わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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750.01 ホロゴンデイ209「2018年3月31日ホロゴン15㎜F8Uが鶴橋詣で」1 下町で



いつも、薬はできるだけ呑まず、医者は避けること、
そう書いていますが、時折、ルーチンの薬をもらいに参ります。
診療所はかなり混んでいて、ユーザー全員が老人!
いつもいつも考えます。
医者にならなくて、よかった!

その医院の壁に、どこかの小冊子のページが張り付けてあります。
「赤蜻蛉」
歌詞と楽譜と写真が見開き2ページいっぱいに。
よい歌ですね。
一節が一息で歌えるのですから、大変にシンプルな歌です。

「赤蜻蛉」とか「ふるさと」とか「里の秋」とか、
私たち日本人には懐かしい歌が沢山ありますね。
今の小学校でも教えてもらっているのでしょうか?
いないかも知れませんね。
生活が完全に変わり、自然も文化も完全に変わってしまい、
ほとんどの子供たちが都会生まれとなってしまうと、
赤トンボが飛ぶのを見たことがなく、
ウサギが野を走る姿もみたことがないのですから、
歌詞は理解不能かも知れませんね。

私は幼時から小学校6年1学期まで、
当時まだ田園に囲まれていた小さな町、
大和高田市で育ちました。
大和川が故郷の川、二上山が故郷の山。
万葉集の舞台です。
かなり風流な地で育ったわけです。
玉虫、ウスバカゲロウ、蛍、クワガタ、カブトムシ等の昆虫が
網戸もない縁側から飛び込んでくるのですから、
おかげで、風流人に育ちました、と言いたいところですが、
根が根だけに、きわめて散文的な人間に育ちました。

小学校2年生のころでしょうか?
父が私に与えたのは、中村孝也先生の日本の歴史でした。
10冊程度の分冊になっていたと記憶します。
面白くて、幾度も幾度も読み返しました。
ウィキペディアで調べてみると、第二次世界大戦前に活躍した、
かなりの経歴の歴史学者のようです。
皇国史観一辺倒だった主任教授にちかづかず、
皇国史観には反発していたそうなのですが、
私が読んだ「日本の歴史」は、成人後考えると、
まるきり皇国史観で固められていた記憶があります。
まあ、当時の学者というものは、五十歩百歩だったようで。

それでも、魅力的なエピソードがちりばめられ、
私の歴史好き、英雄好みの下地を作ってしまったようです。
これが私を散文好き、詩分からん人に育てたと言いたいところです。
と言うのは、学生時代から半世紀にわたり、俳人の父にとっては、
意外なほど散文的な人生を歩んだということになりそうです。

でも、おかしなものです。
英雄好みと言っても、
勝ち組は好きではない、負け組が好き、
と、はっきりと好みが幼いときから決まっていました。
生活にも好みがはっきり出て、
少年時代、誰の子分にもならず、決して親分にもならず。
威張らず、威張らせず。
頭を下げず、下げさせず。
成人後も、それができる仕事を選び、
就職時からほとんど頭など下げることなく、
一生同じ生き方をい通すことができました。

どうやら幼時に人生のラインが決まってしまい、
性格も決まってしまうのです。
不思議なものですね。
そして、こわいものですね。

大学に入るまで、戻ったことはありませんでしたが、
大学入学後、時折、ふるさとの大和高田に参りました。
私の育った家はもうありませんでした。
誰も保存など考えなかったようで。
おもしろいものです。
父の職場の裏の空き地にたった一つ併設された官舎だったのですが、
幼時の記憶は幼時のパースペクティブで残っています。
自宅はかなりの邸宅で、職場は高層なる景観で、
裏の空き地もはてしなく広大で、
その広場にたった一本そびえた楠は空に届かんばかり、
そんなイメージが今でも残っています。

東大寺も同様でした。
幼い頃、大仏殿も大仏様も空に届くほどでした。
大学になって行ってみて感じたのは、
なんて小さい建物、なんて小さい仏様だろう!
ところが、数年して行ってみますと、
印象はがらりと変わりました。
なんて壮大な建物、なんて巨大な仏様だろう!
正しいパースペクティブがようやく身に付いたということでしょう。

もしかすると、人生に出会うすべてについて、
上記と同様のことが起こっているかも知れません。
パースペクティブの取り方によって、大きくもなり、小さくもなり。

あんなにすてきな美女と思った恋人と結婚してみると、
なんだ普通のお姉ちゃんじゃないか?
しばらくすると、なんであんなに専制的なんだ?
耐えられない!
それに、ただのおばちゃんじゃないか!
ところが、さらに、年齢を加えると、
ああ、やっぱりこの人は素敵な永遠の美女なんだ!
となれば、「二人仲良く暮らしました」と言えるのですが、
相手あってのことです。
奥様の方はとっくの昔にあなたを見限っているかもしれません。
そして、下手をすると、
ああ、人生失敗した!
なんて因業ばばあなんだ!!

正しいパースペクティブで配偶者を見る鑑識眼が備わっている人は
ほとんどいないでしょう。
おかげで、いつもいわば近視眼的に感じ取ってしまうわけです。

でも、中には、先入観を排して、
ただしいパースペクティブで人を観ることができる人がいます。
でも、きわめて稀ですが!

