.jpg
c0168172_20152083.jpg
c0168172_20152669.jpg
c0168172_20153799.jpg
c0168172_20154373.jpg
c0168172_20154997.jpg
c0168172_20155407.jpg
c0168172_20160212.jpg
c0168172_20160881.jpg
c0168172_20161438.jpg
c0168172_20162528.jpg
c0168172_20163050.jpg
c0168172_20163683.jpg
c0168172_20164339.jpg
c0168172_20164995.jpg
c0168172_20165633.jpg
c0168172_20170138.jpg
c0168172_20170701.jpg
c0168172_20171409.jpg
c0168172_20172244.jpg
c0168172_20172989.jpg
c0168172_20173519.jpg
c0168172_20174297.jpg
c0168172_20174882.jpg
c0168172_20175463.jpg
c0168172_20180038.jpg
c0168172_20180889.jpg
c0168172_20181432.jpg
c0168172_20182134.jpg
c0168172_20182819.jpg
c0168172_20183487.jpg
c0168172_20183913.jpg
c0168172_20184683.jpg
c0168172_20185167.jpg
c0168172_20185679.jpg
c0168172_20190315.jpg
c0168172_20190979.jpg
c0168172_20192229.jpg
c0168172_20192876.jpg
c0168172_20193379.jpg
c0168172_20194372.jpg
c0168172_20195020.jpg
c0168172_20195847.jpg
c0168172_20200650.jpg
c0168172_20201807.jpg
c0168172_20202426.jpg
c0168172_20203382.jpg
c0168172_20203943.jpg
c0168172_20204676.jpg
c0168172_20205221.jpg
c0168172_20205907.jpg
c0168172_20210915.jpg
c0168172_20211536.jpg
c0168172_20212294.jpg
c0168172_20213089.jpg
c0168172_20213656.jpg
c0168172_20214521.jpg
c0168172_20215427.jpg
c0168172_20220432.jpg
c0168172_20221355.jpg
c0168172_20222211.jpg
c0168172_20223189.jpg
c0168172_20224167.jpg
c0168172_20224845.jpg
c0168172_20225953.jpg
c0168172_20231190.jpg
c0168172_20231950.jpg
c0168172_20232878.jpg
c0168172_20234057.jpg
c0168172_20234934.jpg
c0168172_20240781.jpg
c0168172_20241875.jpg
c0168172_20242791.jpg
c0168172_20243441.jpg
c0168172_20244119.jpg
c0168172_20245568.jpg
c0168172_20250467.jpg
c0168172_20251288.jpg
c0168172_20255205.jpg
c0168172_20260251.jpg
c0168172_20261423.jpg
c0168172_20262182.jpg
c0168172_20262802.jpg
c0168172_20263616.jpg
c0168172_20264729.jpg
c0168172_20265814.jpg
c0168172_20274453.jpg
c0168172_20275024.jpg
c0168172_20275802.jpg
c0168172_20280678.jpg
c0168172_20281223.jpg





# by hologon158 | 2018-12-23 20:30 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

762.01 ホロゴン外傳246「2018年6月13日スピードパンクロ50㎜F2、奈良町で華麗に舞い」1 難問中の難問



今回は、中将姫光学さんからお借りしたダルメイヤーの名玉、
スピードパンクロ50㎜F2との最後の日々の記録です。
大事な借り物なので、なるべく近場で使うことにしていました。
でも、今から考えると、
もっと京都、大阪でも撮っておいたら良かった!
さまざまな場所、さまざまなもので描写性を確かめたら良かった!

私が所有する50㎜レンズの最高峰は言わずと知れた!
でも、あまり人の知らない!
アストロ・ベルリンのパンタッカー50㎜F2.3

スピードパンクロ50㎜F2と比較すると、
レア度、名声度いずれをとっても、
もちろんパンタッカーはとても及びません。
スピードパンクロ光彩陸離を絵に描いたような描写性もスペシャル。

パンタッカー50㎜F2.3はそんな描写力を競うつもりはなさそう。
このレンズの特質は、深遠な幽玄性にこそある、
私はそう信じています。

ですから、苛酷な問いですが、
神様からこう問われるとしましょう、
「どちらでもよい、欲しいと思う方を手元に残していいよ」
私がおずおずと、
「でも、スピードパンクロは中将姫光学さんの所蔵ですが....」
神様、にっこりお笑いになって、
「いいんだよ。
中将姫光学さんの方は私の方で適当に処理しておくよ」
神様のお力なら、
中将姫光学さんと穏便に折り合いを付けるのは簡単だろうな。
そう考えて、私、急にしぶとくなって、
「じゃ、どっちも手元に残したいとお答えしたら、
神様、どうなさいますか?」
実はこれが本心なのです。
神様、急に渋い顔になられて、
「きみぃ....., 調子に乗ったらいけんよ!!」
神様、どこの出身だろ?
というような疑問はそっちのけにして、
私も居ずまいを正して、真剣に思案を巡らしました。
そして、きっぱりと、
「神様、折角のありがたいご提案ですが、
やっぱりパンタッカーの方を選ばせていただきます。」
神様、にわかに相好を崩して、ニターリ、気味の悪い笑顔で、
「やっぱりな、そう来るじゃろうと、思っとったバイ」

なんだか、この方、神様に化けた悪魔だったかもしれません。
でも、神でも悪魔でもない私ですが、
実は、この問いは、スピードパンクロ50㎜F2を使うたびに、
常に私の心の中を過ぎったものでした。
回答はいつも決まっていました。
スピードパンクロ50㎜F2を使っているときは、「このレンズだ!」
パンタッカー50㎜F2.3を使っているときは、「いや、やっぱりこれだ!」

人間って、そんなに単純なものじゃないし、
名レンズは限りなく存在する、
これがこの世の真実なのでしょうね。




c0168172_16264496.jpg
c0168172_16264938.jpg
c0168172_16265618.jpg
c0168172_16270264.jpg
c0168172_16270882.jpg
c0168172_16271481.jpg
c0168172_16271973.jpg
c0168172_16272519.jpg
c0168172_16273191.jpg
c0168172_16274096.jpg
c0168172_16274651.jpg
c0168172_16275167.jpg
c0168172_16275611.jpg
c0168172_16280138.jpg
c0168172_16280648.jpg
c0168172_16281171.jpg
c0168172_16281632.jpg
c0168172_16282256.jpg
c0168172_16282800.jpg
c0168172_16283456.jpg
c0168172_16283960.jpg
c0168172_16285228.jpg
c0168172_16290053.jpg
c0168172_16290761.jpg
c0168172_16291399.jpg
c0168172_16291880.jpg
c0168172_16292415.jpg
c0168172_16293071.jpg
c0168172_16293615.jpg
c0168172_16294636.jpg
c0168172_16301064.jpg
c0168172_16301516.jpg
c0168172_16302187.jpg
c0168172_16302739.jpg
c0168172_16303362.jpg
c0168172_16304077.jpg
c0168172_16313252.jpg
c0168172_16313900.jpg
c0168172_16315124.jpg
c0168172_16315666.jpg
c0168172_16320298.jpg
c0168172_16320895.jpg
c0168172_16321680.jpg
c0168172_16322261.jpg
c0168172_16322851.jpg
c0168172_16323415.jpg
c0168172_16324067.jpg
c0168172_16325668.jpg
c0168172_16330379.jpg
c0168172_16332285.jpg
c0168172_16332878.jpg
c0168172_16333446.jpg
c0168172_16334045.jpg
c0168172_16334658.jpg
c0168172_16340041.jpg
c0168172_16340799.jpg
c0168172_16341471.jpg
c0168172_16342020.jpg
c0168172_16342652.jpg
c0168172_16343115.jpg
c0168172_16343707.jpg
c0168172_16344669.jpg
c0168172_16345612.jpg
c0168172_16350613.jpg
c0168172_16351427.jpg
c0168172_16352011.jpg
c0168172_16352717.jpg
c0168172_16353458.jpg
c0168172_16354188.jpg
c0168172_16354721.jpg
c0168172_16355433.jpg
c0168172_16360140.jpg
c0168172_16361547.jpg
c0168172_16363170.jpg
c0168172_16363887.jpg
c0168172_16364440.jpg
c0168172_16365079.jpg
c0168172_16365682.jpg
c0168172_16370393.jpg
c0168172_16371111.jpg
c0168172_16371870.jpg
c0168172_16372451.jpg





