わが友ホロゴン・わが夢タンバール

<   2018年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

766.00 ホロゴン外傳248「2018年6月27日バルター50㎜F2.3が奈良町にご挨拶」2 安定感も大切



師走って、いやですねえ。
なにがいやと言って、大掃除がいやですねえ。
力仕事は全部私が一手に引き受けることになっています。
最初の最初からどうやらボタンを掛け違えた感じ。
「力仕事はぜんぶ僕がやるから」と、粋がってしまい、
外出時もバッグ等重いものは全部引き受けてきたおかげで、
家内でも、毎年の大掃除は力仕事全部が私の分担になって、
引退後はさらに分担は増えるばかり。

段々と、「そうだなあ、召使いに任せておくべきだったなあ」
さりとて、我が家に居るのはお姫様だけ。
生涯、召使いを雇う経済的余裕に恵まれず。
それでも、レンズだけはなんとか少しずつ入手できて、
今、そのレンズたちに日々の精神生活を支えてもらっている次第。

   バルター50mmF2.3

ボシュロムの映画用レンズとして、とても名高いレンズですが、
ライバルだったスピードパンクロ50㎜F2とは対照的に、
けっして大向こうを唸らせたりせず、ゆったり構えて、
使えば使うほど、安心して使えるあたりが、実に凄い。
まさに実直地道に徹する仕事レンズだったようです。

どうやら、私の人生に欠けていた、大切なファクターを体現する、
そんな感じがあって、大事にしたい気持ちもあります。
でも、地味な存在だけに、
いつも剣が峰に立つつもりで撮影に出かける私としては、
つい選びかねてしまうのですが、
いざ持ち出して使っていると、その類い希な安定感には、
「うーん」と唸らせられてしまいます。




c0168172_11580095.jpg
c0168172_11581428.jpg
c0168172_11582081.jpg
c0168172_11582552.jpg
c0168172_11583593.jpg
c0168172_11583040.jpg
c0168172_11584025.jpg
c0168172_11584502.jpg
c0168172_11585063.jpg
c0168172_11585695.jpg
c0168172_11590144.jpg
c0168172_11590653.jpg
c0168172_11591231.jpg
c0168172_11591768.jpg
c0168172_11592273.jpg
c0168172_11592841.jpg
c0168172_11593358.jpg
c0168172_11593901.jpg
c0168172_11594433.jpg
c0168172_11594955.jpg
c0168172_11595483.jpg
c0168172_11595935.jpg
c0168172_12000732.jpg
c0168172_12001434.jpg
c0168172_12002040.jpg
c0168172_12002788.jpg
c0168172_12003351.jpg
c0168172_12004559.jpg
c0168172_12005143.jpg
c0168172_12005763.jpg
c0168172_12010374.jpg
c0168172_12011038.jpg
c0168172_12011678.jpg
c0168172_12012211.jpg
c0168172_12012739.jpg
c0168172_12013381.jpg
c0168172_12013982.jpg
c0168172_12014811.jpg
c0168172_12015470.jpg
c0168172_12020042.jpg
c0168172_12020690.jpg
c0168172_12021214.jpg
c0168172_12021911.jpg
c0168172_12023025.jpg
c0168172_12023600.jpg
c0168172_12024230.jpg
c0168172_12024844.jpg
c0168172_12025496.jpg
c0168172_12030072.jpg
c0168172_12030624.jpg
c0168172_12031274.jpg
c0168172_12031866.jpg
c0168172_12032307.jpg
c0168172_12033051.jpg
c0168172_12033628.jpg
c0168172_12034274.jpg
c0168172_12034753.jpg
c0168172_12035323.jpg
c0168172_12035954.jpg
c0168172_12040568.jpg
c0168172_12041786.jpg
c0168172_12042386.jpg
c0168172_12042807.jpg
c0168172_12043460.jpg
c0168172_12044505.jpg
c0168172_12045360.jpg
c0168172_12050140.jpg
c0168172_12050794.jpg
c0168172_12051403.jpg
c0168172_12052137.jpg
c0168172_12052842.jpg
c0168172_12054953.jpg
c0168172_12055958.jpg
c0168172_12060680.jpg
c0168172_12061395.jpg
c0168172_12062090.jpg





by hologon158 | 2018-12-31 12:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

766.00 ホロゴン外傳248「2018年6月27日バルター50㎜F2.3が奈良町にご挨拶」1 この瞬間を楽しむ!



