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733.01 美との対話1 源氏物語絵巻「2018年7月29日フレクトゴン35㎜F2.4が貴族たちと競り合って」


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今回は美との対話の第一回です。
源氏物語絵巻からのピックアップ。

あなたは「源氏物語」を読みましたか?
私も学生の頃、世界の古典を全部読みたいと意気込んで、
岩波の「日本古典文學体系」(古い!)を30冊ほども買い揃え、
読めるモノからせっせと読みまましたが、
この全集本、読書用と言うより、監修者の研究業績の発表、なのでしょう。
読んでいて、あまり楽しくない。
そのうえ、素人の私にはよく分からない。

結局、与謝野晶子さんの現代文への翻訳を楽しみました。
でも、帯に短し襷に長し、ですね。
時代の香りが少し不足しているのです。
言葉って、心と一体ですね。
平安朝のたおやかで健やかで爽やかな姫君、若紫が、
どうしても明治大正のお嬢様に感じられてしまいます。

いつ頃でしたか?
新潮社が「日本古典文学集成」という、
新しい古典文学全集を編纂しました。
私が待っていたのはこれでした。
本文の横に必要最小限の訳文が赤の小文字でさりげなく付けられています。
原文と訳文を同時に読んでいきますと、
いつしか訳文が目に入らなくなります。
原文の意味をかなり我がものにできるのです。
極めて巧妙にできた教育システムをさりげなく組み込んでいる。
全集を読み進むにつれて、本文だけが見えるようになって、
かなり理解できている、
そんな状態になることができました。
おかげで「源氏物語」を心から楽しむことができました。

若紫から紫の上に成長した平安の美女は、私にとっては、
「オデュッセイア」のペネロペイアや
「イーリアス」のアンドロマケーから始まる、
麗しくたおやかな美女の系譜の一人となりました。

余談ですが、私は紫式部による紫の上の描き方が
かなり中途半端で尻切れトンボに終わったという感じを拭えません。
若紫は、心優しい庇護者のおじさまに暖かく守られていると感じて、
安らかに共に暮らしていたおじさまにある日突然押し倒され、
妻とされてしまいます。
若紫は光源氏を愛していたけれど、
男性の伴侶としてではなかったようです。
まして、光源氏には葵の上という正妻が厳然と存在する。
裏切られたという気持ちをついにぬぐい去ることができなかったようです。
しかも、光源氏はその後もさまざまな女性にたえず心を奪われ、
しかも、どの人も手厚く遇するのですから、
いかに平安の時代であれ、正妻なのに、
最愛の妻として遇されているとはとても思えなかったでしょう。

光源氏は、そんな紫の上の気持ちを知りつつも、理解することができず、
まして、紫の上の傷心を真心から温かく包んであげようという努力などしません。
欲しい女性はみさかいなく我がものにし、
そんな女性たちから慕われていくのですから、
紫の上の心にかかったまま晴れない暗雲をはらす術を知らない。

紫の上はたとえようもなく美しい女性に成熟します。
ある日、紫の上が殿中の御簾の陰で外を眺めていました。
ところが、突然御簾がそよ風に吹かれて
フワリと風に翻りました。
光源氏の息子夕霧は、その翻った御簾の隙間に、
紫の上の麗しい姿をかいま見て、
恋心を激しく燃え上がらせます。

光源氏が、御簾の向こうに座らせた玉鬘の周りにたくさんの蛍を放って、
このうら若き乙女の姿をたとえようもなく美しく浮かび上がらせて、
弟の兵部卿宮を恋に誘おうと試み、まんまと成功するシーンも、
世界の文学史上最高のシーンですが、
御簾ごしの紫の上のシーンもこれに劣りません。
私にとっては、「源氏物語」最高のシーンです。

「源氏物語絵巻」は平安朝末期の「隆能源氏」と通称され、
源氏物語を題材にする絵巻物の最古の作品で、
国宝に指定されているほどの傑作だそうですが、
ほんの一部しか残っていません。
元は天地20cmしかない絵巻物でした。
どれほどの長さがあったのでしょうか?
いつのときか、バラバラに切り離されて額装になって、
離ればなれとなり、各地に保管されたものが見つかっています。
どのような経緯がそこに隠されているか、
私は知りません。
ウィキペディアを信用するとすれば、
54帖全部について、ピックアップされた名場面と詞書が並べられ、
全部で10巻程度あっただろうと推察されています。
源氏物語のもっとも華麗な前半部分はほとんどなくなっています。

おそらく絵巻物のオリジナルの持ち主はかなりの地位の人、
皇族もしくは貴族だったはず。
でも、平安末期以降江戸幕府成立までの未曾有の大戦乱時代に、
所有者たちは、困窮落魄の運命をさまざまにたどったことでしょう。
そしてその有為転変の果てに絵巻もばらばらになり、
それぞれの放浪を経て、流れ着いた幾代目かの持ち主もさらに金に困って、
買い主の希望に応じて、切り売りしていったのでしょう。

どうやら絵巻制作当時以降の貴族たちの日記、記録には、
制作の経緯、絵巻の有為転変の情報となる記述は見つからないようです。
制作者も保有者も明らかになっていないのですから、不思議です。
でも、戦乱の世には所有たちも生きるに忙しく、
じっくりと芸術作品を鑑賞するだけの精神的余裕はなく、
その存在価値はかなり低く、
生活費捻出のための経済的価値しかなかったのかもしれません。

今回のシリーズを開始するための準備として、
ヨドバシカメラから複写用の無反射ガラスを取り寄せました。
28×35.6cmの大四つ切りサイズです。
この無反射ガラスを本の上に載せると、
天井の蛍光灯の影響を回避でき、しかも平面性を確保できます。
これを使って、
私の大好きな部分をクローズアップすることで、
私の視線がどんな部分を中心に絵を賞味したかが分かる仕掛けです。

まず、男たちをごらん頂きましょう。
残念ながら、光源氏の姿は残されていないようです。
誰が誰であるかはあまり意味がないので、省略。
皆さん、いかにもお公家さんですね。
下ぶくれでおっとりとした風情で、そっくり。
そして、実にシックな装いに身を包んでいるあたり、
女性とはかなり違った方向ですが、おしゃれだったのでしょう。
さまざまなシーンですが、物思いに深く沈む姿は魅力的です。
下卑たところも、浅薄なところもかけらもありません。
平安朝末期の貴族たちが数チームに分かれて分担したとされています。
でも、ほんの一部で数チームだとすると、
全体ではさらにチームも増えて、かなりの多人数の合作だったのでしょう。
それにしても、その画風の統一感、筆の力、線の確かさ、色遣いの上品さ、
すべてにおいてかなり高度の水準に止まっている感じがします。
このようにクローズアップしますと、
そんな画家たちの妙技がますます冴えわたっていることが分かりませんか?
平安朝貴族が、詩歌管弦書画等、多方面の教養を磨くことで、
出世し、地位を安泰なものにしたと言われていますが、
「源氏物語絵巻」は、平安朝貴族の実力の高さを遺憾なく証明している、
そんな風に受けとってもよさそうですね。


by hologon158 | 2018-07-29 21:39 | 美との対話 | Comments(0)