# by hologon158 | 2018-12-21 16:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

761.02 ホロゴン外傳245「2018年6月21日ペンタック38㎜F2.9大阪北区でも妖怪遍歴」2 スーパーリアリズム



2回別記事を挟んで、
ペンタック38㎜F2.9シリーズに戻りましょう。

今回の写真にスーパーリアリズムの肖像画が見つかります。
写真で撮ったかと思いまがうほどの超精密画の傾向の作品です。
どうも大変にややこしい作品制作です。
なにも説明しないで、そのまま写真用のフレームに入れたりすると、
誰もそれが手で描かれたものとは思わない、そんな精密描写。
私にはこれが全然理解できません。
写真の真似をして、なにが言いたいのですか?
どんなアートもそうですが、説明など本質的に無用、有害です。
なんの説明も無しに、見る人の心をガガーンと揺さぶらなきゃ!

私は写真についても同様の考え方をします。
題名、キャプションなんか、写真の力を弱めるだけ。
題名、キャプションがあるから、写真に何かを感じてもらう、
なんて、写真そのものの敗北以外のなにものでもない、
私はそう考えています。

スーパーリアリズムをなんの説明もなしに人に見せたら、
99パーセントの人が写真だと思って、なんにも感動しないでしょう。
数枚の写真の中に1枚混ぜて陳列しても、誰も疑わず、
写真として、なにかのアピールを受け取るでしょう。
でも、画家にとって、そんなアピールなど余計な産物です。
それじゃ、
「えっ、これが絵? 写真じゃないの?」
って、言ってもらいたいのでしょうか?
でも、それって、変ではありませんか?

写真が世に生まれてから今日まで、
多くの人が論じ合ってきました、
「写真はアートたりうるか?」
写真そのものがアートの媒体たりうるか、については、
未だに議論があります。
そこで、アートと認知されるプロセスは、
「この作品は、写真であるにもかかわらず、アートだよ!」

絵ではそんな議論は起こりません。
絵について論じるのは、ただ、
「この絵はアートか、それとも駄作か?」

それなのに、スーパーリアリズムは、
いわば生まれながらにして与えられたアート性を捨てて、
写真のレベルから出発しようとしている、と私には感じられます。
野心的なアプローチです。
でも、まったく有害、無益のアプローチ、
そんな風に感じられてなりません。

写真を言わば擬態として出発することから、
一つの制約を自ら課している感じがします。
たとえば、女性のポートレートを描くとき、
写真で撮ったかのように見せるための前提として、
モデルの女性は現代的化粧をした現代的女性なのです。
私に言わせれば、現代の女性は化粧をすることで、
個性と人間性を失って、ただの観賞対象となってしまっています。
つまり、化粧をすることで別の存在に化けてしまい、
自分を隠してしまいます。
そうすることで、深い人間性を感じさせない観賞物と化している。

ダ・ヴィンチやレンブラント、フェルメールの女性たちだって、
その時代の化粧はしているのですが、どこまでも女性です。
生きる主体としてのリアリティを失わず、
その存在のすべてを上げて、精神的なエネルギーをほとばしらせています。
一人一人、独特の存在です。

でも、スーパーリアリズムの女性たちを観たら、
あなたはどう思いますか?
「ああ、このモデルさんじゃ失敗だったなあ.......」
「このモデルさん、頭空っぽ、なんにも感じてないなあ」
そんな女性を苦労して描いて、
一体、人間性のなにを表現したいのですか?
あなたは、ただ、スーパーリアリズム制作技能を誇りたいのですか?

一言で言って、
「つまらない」



c0168172_22570407.jpg
c0168172_22571170.jpg
c0168172_22571788.jpg
c0168172_22572374.jpg
c0168172_22572951.jpg
c0168172_22573428.jpg
c0168172_22574195.jpg
c0168172_22574796.jpg
c0168172_22575372.jpg
c0168172_22575913.jpg
c0168172_22580446.jpg
c0168172_22581083.jpg
c0168172_22581662.jpg
c0168172_22582277.jpg
c0168172_22582708.jpg
c0168172_22583997.jpg
c0168172_22584761.jpg
c0168172_22585305.jpg
c0168172_22590383.jpg
c0168172_22591097.jpg
c0168172_22591647.jpg
c0168172_22592110.jpg
c0168172_22593095.jpg
c0168172_22593608.jpg
c0168172_22594203.jpg
c0168172_22594737.jpg
c0168172_22595636.jpg
c0168172_23000446.jpg
c0168172_23001061.jpg
c0168172_23002350.jpg
c0168172_23002975.jpg
c0168172_23003539.jpg
c0168172_23004704.jpg
c0168172_23005572.jpg
c0168172_23004704.jpg
c0168172_23010499.jpg
c0168172_23011165.jpg
c0168172_23011809.jpg
c0168172_23012633.jpg
c0168172_23013561.jpg
c0168172_23014134.jpg
c0168172_23014917.jpg
c0168172_23015685.jpg
c0168172_23020336.jpg
c0168172_23020931.jpg
c0168172_23021713.jpg
c0168172_23022606.jpg
c0168172_23023415.jpg
c0168172_23024740.jpg
c0168172_23025486.jpg
c0168172_23030129.jpg
c0168172_23030760.jpg
c0168172_23031365.jpg
c0168172_23031921.jpg
c0168172_23032648.jpg
c0168172_23033230.jpg
c0168172_23033857.jpg
c0168172_23034426.jpg
c0168172_23035031.jpg
c0168172_23035896.jpg
c0168172_23040448.jpg
c0168172_23041099.jpg
c0168172_23041692.jpg
c0168172_23042291.jpg
c0168172_23043155.jpg
c0168172_23043945.jpg
c0168172_23044607.jpg
c0168172_23045223.jpg
c0168172_23045929.jpg
c0168172_23050770.jpg
c0168172_23051410.jpg






# by hologon158 | 2018-12-20 23:07 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

762.00 美との対話11「2018年12月18日象徴主義の巨匠モローに魅せられて」



大原美術館に行かれたことがありますか?
ここに、ギュスターブ・モローの「雅歌」がありますね。
二度参りましたが、いつもこの絵に魅せられてしまいました。
そこで、モロー見たさに、東京のブリジストン美術館にも参りました。
ここにも名品「化粧」があります。

どちらも水彩の小品ですが、たとえようもなく美しい作品です。
水彩でどうしてこのような幻想的な表現ができるのだろうか?
見る度に、目を疑います。
一歩踏み外すと、ただの風俗画に堕する素材を限りなく純粋に描いている、
そんな不思議で奇跡的な業としか良いようがありません。

今回、モローのことをネットで調べてみて、
彼がマティスとルオーの先生であったことを知りました。
二人とも師匠とは全然違う作風、画境を生み出した独創的な画家です。
美術史においては、師匠を遥かに凌駕する存在かも知れません。
でも、そんな業績の基礎、根底にモローの教えがあったかも知れない。
そうだとすれば、なんだかしっかり納得できる感じもする。
美術についてはぜんぜん素養の無い私が納得しても、
誰も納得しないでしょうけど、かまいません。

ウィキペディアから引用させていただきます。

象徴派がリーダーと見做すのはポール・ヴェルレーヌであり、
その「詩法」(1874)は象徴主義の規範を定めている。

  それというのも我々はニュアンスを望むから、
  色彩ではない、ただニュアンスだけを!
  ああ! ただニュアンスだけが
  夢と夢を、フルートと角笛を調和させる!