時々、とても不思議に思うことがあります。

私はさまざまなアートを楽しみます。
音楽を聴き、絵画に感動し、
偉大な建造物に驚異を覚えます。
私は2つのブログ記事を作成するためもあって、
かなり長時間マックに向かいます。
この作業のバックグラウンドミュージックということで、
CDをかけることもありますが、
いちいちCDを交換するのが面倒なので、Youtubeで間に合わせます。

最高のお気に入りは、グレン・グールドとマルタ・アルゲリッチ。
数知れず掲載されています。
CD音源もどっさりありますし、
演奏シーンもたっぷり見ることができます。
二人とも実にフォトジェニック。

書斎の短辺一杯に作り付けた書棚の棚に、
親友のWKさんが制作した小型スピーカーを2.5mほど離して置き、
サンスイの中古プリメインアンプで鳴らしています。
総額8万円ほどのごく安価なセットですが、
タンノイやJBLのビンテージスピーカーよりも自然で生き生きとした、
クリアーそのものサウンドがふっくりと部屋を満たします。
ついそこに、グランドピアノがおかれて、マルタが居て、
あたたかでしなやかで、それでいて比類なく豪快な音楽を、
この場で私一人のために演奏してくれている、
そんな感じさえします。

Youtubeでさえそうなのでしから、
CD(レコードならさらに)をかけると、
書斎はさらにビビッドな演奏空間と化します。

そんな悦楽空間にすっぽりはまりこんで、
ブログを書くとさぞかし捗るだろうと思われるかも知れませんが、
つい音楽に聞きほれてしまい、
さらにYoutubeで貴重な音源を探してしまいます。
ブログの1記事のために、50から100枚の写真をまず選択し、
ブログ用に小型化し、登録する作業はかなり大変なので、
どうしても音楽に関心が傾いてしまうのでしょう。

こうした掲載用ファイルへの改変作業で写真をしっかり見ているので、
最近までは、記事作成が完了すると、もう、見直したりせず、
別の仕事に移っていました。
いつか見直すことがあるだろうという思いで。

でも、気がついてみたら、2つのブログの記事は1万を超し、
掲載写真は10万を優に超してしまいました。
とても読み直すことなどできそうにありません。

その上、エキサイトは近い将来ブロから撤退する、
そう噂されていることを小耳に挟みました。
一定の予告期間を置いて終了を告示し、
ユーザーはその期間中に他社のブログにデータを移し変える作業を
終えざるを得なくなるのだそうです。
でも、私のブログのデータを受け入れてくれるブログなんてあるでしょうか?
ないでしょうね。
もしこんなことが起これば、
私は、これからの生涯にわたり、エキサイトブログを楽しむつもりでいたのに、
すっかりアテが外れてしまうことになりそうです。

それでも、この世界で一番立ち直りが速いと言われてきた私です。
ただちに考え方を一変させました。
画家、音楽家のような芸術家たちの仕事、パフォーマンス、
これもまさに一過性です。
画家が描いた絵は人にわたり、
二度と画家の目の前に現れることはないでしょう。
音楽家たちは演奏が終われば、
どんなに入神、入魂の偉大な名演でも、二度と帰ってきません。
レコードやCDは哀れなほどに貧弱な再生でしかありません!
画集なんて、本物の絵の何百分の一も再現できていません。

画家や演奏家は自分の芸術を創造する瞬間の喜び、興奮、
エクスタシー、入神の体験の記憶を心の奥底に溜めながら生きていくのでしょう。

私のブログはアートでもない、ただのがらくたおもちゃ箱ですが、
私にとってはすべてが思い出そのものです。
全部とは言いませんが、ほとんど覚えています。
たっぷりと思い出と感慨に耽りながら、
ブログライフを楽しむことにいたしましょう。

そこで、私にとってはこれまでにない新機軸を考案。
記事をアップした後、記事を最初から最後まで丁寧にたどってみましょう。
そして、心の中に今掲載した写真データを撮影した日、
その一つ一つのロボグラフィとの出会いの瞬間も思い出すことにしましょう。

それに、今ふっと思ったことですが、
エキサイトブログが終焉を迎える心配をしている内に、
自分の方が先に終焉を迎える可能性だったある!
「案ずるより死ぬが速し」
そうか?
じゃ、エキサイトブログが無くなることなんて、
そんなに心配しなくていいんだなあ。

時折ネットでいきなり死亡記事に出会うことがあります。
物故者の年齢がほとんどの場合自分より年下なのです。
まだそんな歳じゃないのに、そんな私よりも早く大団円に突入してしまう、
そんな有名人がなんと多いことでしょうか?