732.03 ホロゴンデイ207「2018年11月16日ホロゴン15㎜F8U河内山本に出現」3 美との対話


この暑熱の夏には、ひたすら美と向かい合って暮らす、
そう決意したことは前回書きました。
具体的には、できるだけ美術館巡りをしてみたい、と考えたのですが、
書斎にはかなりの数の画集、写真集が並んでいることに気づきました。
それを見直すのもよいのですが、
見直しながら、私の心をぐっとつかんだ名作たちの、
いわば「神的な細部」について、あれこれ文章を書いてみることで、
私の心になおいっそう私の名作たちを定着、沈殿させたい、
そんな気持ちになったのです。

言うまでもないことですが、
偉大なアートに言葉は蛇足です。
自分の感動を言葉に直す必要もありません。
そんなことができるはずもないのですから。
ただひたすらガツンとぶっとばされて、
言葉もなく立ち尽くす、
それが偉大なアートとの出会いですね。

絵の前に立った途端にぺらぺらと講釈を垂れる人がいますが、
こんな人、ぜんぜん感心できませんね。
この人、実は心でアートにぶつかっていない。
ただ頭で、思考で、アートを理解しようとしているだけですね。

でも、本物のアートの本質は言葉、理解を絶している、
そうではありませんか?
そうでなきゃ、描く意味がない。

画家は自分の心の激動をかろうじて視覚的に表現しようと、
あるときは悪戦苦闘し、あるときは激流にどっと押し流されて、
この作品がなぜかこの夜に生まれ出た。
鑑賞者もまた、観た瞬間、心をぐいと鷲掴みにされて、
ただぼうぜんと立ち尽くす。
心は驚きと喜びで一杯となり、時間の経つのも忘れる、
そんな希有の体験にガガーッと押し流される。
それが本物の出会いなのでしょう。

でも、私の心をぐいと鷲掴みにしたアートとの出会いは、
生涯にそんなに沢山はありません。
せいぜい十指で数える程度です。

あなたはいかがですか?
もう数えきれないほどに幾度も幾度も出会ってきましたか?
それなら、よほど感じる心が大きく深いのでしょう。
と、とりあえず申し上げておきますが、
内心では、私は信じていませんけど、ね。

世の中には、アートとの出会いを、
武蔵坊弁慶の刀の千本どりと同列に置いていると疑わしい人がいます。
「ルーブルでモナリザを観ました!
深く感動しましたねえ。
忘れることもできません。
フェルメールをもう23枚も観てきました!
これはもう心の極楽、パラダイスですわあ!
画集で見たつもりになっている人、かわいそう!
わたしほど、本物を沢山見ている人は少ないでしょう。
ワッハッハー!
幸せー!」

この人、きっと手帳に目録を付けているのでしょう。
「2008.8.23 ルーブル モナリザ 10点」
「2009.1.3 マウリッツハイス美術館 
 真珠の首飾りの少女 8点」.....

一枚一枚、来歴、故事、創作後の有為転変等、
生き字引さながらに、
淀みなく、ぺらぺらとおしゃべりもできる人がいます。
「一流の教養人なのである」と言った風貌、物腰もなかなか立派です。
こんな方はご自分の学歴もこちらから尋ねる前に打ち明けられます。
もっとも私はどなたにも学歴を尋ねたことなど生涯に一度もありませんが。
でも、この人にとっては生涯の勲章であり、人物証明であるというわけです。
なんだか、その後の半生がその果実、付け足しにすぎない感じ。

こんな人に出会うと、ふっと感じてしまいます。
この人、一生、受験戦争で生きているんだなあ。
知識、体験は自分の中に蓄えて、生きる糧にするのではなく、
人にひけらかして、社会の中の高いクラスに自分を位置づけよう、
そんな気持ちで生きている人なんだなあ。

これまで生涯に出会った外見の良い人、
服装をびしっと決めている人には、
そんな外観、評判重視人間が多かったようです。
学歴をひけらかす人はたいていの場合、成熟不足ですね。
大学を出てからこれまでの生き方、これが大切なのに、
学歴だけでひとかどの人物になった気の人にはそれが分からない。

私が本物だなあ、そう思った人間は、
とりたてて容姿容貌は卓越しているわけではないけど、
つきあえばつきあうほど、じわじわと真価が現れてくる、
そんな人ですね。
学歴がじゃまをしていない人ほど、
そんな本物になる方が多い感じさえします。

おっと、話が逸れてしまったようです。
私がブログでやりたいと思っているアート散歩は、
正真正銘の本物のアートと出会いのリポートではありません。
もっと軽い気持ちで、
さまざまなジャンルの美しいものたちとつきあってみたい。
その出会いの体験を軽い気持ちで分析してみたい、
そうすることで、美とじっくりと出会い、
自分の心をブラッシュアップしたい、
と言いつつ、真相は、ぼけるのを防ぎたい、というわけです。




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by hologon158 | 2018-07-28 11:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

732.02 ホロゴンデイ207「2018年11月16日ホロゴン15㎜F8U河内山本に出現」2 美術の夏!


今日はそれほどでもないのですが、酷暑が続きますね。
私の居住地の正午の気温はおとといまでは37度。
子供の頃、大阪で34度を記録したと、
マスコミが騒いでいたことを記憶しています。
それなのに、今では日常茶飯事に37度。

合衆国では50度を超えたところがあるようですね。
あなたは50度を体験したことがありますか?
私はあります。
中国新橿省のトルファン。
西遊旅行の西域2週間の旅の途中、立ち寄りました。
高昌故城という古い都市を観光したのです。
1時間ほど滞在することになりました。
一行の皆さんは、近くにあるたった1本の大樹の陰にかたまって、
ぼうぜんと廃墟を見渡していました。

52度だったと記憶しています。
これ位になると、思考力も鈍るのだそうです。
私もそのせいでしょうか?
熱射病になる危険も忘れて、かっと照りつける太陽の下、
廃墟の間を少し歩速を遅めて歩き回り、
コンタックスRTSⅡでかなり沢山の写真を撮りました。
当時はポジフィルムを使っていたのです。
幸い熱射病にもなりませんでした。
バスが戻ってきて、一同ほっとした表情で乗車する際に、
ガイドがざく切りにしたスイカを手渡してくれました。
そのおいしかったこと!

昼食はテントの陰の屋台店のようなところで、
焼きそばのようは現地料理を頂きました。
麺がかなり太く平たいので、キシメンのような印象。
まっくろのスープがたっぷりかかって、ぶつ切りの野菜も一杯。
熱々で、かなり刺激の強い味でしたが、
「そうか? 
こんな暑さをぶっとばすためには、
こんなホットでホット(熱くて辛い)な料理が一番なんだな!