「ああ、私のことだ」、そうあなたがお感じなら、
「そうお感じになること自体、そんな才能の欠如を示している」
そうお答えせざるを得ませんね。

前漢の高祖、唐の大宗李世民、徳川家康がそんな人間の代表格でしょうね。
だから、長期安定の王朝を建てることができました。
彼らの側近には文に強い政治家、武に強い名将がずらりと並びます。

一方、蜀の劉備は、文には孔明、武には関羽、張飛しかおらず、
彼らを相次いで失いますと、速やかに王朝は衰亡してしまいました。
彼らクラスの英傑がさらに幾人も揃っていないと、
漢、唐、宋、徳川幕府クラスの王朝を創立し、
これを長年維持することができないのでしょうね。

日本でも、上記クラスの安定王朝は平安、徳川の2つしかありません。
(ただし、余談に近くなりますが、縄文時代は1万年以上続いたのです。
これは奇跡を越えて、不可能と言いたくなるほどの超寿命の文化です。
なぜ、それほどに永続できたか?
縄文時代の秘密を解明すること位、
世界の歴史学、文明学で重要な課題はありません。
私が断言するから、間違いありません。)

連想ゲーム式長文の私ですから、一体、話の主題はなんなのか?
お分かりにならないでしょう。
私自身、まったく分からないのですから。

一体、なんだったかな?
そう、そうでした。
故郷、でした。

私はその故郷に帰って、幸せに定住することができました。
育った都市、大和高田市ではありませんが、
奈良の文化の中心、というより、日本文化の発祥の地である、
奈良市に住みたいという願いを在職中にかなえることができました。
官庁でも会社でもそうでしょうが、
ほとんどの場合、アパート、マンションです。
私は、就職最初に4戸1という奇妙な集合住宅に最初住んだだけで、
その後は、一生、集合住宅に住んだことがありません。
夫婦とも、自分の人生、自分の趣味があって、
近所付き合いをしている暇がなかったし、
実のところ、そんなこと面倒で、大嫌いだったからです。

奈良有数の住宅街である高畑町に1戸建てが開いているという情報があり、
機会を見つけて、占拠したわけです。
なんでもそうですが、「求めよ、さらば、与えられん」ですね。
そのまま十数年間居座り、転職後も現在の自宅を買い受けて、
まほろばの地に安住してきました。

この日も、診療所を簡単に済ませて、
あとはゆったりと奈良町で過ごしました。
観光客で一杯ですが、窮屈なほどあふれているというわけではありません。
私の好みの場所では、ほとんど人影さえまばらになります。
おかげで、思う存分ロボグラフィを撮影し、
2回喫茶店に入って、思う存分文章をポメラDM20で叩き出している。
私はきっとパラダイスに居るのでしょう。
いくら脳天気の私だって、ただの普通の人です。
いやなこと、気がかりなことはいくらでもあります。
でも、私は楽しいことをするときは、
きれいさっぱり悩みは忘れることができます。
だから、脳天気なのでしょうね。



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by hologon158 | 2018-10-30 23:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

749.01 美との対話6「45年間も倫敦で水彩画を描いた牧野義雄に脱帽!」



図書館で「マイ・フェア・ロンドン」という本を借りました。
牧野義雄(明治2年12月25日生、昭和31年10月18日没)
著者はピーター・ミルワード、恒松 郁生、東京書籍
掲載された霧の都倫敦の風景画がとても楽しい。
どこもかも、いつも、もう霧だらけ。

牧野義雄という画家、
ロンドンの古き良き時代を45年間も描き続けたそうです。
これだけ一つの都市を描き続けた画家はそんなに居ないのでは?
しかも、外国で!

ウィキペディアの記載によれば、その画法は、
「牧野は霧を描くに当たり、
1910年(明治43年)に発表した自叙伝「日本人画工 倫敦日記」で
「水中に1時間入れて吸い取り紙の様になし、その濡れている内に描く。
乾くに従って近景を描く」と語る。
紙が十分濡れている内に遠くの最もぼやけた部分を描き、
乾くに従って近くのはっきりした部分を描くことで、
霧独特の奥行きある情景を表現した。」

本書に収められた絵を見る限り、
心象風景風の作品群は夢のエピソードという感じで、
音楽で言えば、フュージョンと言った印象。
ぐいぐいと心に食い込んで来るものは感じませんが、
ダルメーヤーのフレア一杯のレンズが大好きな私には、
とても好感の持てる光景です。

もっとも、当時のロンドンは産業革命まっただ中、
どうやら、気象現象の霧に当時の暖房燃料石炭のスモッグが混じり、
濃く、暗く、臭く、大変に健康に悪い現象だったようです。
そのために、何千という大量の死者を度々出したということです。

そう言えば、大阪府豊中市在の私も、子供の頃、冬になると、
数m先はまったく何も見えない濃霧の中を登校したものでした。
これが大好きでした。
でも、日本でも、ロンドンと同様、
濃霧には人為的な原因が絡んでいたのでしょうか?
当時は、山の上から大阪平野を見ますと、
大阪の上にくっきりと線があり、その下はどす黒いガス空間でした。
「ガス平線」と呼んだのは、確か徳川夢声だったと記憶しています。
台風一過の朝だけが、そうしたガス平線を吹き消していました。
今では「ガス平線」は無くなり、冬季の濃霧も稀になり、
大空は、大地から天空まですっきり見通せることが多くなってきました。
単なる気象変化とは思えません。
長年の空気浄化の努力のおかげでしょうか?

そんなことを考えると、
牧野義雄の絵もそんな汚れた空気の時代の記録とも思えて、
心から楽しむのは躊躇されますが、
一方では、私が愛するボケレンズたちの表現にも通じる所があり、
タンバールの幽玄にも通じる所もあり、
やはりここはスモッグのことは忘れて、
牧野の幽玄な表現の妙味を味わいたいものですね。

脱帽!




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by hologon158 | 2018-10-27 14:50 | 美との対話 | Comments(0)

747.04 ホロゴン外傅240「2018年3月29日スーパーアンギュロン21㎜F3.4が奈良町を席巻」4 使い勝手



前回記載したマックの症状はまだ続いています。
というより、悪化したかも知れません。
旧OSで記事の文章と掲載写真を作成し、
旧OSのハードディスクに収納しても、
新OSではこのハードディスクは読み取ることができません。
そこで、外付けハードディスク1に収納します。
無事立ち上げたと思うと、外付けハードディスク1を読んでいない。
もしくは、外付けハードディスクを読んでいたとしても、
作業中に消えてしまい、結線をつなぎ返したりしても、
読んでくれない。
これじゃ、ブログ作成ができない。

と、ここまで書いて、気づきました。
そうだ、外付けハードディスク2の方にも
ブログデータを保存すれば、なんの支障もない!
ここで気づきました。
アップルのシステムが問題と言うより、
むしろ私の脳内システムの方がクラッシュ寸前ではないか?