なんだか、なにを撮っても、私の望むなにか異貌のイメージを感じさせる、
そんな撮り方をしたいと考えているのが、私のロボグラフィ。
ちょっと象徴主義的な傾斜があるのかも知れない、
あったら、いいな、という気持ちになっています。

象徴主義の代表的な画家モローから、
私が愛するイメージを下記の書からコピーして掲載させていただきます。

ギュスターヴ・モロー―絵の具で描かれたデカダン文学
鹿島茂著 (六耀社アートビュウシリーズ) 

ウィキペディアによれば、没後、彼のアトリエには、
油彩画約800点、水彩画575点、デッサン約7000点が残っていた、とのこと。
一生を神秘な女性たちに捧げた、そんな感じがしてしまいます。




c0168172_22035615.jpg
c0168172_22040269.jpg
c0168172_22040756.jpg
c0168172_22041886.jpg
c0168172_22042358.jpg
c0168172_22045453.jpg
c0168172_22042959.jpg
c0168172_22043596.jpg
c0168172_22044826.jpg
c0168172_22050195.jpg
c0168172_22050863.jpg
c0168172_22051454.jpg





# by hologon158 | 2018-12-18 22:08 | 美との対話 | Comments(0)

2043 しとどに(2018年6月6日キノプラズマート15㎜F1.5が元興寺境内をじっとりと)2 nkさん



タイの仏教寺院に行かれたことがありますか?
仏様たちは金ぴかに磨かれていて、
寺院の朱もたえず塗り直されているようです。
一方、日本の寺院、とくに、古都奈良の寺院は、
薬師寺は例外として、大抵の古刹は、
東大寺を初めとして、仏像を磨き立てたり、
金箔を輝かせたり、仏閣の朱を塗り直したりはいたしませんね。

どうやら海外の人たちの多くのはそんな古びた状態を見て、
古さに感銘を受けることはあっても、
なぜもっと華麗なたたずまいにしてあげないだろうか、と、
いぶかしく思う向きの方が多いようです。

元興寺の石仏群は、さほど古いものはないのかも知れません。
むしろ摩耗しやすい石材を使っているので、
設置すると同時に崩壊への道を歩き始めるという感じ。
ご覧のように、ぼろぼろで、摩耗し切って、原型を留めていません。
そんな石仏の前に佇んで、その儚いたたずまいを観賞する、
そんな人は、日本人でもほとんどおいでにならないようです。
まして、外国人が石仏を撮影するシーンは、
少なくとも元興寺では見たことがありません。
第一、ほとんど訪れる姿もありません。

元興寺の石仏をこよなく愛した方に、
nkさんが居られます。
写真ブログNK's PhotoBlogに素晴らしい写真を次々と掲載されて、
大変な人気でした。
2016年6月22日の記事からこの方新しい投稿はないまま。
今はどうしておられるのでしょうか?
お年がお年だっただけに、心配です。
このnkさんの大のお気に入りのスポットが元興寺の石仏群なのです。
2015年11月26日の記事「禁じられた恋」がその一例。
私のとは異なり、完璧な写真作品の持つ毅然としたたたずまい。
また、お写真を拝見したいですね。




c0168172_15043013.jpg
c0168172_15043925.jpg
c0168172_15044535.jpg
c0168172_15044980.jpg
c0168172_15045436.jpg
c0168172_15050037.jpg
c0168172_15050660.jpg
c0168172_15051192.jpg
c0168172_15052454.jpg
c0168172_15052946.jpg
c0168172_15053415.jpg
c0168172_15053976.jpg
c0168172_15054503.jpg
c0168172_15055026.jpg
c0168172_15055471.jpg
c0168172_15060029.jpg
c0168172_15060548.jpg
c0168172_15061169.jpg
c0168172_15061672.jpg
c0168172_15062208.jpg
c0168172_15062712.jpg
c0168172_15063249.jpg
c0168172_15064592.jpg
c0168172_15065441.jpg
c0168172_15070002.jpg
c0168172_15070749.jpg
c0168172_15071318.jpg
c0168172_15071858.jpg
c0168172_15072407.jpg
c0168172_15073121.jpg
c0168172_15073758.jpg
c0168172_15074340.jpg
c0168172_15074944.jpg
c0168172_15075603.jpg
c0168172_15080230.jpg
c0168172_15080781.jpg
c0168172_15081211.jpg
c0168172_15081849.jpg
c0168172_15082477.jpg
c0168172_15082955.jpg
c0168172_15083526.jpg
c0168172_15084181.jpg
c0168172_15084762.jpg
c0168172_15085263.jpg
c0168172_15090425.jpg
c0168172_15091166.jpg
c0168172_15091686.jpg
c0168172_15092389.jpg
c0168172_15093006.jpg
c0168172_15110841.jpg
c0168172_15111970.jpg
c0168172_15112705.jpg
c0168172_15113396.jpg
c0168172_15114009.jpg
c0168172_15115146.jpg
c0168172_15115896.jpg
c0168172_15120486.jpg
c0168172_15120948.jpg
c0168172_15121719.jpg
c0168172_15122372.jpg
c0168172_15122912.jpg
c0168172_15123533.jpg
c0168172_15124167.jpg
c0168172_15124632.jpg
c0168172_15125808.jpg
c0168172_15130529.jpg
c0168172_15131263.jpg
c0168172_15131922.jpg
c0168172_15132868.jpg
c0168172_15133516.jpg
c0168172_15134226.jpg
c0168172_15134843.jpg
c0168172_15140124.jpg
c0168172_15140751.jpg
c0168172_15141421.jpg
c0168172_15142095.jpg
c0168172_15142633.jpg






# by hologon158 | 2018-12-18 15:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

761.01 ホロゴン外傳245「2018年6月21日ペンタック38㎜F2.9大阪北区でも妖怪遍歴」1 ホラー



私はホラー映画が嫌いです。
子どもの頃、洋画ファンの母親に連れられて、映画館に通ったことは、
以前にも書きました。
古い映画を沢山観ました。
「誰がために鐘はなる」とか「カサブランカ」などは言うに及ばず、
「天井桟敷の人々」とか「現金に手を出すな」とか。
この題名を観て、ただちに「げんなまにてをだすな」だよ、
ジャン・ギャバンが渋かったなんて口走る人はかなりの映画好き。
「陽気なドン・カミロ」シリーズなんて知っている人も同様です。

「アッシャー家の惨劇」に主演したヴィンセント・プライスを知っている人も、
やっぱりかなり古い映画ファンでしょう。
彼の主演映画をかなり沢山観ました。
映画館は町の南端、我が家は北端、
とくに帰り道は暗黒の中を帰るのがいつもの習慣でした。
なぜ母が3番目のまだ小学生の長男だけを連れて行ったのか?
もしかすると、護衛代わりだったのかも知れません。
私は暗黒を全く怖がらない子どもだったことも手伝ったのでしょう。
誰か護衛が欲しかったということだったかも?
私は、「アッシャー家の惨劇」のようなホラー映画もどっさり観ましたが、
そんな暗黒の帰り道で恐怖を再体験するということもなかったので、
母にすがりつくなんてこともしませんでした。