ああ、あの頃は若かった!
どこに行っても、なにをしても、疲れることがありませんでした。
まして、翌日に疲れを残すこともありませんでした。
こう書きつつ、ふっと気づきました。
実のところ、こうして隠退の身となった今も、
一日中ロボグラフィを楽しんでも、足取りは変わらず、
ちっとも疲れませんし、まして翌日に疲れが残ることもありません。
顔なんて、真っ黒です。
屋外労働者諸君ほどではありませんが、まあかなり近い。

でも、この37度の夏、さすがに二の足を踏みます。
気象庁発表は芝生上通気の良い百葉箱内の温度計の表示でしょう。
都会のコンクリート路面、周辺のビルの壁面の照り返し、
空調の排気、そして、遮るもののない直射日光等が、
寄ってたかって気温をさらに高めて、
45度程度の高温は日常茶飯事。
それに、住宅地では、全戸が夜中も空調を切れず、
周辺の気温を日中に近い温度に保っていることでしょう。

もっとも、我が家は別です。
というより、別でした、昨年までは。
猛暑のさなかでも完全に閉めきって、
寝室は2面のふすまも閉じてしまい、
空調どころか、扇風機もなしに熟睡していたのですから。

さすがに、今年は無理、
寝室のふすまを2面とも15センチほど開けて寝ています。
奈良市街地より2、30mは高台で、風通しがよいせいでしょう。
昨年以前との違いはそれだけ、と言いたいところですが、
妻はどうやらそうでもないらしいけど、
私の方は毎朝ぐっしょり汗に濡れています。
昨年までにはほとんど体験したことがない不快現象。

どうやら今年の酷暑はさしもの私にもかなり危険だな、
そう感じてきました。
そこで、例年したことがない方針変更に踏み切りました。

① 当分撮影はアーケードの下、屋内に限定する。
関西には各都市にアーケード街がかなりあります。
そんなアーケードの陰を動き回ることにしましょう。

② 芸術の夏に切り替える。
美術館を私の心身の避暑地とすることにしましょう。
時々孫たちとイオンに参ります。
メインのプロムナード中央に親切にソファが置かれています。
お店に惹き付けるためですから、中央外向きに置かれています。
先日、橿原のイオンに平日参りました。
さすがに人は少ない。
一番目立つのが退職老人たち。
ちょうど両面各4席ずつ、
ちゃんと肘掛けもついたソファを占領していたのは、
8人の退職老人だった!
手にはなにも持たず、バッグもなく、ただぼんやりと座っているだけ。
聞くところによりますと、一日中滞在する方もいるそうです。
この夏、そんな避暑老人がイオンをことさらに愛用しているようです。

私は、生涯、このようになにもしないで時間を過ごす、
ということをしたことがありません。
目が覚めてから目をつぶるまで、
絶えずなにかをしていなければ気が済まない。
どうやらイオンは私には向いていないようです。
なにもしないことはもちろんですが、
私は買い物をしない人間なので。

最近杉岡華邨美術館、松柏美術館で、書道、日本画に魅せられました。
関西は東京ほど美術館には恵まれませんが、
小粒の美術館でもなにかを感じさせてくれたら、十分。
あまり「これでもかこれでもか」では疲れますし、
観客がぞろぞろの中で観るのはご免です。
できるだけ観客の少ない美術館を狙い撃ちしていきましょう。
思いがけず、心が洗われる体験に遭遇するかも知れません。

実は、もう1つ、美術の夏を充実させるアイデアがあるのですが、
これは次回に。



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by hologon158 | 2018-07-27 16:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

732.01 ホロゴンデイ207「2018年11月16日ホロゴン15㎜F8U河内山本に出現」1 自分の人生を生きる


7月23日月曜日、陳少林先生の揚琴レッスン日でした。
陳少林先生の教室は奈良YMCAに所属しています。
秋の発表会で、それぞれ独奏の他、合奏することになりました。
陳少林先生の二胡生徒6名、揚琴伴奏の私、陳少林先生、
この8名で「赤とんぼ」「糸」「北国の春」を合奏します。
その練習日でした。
選曲もよく、楽しい時間を過ごしました。

孫たちが東京に帰り、我が家はひっそり閑としてしまいましたが、
反面、すべての時間を自分のために使う自由が戻りました。
その楽しみの一つが陳少林先生の教室というわけです。

こんな風に外出した機会にはいつも路地遍歴も楽しみます。
ところが、今や関西は経験したことがないほどの酷暑の連続です。
自宅に居てさえも、熱射病になりかねないのですから、
炎天下歩き回るのは考え物ですね。

私も今よりもっと若いときは元気いっぱい、
少々の暑さなどものともしませんでした。
在職中は年一回夏季に海外の諸都市の路地を遍歴するのが楽しみ。
熱帯に近いバンコクやハノイ、シンガポール、香港、インド、
はてはネパール、イスタンブールにも参りましたが、
いつも現地で現地人の泊まる旅館を見つけ、
原則その都市のスラム、裏町ばかり歩き続けました。
足で歩くので、3日ほど経つと、突然、土地勘ができます。
磁石、地図を見なくても、
足が自然に行きたいところへ私を運んでくれました。

どの都市でも、英語が通じる稀な機会をのぞけば、
言葉はほとんど通じません。
でも、どんな寂れた路地裏を歩いても、まったく平気、
なんの不便も危険も感じませんでした。
私が無敵の格闘家だったから?
とんでもない。
私は生涯子供の頃から今の今まで、
幼児の兄弟喧嘩をのぞけば、喧嘩などしたことがない人間です。
いじめに遭ったこともありません。
友人たちに聴いても、
皆さん、例外なく、幾度かいじめや暴力に遭っています。
私は運動が不得意で、ずっとやせっぽちの読書好き少年だったのに、
いわゆる不良たちも含めて、
誰も私にいじわるをしかけてきたことがありません。
誰も私に気づかなかった?
そうかも知れませんが、交友関係で苦労したことはないし、
戸外の遊びはずっと大好きで、友人たちと遊びまわったものです。
小学校の同窓会で、当時の友人から、
当時からすでにかなり態度がデカかったと聴きました。
そのせいでしょうか?
生涯誰にも頭を下げない人生を送れたのですから、
私は一種の幸運人間なのでしょうか?