私は信仰がありません。
つまり、私には、今生きているこの一生しかないのです。
すべての人に終焉があります。
もしかすると、運命はあらかじめ決まっているかも知れません。
でも、私は実は運命も信じません。
宇宙のすべての因子が絡み合い、
とどまることを知らない玉突き事故を体験しているようはものです。

そして、今この瞬間の出来事を起こした因子は、
実のところ宇宙全体かも知れないのです。
果てしない遙かなる過去のある瞬間に、
私は、ある日妻と出会い、
あるとき、ホロゴンウルトラワイドと出会ったのですが、
そんな決定的瞬間を決めた淵源は、
数億年前のいくつもの離れた場所で、いくつもの瞬間に起こった、
さまざまな出来事なのかも知れないけど、
実のところ、上記の出会いの直前にあるスペシャルな因果が、
稀なる事故によって挿入されたため起こったのであって、
そのスペシャルな割り込みがなかったら、起こらなかったかも知れない。

このように考えると、私たちにできることはたった一つしかないのです。

今、この瞬間を楽しむ!

明日のことを思い煩っても仕方がないのです。
私のそんな思い煩いとは無関係になにかが起こる可能性が常にあるからです。
計画を立て、周到に準備する、これは当然です。
そんな努力が人生を築いていくのですから。

でも、計画どおりには行かないことを忘れず、
なにが起こっても、それを心行くまで楽しみ、
起こらなかったことを思い煩うことはしない。
そんな風に生きたいものですね。

そんな人生に豊かな彩りを備えてくれるのがアートですね。
アートの最大の利点は、私の心をなにかに没頭、没入させてくれることです。
アートに心を遊ばせ、ブログ記事作成によって、自分の人生の一こまを記録しながら、
日々の瞬間を自分のやりたいこと、見たいこと、聴きたいことで埋めつつ生きる、
そうしたいものですね。



c0168172_14591877.jpg
c0168172_14593495.jpg
c0168172_14594124.jpg
c0168172_14594722.jpg
c0168172_14595865.jpg
c0168172_15001538.jpg
c0168172_15002470.jpg
c0168172_15003086.jpg
c0168172_15003541.jpg
c0168172_15004089.jpg
c0168172_15005273.jpg
c0168172_15005825.jpg
c0168172_15010423.jpg
c0168172_15010901.jpg
c0168172_15011590.jpg
c0168172_15012599.jpg
c0168172_15013033.jpg
c0168172_15013768.jpg
c0168172_15014278.jpg
c0168172_15014742.jpg
c0168172_15015334.jpg
c0168172_15015913.jpg
c0168172_15022127.jpg
c0168172_15023352.jpg
c0168172_15024592.jpg
c0168172_15025171.jpg
c0168172_15025766.jpg
c0168172_15030369.jpg
c0168172_15031962.jpg
c0168172_15032522.jpg
c0168172_15034644.jpg
c0168172_15035249.jpg
c0168172_15035939.jpg
c0168172_15060611.jpg
c0168172_15061534.jpg
c0168172_15062233.jpg
c0168172_15063471.jpg
c0168172_15064028.jpg
c0168172_15064797.jpg
c0168172_15065408.jpg
c0168172_15070062.jpg
c0168172_15070739.jpg
c0168172_15071311.jpg
c0168172_15071929.jpg
c0168172_15073054.jpg
c0168172_15073655.jpg
c0168172_15074297.jpg
c0168172_15074825.jpg
c0168172_15075543.jpg
c0168172_15080535.jpg
c0168172_15081303.jpg
c0168172_15082041.jpg
c0168172_15082730.jpg
c0168172_15084753.jpg
c0168172_15085718.jpg
c0168172_15091098.jpg
c0168172_15091772.jpg
c0168172_15092901.jpg
c0168172_15093912.jpg
c0168172_15094582.jpg
c0168172_15095239.jpg
c0168172_15100098.jpg





by hologon158 | 2018-12-29 15:12 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