スーパーアンギュロン21㎜F3.4が撮った奈良風景4回シリーズ。
今回で終了です。
スーパーアンギュロン21㎜F3.4を使う写真家はかなり多いようです。
ホロゴンウルトラワイドやライカマウントホロゴンを使うプロは、
ほとんど居ないようです。
レンズ特集雑誌に掲載するために撮る程度。
有名なレンズ収集家の写真家なんか、
パソコン掲載のホロゴンウルトラワイドを紹介するビデオで、
ホロゴンウルトラワイドの両脇をがっちり掴んで、
とくとくと解説をなさっていますが、
この行動自体、化けの皮を剥がしています。
この方、ストリートでホロゴンウルトラワイドを、
ただの一度も使ったことがない。
そんな持ち方をしたら、すべての写真の両サイドに、
フランクフルトソーセージそっくりの指が写っているからです。

スーパーアンギュロン21㎜F3.4は画角が狭いうえ、
筐体がボディから突き出ているので、
上記のようなアクシデントは起こりません。
画角が狭い分、超接近しないと撮れないホロゴンと違い、
さまざまな距離で自在に撮れます。
使い勝手がおそらく3倍は自在、という感じ。
しかも、描写は極めてダイナミック。
画像にアクセントがあるのです。
しかも、ホロゴンのように、カメラがわずかに歪むと、
超広角風の地滑りが起こるという現象も目立ちません。

いっそのこと、私もホロゴンをやめて、
スーパーアンギュロン派に転向しようか?
不思議にこんなささやきが私の心に響いたことは、
たったの一度もありません。
ホロゴンで苦労すればするほど、愛着が増します。
私は、写真家ではないので、撮影結果など、二の次。
撮影行為を楽しめることこそ、私の楽しみ。
私のようなスタンスで、使い勝手の悪いカメラ、レンズを使う、
そんな写真愛好家はかなり多いのではないでしょうか?




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by hologon158 | 2018-10-22 23:44 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

748.00 ホロゴンニュース3「2018年10月21日成田順子創作人形展」命溢れる天童たち




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昨日、思いもかけないアートに出会いました。

成田順子創作人形展 
天夢のおとずれ

実は、私たち写真仲間のリーダー、写真の師匠である、
写真家、コピーライターの林孝弘さんの妹さんなのです。
冒頭に掲載しましたパンフレットは林孝弘さんの製作です。
建仁寺の本坊の小書院で10月28日まで開催されています。

林さんの文章をまずお読み下さい。

「かぐわしき楽の音を響かせて、天上から降り立った
風神・雷神・龍神...
さまざまな神や童、幻想のけものたち。
成田順子の豊かな想念から生まれ、
稀少な古裂や装飾品と巧みの手によって創り出された、
清らかで高雅な人形の数々が
風神・雷神図を所有する、秋の名刹に集います」

主に幼い童たちが主人公です。
粘土で、モデルなしに創り出された人形なのですが、
どう観ても、人形ではありません。
そのまま生きています。
ほとんど同じ風貌ですが、一人として同じ表情はありません。

ときには初々しい表情の生身の幼童。
ときには神々しい霊性を帯びた神秘の存在。

支えなしに、しっかりと自立しています。
ただ立っているだけではなく、
超越世界から現実世界に降り立った聖なる存在、
そう思わせる、不思議なたたずまいをたたえつつ、
そこに静かに佇立しています。
その雰囲気が、夢と現実の狭間の印象を生み出しています。

パンフレット表の「青龍」は中国の伝説の四神の一人。
この四神が、作りの豪華さ、入念さ、完成度の高さ、
内からわき上がって来る精神性の高さにおいて、
ひときわ群を抜いていて、
どうやら、本展のクライマックス的存在とうかがわれます。

でも、私のお気に入りは、別。
不動明王の脇侍である、八大童子うちの二人、
矜羯羅童子(コンガラドウジ)と制吒迦童子(セイタカドウジ)。

奈良市の北当尾(とうの)の里に所在する古刹、浄瑠璃寺に、
見事な不動明王三尊像があります。
私はその脇侍である上記の二童子をこよなく愛しています。
とくに右側の矜羯羅童子の愛らしく、敬虔な表情は絶品なのです。
幾たびにわくわくした気持ちで面会し、うっとりしたものです。

成田さんの矜羯羅童子と制吒迦童子はぐっと小さく可愛いのですが、
その表情の豊かさ、愛らしさ、確かな生命感は全然負けていません。
浄瑠璃寺の矜羯羅童子もその合掌する両手の表情が絶品ですが、
成田さんの矜羯羅童子の合掌も、指先だけが触れ合うだけで、
ちょっと浮き上がる両手の表情がなんともいじらしく、
溢れんばかりの敬虔な思いをたたえています。

「成田順子 人形」でグーグル画像検索していただきますと、
成田さんの過去の作品の一部がご覧頂けます。
これらの小さな写真からは、
今回の作品群が醸し出す、言い知れぬ神秘性、精神性を
うかがい知ることはとても無理ですが、
一個独特の境地にある作家であることはお分かりいただける筈。

もし関西にお住まいであれば、
ぜひ、京都建仁寺においでください。
偉大な画家たちのふすま絵が部屋部屋を埋める仏閣のただ中に、
小粒ながら、深い精神性をたたえた人形たちが、
けっして劣らない存在感に包まれて、静かに佇立する、
不思議な空間!
すべてが浅薄で一過性の域を出ない自称アートが氾濫する現代では、
滅多に出会うことのできない正真正銘の芸術を味わって下さい。






by hologon158 | 2018-10-22 14:31 | ホロゴンニュース | Comments(0)