大学生の頃から私の映画好きは再燃し、毎晩洋画を観ました。
でも、そんな私が突然ホラー映画が嫌いになったのです。
その切っ掛けは仕事についてから1年か2年したある出来事でした。
妻が実家にでも泊まったのでしょう。
私は独りでした。
夜中に自宅での仕事を終え(つまり、夜も昼もない職業だったので)、
山場を超えたときのご褒美にしている、映画鑑賞にかかりました。
狼に襲われる恐怖が主題の映画でした。
主人公の男が暗黒の山野家路につきました。
次第に、狼の遠吠えが聞こえはじめ、次第に接近してくるあたりで、
深夜たった一人でテレビに向かっていた私は突然恐怖にかられました。
このとき以来、ホラー映画全部が嫌いになってしまったのです。
「坊主憎くけりゃなんとやら」ならず、
「狼怖けりゃ、ホラー全部怖い!」

当時はその理由まで意識しなかったのですが、後年、悟りました。
どうやら狼の遠吠えが私の中のどこかにある恐怖の栓を抜いた!
後年、イギリスに旅行したとき、大英博物館のショップで、
「大草原の狼」のCDを購入して、自宅でこれを聴いたのです。
さまざまな自然音がステレオで広がりました。
そして、やがて、草原のはるか向こうから、
オオカミの遠吠えを始まりました。
水平に広がった草原の遠く、
右でも左でも、段々呼応する遠吠えが聞こえてきました。
そうすると、私の臓腑がぎゅっと縮まった感じで、
言い知れぬ恐怖がこみ上げてきたのです。
もちろんすぐにCDをストップ。
このCDが即時ゴミ箱に消えてしまいました。
BBCの実録ですから貴重、捨てるのはもったいないけど、
誰かに上げると、その人から恨まれるかもしれませんから。

こうしてホラーは絶対に見ない人生を送って来たのですが、
近頃、映画やドラマの中にホラー的な場面が随所に現れます。
平気です。
でも、好きにはなれません。
それなのに、はなはだ首尾一貫しないで申し訳ないありませんが、
私のロボグラフィにはホラー的な顔やシーンがいきなり出現しますね。
今回の大阪梅田からお初天神を経て、北浜にというルートでの撮影。
なんだか、いつもより、と言うか、いつもどおり、と言うか、
不気味なシーンがバンバンと登場するようですね。
いや、ロボグラフィ全部がホラーじゃないか、という有力説も?
もしかすると、私は「隠れホラーフェチ」なのかも?

今回のセットは、

   ソニーα7
   ペンタック38㎜F2.9

ダルメイヤーのかなり古いレンズですが、
往年、今でもでしょうか、クラシックレンズファンから、
「ダメメイヤー」と蔑称をもらっていたダルメイヤーレンズ群でも、
かなりボケレンズの上位にランクされるレンズのようです。
だから、落ちこぼれなのでしょうけど、
でも、それだけになおさら、私には可愛くてたまらない。
どんなに明るい場所で何を撮っても、
なにかしらホラー的な味わいを出してくれるからかも?




c0168172_23190812.jpg
c0168172_23191837.jpg
c0168172_23192463.jpg
c0168172_23193131.jpg
c0168172_23193604.jpg
c0168172_23194109.jpg
c0168172_23194651.jpg
c0168172_23195274.jpg
c0168172_23195796.jpg
c0168172_23200345.jpg
c0168172_23201535.jpg
c0168172_23202133.jpg
c0168172_23202815.jpg
c0168172_23203513.jpg
c0168172_23204084.jpg
c0168172_23204547.jpg
c0168172_23210055.jpg
c0168172_23210557.jpg
c0168172_23211111.jpg
c0168172_23211695.jpg
c0168172_23212720.jpg
c0168172_23213235.jpg
c0168172_23214299.jpg
c0168172_23214998.jpg
c0168172_23215583.jpg
c0168172_23220169.jpg
c0168172_23224222.jpg
c0168172_23224939.jpg
c0168172_23225568.jpg
c0168172_23230006.jpg
c0168172_23230658.jpg
c0168172_23231230.jpg
c0168172_23232502.jpg
c0168172_23233180.jpg
c0168172_23233828.jpg
c0168172_23234321.jpg
c0168172_23234986.jpg
c0168172_23235514.jpg
c0168172_23240143.jpg
c0168172_23240777.jpg
c0168172_23241305.jpg
c0168172_23241899.jpg
c0168172_23242529.jpg
c0168172_23243109.jpg
c0168172_23243996.jpg
c0168172_23244696.jpg
c0168172_23245162.jpg
c0168172_23245770.jpg
c0168172_23250413.jpg
c0168172_23251051.jpg
c0168172_23251738.jpg
c0168172_23252300.jpg
c0168172_23252963.jpg
c0168172_23253668.jpg
c0168172_23254253.jpg
c0168172_23254888.jpg
c0168172_23255426.jpg
c0168172_23260040.jpg
c0168172_23260620.jpg
c0168172_23261251.jpg
c0168172_23261984.jpg
c0168172_23262591.jpg
c0168172_23263457.jpg
c0168172_23264163.jpg
c0168172_23264820.jpg
c0168172_23265546.jpg
c0168172_23270123.jpg
c0168172_23270865.jpg
c0168172_23271481.jpg
c0168172_23272158.jpg
c0168172_23272811.jpg
c0168172_23273487.jpg
c0168172_23274167.jpg
c0168172_23274715.jpg





# by hologon158 | 2018-12-17 23:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

760.02 ホロゴン外傳244「2018年5月29日肘塚あたりをゾンネタール73㎜F1.5がふらり」2 ただ憧れを



チャイコフスキーの歌曲に詩、歌ともに最高の曲があります。

「ただ憧れを知る者のみ」

ネットで見つけた現代語訳を引用させていただきます。
(http://blog.livedoor.jp/kzfj0409/archives/40865858.html)

ただ憧れを知る人だけが、
私が何を悩んでいるかを知っています。
独りで、そして、
あらゆる喜びから引き離され、
私ははるかかなたの大空を仰ぎ見ます 

あゝ!わたしを愛し、
知る人はとても遠くにいるのです。
それを思うと、
私は目が眩み、体の内が燃え上がります。
ただ憧れを知る人だけが、
私が何を悩んでいるかを知っています。


様々な名歌手が歌っていますが、
私が最初に聞いたのは、ブルガリアの大バス歌手、
ボリス・クリストフのロシア語の歌でした。
切り離れの良いドイツ語とは違い、ロシア語はじりじりと引きずります。
それが、一つの気持ち、願いが胸をじりじりと焦がす心境にふさわしく、
燃える情熱を胸の内で焦がすような響きの彼の歌声にマッチしています。

若い頃から、この歌を聴くたびに感じました。
人間って、この憧れによって生きているのではないか?
どんなときでも、どこか未来に目標を定めて、
その実現に憧れて、実現に向けて一心不乱に努力し、
これを達成すると、もう次の目標がはるか前方に浮かんでいる。
そのような目標には、恋ばかりじゃなく、
恋人以外の人も含まれますし、物、状態、技能、様々でしょう。
とにかく今の自分には手が届かないけど、
なんとか手を届かせたいなにか。