765.00 美との対話13「2018年12月28日ベラスケスの神秘の肖像画たちに讃美あれ!」



「ラス・メニーナス(女官たち)」をご覧になったことがありますか?
マドリードのプラド美術館の至宝、というより、世界の至宝ですね。

私はこの世の至宝とも言うべき美術史上の最高傑作を
いくつか観ることができました。
私にとっては、その記憶は薄れることのない生涯の宝物になっています。

 ベラスケスの「ラス・メニーナス」 マドリード・プラド美術館
 ファン・エイク兄弟の「祭壇画」  オランダ・ヘント
 フェルメールの「デルフトの眺望」 ベルギー・デルフトのマウリッツハイス美術館

内2つをとれと言われたら、「ラス・メニーナス」と「デルフトの眺望」
でも、1つに絞れと言われたら、そんな要求をする人を蹴飛ばしてしまうでしょう。

「ラス・メニーナス」を展示してある暗い部屋に入ったときのことを、
私は忘れることができません。
3.18m×2.76mという大作です。
タイムマシーンでベラスケスが描いている部屋に入り込んだ!
そう直感したのです。
それほどに人物たちが生彩溢れる姿で目に飛び込んできたのです。

彼が「ラス・メニーナス」を描かなかったとしても、
彼は十指をもって数え切れないほどの、
神々のごとき偉大な画家たちのパンテオンに列する画家の一人。
でも、「ラス・メニーナス」を描いたことによって、
ベラスケスはその頂点に立つ存在になった!
私はそう信じます。
もちろんベラスケスに勝るとも劣らない人が幾人か居ます。
人によって挙げる画家は違うかも知れません。
でも、「ラス・メニーナス」をひとたび観たなら、
ベラスケスの偉大さを認めないわけにはいかない。
私はそう確信しています。

彼が描いたもう一つの大作が、「ブレダの開城」
これはさらに大きくて、横3m70、縦3m05もあります。
実に堂々としたモニュメンタルな大作ですが、
勝利者であるスペイン軍の将軍アンブロジオ・スピノーラは、
へりくだりつつ門の鍵を差し出す敗将の肩に手をやります。
その花も実もあり武人の姿がこの絵の価値を高めています。

そして、この絵にはとてもおかしな部分があるのです。
スピノーラうしろに控える部将らの内の貴族が一人、
オランダ軍の敗将のうしろに控える銃兵らしき将校が一人、
どちらも脇見をしていて、しかも、その姿、表情から、
脇見の対象ははっきりと画家であることを暗示している、
そんな風に感じられるのです。
というのは、その仮想上の画家を見つめるもう一人の人物を
描き加えているのですが、この人物、実は画家自身なのです。
そのまことにさりげないたたずまいが笑いを誘います。
画家が画家自身を見つめている仕掛けに得意を感じている、
そんな風情。
どうやら、こういうことではないでしょうか?
現場にいなかったベラスケスが自身をこの事件の当事者に仕立て上げ、
しかも、絵の中でそのことを自白しているのです。

そうすると、ベラスケスという人間が浮き上がってくる感じがします。
じゃ、こういうことじゃないのでしょうか?
彼は、「ラス・メニーナス」でも、王室の誰よりもくっきりと、
自分の姿を描き込んでいるのです!
どちらも極めて公的な主題なのに!
なぜ?
彼は、自分が自分の絵のモデルたちよりも、
はるかに重要な人間であることをすでに知っていたのです!

上記は、私が今思いついた、いわば単なる「思いつき」です。
でも、なんだか間違っていない、という感じがします。
代表作2作に仕掛けた、極秘のウィット。
ベラスケスという人を理解するうえで、
とても重要な「描き込み」、という感じがしてなりません。

このような画家が他にいたでしょうか?
彼は自分の作品がどちらも美術史だけではなく、
ヨーロッパの歴史に残る大作であることも知っていたのです。
そこで、彼はそんな歴史の大舞台に自分自身の姿も遺したい、
そうして、自分がそのことを知っていたことを後世に知らせたい、
密かにそう目論んで、
まんまと実行し、かつ成功してのけたのではないでしょうか?