747.03 ホロゴン外傅240「2018年3月29日スーパーアンギュロン21㎜F3.4が奈良町を席巻」3 奈良町で



私のMacBook Airの苦闘は続きます。
私のマックのOSはかなり旧型になります。
なぜ、新しいOSにしない?
新しいOSの使い心地がまるでマックらしくないから。
何年前になるでしょうか?
縦型9インチのSE/30を店頭で観て、一目惚れ。
アイコンとマウスの使い勝手の良さ。
そのお絵かきソフトで、呼び方は忘れましたが、
クロッキー風の点描がマウスでさらさら画けるのに、
感涙。
さっそくマックを導入しました。

それ以来、仕事もホビーもマック一筋でした。
かなり長い間、シャープの28インチディスプレイで、
写真も半切大で楽しめる夢の空間を満喫してきたのですが、
8年ほど前でしたか、落雷でMac Proが一瞬にしてご臨終。
以来、仕事で使っていたMacBook Airで我慢する時代。
極小9インチディスプレイにすっかり馴染んでしまいました。
海外旅行も一切止め、撮影も近場だけでひたすら歩く、と、
人生全部が縮小する時代にふさわしいアイテム。

アラビアンナイトに瓶の中の老婆の話がありますね。
このおばあちゃんは、どんな環境に置かれても、
これじゃ私には狭すぎる、と、不平たらたら、
かなりぶっ飛んだスケールの心の持ち主でしたが、
結局、どこまでも欲をかきすぎて、
元の小さな瓶の中に戻されてしまいます。
私は、自分から小さな瓶に入り込んで、
住めば都、と心から満足するのですから、
強烈にこんまいスケールの人間、ということでしょう。

今回の事件は、
エキサイトが私の旧OSへの対応を打ち切ったという、
冷酷な旧ユーザー切り捨て事件。
私の推測するところ、
アップルがエキサイトに強要したのです。
新しいOS、新しいマックへの切り替えの販促作戦。
おかげで、エキサイトブログにアクセス不能に!

現在はこの小さなMacBook Airの内蔵ハードディスクに
パーティションを切って、3分の2を旧OSで、
3分の1を一段新しいOSで駆動していました。
理由は、これもアップルの意地悪作戦。
新しい携帯の写真を読めなくしてしまったのです。
前回の携帯写真の取り込みもエキサイトACCESSも、
私の新しいOSで処理できますから、
でも、どっこい、その手に乗るものか!

でも、今度は、その新しいOSでの立ち上げ、駆動が、
3回に1回は突然画面が暗黒になって不能となる、
そんな理由不明の妨害に悩まされるようになりました。
そこで、私の方の頭脳、心のオペレーションソフトを、
バージョンアップしました。
そのOSの名は「おしん2018」!
「なにが起ころうと、辛抱強く耐えよう!」
昔、世界的に人気を呼んだ連続ドラマの主人公になる!
実のところ、私は当時からテレビなど観なかったので、
一度もドラマを見たことがありません。
でも、ヴェトナムで青年と知り合い、
彼の田舎の実家に招待されて、
ご両親から昼食をご馳走してもらったとき、
おとうさんが何度も嬉しそうに口にしたのが、
「オスィン、オスィン」
ヴェトナムの田舎でも「おしん」が放映されていたのです。
どこの国でも、庶民たちは「おしん」を観て、
おしんに倣って生きよう、がんばろう、
と元気づけられたのでしょう。
私もそんな状況に追い込まれたようです。

旧OSで、記事の文章と写真を全部用意しておき、
マックを一旦閉じて、オプションキーを押しながら、
新OSを立ち上げて、
その新OSで、ブログを立ち上げ、記事を投稿する、
という迂遠な作業が必要となってしまいました。
なんども立ち上げる作業。
ポメラなら一瞬で立ち上がるのに、何分もかかる!
しかも、ときにうまくマックが立ち上がらない!
そうすると、微笑みながら、また繰り返す!
そんな状況をじっと辛抱して、生きる!
まあ、私の人間修業に役立つ、そう考えて、
我慢しましょう。




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by hologon158 | 2018-10-20 16:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

747.02 ホロゴン外傅240「2018年3月29日スーパーアンギュロン21㎜F3.4が奈良町を席巻」2 なにを今更?



10月18日木曜日、写真家吉田正さんの写真教室でした。
写真作品を撮るのをやめて十年以上、
なにを今更、写真を習うなんて?
そういぶかしむ方もおいででしょう。
私もそんなつもりはありません。

ただ、吉田正さんの語りを聞きたいから。
そして、もう1つ、
教室のみなさんもちょっと変わっています。
かなり個性的な人物がそろい、
写真もすでにご自分の境地をお持ちの方が多い。
個性的な写真も楽しめます。

ついでに、私も月一回「写真家ごっこ」できます。
これが案外楽しい。
人に見せるつもりもないままに撮ってきた写真ですが、
組写真をそれらしく作る遊びを楽しんでいます。
今回はちょっと古い撮影分を漁って、
北京オリンピックの前の年に、
北京の胡同で撮った写真から12枚セットを作りました。

胡同は清朝時代の官僚たちの住宅街。
中庭を取り巻く作りで、四合住宅と呼ばれます。
清朝時代は、小さいながらもひとかどの邸宅だったわけですが、
共産中国になり、何軒かが共同で住む集合住宅街として、
完全な下町となりました。
トイレがなく、ストリートに共同便所がこしらえられてあります。
オープンな平土間に大小の穴が切ってあるだけで、
仕切がありません。
プライバシーの場と思っている日本人にはとても使いにくい場所。
中国人は平気です。
生理は万人共通なので、別に隠すものではないのだから。
ところ変われば品変わる、ですね。

E.T.ホールは人間同士の距離感が民族によって違うことを見つけました。
これ以上近づかれては不快になるという距離を、
「密接距離」と名付けていますが、この密接距離が民族で違う。
中国人はアラブ人と並んで、もっとも短いのだそうです。
つまり、たとえば、男同士触れ合っても、別に不快ではない。

一方、密接距離が一番短いのはドイツ人で、
日本人はこれに次ぐ位置にありました。
でも、日本人は変りました。
近頃は、行列や満員電車に慣れきって、
かなり密接距離が短くなっているようです。