海外でもこの幸運は続いていたようです。
よくまったく人気のない路地を撮影していると、
青年たちが数人、昼日中から、
道を塞ぐようにして屯していることがありました。
そんな中を突っ切るのですが、
こんなときはこちらから現地語で挨拶をして、
にこっと目を合わせて、通り過ぎることにしていました。
向こうも挨拶を返してくれます。
カメラを手にする外国人なのですから、
観光客なんだろうとは思っても、
こんなところに来るはずもなし、と戸惑っている様子。
そのせいでしょうか、いつも何事も起こりませんでした。
ここに居て当然という、平然とした無表情、
これが役立ったのかもしれません。
こんな状況も今ははるかな過去になってしまいました。

それにしても、懐かしいですね。
人生を夢中に突っ走ってきて、
気がついたら、あの懐かしい頃から、
遠い遠い境地にいつしかたどり着いて、
後戻りはできない、というか、後がない、
という境遇になってしまったのですから。
老境なんて山のアナタの空遠く、と思っていたのに、
気がついたら、あっと言う間に、
お世辞にも若いとは言えない年輩に!

それなのに、不思議ですね。
私の心の中には、過去の自分がかなり残っているようです。
記憶力が人一倍悪い私にして、その実感を否定することができません。
だから、老いた、という気分がまったくありません。

生理学的には記憶の襞のどこかにすべてが記銘されるけど、
その一部しか想起できないというものだそうです。
つまり、人間の体験は地層のように層状に積み重なっていくようです。
たいてい古い記憶は新しい記憶の層の下に埋もれたまま。
でも、ときに断層が起こり、褶曲が起こり、穴が空き、
そんな過去の層がふっと姿を現すことさえあります。
そのきっかけは予想できません。

プルーストが彼の大作の中で、
たしかマドレーヌ菓子だったでしょうか、
一口食べた瞬間に、幼い頃のことがまざまざと思い出される、
というシーンがありますが、
こんな体験は誰にでもありますね。

私も、夏、スイカをいただきますと、
子供の頃、いとこたちが訪ねてきたとき、
縁側に全員がくつろいで、
お盆に盛ったスイカの切れ端をほおばったことを思いだします。

アイスキャンディー(今はほとんどありませんが)をいただきますと、
母から言われて、米屋(級友の当麻君の家でした)にひとっ走りして、
来客を含めて全員の数だけ、
白い紙袋2つにギューギューに詰め込んだキャンディーを両手で抱えて、
家まで走り帰ったことを思いだします。

おもちゃの鉄砲をみると、
3歳半の私が弟の分娩が始まって家から出されて、
玄関先の竜舌蘭の築山であそんでいて、
錆びたおもちゃのピストルを見つけたことを思いだします。

真夏に原則としてたった一回だけ、
暑さにたまりかねてかき氷をいただきますが、
ときおり、小学校6年生のときのことを思い出します。
大阪府豊中市の自宅から吹田市まで、
父につれられての初めての墓参に出かけたのです。
その途上、真夏なのになぜか歩いて、
天井川の橋のたもとにあった峠の茶屋に、汗だくになってたどり着き、
生まれて初めてかき氷を頂いたときのことを思いだします。
父はラムネを注文しました。
半分ほどに減った私のかき氷にこのラムネをたっぷり振りかけて、
「こうやったら、おいしいぞ」
これも生まれて初めての味でした。
のどをピリリと刺激して、本当においしかったことを思い出します。

こんな風に幼少年時代のことをあれこれ思い出しますと、
意外にもさまざまな記憶がよみがえることに驚かされます。
有名人が一定の年齢に達したとき、
自伝を書きたくなるのも理解できますね。
でも、彼らはスペシャルな人生を送り、
自分の人生は後世の人たちに学ぶべきものが沢山隠れている、
そう考えるから、公刊を予定して自伝を書きます。

私のように、知る人のない無名の市井人の体験には、
こんなことをしてはならない、という反面教師的役割こそあれ、
人に資するようなものはなにもありません。
自伝など書きたいとも思いませんね。

こうやってブログに書き散らしている駄文の山は、
百科事典ほどの量になりそうです。
もちろん誰も読む人なんか居ませんが、
書きためて、いつか読み返すことに意義があるのではなく、
ひたすら書きまくることで、自分の頭脳を活性化したいためだけ。
(当初は、いつか読み返すつもりでしたが、
すでに記事が1万を越してしまいました。
読み返すなど、もう不可能になってしまいました)

私の父はぼけずに歩き回り、84歳で突然世を去りました。
母は十数年アルツハイマーにかかったまま、
体だけは頑健を保ち、やはり84歳で世を去りました。
つまり、私にはかなりの確率で体力だけはかなり保ちそう、
でも、頭の方は2分の1の確率で天国と地獄に分かれる!
これはゆゆしい事態です。

私はこんな未来がかなり早くからわかっていたので、
体力、頭脳力どちらについても、鍛えに鍛えてきたつもりです。
鍛えたからと言って、ボケが防げるとは思いません。
でも、おかげさまで、総体としては、まだかなり強壮です。
衰えを感じる細部はないわけではありませんが。

ここでは、主題が記憶なので、
頭脳力のことについて書いておきましょう。
私がやってきたことは、消極的には、
テレビ、ラジオ、新聞等、受動的な情報入手法は絶対に頼らない。
テレビは30年以上、孫の家以外では、観たことがありません。
ラジオは持っていない。
新聞も20年以上完全に謝絶。
こうして自分の頭ですべてを考える、そんな習慣を付けたのです。

「なんだ、それで一人前の社会人と言えるか?」
そう言われそうですが、
どっこい、私はもちろん一人前の社会人です。
現代のように、マスコミが、一部を除き、あれこれ形は変えてであれ、
完全に体制側に組みして、巧みに情報封鎖、世論操作をやっている時代に、
新聞、テレビでたらし込まれた知識で、
日本のこと、世界のことが全部分かっている気持ちの人よりは、
私の方がずっと目が開いています。

私がやってきたことは、情報は、少ない方がよい、
ガセネタの情報は邪魔になるだけ、
自分がよく生きる上に必要なことだけを選択的に採集しよう、
自分の頭で何事も考えてみよう、
そのために、ものごとをいつも自分流に組み立て直しながら、
文章を書くことで、頭を整理し、鍛えよう、
たえず自宅ではマック、外出先ではポメラを駆使して、
自分の思考の速度で文章を入力して、
頭と指先の敏捷性を高めよう、
そんなやり方です。

英文、和文タイプライターの頃からこのやり方を鍛えてきました。
考える速度でタイピングできます。
指を、頭を敏捷に働かせるのは爽快です。
指を使えば使うほど、頭が働きます。
すりにバカは居ない。

おかげで、入力速度は伸びるばかり。
この文章も、揚琴レッスンの前に昼食を頂きながら、
さらっと打ち上げました。
なにも前もって構想しません。
とにかくタイピングし始める。
始めると、段々と書くことが一本の筋にまとまっていきます。
もっとも、他人から見れば、支離滅裂、ただの書き散らしなのでしょう。
それならそれの方が都合がよい。
私という人間の内奥をさらけ出さなくて済みます。
そして、自分の人生を1人生きることができます。



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by hologon158 | 2018-07-24 11:53 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