ベラスケスには、心の底から仰天するような力作、大作が、
他にも沢山ありますが、もっとも瞠目すべき傑作は、
私はこれだ、と、はっきり確信する作品があります。

「ファン・デ・パレーハ」

自分の弟子を描いたポートレート作品。
どうも黒人らしい風貌です。
昔、どこかで読んだ話ですが、
ベラスケスは暗く仕組んだ舞台に2つの額を並べました。
どちらも黒人の肖像画です。
ところが、その一つはモデル自身で、
誰もその区別をすることができなかった!
この絵だったら、それは実話だったんだなあ、
そう思わせる見事に生彩溢れる仕上がりです。
それが実話かどうかはともかくとして、
そんな逸話が生まれても不思議はない、そんな風に思わせる、
なんとも生彩溢れる活き活きとした表情ではありませんか?

しかもよく観れば、明らかですが、
この17世紀の画家は、精密に生き写しを作ろうとしていません。
随分ざっくりと大きく筆を使っています。
そして、あんまり色を重ねず、あっさりと描き切って、
しかるべき位置に立つと、
生命感溢れる現実存在が立ち上がってくるのです。

ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、レンブラント、
フェルメール、セザンヌ、ピカソ等々、
美の巨人たちに比較しますと、知名度は少し落ちる感じがします。
時というふるいがさらに働くことで、
ベラスケスの存在はさらにさらに大きく高くそびえ立つだろう、
私はそう確信しています。




c0168172_21554969.jpg
c0168172_21555705.jpg
c0168172_21560273.jpg
c0168172_21560853.jpg
c0168172_21562176.jpg
c0168172_21562721.jpg
c0168172_21563741.jpg
c0168172_21570319.jpg
c0168172_21571096.jpg
c0168172_21571761.jpg
c0168172_21572289.jpg
c0168172_21572947.jpg
c0168172_21574050.jpg
c0168172_21580314.jpg
c0168172_21581193.jpg
c0168172_21581706.jpg
c0168172_21582204.jpg
c0168172_21583627.jpg
c0168172_21584447.jpg
c0168172_21585159.jpg
c0168172_21585866.jpg
c0168172_21592332.jpg
c0168172_21593159.jpg
c0168172_21593955.jpg
c0168172_21594753.jpg
c0168172_21595546.jpg
c0168172_22000253.jpg
c0168172_22000942.jpg
c0168172_22004324.jpg
c0168172_22005170.jpg
c0168172_22011708.jpg
c0168172_22012691.jpg






by hologon158 | 2018-12-28 22:10 | 美との対話 | Comments(0)

764.00 ホロゴン外傳247「2018年6月25日エンラージングアナスチグマート50㎜F3.5のアメリカ村」



1998年制作、監督スティーブン・スピルバーグの、
映画「プライベート・ライアン」
ネットの紹介記事にはこう書かれています、

「第2次世界大戦を題材に、
過酷な戦地での男たちの友情と生き様を描いたヒューマンな戦争映画。
戦場の殺戮を徹底したリアルさで再現し、
ドキュメンタリー映画の迫力さえ帯び話題となった。」

別の記事に関係者のコメントが見つかりました。
「私は観衆を舞台に上げ、実戦を見たことがない子供達とともに、
オマハビーチの丘を駆け上がって欲しかったのです。
(死体の数を減らすなど)映画の質を落としたり、受け入れやすいものしたり、
実際に起こったことを消し去るようであるならば、
それは映画全体で伝えようとしていることを大きく貶めることになります。」
(スティーヴン・スピルバーグ監督)

「この映画ができて、とてもうれしい。
アメリカ人の誰もがこの映画を見て、
次に若者たちを戦場に送る際には、
彼らをどういう場所に押し込もうとしているのかわかった上で
そうすることを祈りたい。」
(スティーヴン・アンブローズ、歴史家、
「プライベート・ライアン」アドバイザー)

この映画をご覧になったことがありますか?
私は10分と見続けることができませんでした。
腕が、頭が血を吹いて吹き飛ぶ、腹が爆発する、
そんなシーンを正視することができませんでした。
子供達も、この映画を観て、
オマハビーチの丘を駆け上がることができたでしょうか?
途中で自分が敵弾を受けて粉々になる気分を味わったのでは?

子供たち、若者たちがこんなシーンを観て、
戦争の悲惨さを学び、反戦の気持ちをしっかりと心に育てる、
そんな風に心が働くでしょうか?
私はそうは思わないのです。
ゲームショップというのでしょうか?
若者たちがパソコンゲームに夢中になっているのを見たことがあります。
バケモノたちと戦ったり、
群がる敵を殺戮し、敵の罠をぶっとばし、
あらゆるものを破壊しながら前進して行くシーンが果てしなく続きます。
「プライベート・ライアン」同様に凄惨そのもののリアル表現。
だから、子供たちは、戦争ゲームを嫌いになるでしょうか?
ならないんじゃないでしょうか?