私は通勤仕事をしましたが、まったく慣れませんでした。
今では、奈良の片田舎に住んでいますから、
この性向はますます高じて、
行列や群衆に激しい嫌悪を感じるまで至っています。
私は男性ですが、
女性でも近くに来られると、拒否反応を感じます。

ところが、おかしいですね、
向こうから接近されると、拒否反応でも、
こちらから近づく分には、まるで平気。
(誰でも、そうかな?)
だから、ホロゴンによる接近戦を平気で展開してきました。
今回、吉田正さんの教室に持参したのは、
北京胡同ロボグラフィ12枚セット。
全部、ホロゴンウルトラワイドで撮った写真です。
例の通り、ノーファインダー、ノートリミング。
つまり、15mmレンズを腰あたりに両手で下ろして、
被写体に30センチから60センチ、
せいぜい離れて1mの距離で撮っています。
つまり、ホロゴンのような超広角レンズの場合、
接近すればするほど、写真は迫真性を増します。

いつものように、
吉田先生とごく一部のメンバーが反応してくれました。
大半の方は無関心。
それでよいのです。
今回の写真はそのうち本ブログに掲載しますが、
なんの細工もなく、と言うか、
細工、工夫と言えば、超接近だけという撮り方で、
ただ真っ正面から撮っただけの写真です。

「ああ、自転車を撮りましたね」
即座に分かる写真です。
たいていの方は、意識するにせよ、しないにせよ、
これだけ吐けば、もう言うことはなくなります。
言うことがあるとすれば、
「これがどうしたんですか?」
私に言えることはただ単純に、
「どうもしません。
いいな、と思ったから、撮っただけです」

一つ言えることがあります。
行きずりの人に30cmから50cmに近づいて写真を撮れる人は
ほとんど出会ったことがありません。
でも、私はこれができます。
今でも続けています。
これには仕掛けがちゃんとあるのです。
こちらから近づいて撮ることはなかなか難しいけど、
向こうから近づいてきたところを撮るのは簡単なのです。
秘訣はたった一つ、
気配を消すこと、ただそれだけ。

でも、たいていの写真家は、そんな接近写真を撮りたいとは思わない。
物語性がふっとんでしまうからです。
いつも書いていることですが、
そんなことから、私の写真は作品性を失い、
私にとっての遭遇メモという存在になってしまいました。
私は後悔していません。
私の人生での出会いを記録できれば、それで十分。



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by hologon158 | 2018-10-19 22:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

747.01 ホロゴン外傅240「2018年3月29日スーパーアンギュロン21㎜F3.4が奈良町を席巻」1 サイクル史観へ



近頃、歴史のパラダイムが完全に覆ろうとしています。
文明の単一成長史観から、
複数のサイクル史観へ。

単一成長史観というのは私の造語ですが、
人類が未開状態から少しずつ進歩して、
紀元前4千年紀にメソポタミアに文明が誕生し、
徐々に進歩して現代に至ったとする史観です。
この歴史学の常識をぐらつかせるデータがいくつも出始めています。
それよりも前に、文明の所産としか言いようの無い遺跡が
どんどん見つかりつつあるばかりではありません。
従来、シュメール文化よりも後世とされてきた遺跡が、
はるかに先んじて建設された可能性もどんどん生まれています

その最たるものは、トルコの
ギョベクリ・テペ遺跡。
約1万2000年前であることは動かしがたいようです。

巨石柱を中央に立てたサークル状の祭祀施設もしくは神殿。
当時はまだ定住しない狩猟民の時代であるとされてきました。
でも、Youtubeで検索していただければ一目瞭然ですが、
一定の社会が特定の宗教的信仰に動かされて行った建設事業です。
このような壮大な石造建造物群を生み出すためには、
かなり大きな集団が組織化され、
建築、土木等の知識、判断力に裏付けられた種々の作業を
システマティックに遂行する必要があります。
ただの狩猟採集に従事する旧石器時代人たちの
なしうるような事業ではありません。

もう一つ、地質学者ルドルフ・ショック教授が
スフィンクスについて画期的な発見をしました。
スフィンクス本体の表層部の後世の修復部分の下の層や、
修復部分に覆われていないオリジナルの表層の浸食状態を調べて、
その縦に深く刻み込まれた浸食の形は、
砂混じりの風の浸食によってはできず、
長期間にわたる上空から降り注ぐ雨による浸食であることを
証明しました。

ところが、エジプトに雨が降っていたのは、
現代から1万2000年ほど前が最後なのです。
しかも、スフィンクスは、経歴の長い間、砂に埋もれていたのです。
これでは浸食など起こりようがありません。
つまり、スフィンクスは1万2000年以上前に建設されたのです。

他にも、現代の建築工学技術でもってしても、
ほとんど不可能に見える巨大石造遺跡が、
マチュピチュ、サクサイワマン、バールベック等、
数知れず発見されています。
ボスニアには大ピラミッドを遙かに越える底面積の
巨大ピラミッドが発見されています。
要するに、現代の科学技術をもってしても驚異とされる精度の遺跡が
世界中で発見されつつあるのです。

一例を上げれば、大ピラミッド底辺には、
表面に敷き詰められていた鏡石が残されています。
つるつるピカピカの表面です。
花崗岩なので、ノミや石器では磨けないほど硬いのだそうです。
どうやって磨いたか、謎。

ピラミッドの底辺あたりの石の表面に回転鋸の痕跡が残されています。
Youtubeで見ることができます。
しかも、専門家に言わせると、現代の回転鋸よりも高速なのだそうです。

しかし、この半世紀に明らかになりつつある驚異の遺跡を
各地の考古学者たちは既成の古代史の中に押し込もうとしています。
たとえば、アンデスの遺跡の石組みは、
文字通りカミソリも入らぬほどの精度で不定形に組み合わされ、
信じがたいほどに精巧です。
山岳地帯で、巨大な石組みをどうやって運んだか、積み上げたか、
現代科学技術でも極めて困難。
でも、既成の考古学者たちは平然と、
これらの遺跡をすべて、
たった200年程度のインカ時代の所産であると結論づけています。
ところが、この石組の上層部は、インカ時代の所産なのですが、
底部とは似ても似つかない、ただの積み上げ石なのです。