そのような目標がないとしたら、不幸です。
ただ日々を流れていくことになりかねません。
人生って、必死に手足を使って、流砂の斜面を、
じりじり這いあがっていくようなものではありませんか?
もし手足のもがきを止めたら、その場にとどまることさえもできず、
ずるずると這い落ちていくだけなのです。

でも、生き方って、人様々です。
私が人生を流砂の斜面だっと思っているのは、
人生をなにか形として作りたいと思っているからかも知れません。

人によっては、人生は完璧な舗装を施された高速道路のようなもので、
世界最高のスポーツカーでひたすら突進するようなもの、
とおっしゃるでしょう。

別の人によっては、人は、
人跡未踏の森のはるか奥に高い草むらに隠されている泉で、
ただただこんこんと湧き出でる清水を時折口に含んで、
その得もいわれぬフクイクとした味わいにうっとりする、
そんな方もいるかも知れません。

時には、シジュポスのように、ただただ続く下り坂、上り坂を、
絶え間なく降り懸かる災難、課せられる難行苦行に、
あえぎあえぎ下ったり上ったりする、そんな人生かも知れません。

でも、別様に考えることもできます。
人生って、そんな性格などまったくないもので、
それを生きる人がそれぞれに自分の色で塗り換え、
作り替えているだけ。
私には、こちらが本来の人生の姿だろうと思います。
どう生きるか、どんな人生を積み上げるかは、
その人次第。

結局すべての責任は自分に被さってきます。
よく言います、
「あの人は幸せだな。
大金持ちの家に生まれて、
ほしい物はなんでも手に入れることができて」
でも、そんな人がどんな人間になるかは、様々ですね。
すべてを失って、無一文のみじめな境涯に落ちぶれて、
怨恨、悔恨、悲愁に口をかみしめる、
そんなことにもなりかねません。
最期まで見てみないと、人の境遇の良し悪しは分からない。

でも、そんなドラマチックな転落の生涯を送る人は稀でしょう。
私たちはたいてい可もなく不可もない境遇に生まれ、
悲喜こもごもの多彩な体験を味わいながら、
人生の大河を浮きつ沈みつしながら流れていく、
そんな人生でしょう。

私は退職後完全に人生を私一人のものに切り替えました。
やることすべて私の楽しみに集中することにしました。
現在楽しんでいる2つのブログもいわば「積み木遊び」です。
「レンズ千夜一夜」は、その名の通り、
千夜一夜1001回で終えるつもりでした。
数年かかるだろうし、
私の保有するレンズは百数十本に足りないほどなので、
私の愛するレンズたちの紹介はじきに種が尽きると踏んでいたのです。

多くの方はブログをコミュニケーションの場として楽しむスタンス。
私は生来多くの人と親しくつき合うことができない人間です。
勢い訪問するブログはほんのわずかとなり、
自分のブログそのものも完全に一人楽しみ性格に変質してしまいました。
そこで、私のブログはひたすら自分の楽しみのために積み上げる日記に、
いつしか変貌してしまいました。
気がつくと、「レンズ千夜一夜」は千夜一夜の倍を超えてしまっています。

エキサイトはアクセスデータを知ることができます。
「わが友ホロゴン」の方は半年きっかり、データをチェックしました。
あるかなきかのアクセス数に終始していました。
わけの分からない写真の多さに、
ただの書き散らし文の大量さに、
辟易して、リピートする方がほとんど居ないらしい。
そこで、「我がブログホロゴン」に完全に軌道を切り替え、
アクセス数チェックも完全に中止してしまいました。
「レンズ千夜一夜」の方は最初からアクセス数など調べず。

この効果は絶大でした。
心行くまで自分の日記として何の制約もなしに楽しめるからです。
文章は書簡体にしています。
日記文、随想文は退屈で、書き続けられないのです。
そこで、未来の私を相手方として、
書簡形式で書くことにしてきました。
私相手なのですから、いわばツーカーです。
相手が理解できるかどうかを配慮しなくて済むのですから、
極端に言えば、妄想や夢体験を生で書きつづってもいいのです。
起承転結なんかクソクラエ!
(と、下品な言葉だって平気)
これは大成功でした。

私は、マックやポメラDM20のタイピング入力で文章を作成するのですが、
こちらは私のプロ技能です。
私はおそらく日本中で上位5パーセントに入るほどの文書を、
生涯作成してきました。
ワープロの出現と同時にキーボード入力に切り替えたこともあります。
電光石火、考える速度で入力できます。
私の持論では、キーボード入力は、手指の超高速運動は知能を高め、
あるいは劣化を防ぐことができます。
そして、一日何時間もの超高速の思考はぼけ防止につながります。
一石三鳥ほどのメリットがある。
ということで、私のブログは日記どころか、
ぼけ防止エクササイズと化してしまっているわけです。

つまり、私の目下最大の憧れはこうなのです。
死ぬまでぼけない。
死ぬまで健康で、敏捷性を失わない。
まあ、二三パーツが機能低下を見せていますが、
大体において、かなり私の種々の心身エクササイズは効果を上げています。
2つのブログはそんな私の夢実現の道具、武器となってしまった、
私はそう確信しています。
結局、私が自分の写真を通して見ているものは、
私にしか分かりませんね。
やれやれ、です。

昨日、とんでもないニュースを耳にしてしまいました。
エキサイトが撤退するかも知れない!
他のブログサイトに乗り換えはできるだろうけど、
エキサイトのデータは消失してしまう!
私のデータ量は個人としてはかなり大きいでしょう。
その全部を他のサイトのストックに移すことなど無理でしょう。
営々10年、1万ほどの記事、おそらく10万を超す写真データは、
あえなく闇に消えてしまうのでしょう。
そんなことがあったら?
ちょっとショックでしたが、次の瞬間、考えました。
エキサイトが私の存命中ずっと存在するなんて、
最初から考えていなかったなあ。
読み返そうと思っても、あまりに大量過ぎて、不可能。
とすると、人生でのブログの意義は、ストックにはない!
日々ブログを作ること、これにこそ意義がある!
気が楽になりました。

なんだか、人間の人生と同じ。
どんな有意義な人生を送った人も人生を読み返したりできない。
追憶にふける時間的余裕がある人はほとんどいない。
居ても、思い出せない。
日々思う存分生きること、これにこそ意義がある!