映画は現実ではないのです。
反戦映画も戦闘ゲームもどちらもただの画像に過ぎません。
どんなにリアルに描いても、結局は映像なのです。
人間は刺激を受けると、さらに強い刺激をもとめる傾向があります。
下手をすると、
もっともっと殺戮や破壊のエクスタシーを求めるようになるだけでは?

以前、ある集まりで、戦争体験の話になったとき、
一人の老人が、太平洋戦争末期、まだ小学生だったけど、
家の裏の竹やぶに潜む米兵を見つけて殺したといきなり話しました。
その目にはある種のエクスターが宿り、
この体験は彼の大切な思い出になっていることは明らかでした。
人を殺したことが彼にとって貴重な人生経験になっているのです。
何も返答できなかったことを覚えています。

私は人を殴ったことも、殴られたこともない人間です。
おっと一度だけありました。
結婚して2年あたりの頃でしたか、
愛妻と何か喧嘩したとき、ほっぺをパチンとしてしまった!
これは生涯悔やむ失敗でした。
一生頭が上がらなくなってしまったのですから。
おっと、これは余談。

私が言いたい事、それは、
ビジュアルな残酷表現が反戦思想を子供たちに植え付ける、なんて、
私には大きな思い違いであり、完全な夢想であり、
むしろビジネスのためのキャッチコピーに過ぎない、
私はそう考えます。
その証拠に、歴史上、現実に戦争に参加した人々は無数ですが、
その人たち全員が例外無く反戦思想を抱いたでしょうか?

スティーヴン・スピルバーグ監督のように、
実戦と区別のつかない戦闘シーンなど一切描くことなく、
反戦への最上のアピールを表現しえた映画製作者は沢山居ます。
デビット・リーン監督の「戦場にかける橋」もその一つ。
スピルバーグ監督自身の「シンドラーのリスト」だってそうです。
映画全体が戦争の悲惨を観る人に痛感させます。
反戦映画としてはるかに上質ではないでしょうか?

過激する戦闘シーンが引き起こす様々な心理状態が、
「戦争は絶対にしてはならない」という確信を導き出す保証はありません。
表現すべきは戦争の悲惨であって、戦場の悲惨ではないのです。

ちょっと汚い喩えですが、
たとえば、あなたの子がお漏らしを続けたとしましょう。
あなたはそのお漏らしで濡れたパンツを子の顔に押し付けて、
「汚いだろ!!?
気持ち悪いだろ!!?
今度やったら、そのたびに、こうするからな!!
忘れちゃ、ダメだぞ!!
分かったか!!」
こんな感じになりかねません。
下手をすると、お漏らしをさらに悪化させかねません。

エホバの神は、絶対に守るべき戒めとして、
「汝、殺すなかれ!」と命じました。
イエスさまはおっしゃいました、
「汝の敵を愛せ」
「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出しなさい」
この2000年間、
この言葉を文字通り実践したキリスト者が何人居たでしょう?

戦争を防ぐためには、戦争の原因となるさまざまな紛争を、
戦争に至る前になんとかして解決することしかありません。
戦争行為に対する忌避の感情は、
紛争が激化したときに起こる敵への憎悪や正義感のエキサイトを
打ち消す力はありません。
スピルバーグ監督はそのあたりを理解していないようです。

庶民は絶対に戦争など起こしません。
国家が戦争を始めたら、
庶民は兵士としての徴用を逃れることはできません。
戦争を防ぎたかったら、庶民の忌避感情を育てるより、
政治的、思想的な努力をするほかはないのです。
国家そのものを変革する、国際関係の改善に努める、
そんな持続的な努力だけが戦争を回避させるのではないでしょうか?