732.01 ホロゴン外傅232「2017年11月9日エクター50㎜f1.9」2 絶えず撮り続ける


藪野健「絵画の着想」(中央公論新社)には、
素敵な言葉が見つかります。
すでに一つ紹介しましたが、もう一つご覧頂きましょう。

簡単な方法ではあるが、
いつも身近なところに、紙と鉛筆を置き、
しかも絶えず描き続けることだ。
気負って「さあ描くぞ」というときには、
美の神は、
既にその場から離れてしまうものだ。

写真にもあてはまる、私はそう感じます。
書き換えてみましょう。

簡単な方法ではあるが、
いつもどこに居ても、カメラを手に歩き、
絶えず撮り続けることだ。
気負って「さあ傑作を撮るぞ」というときには、
写真の神は、
既にその場から離れてしまうものだ。

写真家は、プロは知りませんが、アマの場合は、
一般にフォトジェニックとされている景観にたどりつくと、
やおらカメラバッグからカメラを取り出すものです。
でも、フォトジェニックとされている場所は、
大抵の場合、さまざまな条件、状況で撮り尽くされています。
よほどの光、時間、景観がそろった状態で、
よほどの才能、センス、美的直感力が備わった人でないと、
独創的な写真作品は撮れないものです。
下手をすると、高名な写真家の作品の二番煎じになりかねません。

私のように、写真趣味の素人に徹して、
自分の心覚えのために、自分の足跡を写真に収めたい、
道すがら出会った路傍の掘り出し物を記録したい、
そんな心構えで歩く人間にとっては、
自分が歩く道すべてが撮影対象となります。

どこかの駅に下り立つと、もうカメラは手にあります。
大抵の場合、下車直前にバッグからカメラを出すのが習慣。
駅のちょっとした汚れ、ポスター、等々、
なにが見つかるか予測できないから。
どんなに薄汚れたものだって、レンズを通せば、
光の条件、撮る角度などの具合が幸せに作用してくれれば、
私にとっては、絶妙の絵になってくれます。
基本的に場面とレンズの相乗効果。
私には予測不能の現象なので、
そんな変化が予期せぬ形で起こり、私を喜ばせてくれます。
けっしてレンズを駆使してはいません。
私のコントロールとは無関係に起こります。

写真の神はレンズを通して微笑みかけてくれます。

以前よく一緒に歩いた風景写真好きの友人に、
どう答えるか分かっているのに、
撮影が終わったときに尋ねたものです。
「どういい写真撮れた?」
「うん、1枚撮れた」とにっこり。
でも、彼にしても、他の友人にしても、
私に向かってこの種の質問など絶対にしません。
私の回答も決まり切っていたからです。
フィルム時代なら、「うん、8本撮れたよ」
今なら、「うん、472枚撮れました!
調子は中くらい、でしたね。





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by hologon158 | 2018-07-21 21:40 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

732.01 ホロゴン外傅232「2017年11月9日エクター50㎜f1.9」1 地味なイメージ


風景写真家の中には、撮影に出かけるとき、
すでに、どこに行き、どう撮るか、構想ができあがっている方がいます。
初めての場所について、そんな構想が浮かぶはずがありません。
たいていの場合、
特定の情景を見事に写真に収めた作品が念頭にあります。
アマチュアの方なら、独創性なんてハナから念頭にありません、
あの写真を自分でも撮ってみたい!
それがモチベーションとなって、艱難辛苦をものともせず、
同種の光景が期待できる季節、天候、時間帯を目指して出発します。

写真家なら、そんな傑作写真が刺激となって、
自分ならもっと独創的な光景を写し止めることができると、
満を持して、出かけることでしょう。

ストリート写真家はちょっと違った動き方をします。
どんな情景に出会うか、予測は不可能です。
どんな情景が眼前に現出しようとも、とっさにこれに反応して、
シャッターを落とす覚悟でストリートを歩いていきます。
どんな情景も、一瞬後には方向、時間、光線、背景等がすべて一変してしまい、
魔法のような瞬間の記録から、ただのがらくたスナップに一変してしまいます。

カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛は
そんな魔術的な一瞬を写し止める名人でした。
当時は、完全なマニュアルカメラでしたから、
絞り、シャッター速度等の組み合わせもピントも
すべて瞬時に正しく設定しなおしながら、
まさに超絶技巧で、名作を続々と生み出しました。
さまざまな歴史的瞬間を写し止めた報道写真家たちも同様でした。

でも、今やそんな名人芸は過去のものとなったようです。
現代のデジタルカメラなら、オートフォーカスで、
秒何コマもバラバラッと連続撮影してしまい、
RAW設定なので、コンピュータソフトを駆使して、
あらゆるパラメータを自由自在に調整しなおし、
空気感も背景も光線状態も望みのままに調節できてしまいます。

こうしてできあがったものを写真作品と呼んでよいのか?
私はきわめて疑問です。

現代の写真家たちに昔のマニュアルカメラを持たせてご覧なさい。
まず、写真を撮ること自体ができない。
写真そのものを撮ることから修行、修練しなければなりません。
つまり、写真作品を自分の手と感覚だけで創造する修練も素養も
まるでできあがっていない。
ということは、撮れた写真はカメラに撮ってもらい、
画像ソフトに作ってもらったようなものではありませんか?

私が21世紀に入ってからの写真作品にいかなる感興も抱けないのはそのせい。
高齢化社会となり、退職者がカメラを持った途端に
写真作品を自在に制作するようになり、
90になっても個展を開催される方がおられるのは、
このような高下駄のせいなのです。

銀塩フィルムだけで作品づくりをして、
個展を重ねてこられた女性写真家が、
銀塩プリントペーパーの生産が終わると同時に、
個展開催をおやめになりました。

その理由を私はこう推量しています。
ご自身が撮影時、プリント制作時になめてきた辛酸を
まったく理解しない自称写真家たちが個展にやってきて、
あれこれ批評し批判するのを甘受したくない、
という気持ちからだろう。

もとより、私がデジタルカメラを使い始めた瞬間に、
私が自分の写真に対しても同様の疑問を抱くようになったのは当然です。
でも、もう銀塩カメラには戻れない。
ですから、いつも書いているとおり、
私は、自分のことを写真家などと考えることは20年近く前にやめました。

自分の写真を「ロボグラフィ」と呼ぶようになりました。
これは写真の一形式ではありません。
「私が道ばたで出会ったものたち」の記録。
だから、できるだけ忠実な記憶再現に止めたいけど、
100本を超える新旧各種のレンズたちを使うので、
撮ったままだと、明暗ばらばらになってしまいます。
常に、マニュアルフォーカス、絞り優先露出、
マイナス1補正、Jpegで撮ります。

でも、レンズが違うと、明暗さまざまです。
だから、ファイルをブログ掲載用に小型化するとき、
濃度だけあわせるように、レベル補正処理をします。
それ以外は一切手を加えません。
なるべく銀塩写真に対するスタンスを変えたくないからですが、
写真をことさら美化したいという気持ちもありません。
もう人に見せる写真作品など撮っていないからです。