このような奇跡のような精密建造の遺跡では、
同じことが至るところで起こっています。
わずか2、300年の間に、奇跡の工学技術を発達させたのに、
その伝統は突然失われてしまい、
あとはただ小型の不整形の石を積むだけになってしまった?
訳が分かりませんね。

同様のことがエジプトでも起こっています。
大ピラミッドは底辺各約230mの四角錘の精密建造物。
いわゆる王の間の床は完全に水平です。
正確無比の巨大建造物を構築したのです。
建築時期は約5000年前とされていますが、
以来、表層の鏡石のほぼ全部がはぎとられたほかは、
揺るぎもなく立ち続けています。

ある学者が、土台に水盤を並べて、基礎の水平を出した、
そう主張しています。
230m四方の基礎面を完全にならして、水盤を並べても、
もし肉眼では確認できないほどかすかに傾斜していたとすれば、
手近な水盤同士では水平をチェックできても、
両端ではかなり高さが違うということになるのは避けられません。
しかも、このピラミッドの底には小さな丘が残されています。
地形を完全に水平にならさないで、工事したのです。
上記の水盤説ははなから無効と言う訳です。
自分で試してみないで、机上の空論をひねり出して、
「そんなの簡単だい」と大きな顔をするのが学者さん。

そのうえ、その前後に、いくつもピラミッドが造られたようですが、
全部多かれ少なかれ崩れてしまい、
三大ピラミッドに比肩できる精度の高いピラミッドは皆無です。
大ピラミッド建造の技術はどのようにして発展し、
そして、なぜ継承されなかったのでしょうか?
そんな経緯を証明する遺跡はゼロ。
ただ三大ピラミッドだけがそびえ立つだけ。

ヒエログリフもそうです。
エジプトにも、世界のどこにも、
ヒエログリフに先行する発展段階など見つかりません。
楔形文字も同様です。
近頃、詳しいことは忘れましたが、
2、3000年前の絵文字らしきものがエジプトで発見されました。
エジプト学者らは狂喜乱舞のようです。
それ、ついにヒエログリフの祖先が見つかったぞ!
ちゃーんとエジプトで発達してきたのだ!

でも、私には不思議以外のなにものでもありません。
あまりに単細胞的な反応。
発展説を根拠づけるためには、すくなくとも、
誕生、成長、成熟と、3つの段階の遺跡が見つかり、
かつ、その間の継続を認めるに足りる関連性の証明が必要、
ということは当たり前ではありませんか?
はっきりと関連性をもつ3時点が見つかれば、結べます。
でも、2点だけでは、赤ん坊写真を振りかざして、
「アインシュタインの赤ん坊時代の写真を見つけた!」
と騒ぎまくるようなものです。
ひげもない赤ん坊が本当に彼の幼年時代かどうか、
分かるはずがないではないですか?

大ピラミッドがクフ王の建設であるとされたのも、
内部の壁に、かろうじてクフと読みとれる落書きが、
英国人により見つかったからだけなのです。
古来、落書きをする人間は、
落書きされる壁と無関係なよそものと決まっています。
底辺各約230m、高さ約140m、数百万個の巨石を、
完璧な精度で切り出し、運搬し、積み上げて、
古今未曾有の奇跡的な建築を完成させた王が、
自分が作ったことを証するために、ただ落書きだけさせる?
アホかあ!
(普通人なら絶対にしないような愚かな行動を見ると、
大阪では一言そう言います)
まさに、そんなことを主張する人間はアホ。
そんなアホな説が定説としてまかり通るって、
エジプト学者って、みんなアホか?
そう言いたいですね。

翻って現代文明を考えてみましょう。
機械文明が誕生したのはせいぜい19世紀です。
それからたった200年ばかりで、太陽系を無人衛星で探検でき、
地上の人類を何度も一掃できるほどの軍備を積み上げ、
スカイスクレーパーが林立する巨大都会を作りだしました。
要するに、わずか数千年の歴史が、
このような地球規模の文明を生み出してしまったのです。

人類の誕生がいつか明確ではありません。
どうやら10万年から30万年の間らしいと言われています。
当時の人間と現代人との間には、
遺伝学的になんの変りもないのだそうです。
突然変異による進化はもっと長い時間の所産です。
とすると、一度できたことは何度でもできたわけで、
つまり、長く見積もって1万年でここまで来れるなら、
人類の生存期間を最小の10万年と見積もっても、
その間に、幾度も文明が勃興し、滅亡した可能性だって、
あるのではありませんか?

その証明を一つ、最後にあげておきましょう。
マヤ暦の1年の長さは、グレゴリオ暦により正確なことは有名ですね。
この超絶的精度は長年月の観測のおかげだと考えられています。
ウィキペディアが正確かどうか分かりませんが、
紀元前5世紀ごろから使われていたのだそうです。
でも、一年の長さの超絶的精度がマヤ文明で達成されたかどうか、
これは明らかではありません。
どうやって計測し、どうやって記録し、
その記録の堆積からどうやって正確性を高めていったのか?
時間をどうやって測っていたのでしょうか?
先行諸文明からの伝承もあったのでしょう。
先行のオルメカ文明も時間を大切にする文明だったからです。
でも、どうやって伝承したのでしょうか?
すべてが謎です。

でも、明らかなことが一つ!
本当に誰かが計測し、記録し、後世に伝えた!
そんな知恵の継承の手だてをすでに確立していたのです。
このことを否定することはできないのです。
つまり、昔の人は、もしかすると、
現代人より賢かったのかもしれませんね。

というわけで、私に今言えることはこうです。
① 古代人の知能をあなどることはできない。
② 古代人は、先行文明の知恵を一部受け継ぎ、利用した。
③ 文明の形跡は、何万年かの時間が拭いさっているから、
形跡がないことは、古代先行文明の否定を合理化しない。