さて、今回は、やっぱりダルメイヤーレンズのロボグラフィです。
引き伸ばしレンズのようです。
レンズ改造名人宮崎貞安さんにライカマウントに改造して頂きました。
ダルメイヤーらしい柔らかさを基調とするレンズです。
使えば使うほどに、いぶし銀のような落ち着きのある雰囲気に、
心をやさしくマッサージしてもらっているような気分を覚えます。
現代レンズの対極にある、そんな感じがあって、
いつもながら、私の心はこのレンズの地味な滋味に洗われる思い。
こじつけて言わせていただきますと、
「プライベート・ライアン」とは正反対のプロデュース。
ぜんぜん無理をしていませんね。




c0168172_23201473.jpg
c0168172_23202037.jpg
c0168172_23202774.jpg
c0168172_23203643.jpg
c0168172_23204317.jpg
c0168172_23204990.jpg
c0168172_23205577.jpg
c0168172_23210018.jpg
c0168172_23210556.jpg
c0168172_23211018.jpg
c0168172_23211595.jpg
c0168172_23212117.jpg
c0168172_23212652.jpg
c0168172_23214057.jpg
c0168172_23214658.jpg
c0168172_23215111.jpg
c0168172_23215644.jpg
c0168172_23220224.jpg
c0168172_23220729.jpg
c0168172_23221940.jpg
c0168172_23222868.jpg
c0168172_23223367.jpg
c0168172_23223932.jpg
c0168172_23224422.jpg
c0168172_23225310.jpg
c0168172_23225854.jpg
c0168172_23230408.jpg
c0168172_23231367.jpg
c0168172_23231843.jpg
c0168172_10395505.jpg
c0168172_10421965.jpg
c0168172_10423230.jpg
c0168172_10423923.jpg
c0168172_10424563.jpg
c0168172_10425770.jpg
c0168172_10430365.jpg
c0168172_10430929.jpg
c0168172_10431665.jpg
c0168172_10432295.jpg
c0168172_10432801.jpg
c0168172_10433728.jpg
c0168172_10434447.jpg
c0168172_10435385.jpg
c0168172_10441040.jpg
c0168172_10441977.jpg
c0168172_10450784.jpg
c0168172_10455604.jpg
c0168172_10460654.jpg
c0168172_10461420.jpg
c0168172_10462034.jpg
c0168172_10462915.jpg
c0168172_10463738.jpg
c0168172_10464367.jpg
c0168172_10465286.jpg
c0168172_10475147.jpg
c0168172_10475862.jpg
c0168172_10480521.jpg
c0168172_10481501.jpg
c0168172_10482286.jpg
c0168172_10483141.jpg
c0168172_10484436.jpg
c0168172_10485125.jpg
c0168172_10490192.jpg
c0168172_10490985.jpg
c0168172_10491529.jpg
c0168172_10492138.jpg
c0168172_10492948.jpg
c0168172_10493599.jpg
c0168172_10494244.jpg
c0168172_10495014.jpg
c0168172_10495781.jpg
c0168172_10500340.jpg
c0168172_10500944.jpg
c0168172_10502547.jpg
c0168172_10503913.jpg
c0168172_10504713.jpg
c0168172_10505472.jpg
c0168172_10510545.jpg
c0168172_10511401.jpg
c0168172_10512256.jpg
c0168172_10513145.jpg
c0168172_10514057.jpg
c0168172_10514776.jpg
c0168172_10515640.jpg
c0168172_10520581.jpg
c0168172_10521218.jpg
c0168172_10522432.jpg
c0168172_10544045.jpg
c0168172_10544943.jpg
c0168172_10545985.jpg
c0168172_10550998.jpg
c0168172_10551713.jpg
c0168172_10552606.jpg
c0168172_10553423.jpg
c0168172_10554115.jpg
c0168172_10554823.jpg
c0168172_10555562.jpg
c0168172_10560231.jpg
c0168172_10560953.jpg






by hologon158 | 2018-12-27 10:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

763.00 美との対話12「2018年12月23日比類無き美の創造者ピカソに圧倒されて」



ピカソは生涯に一体どれだけの創作をしたのか?
さまざまな議論があるようです。
ウィキペディアによれば、
生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、
300点の彫刻と陶器を制作したとされています。
このように、作品の数が研究対象になるあたりがピカソとフェルメールの特徴。
ピカソはそのあまりの多さに、
フェルメールはその少なさに、関心が集まったようです。

でも、結論から言えば、ピカソの創作数は謎の謎と言って良いでしょう。
ウィキペディアが丸い数で統計していることからも明らかなように、
議論される数はどうしても丸い概数になります。
当然です。
ピカソ自身は、自分の制作をカウントしていたのでしょうか?
彼の創作態度は奔流のようなものです。
冷静にカウントするなんてしたはずがない。
だとすると、その場にいない誰かがどうやって記録できたのですか?