こうして写真作品を撮るのをやめ、
どのような意味でも写真家であることをやめた今では、
写真的構図で決める気持ちもありません。
私の人生のささやかな一コマなど、
どなたも関心を抱かず、記憶に止めないでしょう。

でも、私は自分が歩いた道の記録なのです。
ささいな一こまが私の心になにかを刻みつける、
そんな一瞬もあるかも知れません。
とすると、カメラを常時携帯して、至る所で撮っている私は、
ロボグラフィの一枚を見たときに、
そんな大切な一瞬の心の揺らぎを思い出すかも知れません。
こうして、私のロボグラフィは、
私一人の内奥の秘密を蔵した記憶倉庫となるかも知れません。

私はこの気持ちを片時も忘れません。
だから、誰も喜ばないような不可思議な路傍写真を並べています。
今回からは、2回に分けて、
コダックのレンジファインダーカメラ、エクトラの標準レンズ、
エクター50㎜F1.9が撮った奈良町ロボグラフィです。
コダックらしいあたかかで切れ味のよいレンズです。
ビシッと容赦なく切り取り、立体感豊かな画像に仕上げてくれます。
化けものカメラ、エクトラにこれを付けて、銀塩フィルムで撮ったら、
どんな作品が出来上がったのだろう?
きっと温かな暖色系の小揺るぎもしない画像になっただろう、
そんな風に憶測していますが、これも過去の夢と化しました。
ソニーα7で撮ると、割合地味なイメージ。
気に入りました。





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by hologon158 | 2018-07-18 11:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

731.02 ホロゴン外傅231「2018年1月27日ペッツ50㎜f2京都四条で試し切り」2 着想だけみたい



図書館で面白い本を借りました。
藪野健「絵画の着想」(中央公論新社)

副題が「描くとはなにか」

目次は4項目。
”描く”ということ
着想から完成まで
絵とは何だろう
画家のアトリエを訪ねてみると

慧眼の士なら、これだけで、どんな本かお分かりでしょう。
私のように、絵が好きだけど、絵のことが良くわからない、
つまり、素人さんに絵を描く行為を紹介しようという本。
でも、本質は、画家志望の皆さんの指針を与えることらしい。

とにかく絵を描くことが大好きな人らしい。
この本に収められた絵だけで、何枚あるでしょう?
68枚!
実に精緻な景観です。

私はこの画家に出会ったのは初めて。
画壇でどのような位置を占め、どんな風に評価されているか、
一切知りません。
ずいぶん旅をしておられるようです。
現実にその場で作品づくりを始められたのでしょう。
でも、私には、その場で作品を完成したとは思えません。
私には写生画とは見えないうえ、
画家は長時間と大変な手間をかけて、リアルな情景を
彼本来の幻想空間に変容させていったことが明らかだからです。
どうやら西洋ではブリューゲル、デューラー、ボスのような、
日本では葛飾北斎、若沖のような、
偉大な画家たちの幻想絵画の伝統に連なる作家のようです。

ただし、残念ながら、私にはぜんぜんピンと来ないのです。
たいていの作品が大スケールの景観図です。
おもしろい構図、デザインですが、いかんせん、
私の感覚が古すぎるのかも知れませんが、
どこが核心、芯なのかが分からない。
人物が描かれていますが、その人自身はなにかを主張しません。
添景にすぎない、希薄な存在感。
ややこしいだけ。
総体はただの面白空間にとどまっています。

JR京都駅ビルを思い出しました。
有名な建築家の作品として、当時、評判になりました。
私は初めて訪れて、絶句しました。
と殺された牛の肋骨のど真ん中に立った、
そのように感じたのです。
おそらく室内空間の天井の高さは当時の世界ナンバーワンクラス。
でも、その空間を作る壁面がジクソーパズル風に雑多なデザインで、
誰に目にも明らかなような建物の核心、デザインの柱が見あたらない。
異空間と感じさせてくれるような、
私の心にガッと突き刺さってくるような叫び、歌が感じられません。

私の感覚が古いのでしょう。
でも、別に新しくなりたいとは思いません。
現代のあらゆるものがあまりにも人工的で、
コンピュータグラフィックスめいてしまい、
心をときめかせ、なごませ、奮い立たせてくれる魂の歌など、
聞こえてきません。
ますます手作りの芸術を求めたいですね。

フェルメールが制作にとんでもない時間がかかったのは、
私の勝手な推測ですが、
彼が完全に眼前の実景を前にしつつ描いたからです。
彼の30数枚は、ほぼ彼の全作品であると推測されているようです。
そのかなり多くは同じ室内に設定した状景を描いています。
室内配置をすると、完成まで動かさなかったに違いありません。
登場人物にはときどき来てもらったでしょう。
そのタイミングは、完全に同じ光線状態のときに限定されます。
でも、同じ光線状態になることなど、なかなかありません。
その日に登場人物が来れるとも限らない。
だから、仕事が捗らなかったのです。

私の妻の兄はフェルメールのような大家ではありませんが、
かなり優れた風景画家です。
日本でもヨーロッパでも放浪はしないで、
限られた都市、限られた場所に通い詰めました。
彼もその場でしか描かない画家です。
絵を描きながら一番心にかけたのは、
同じ光線状態でいつも向かい合うということでした。
同じ場所、同じ天候、同じ時間帯に通うので、
一日に何カ所か梯子をすることもありました。
でも、そのようにその場の雰囲気を直につかもうとするので、
作品が心にぐいと食い込んできます。

藪野さんは実景を幻想空間に変えてしまいます。
ある種の物語となった絵、そんな感じがします。
でも、その物語が私の心に届かないのです。
というのは、曲線を誇張したダイナミックが空間表現が、
かえって、その曲線に観る人の視線を誘ってしまい、
絵そのものの言葉に耳をかす余裕がなくなってしまう、
絵の仕掛けが絵の物語よりも優先してしまう、 
そんな感じがするのです。
惜しいですね。




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by hologon158 | 2018-07-13 23:12 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

731.01 ホロゴン外傅231「2018年1月27日ペッツ50㎜f2京都四条で試し切り」1 岡目八目



「岡目八目」という言葉があります。
ど素人でも、問題の渦中に頭をつっこんでしまった玄人より、
ものがよく見えるというような意味ですね。
すでに紹介しましたが、
地質学者のロバート・ショック教授もエジプト学に対し「岡目八目」。
スフィンクスの地肌が典型的な雨水による浸食であることを見抜いて、
エジプトにまだ雨が降っていた時代にスフィンクスが作られた、
という新説を提起しました。