いつも、ただ憧れを知る人であり続ける!
これが人生。




c0168172_16172026.jpg
c0168172_16172889.jpg
c0168172_16173337.jpg
c0168172_16174016.jpg
c0168172_16174532.jpg
c0168172_16175157.jpg
c0168172_16175616.jpg
c0168172_16180162.jpg
c0168172_16180605.jpg
c0168172_16181299.jpg
c0168172_16181860.jpg
c0168172_16182302.jpg
c0168172_16182847.jpg
c0168172_16183360.jpg
c0168172_16183925.jpg
c0168172_16184405.jpg
c0168172_16185000.jpg
c0168172_16185609.jpg
c0168172_16190257.jpg
c0168172_16190947.jpg
c0168172_16191456.jpg
c0168172_16192033.jpg
c0168172_16192646.jpg
c0168172_16193110.jpg
c0168172_16193636.jpg
c0168172_16194213.jpg
c0168172_16194704.jpg
c0168172_16195350.jpg
c0168172_16200008.jpg
c0168172_16200978.jpg
c0168172_16201654.jpg
c0168172_16202167.jpg
c0168172_16202776.jpg
c0168172_16203517.jpg
c0168172_16204409.jpg
c0168172_16205097.jpg
c0168172_16205615.jpg
c0168172_16210356.jpg
c0168172_16210966.jpg
c0168172_16211545.jpg
c0168172_16212112.jpg
c0168172_16212707.jpg
c0168172_16213441.jpg
c0168172_16230159.jpg
c0168172_16230749.jpg
c0168172_16231396.jpg
c0168172_16231956.jpg
c0168172_16232649.jpg
c0168172_16233278.jpg
c0168172_16233838.jpg
c0168172_16234551.jpg
c0168172_16235195.jpg
c0168172_16235892.jpg
c0168172_16240419.jpg
c0168172_16241052.jpg
c0168172_16241576.jpg
c0168172_16242169.jpg
c0168172_16242786.jpg
c0168172_16243473.jpg
c0168172_16244196.jpg
c0168172_16244713.jpg
c0168172_16245317.jpg
c0168172_16250198.jpg
c0168172_16250654.jpg
c0168172_16251277.jpg
c0168172_16273489.jpg
c0168172_16274312.jpg
c0168172_16275401.jpg
c0168172_16280131.jpg
c0168172_16280862.jpg
c0168172_16281562.jpg
c0168172_16282198.jpg
c0168172_16282769.jpg
c0168172_16284094.jpg
c0168172_16284739.jpg
c0168172_16285475.jpg
c0168172_16290117.jpg
c0168172_16291409.jpg
c0168172_16292039.jpg
c0168172_16292612.jpg
c0168172_16293230.jpg
c0168172_16293930.jpg
c0168172_16294643.jpg
c0168172_16295317.jpg
c0168172_16300191.jpg
c0168172_16301129.jpg
c0168172_16301723.jpg
c0168172_16302308.jpg
c0168172_16303124.jpg






# by hologon158 | 2018-12-15 16:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

760.01 ホロゴン外傳244「2018年5月29日肘塚あたりをゾンネタール73㎜F1.5がふらり」



プラトンの洞窟神話をご記憶でしょうか?
私たち人間の認識に関するたとえ話です。

私たちは洞窟の中に居て、
向こうの壁に映った影しか見えません。
その影の形、動きだけで、現実世界を想像しなければならない。
それが人間なのです。

こんなたとえ話を聞いたら、
あなたは考えるかも知れません。
古代世界の人間って、そうだったんだろうなあ。
現代は違う。
あらゆるマスコミが発達して、
居ながらにして世界を知ることができるんだから。

でも、実のところ、これほど大いなる幻影はありません。
現代でもっとも進歩した学問は何か?
それは宣伝心理学ですね。
インターネットも含めて、あらゆるマスコミは、
ニュートラルな情報提供ツールではありません。
すべて人心操作ツール。

一番簡単な証明を一つ。
あなたは福島原発事故が完全にコントロール下に置かれた!
そう確信していませんか?
だって、マスコミから消えてしまったのだから、
もう過去の話題にすぎないんじゃないの?

現地に行かれて、それを確認しましたか?
していませんね。
マスコミが一切報道しないから、ではありませんか?

現実は違います。
福島を車で通過した人に聞きました。
見渡す限り、水タンクの原だそうです。
かつてのチェルノブイリの原発事故よりも大きな規模で起こった事故なのです。
チェルノブイリの原発汚染は終熄して、人々が戻っていますか?
戻っていませんね。
収束まで100年、200年、あるいはそれ以上かかるのです。

第三原発でしたか?
原子炉の中の燃料棒がどこに行ったか、
分からなくなりましたね。
未だに分かっていません。

すべての原子炉の真上に使用済み燃料棒庫が載っていて、
絶えず水で冷やさなければなりません。
以前、東電のホームページをのぞいたことがあります。
2基の原子炉上の燃料庫の燃料棒は完全に取り除けたけど、
他の2基は燃料棒が崩れていて、
このような燃料棒を取り出すジグはまだ開発されていないので、
鋭意研究中であると書かれていました。
でも、これまで原子炉稼働から何十年も経つのに、
まだ開発されていないのは、
そんな装置、道具の開発は無理だからではありませんか?

そのうえ、もう一つ嘘が隠されています。
第三号原発の原子炉は爆発したのです。
原子爆弾と同じキノコ雲が立ち上がりましたね。
とすると、原子炉上の燃料庫はどうなったのでしょうか?
プールも燃料棒も全部無事だったとお考えになる向きはないのではありませんか?
燃料庫もバラバラになり、燃料棒は地上に散乱したのではないでしょうか?
そこまで破壊されていなくても、プールの水が抜けてしまい、
冷却機能など回復できないのではないでしょうか?
とすると、原発事故による汚染は終結するどころか、
チェルノブイリ同様、ますます盛んに続いているのではないでしょうか?

それなのに、福島でも、人々の生活は続いています。
本当にこれでよいのでしょうか?
良いわけがありませんね。
ネバダ砂漠の原子爆弾実験のビデオをご覧になったことがありますか?
キノコ雲が天空高く沸き立つ爆発現場に向かって、
通常の服姿の兵士たちが歩いていくシーン。
彼らはどうなったのでしょう?

では、マスコミが一切報道しないのはなぜ?
東電、政府によって完全にコントロールされているから、
それしかないではありませんか?

マスコミは、今や、事実を客観的に報道し、
国民に真実を知らしめる機関ではありません。
権力者たちが国民を操作するための機関です。
政治学では、「マスコミを支配する者が権力を握る」とされています。
支配者はジャーナリズムと軍隊をまず掌握してきたのです。
ヒトラーがその好例です。

現代の洞窟は、プラトンが想像したような、
ニュートラルな光だけが影を作り出していた古代の洞窟とは違うのです。
権力者がほしいままに作り出した人心操作用シャドウを見せられているのです。
そんなことをするのは、中国のような共産国家だけ!
そうお考えになっていたら、大間違いですよ。

NASAを科学研究の平和利用の機関だと誤解されている方が多いようです。
現実には、NASAはアメリカの軍事戦略の一翼を担う、
れっきとした軍用機関なのです。

これと同様に、もうしっかりと理解しておくべきことは、
現代ジャーナリズムは、資本家の意向に逆らえないのです。
そして、東電はほとんどの報道関係会社の大株主なのです。
なぜでしょうねえ?

本論に戻ります。
上記のような事態であるために、
私たちの現実社会の認識に必要なデータの多くが隠されているのです。
報道機関は、最新情報の収集伝達機関という機能が最優先されています。
国民にもっとも大切な情報の収集伝達機関ではないのです。
どんな大事件、重要データも、三日経てば、鼻緒の切れた下駄なのです。
誰も見向きもしない。

ゴーンが帳簿の操作によって、巨額の着服横領をやっていた?
政治家たちの懐にはもっと巨額の領収書不要の裏金が
ガッポガッポと流れ込んでいるのですから、
そんなことは昔から日常茶飯事なのです。
でも、マスコミが騒ぎ立てると、
ゴーン、ゴーンと除夜の鐘を聞きたがる人がいっぱい出現します。
昨日まではまったくなんにも知らなかったし、
基本的には一会社の不祥事なのに、
親の敵を見つけたかのように、真相を知りたがる。
会社の会計処理によってしか、そのような横領はできませんね。
だとすると、大なり小なり、他の会社上層部も利益を得ていただろうし、
会計担当者たちの協力、共謀も不可欠です。
でも、一人にターゲットに絞って、悪者に仕立てることで、
他の諸々の犯罪は闇に葬ろうとしている感じ。
なにか、私たちの知りえない紛争の火花が散ったようです。
そちらの方をないがしろにする限り、
第二、第三のゴーンは今後も跳梁跋扈するでしょう。
会社と株主の利益が侵害されている事情は少しも改善されない。
でも、マスコミの人心操作によって、
本当に大切なことから目をそらされていることに気づいていない。