形跡がない理由を少し書きましょう。

ティラノザウルスは地上の王者でした。
数千万年、進化を重ねた属の頂点、到達点だったのです。
でも、完全な骨格は確かたった1体しか見つかっていない。

竜盤目の大型草食性恐竜たちも幾種類も栄えに栄えたようです。
大腿骨の年輪を数えると、成体は百数十年生き続けました。
それなのに、完全な骨格はほとんど見つかっていません。

ついでに、書いておきます。
ティラノザウルスのようなこの世で最も怖ろしい肉食獣が、
食料にしようと絶えず襲いかかってきたのに!
なぜ、そんなに長生きできたのでしょうか?
答えは簡単です。
余りに巨大で、肉食獣たちもかなわなかった!
余りに沢山居たので、肉食獣たちは食べきれなかった!
当たり前のことです。

1億数千万年も恐竜が地球上を支配したのは、
その間さまざまな危機がおとずれたのに、
恐竜たちはしぶとく生き続け、
生態系の頂点から末端の動植物に至るまで、
共存し続けることができました。
でも、完全な骨格なんて、ほとんど残っていません。
6千万年の長年月が、幸運に化石化したわずかを除き、
すべての痕跡を静かに消し去ったからです。
それほどに化石化して残るのは難しいのです。

人類が文明化するために使った資材も同様です。
彗星の衝突、氷河壁の決壊による超絶津波、火山、地震、
ありとあらゆる種類の地球規模の惨害が、
先行文明の痕跡を消し去ってきたのです。
でも、そんな惨害をなんとか耐え抜いた石造遺跡が、
世界各地に、海底に、見つかりつつあります。
ほとんどの史学者たちはこのようなデータを無視しています。
自分たちの立つ学問的基盤そのものを覆しかねないからです。
学ぶことを忘れて単脳化した学者ほど始末に負えないものはない。
その証拠にどんな廃品業者も持っていきませんね。

さらに、すでに見つかった遺跡の中には、
ここ数千年の現在の文明期には属さない、
太古の遺跡が混じっていて、私たちは気づかないだけ、
ということだって考えられます。
そんな太古の先行文明も、私たち人類の歴史なのです。
私たち人類がどんな体験を重ねて来たか、
私たちの中には太古の先行文明の知恵が隠されている、
その可能性もありそうです。
恐竜たちの歴史を、見つかった化石だけから判断していたら、
今でも、恐竜たちの生態、歴史について無知なままだったでしょう。
自分たちの祖先がさまざまな栄枯盛衰を繰り返して来た、
そんな可能性をむやみに否定したくないですね。

現在分かっていることだけを金科玉条にする限り、
人類に進歩はない、そう言っても過言ではないでしょう。




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by hologon158 | 2018-10-16 15:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

746.00 美との対話5「2018年10月11日アンコールワットの美神たちと出会う」美神の誘い



アンコールワット
美しい響きですね。
いつか訪ねたいと思っていました。
敦煌、大ピラミッド、バールベック、パルミラ、
バビロン、ラサ、アンデスの遺跡、
そして、アンコールワット、
どこも、かなわぬ夢となってしまいました。

神様が「あと一回旅行させてあげよう」とおっしゃったら、
どこに行くでしょうねえ?
ちょっと思案してみましたが、
おそらく敦煌かアンデスの遺跡になるでしょうねえ。

でも、ふっと考えて、神様、いくら寛容でも、
許してもらえるのは、せいぜい2週間の旅だろう。
敦煌もアンデスも行ける場所はほんの一部になりそう。
神様けちだから、飛行機はエコノミークラスだろうなあ。
よしましょう!
自宅で、美と対面する旅を楽しむことにしよう。

図書館で借りたのは、
「アンコール・ワット:密林に消えた文明を求めて」
(「知の再発見」双書)
ブリュノ ダジャンス (訳 中島 節子)

石から刻み出された聖なる像たち。
石壁からポンと飛び出してくるような迫真性があり、見事です。

専門教育を受けたり、特別に修業したりした彫刻家が集まった、
などということはなかったでしょう。
いきなり、造ってみよう、と、石壁を刻み始めたのでしょうか?
それとも、私たちがもはや知り得ない神殿建築の伝統を、
継承したのでしょうか?
おそらく後者でしょうけど、
このような神域、寺院の建築を幾度も試みたわけではないでしょう。
石工たち、彫刻家たちが寺院建築の専門家だったわけでもないでしょう。

おもしろいことは、現代のカンボジアの人たちの風貌にかなり似ていること。
「カンボジアの美女」とか、「ビルマの美女」で、
グーグル画像検索をしてみてください。

どこの国でも聖像はその民族の風貌に似る傾向があります。
彫り師が見慣れた風貌をいわば理想化して刻みつけるのは当然でしょう。
アンコールワットは仏教遺跡だと思いますが、
刻まれた彫刻群の中で、女性の像がかなり多いのでしょうか?
彼らは天女、聖なる存在なのでしょうか?
それとも、諸佛を崇敬する信徒なのでしょうか?
いずれなのか、私には分かりませんが、
分かることが一つ。
みなさん、とても美しく、そして、とても肉感的!
製作者たちの好みが反映しているのでしょうね。

日本人の女性像とはまったく違いますが、
でも、とても魅力的です。
石の中からポンと飛び出たら、
次の瞬間、にっこり笑いそうに思えるほどに、
はちきれそうな生命感にあふれています。

12世紀前半、ヒンドゥー教の寺院として建立され、
15世紀前半、仏教寺院に作り替えられたのだそうです。
美女たちはヒンドゥー教の美神、美女たちなのかも知れません
ウィキペディアによりますと、
境内は外周、東西1,500メートル、南北1,300メートル、
幅190メートルの濠で囲まれているというのですから、広大無辺、
どんなに目覚ましい絢爛豪華な大伽藍だったことでしょう。

参拝者たちにとって、参拝は、想像を絶する超越体験となったことでしょう。
参拝者たちは伽藍を彩る美女たちを憧憬のまなざしで見上げたことでしょう。
もしかすると、ガイドの僧侶が言ったかもしれません。
「仏法に帰依しましょう。
そうすれば、苦しみに満ちた俗世から浄土に昇天することができ、
浄土では、あのような美女たちがあなたを迎えてくれるでしょう。
そして、あなたは極楽の歓楽を永遠に尽くすことができるのです」
男性信徒にとっては、ありがたいお説教よりも効果的だったかも?