従来、スフィンクスはカフラー王の建設とされてきました。
顔がカフラー王のものであるというのが根拠の一つでした。

ショック教授はニューヨーク警察鑑識課の専門家に調査を依頼しました。
専門家は、現地に赴いて、専門調査を行って、
カフラー王とはまったく似ていない別人であるとの結論を得ました。
この結論は当たり前です。
私のような素人でも、比べて見れば、分かります。
アゴの出具合が全然違います。
これをよくも「似ている」とシャアシャアと言ってのけた学者たち、
目は小さく、度胸は特大ですね。

しかも、この顔がオリジナルでないことは一目で分かります。
顔だけ黒々つるつる!
本体も、その本体が収まる窪地の周壁も古びてよれよれ、
雨水による浸食でしかできない切れ込みだらけなのに、
スフィンクスの顔だけは水の浸食も風による風化の痕跡も皆無。
スフィンクス本体はまぎれもなくライオンです。
それなのに、顔部分は度はずれで小さすぎます。
この2点からして、スフィンクスの顔は、雨がなくなった後代に、
元のライオンの顔を削って人間の顔に作り替えた可能性があります。

ちなみに、スフィンクスは、三大ピラミッドのある大地から
下降してくる斜面に繰り込まれた四辺形の窪地に鎮座しています。
この窪地のピラミッド側の法面の浸食跡が一番激しいのです。
これまさに、西のピラミッド台地からの斜面が、
雨水を集めて窪地に流れ込ませ、激しく浸食したから、
と説明できます。
砂混じりの風なら全面に均等に吹き付けるのですから、
このような法面だけを削るとはとても考えられません。

長い間スフィンクスは顔だけを残して砂に埋もれていたのです。
とすると、顔だけが砂で激しく削られ、
溝が沢山できたというのであれば、理解できます。
でも、砂上に曝されていた顔だけが黒々、つるつる。
砂に埋もれていた部分にばかり、それも不均等に溝がつく、
なんて、とても理解できません。

でも、エジプト学の権威たちは小揺るぎもしないようです。
浸水による浸食の可能性は絶対に認めない。
なぜなら、エジプト文明発祥の期間中、雨などなかったから。
ネットのある記事では、
大ピラミッドよりも後世の遺跡にも同種の縦の切れ込みが見つかるので、
スフィンクスの縦の傷もなんらかの原因で後世につけられたものであると、
軽く浸食説を片づけています。
でも、そんな縦の傷ができた原因そっちのけで、こんな説明だけで、
スフィンクスとその周壁の浸食を説明できるとはとても考えられません。
それでも、「ハイ、一件落着」に持ち込もうとする、
地球上の文明は紀元前4000年代頃にはじめて出現した。
それ以前には文明も、国家も、大規模建設もなかった!
どこまでもそう言いたい!
なんだかエジプト学者たちって、猛烈に貧弱な学問意識に頼っているようで、
なんだか日本の政治家、官僚たちそっくりですね。

でも、今では、事情がかなり不利になってきたようです。
海底にさまざまな大規模の遺跡が世界各地で発見されつつあります。
地質学者は、氷河期の終わりに、2度、
北極の膨大な雪解け水を支えていた氷河壁が崩壊して、
高さ何十mという大津波が地球北半球を襲い、
沿岸部がかなり水没してしまったと、考えています。
ハンコックたちは、現在発見されつつある海底遺跡は、
氷河期当時既に栄えていた諸文明の痕跡のだ、と主張します。
まだ史学界に認知されていません。
完全に古代史学のパラダイムを崩壊させてしまい、
史学者たちの知識の基底が雲散霧消、瓦解してしまいかねないから。

でも、私には、現在発見されつつある海底遺跡が、
紀元前4000年紀以降に海底に没した記録などないのですから、
現代の文明史観ではこれらの遺跡の存在は説明不可能で、
先行文明が上記の経緯で海底に没したと考えることでしか説明できない、
そう思われます。

まさに日本列島でも同じ事情があります。
縄文時代は約1万5000年前から1万2000年、
と、気の遠くなるほどの長年月続いたのです。
この不思議なほどの持続性を根拠づける遺跡があまりに少なすぎます。
縄文土器のこれほどの連続性を保つためには、
ある一定の人口を必要としたことは疑いがありません。
縄文人たちは1万2000年も日本列島に生き続けたのです。
当時の他の世界とは完全に没交渉だったのでしょうか?
社会構造はぜんぜん変化しなかったのでしょうか?
そんなはずはないでしょう。
でも、縄文文明は外部の影響を吸収しつつ、基盤はしっかり保ったのです。
日本列島全体で縄文土器が作り続けられたのですから。
だとすると、さまざまな変化に抗して持続するだけの強固な地盤が
日本列島全体に存在したと考えないわけにはいきません。
もし異質かつ強力な民族が侵入したりしたら、縄文文化は分断され、
日本列島に虫食い状態で他の文化が取って代わったことでしょう。
でも、信じがたい長年月一定の文化を保ち続けた。
それなのに、現状、あまりにも貧弱な情報しかないのは解せません。
社会の十分な発展も人口もない状態で、
1万2000年もの間、縄文土器だけがなぜか連綿と作り続けられてきた、
というのはあまりにも不可思議な事態ではありませんか?

でも、日本列島海岸部にあった縄文人の遺跡のほとんどが、
与那国島海底遺跡を含めて、2度の巨大津波により水没してしまった、
そう考えますと、今後の海底遺跡の発掘により、
縄文時代にも一つの文明が存在したことが証明される可能性があります。
(ただし、2度の大津波は想像を絶する激しい規模だったので、
水没した遺跡のすべてから地上のすべてを削り去られてしまった、
という可能性が高いと言うべきでしょう)

話は飛びますが、ピラミッドにせよ、南米の遺跡にせよ、
文明の発達段階としては説明不可能な事実がたくさん見つかっています。

たとえば、一辺約230m、高さ150mの大ピラミッドが、
あのような完璧な精度、方向の四角錘として建設できた方法は、
まったく解明されていません。
ピラミッドの石の面には高速回転鋸の痕跡が見つかります。
どんな動力で動かしていたのでしょう?

さらに、ピラミッドにもティノティトラン等の南米遺跡にも、
高速に回転する鋸で繰り出した痕跡のある完璧な円形の穴が見つかります。
まるで電動ドリルがあったかのようです。
Youtubeで見ると、その深さは30、40cmは優にあります。

またマチュピチュは標高2430mの尾根の上に建設されています。
人口は最大でも約750名と推定されているようです。
誰がいつ建設したのかまったく不明のようですが、
重さ10トンにも及ぶ巨石を組み込んだ構造物が
尾根を埋めているのですから、
どうしてこんな石の都市が建設できたか、完全に不明。

バールベック神殿の「トリリトン」と呼ばれる巨大な礎石も謎です。
ウィキペディアによると、長さ約18m、高さと幅が約4m、
重さはなんと650〜970トンなのだそうです。
この巨石がもっと小さな土台石の上に置かれています。
なんでそんな面倒なことをしたの?
訳がわかりません。
石切場からの切り出し、運搬、設置のすべても謎です。
サクサイワマンはどうやら砦、城なので、巨大城壁が必要だった。
でも、神殿ならそんな巨石でなくても完全に用が足りた、
それなのに、楽々易々と切り出し、設置工事できたのです。
要するに、古代人には簡単な工事だったのです。

私にはその回答は簡単です。
つまり、
① このような工事を楽々とやってのけた古代人たちは、
簡単にできる方法を知っていたのです。
ということは、すべての面でではなくても、
ある面ではこれらの工事をやった人たちは、
現代人には分かっていない別の方法を開発していた!