このように考えてきますと、
プラトンの神話はますます現代にも通用することが分かってきます。
テレビ、新聞の報道はプラトンの洞窟の影そのものなのです。
その影が隠しているものこそ、大切な情報である、
そう知って、マスコミの報道が意図するにせよしないにせよ、
国民の目から逸らそうとしている、本当の問題点とはなにか?
それを国民一人一人が解読していく必要がありますね。




c0168172_22164739.jpg
c0168172_22165869.jpg
c0168172_22170456.jpg
c0168172_22171025.jpg
c0168172_22171513.jpg
c0168172_22172177.jpg
c0168172_22172720.jpg
c0168172_22173252.jpg
c0168172_22173888.jpg
c0168172_22174314.jpg
c0168172_22174923.jpg
c0168172_22175413.jpg
c0168172_22175955.jpg
c0168172_22180547.jpg
c0168172_22181311.jpg
c0168172_22181889.jpg
c0168172_22182474.jpg
c0168172_22182982.jpg
c0168172_22183608.jpg
c0168172_22184135.jpg
c0168172_22184703.jpg
c0168172_22185426.jpg
c0168172_22190043.jpg
c0168172_22190601.jpg
c0168172_22191247.jpg
c0168172_22192141.jpg
c0168172_22193077.jpg
c0168172_22193698.jpg
c0168172_22194185.jpg
c0168172_22194759.jpg
c0168172_22195341.jpg
c0168172_22195914.jpg
c0168172_22202466.jpg
c0168172_22203117.jpg
c0168172_22204310.jpg
c0168172_22205043.jpg
c0168172_22205777.jpg
c0168172_22210527.jpg
c0168172_22211331.jpg
c0168172_22212184.jpg
c0168172_22213648.jpg
c0168172_22214830.jpg
c0168172_22215475.jpg
c0168172_22220162.jpg
c0168172_22220841.jpg
c0168172_22221324.jpg
c0168172_22222049.jpg
c0168172_22222793.jpg
c0168172_22223839.jpg
c0168172_22225101.jpg
c0168172_22225881.jpg
c0168172_22230490.jpg
c0168172_22231001.jpg
c0168172_22231801.jpg
c0168172_22232563.jpg
c0168172_22233692.jpg
c0168172_22270822.jpg
c0168172_22271827.jpg
c0168172_22272510.jpg
c0168172_22273199.jpg
c0168172_22273793.jpg
c0168172_22274711.jpg
c0168172_22275473.jpg
c0168172_22280177.jpg
c0168172_22280979.jpg
c0168172_22281641.jpg
c0168172_22282215.jpg
c0168172_22282725.jpg
c0168172_22283431.jpg
c0168172_22284155.jpg
c0168172_22284763.jpg
c0168172_22285713.jpg
c0168172_22290432.jpg
c0168172_22291047.jpg
c0168172_22291735.jpg
c0168172_22292402.jpg
c0168172_22293014.jpg
c0168172_22293648.jpg
c0168172_22294971.jpg
c0168172_22295514.jpg
c0168172_22300330.jpg
c0168172_22301062.jpg
c0168172_22301659.jpg
c0168172_22302383.jpg
c0168172_22302890.jpg
c0168172_22303558.jpg
c0168172_22304169.jpg
c0168172_22304883.jpg
c0168172_22305532.jpg
c0168172_22310538.jpg





# by hologon158 | 2018-12-12 22:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

759.00 美との対話10「2018年12月9日モジリアニも螺旋が好きだったみたい」



前回のケルト紋様の話題をつないでみましょう。
今回はモジリアニと対話してみました。

ずらりとマックの画面に並べてみて、感じました。
モジリアニはわざと歪めているんじゃないんだ!
ケルトの螺旋紋様と同じく、螺旋を描く命の線なんだ!
奇をてらって、わざわざ歪めたのではないのです。
モデルと対峙して筆を進めてゆくと、
気がついたら、命のエネルギーが立ち上る気を感じて、
その上昇線に合わせて生き生きと筆を走らせてゆくと、
こんな絵になった、ということではないでしょうか?

私はモデルとなる人物を前にして絵を描いた、
という体験を持っていません。
でも、かってに想像するのですが、
もしモデルさんがなにかの事情で完全に気落ちしていたら、
絵なんか描けないでしょう。
もしモデルさんが絶望のあまり滂沱と涙を流していたら、
やっぱり、絵なんか描けないでしょう。

昔、まだカメラ雑誌を見ていたころのことです。
月例の特選作品にとんでもないものがありました。
と言っても、私がそう思うだけで、選者は大きく買っていたようです。
ネオンの巷の壁にもたれているらしい青年の顔の大写し。
バックにはネオンがボケて、青年の顔は種々の色で浮かび上がっています。
青年の目からまさに滂沱と涙が流れ落ち、頬をすっかり濡らしています。
涙にもネオンが映って、色とりどり。
失恋の絶望でしょうか?
哀れを通り越して、悲惨に近い感情の表現!

でも、見た瞬間、感じました。
これはフェイクだ!
真実、道ばたでこんな青年を見つけたら、
あなた、撮りますか?
当時はまだ誰もズームなど使わず、
望遠も300ミリなど使わない時代でしたから、
せいぜい200か180の望遠でしょう。
まじかに接近してしゃがみこみ、望遠レンズを向けて
顔だけ大きくクローズアップしたりしますか?
できませんね。

親しい友人でない限り、気づいた振りなど見せず、
まして、接近して写真など撮りませんね。

そして、もう1つの疑問。
そんな人物に出会ったことがありますか?
私はありません。
涙を流している青年など、遠くからでも見たことがありません。

瞬間的に感じたことは、これは完全なやらせだ!
そんなものに特選を与えますか?
これは私の特殊な考えかたかも知れません。
でも、写真雑誌にはあきらかな「やらせ」写真が横行しています。
私には「やらせ」はただちに分かりますし、
そんな写真を高く評価することもありません。
写真を初めてから今まで、その気持ちは変りません。

実のところ、そんな感じ方はプロの写真家、
写真芸術家の作品にも同様に感じてしまいます。
ドアノーのパリの街頭風景はとても温かい雰囲気ですが、
カルティエ=ブレッソンより高く評価する気持ちになったことはありません。
結局「やらせ」臭を嗅ぎ取ると、どんなに気持ちの良い写真でも、
かすかに後ずさりさせられてしまうのはどうしようもありません。

モジリアニは、現実の人間を前に座らせて描いたのですから、
写真で言う「やらせ」には違いありません。
でも、絵画ではそんなことは問題になりません。
画家は現実を一種の永遠のイメージに変容させる魔術師なのですから。
私たちは特定のモデルの名前はもとより、
素性、性格、人生など知る必要などありません。
モデルの女性たちは、モジリアニの魔術によって、
永遠界の化身と化してしまうのです。

彼女たちは生命感に満ちています。
空疎な画像だ、と、誰も感じません。
ケルト紋様はそんな魔術的な変容を起こす原動力になっている、
私はそう感じます。
ただ直立不動の人物には感じられない上昇エネルギーを、
ケルト紋様の螺旋デザインが沸き立たせてくれるのです。
そのお陰で、若い頃の直立像にはなかった独特の動感が生まれている。
すくなくとも私にはそんな風に働いてくれるのです。




c0168172_14054875.jpg
c0168172_14055423.jpg
c0168172_14055955.jpg
c0168172_14060688.jpg
c0168172_14061210.jpg
c0168172_14061799.jpg
c0168172_14062483.jpg
c0168172_14064467.jpg
c0168172_14070376.jpg
c0168172_14071683.jpg
c0168172_14072212.jpg
c0168172_14072983.jpg
c0168172_14073558.jpg
c0168172_14074202.jpg
c0168172_14075647.jpg
c0168172_14080930.jpg
c0168172_14081684.jpg