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by hologon158 | 2018-10-11 18:03 | 美との対話 | Comments(0)

745.04 ホロゴン外傅239「2018年3月21日ビオゴン21㎜F4.5が奈良公園に」4 闇と孤独

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私はどちらかと言うと、暗闇に強い人間です。
子供の頃私が成長した奈良県大和高田市は田舎町でしたから、
夜、午後9時頃ともなると、寝静まった街路はほとんど暗黒でした。
でも、平気でした。

小学校6年2学期に大阪府豊中市に転居しましたが、
事情は変わりませんでした。
当時は、睡眠時間になると、廊下は完全に消灯しました。
トイレに立つと、トイレでも電気など点けません。
月明かりで代用。
小窓から庭を見るのが好きでした。
冬など、月光が冷たく青く庭を照らし、
まるで雪が積もったような気配に満たされていました。

はっきり記憶していますが、
大きな蜘蛛を裸足で踏んでしまいました。
グチャッという感触。
でも、その足をどうしたという記憶も、怖がった記憶もありません。
まあ、そんな少年でした。

だから、長じても、同様。
さまざまな国の都市を一人旅しましたが、
私の子供の頃そっくりで、大抵、夜間の街路はほぼ暗黒でした。
まあ、そんなあたりにいつも宿をとっていたのです。
でも、平気でした。

十数回旅をしましたが、怖い思いをしたことはありません。
友人に言わせると、
私がよほど幸運だったということのようです。
私も賛成です。
私は万事幸運に助けられて生きている、
といつも感じて、生涯を生きてきました。
別に人より幸運なわけがありません。
そうできる理由は実に簡単。
よく言われる言葉があります。
「棒ほど願って、針ほどかなう」
私は、ちょっと違います。
そのような願い方をしたことはありません。
あまり欲も徳もない人生で、
手に入れたものを最高に幸せと思い込むことにしてきました。
手に入らなかったものは手に入らなかったのですから、
悔やんでも、惜しんでも、まったく甲斐がありません。
手に入れたものに満足して、次のステップとすれば、
いつか、さらに幸運な境地に達するかもしれない、
そんな風に考えて生きてきました。

手に入れたものを最高に楽しむ生き方の一つとして、
どこででも、写真を楽しむ、という撮り方を選びました。
大抵のストリート写真家も風景写真家も猟場があります。
その猟場がいつも一定というわけではないでしょうけど、
とにかく猟場を探し、あるいは猟場に足を運ぶ必要がある。
私はそんな必要がありません。
家を出た途端、ときには、家の中でも、
足を運ぶルートはすべて猟場。

そうできる秘訣も実に簡単。
大抵の、ほとんどの写真家は、
一定水準以上の写真を自作と認め、他は捨てます。
写真を始めた頃に出会ったベテラン写真家を記憶しています。
50がらみのしっかりとした姿勢の男性でした。
「私が残している写真は1枚だけです。
ほかは全部捨てました」
格好いい!
そう心から讃歎しつつ、感じたことは、
「この人、寂しいひとだなあ」

あるプロの女性写真家が指導のときに豪語されました、
「私は一本のフィルムに4、5枚は作品が見つかります」
私を含めて、生徒はみんな一斉に讃歎のため息。
5本に1枚もなかったのですから。

それがいつしか変わりました。
「全部、私の足跡じゃないか!
みんな私の人生の証拠写真!」
そう変わったのです。

今でも、写真家、写真家志望、そんな皆さんは、
1枚の傑作を求めて、奮闘努力しておられるでしょう。
その傑作は、写真家自身だけではなくて、
多くの人がそれを見て、そのイメージに心を奪われ、
その作品としての意味に深く思いを巡らし、
感動に心を震わせる、そんなものでなければなりません。

私が感じるのは、「ご苦労様」のただ一言。
そんないわば第三者へのアピールが無用となって、
自分一人で自分の写真を楽しむ日々は実に安らかです。
そのすべてが自分の人生のレンガになってくれる、
という感じ。
人から見たら、いわば「世捨て人」なのでしょう。
私は世を捨てていませんが、世は私を忘れてもよい、
そんな気持ちになっているようです。

カール・ヤスパースはどこかで書きました、
「人は誰もが一人一人孤島である」
それじゃ、自分の島を豊かにしなきゃ、
という気持ちで生きるのが一番。
暗闇を怖がらなかった少年時代の私と、
孤独を怖がらない現在の私と、
どこも変っていない、それが私の正直な印象。





by hologon158 | 2018-10-07 15:49 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

745.03 ホロゴン外傅239「2018年3月21日ビオゴン21㎜F4.5が奈良公園に」3


災難が起こりました。
エキサイトブログだけが読めなくなったのです。
アップルサポート、曰く、
近頃、古いバージョンでのサポートをやめるサイトが増えている!
逆じゃないの?
アップルの方が打ち切ってるじゃないの?
どんどんグレードアップするマックにユーザーを移行させるため!

幸い、私のマックブックAirで読めないアイフォンの写真を読む、
ただそれだけのために、
上位バージョンのOSを別パーティションにインストールしてあります。
この上位バージョン移行のインタフェースはますます進化して、
複雑怪奇になっていて、私は使いたいとは思わない。
そこで、パソコン上での仕事、楽しみはすべて現在のマックでやり、
ブログ記事の原稿をすべて作っておいて、
ブログを更新するときだけ、マックのOSを切り換えることにしました。
この上位バージョンにもサポート停止の魔の手がどんどん近づくでしょう。
悔しいですね。
でも、ブログ人生も楽しみたい。
なんとか切り抜けていきましょう。



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by hologon158 | 2018-10-04 15:17 | ホロゴン外傳 | Comments(0)