② 現代人が知らない知恵、知識、学問、科学がある!
巨大遺跡群を見れば、一目瞭然です。

③ つまり、人間は単純にだんだん賢くなってきたわけではない!

実はこんなことは自明です。
たとえば、ホメーロス。
ホメーロスが盲目であったかどうか、
彼が「イリアッド」「オデュッセイア」をともに創造したのか、
それとも暗誦していただけなのか、まったく不明ですが、
どちらにせよ、事情は変わりません。
誰かがこれらの偉大な長大かつ完璧な文学を生み出し、
しかも、誰かが繰り返し暗誦できたのです!
そんなことができる人が現世に何人存在するでしょう?

人類ははっきり退化しつつある、
それが私の強固な印象です。




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by hologon158 | 2018-07-11 22:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

730.03 ホロゴンデイ206「2018年1月23日ホロゴン15㎜F8Uは奈良町に出現していた」3 ピアノ発表会


昨日は、大阪で孫たちのピアノ発表会でした。
かなりよい先生のようです。
その証拠に、生徒たちのレベルが年々上がっています。
今回はこれまででベストでした。
全員リズムに狂いがないことがその証拠。

6歳の小学校一年生の孫プリンスは2年目。
まだ大した曲は弾けませんが、段々とやる気が出て来ました。
発表会寸前では毎日課題曲2曲を10回ずつ練習するほどに。
そして、無事終わったら、曰く、「もう二度と弾きたくない!」

4歳になったばかりの孫プリンセス1号は最初の発表会です。
生徒の中で一番新しく、一番小さな彼女、出番は2度の予定でした。
最初は、初心者4人で鈴などで音階を協力して作る2曲。
ところが、これが始まる直前から楽屋から号泣が聞こえてきました。
私はお兄ちゃんに「泣いてるじゃない?」
すると、孫プリンス、きっぱりと、「違う。あんな声で泣かない」
でも、彼女だったのです。
楽屋にちょっと遅れて入ると、すでに他の3人がドレス姿なのに、
自分はまだ着替えていなかった!
このことで、どうやら平常心を失ってしまったようです。
結局、舞台上でもママに抱かれたまま泣き続けました。

ピアノ演奏はママの低音部に合わせる二重奏2曲。
出番は3番目だったのですが、まだ泣き止まないために、
先生がアナウンスしました、「後で弾いてもらいます」

プログラムがかなり進んでから、遅れて登場。
そのときは落ち着きを取り戻し、間違いもせず、
ちゃんと演奏しました。
やれやれです。

これで出番は終わり、と思ったら、
第1部の終わりに、「ビデオがちゃんと撮れなかった人がいます、
もう一度演奏していただきます。」
それが孫プリンセス1号だったのです。
このあたりになると、もう慣れきったもので、平然と舞台に上がり、
ままと一緒に2曲をもう一度演奏しました。
神様が予定の2度の出番にちゃんと帳尻を合わせてくださったのです。

お兄ちゃんは独奏2曲。
まだ初心者用の簡単な曲ですが、落ち着いて弾ききりました。
近ごろピアノが好きになって、毎日かなり練習した成果でした。
最後に記念撮影をしましたが、孫プリンス、ただ一人の日焼け顔。
少年野球と水泳とピアノ、やること一杯。
運動選手タイプなので、ピアノはいつまで続くか、心配していましたが、
どうやらまだまだ続けてくれそうです。
もし高校生あたりまででもレッスンを受け続けたら、
一生の資産になるのですが、そこまで意欲がもってくれるか?

実のところ、祖父(私)、パパ、本人、共通点があります。
自分がほんとにやりたいことにだけ能力を傾けることができ、
そうでないことはほどほどしかやらない。
社会的に成功するのは覚束ない感じの性格ですが、
自分の人生を楽しむにはぴったりの性格。
競争するより、自分で楽しむ方を選ぶタイプです。

私としては、社会的に成功するためにはがんばるけど、
自分の心からの楽しみなどなに一つない、
そんな外観だけの唐変木になどなってほしくないので、
彼の性格を矯正するつもりはありませんね。



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by hologon158 | 2018-07-09 22:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

730.02 ホロゴンデイ206「2018年1月23日ホロゴン15㎜F8Uは奈良町に出現していた」2 愛するものたちへ



今期の催しものは、上村松園さんの子、松篁さんの作品、
「愛するものたちへ」展が展示された第2、第3室に移ります。
母子、作風はまるで違います。
松園さんは、美人画、人物画、風俗画を得意としましたが、
松篁さんは、偉大な母親との競争を避けたのでしょうか、
それとも、とても、敵わないと考えたのでしょうか、
動物、昆虫、子供をよく描いているようです。

江戸から明治の風情をかなり残している松園さんの画風と異なり、
かなり現代的日本画です。
日本画らしく、遠近感は捨象して、鳥たち、樹々たち、花たちが、
画面一杯にデザインされて、華麗です。

ただし、鴛鴦(オシドリ)の雄にはちょっとたじたじとなります。
目のまわりに目も覚めるような純白が華麗にデザインされた姿で、
美しい、というより、滑稽に感じられるのです。
そんなオシドリの雄たちが闊歩する絵は、
なんだか、私には違和感一杯でした。

むしろ日本画の伝統にかなり近い単色系の「早秋」「樹陰」「芦」、
こんな地味な作品がぐっと来ます。
画帖に金魚の秀作が沢山並んでいます。
正真正銘の名人の手、名人の目を感じさせてくれて、
見飽きません。

松園さん、松篁さん、お二人そろって文化勲章を受けておられます。
他にそのような例があるかどうか知りませんが、
凄いことですね。

才能もさることながら、作品作りの努力の凄まじさに頭が下がります。
花が一杯ついた枝を継ぎ足した大きな紙一杯に鉛筆で描いた下図。
お母さんの作品ですが、凄まじい気合いに満ちています。
二枚の美人画の習作も同様に、気合いがこもって、
それ自体がアートですね。
長時間集中力を保ったまま、一気に描き上げて行った、
そんな感じがします。
ベートーヴェンが交響曲を書き上げて行ったのと同じ勢い、
同じ没入なのでしょう。

ああ、芸術家でなくてよかった、
これが正直な感想です。
凡人、能無し、これが一番気楽!



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by hologon158 | 2018-07-07 23:20 | ホロゴンデイ | Comments(4)