# by hologon158 | 2018-12-09 14:13 | 美との対話 | Comments(0)

758.02 ホロゴンデイ211「2018年5月19日近頃人気の中崎町でホロゴン活躍」2 死ぬまで学ぶ



死ぬまで、学ぶことができる」
それが人間の人間たる所以なんだ!
そう考えたいですね。

先日、朝のバス停の立ち話が耳に入ってきました。
老婦人がお二人。
年長の方がぼやきました、
「このごろ、ちっとも体が動かんようになって、
なにをするのもシンドウて、
困りますわ」
すると、年下の方が、
「誰でもそうなるんですねえ。
仕方がありませんねえ......」

近くでこの会話を耳にした私、
言ってあげたかったですねえ。
「そうじゃありません。
いや、そうなんでしょう。
でも、だから、なにもしないで、
座して老衰を待ち、死を待つ、なんてことをしないで、
少しでも、老いを遅らせ、
死が来るまでできるだけ活発な人生を送りたいものですね。
そのためには、自分の心身に合ったエクササイズは何か?
自分で考えなくちゃ!」

もちろん、私はまだ衰えるほどの年齢にはなっていません。
でも、20年前、ストレッチを始めたのを皮切りに、
体によいこと、体をより強くできることをどんどん採り入れて、続けてきました。
おかげで、すこぶる元気です。
毎日生き生きと目覚め、生き生きと動き回り、さっと入眠でき、ぐっすり眠れます。

友人にも勧めます。
私はお節介焼きなのです。
「知ったことかあ!」とは考えない。
ある友人は、破顔一笑して、
「体に良いことは分かりますが、
でも、続けられませんよ」
でも、彼のこの言葉は間違っています。
彼にも長年続けていることがいくつもいくつもあることを私は知っているからです。
誰もがそうです。

人間は基本的に習慣の動物なのです。
一番簡単な例を上げましょう。
毎朝、ご飯を食べますね。
歯を磨きますね。
サラリーマンであれば、靴を磨きますね。
奥さんにさせるのであれば、かかさず奥さんが靴を磨いたか、
チェックを怠りませんね。
朝、お出かけの前に顔を洗い、服を着替えますね。
あなたが妻を持つ男性であれば、
出かける前に、愛妻にチュッとしてあげますね。
あなたが通勤者であれば、駅に向かって歩きますね。
この調子で、あなたは毎日絶えずなにかを続けて、
けっして自分からやめようとは思いませんね。

でも、たとえば、ギャンブルだったら、
やめよう、なんとかしなくちゃ、とがんばりますね。
前者はやめようとは思わず、後者はやめようと思う。
なぜ、
前者は体にも人生にも良いことであるのに、
後者は体にも人生にもまるで良くないからです。

じゃ、少しずつ、少しずつ、
体によいこと、老化を防ぐことも採り入れたらいかがですか?
体によいんだから、必ず癖になります。

一番大切なポイントははっきりしています。

「自分の人生の主役を、
人生の最後の最後までつとめる」

これです。

だとすると、あなたは次に、一つの問いに回答する必要があります。

「あなたはどんな人生を生きたいか?」
言い換えると、
「あなたはどんな風に生きたいか?」

単純明快に回答できますね、
「自分が生きたいように生きたい」
「ああ、やりたいことは全部やれた、
そんな風に終わりたい」

人生はサドンデスです。
いつ、どんな形で人生を終えるか、
私たちは選択できません。
となると、目標が一つ明らかになります。

「いつ死んでもよい、そんな人生を送ろう」

その秘訣を単純化することもできそうです。

「これをやり終えたら、もう死んでも良い、
そう思えるようなことをやり続けよう」

でも、人生に大きな価値があるものの多くは、
その実現のために大変な時間と労力を必要とするものです。
そんな時間も価値あるものと考えましょう。
そんな準備期間に世を去ることになっても、
よしとすることにしましょう。

自分が本当にやりたいことなのですから、
そのためのプロセスを習慣化することは容易です。
一つだけじゃつまらないのであれば、
いくつでも目標を増やしましょう。
ますます人生が楽しくなります。

心を大きく広げることは、必ず人間の心身に好影響を持ちます。
そんな風にできることで人生を埋めましょう。
毎日が晴れ晴れと暮らせます。

吉田正さんの写真教室で、さる高名な建築家のビデオを拝見しました。

運動着姿で公園を伸し歩き、
精神の体操が必要だ、とのたまわって、
体操らしき動きをされます。

でも、ですよ。
その体の動きがなんともぎこちなく、
腕だけちょっと動かすのですが、
腕の動きもぎこちなく、胴体が全然連動していません。
腰がズンドウで、固まったままなのです。

真剣にかつ長期的にエクササイズをしてこなかったことが一目瞭然。
口と実とが合わない現状から、彼が心もあまり鍛えていない、
なんだか、心も身体もぬくもっていない、
私はそう感じますね。
道理で、直線を多用したデザインのコンクリート建築ばっかり!
どの建築からもやわらかさ、温かさ、ぬくもりがカケラも感じられない。

私は、ケルト紋様、螺旋、曲線、放物線が大好き。
どこまでも成長していく曲線を感じたり、シャッターを押します。
建築家の道も永遠につながる道なのかも知れません。
でも、私はどうもその道を辿りたいとは思えません。

Another road to Another ideal.
私はホロゴンに導かれて、ケルト紋様の線に沿って、
死ぬまでロボグラフィの道を辿ることにしましょう。




c0168172_22350174.jpg
c0168172_22350932.jpg
c0168172_22351513.jpg
c0168172_22352159.jpg
c0168172_22352881.jpg
c0168172_22353353.jpg
c0168172_22353845.jpg
c0168172_22354394.jpg
c0168172_22354907.jpg
c0168172_22355481.jpg
c0168172_22360095.jpg
c0168172_22360655.jpg
c0168172_22363104.jpg
c0168172_22363660.jpg
c0168172_22364117.jpg
c0168172_22364602.jpg
c0168172_22365292.jpg
c0168172_22365751.jpg
c0168172_22370505.jpg
c0168172_22371106.jpg
c0168172_22371775.jpg
c0168172_22373318.jpg
c0168172_22373869.jpg
c0168172_22374421.jpg
c0168172_22375062.jpg
c0168172_22375502.jpg
c0168172_22380114.jpg
c0168172_22380795.jpg
c0168172_22381202.jpg
c0168172_22381855.jpg
c0168172_22382359.jpg
c0168172_22382965.jpg
c0168172_22383542.jpg
c0168172_22384345.jpg
c0168172_22385069.jpg
c0168172_22385646.jpg
c0168172_22390264.jpg
c0168172_22390838.jpg
c0168172_22391517.jpg
c0168172_22392256.jpg
c0168172_22392858.jpg
c0168172_22393576.jpg
c0168172_22394100.jpg
c0168172_22394723.jpg
c0168172_22395293.jpg
c0168172_22395851.jpg
c0168172_22400409.jpg
c0168172_22400912.jpg
c0168172_22401673.jpg
c0168172_22402125.jpg
c0168172_22402781.jpg
c0168172_22403332.jpg
c0168172_22403973.jpg
c0168172_22404514.jpg
c0168172_22405898.jpg





# by hologon158 | 2018-12-08 22:43 | ホロゴンデイ | Comments(0)