上記の丸めた数だけでも大変なものです。
1892年、ラ・コルーニャの美術学校に入学したとのことですから、
これを創作開始時期と仮定し、
死ぬまで描いたと仮定すると、終期は1973年4月8日。
丸い数にして、80年連続して創作したとしましょう。
すると、29200日(閏年無視)。
ウィキペディアの推定総数は14万7800点。
つまり、毎日休みなく創作しても、一日5点!
旅行とか病気とか、1点も創作できない日もあったでしょうから、
実際には、さらに沢山の創作を日々重ねないと、ノルマは達成不能。

かなり以前にドキュメンタリーを観ました。
ピカソがアクリルの透明板に絵を描く姿を撮影したものです。
透明板ごしに撮影されているのです。
描いては消し、書いては消しと、めくるめく万華鏡さながら。
そのスピードは圧倒的、見ている方で笑い転げてしまうほど。

ピカソの心と体はどんな風に出来ていたのでしょうね?
アートにおける偉大な天才たちの誰とも同じで、
お互いにも誰とも似ていなかったでしょう。
つまり、私たちにはまったく想像もつかない心と体。

とりわけピカソは怒濤のような創作衝動に突き動かされて、
まさに憑かれたように筆を走らせたのでしょう。
ピカソにはかなり確然と画風を変革していったようです。

ピカソの絵をピックアップして並べてみましょう。
そして、彼の作品をずらりと通観してみますと、
どんな時期の絵にも、歴然とピカソの手が感じられる、
そうではありませんか?
ほとばしるような勢いは不変です。
内からわき上がって来る力感も不変。
当たり前です。
作風は違っていても、
画家は一貫してピカソを生きたのですから、
ピカソはどこまでもピカソだった!
そうではありませんか?





c0168172_22183614.jpg
c0168172_22184212.jpg
c0168172_22184887.jpg
c0168172_22185452.jpg
c0168172_22190574.jpg
c0168172_22191154.jpg
c0168172_22191614.jpg
c0168172_22192266.jpg
c0168172_22193672.jpg
c0168172_22194190.jpg
c0168172_22194687.jpg
c0168172_22195296.jpg
c0168172_22195744.jpg
c0168172_22200757.jpg
c0168172_22201226.jpg
c0168172_22201962.jpg





by hologon158 | 2018-12-24 22:21 | 美との対話 | Comments(0)

762.02 ホロゴン外傳246「2018年6月13日スピードパンクロ50㎜F2奈良町で華麗に舞い」2 パレイドリア



パレイドリア
この言葉を聞かれたことがありますか?
ウィキペディアを引用しますと、
「パレイドリア(英: Pareidolia)とは、心理現象の一種。
視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、
普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず
心に思い浮かべる現象を指す。」

火星、月、太陽でなにか不思議な形態を見つける人がいます。
YouTubeにはそんな情報が一杯見つかります。
私も暇なときにはあちこち物色して、楽しみます。
私にも納得できるものがあるからです。
いくつか、紹介しましょう。

① 火星での岩壁に刻まれた巨像

NASA Rover finds Egyptian Statue on Mars?!
https://www.youtube.com/watch?v=MvOWnkJHHBI&list=PL1kIeRJejsQZvezbI-xHzoqizem8BhMjK&index=75 

妻が購入した講談社図鑑「宇宙」だったと思いますが、
そこにも上記の写真が火星の地表の紹介写真として掲載されていました。
エジプトの有名なラムセスの彫像に少し似ています。
(https://www.ab-road.net/CSP/img/INF/SIGHT/87/000387/000387_x.jpg)

② 月面の塔

https://www.youtube.com/watch?v=tqNzE8q2kks
The Moon Exposed! MILES HIGH Tower Discovery & Much More!

グーグルアースであなたも見ることができます。
およそ4マイルもの高さがあります。


③ 太陽表面近くの超巨大な物体

Huge Sphere in Sun's Corona! 2017-05-02
https://www.youtube.com/watch?v=AETdemdDeos

8/31あたりで拡大されて見ることができます。
太陽表面に接近した暗黒の球体。
超巨大な触手のようなものが伸ばされて、
太陽表面に突き刺ささっているような感じ。
球体は突然その黒い触手を引っ込めて太陽表面から離脱します。
その衝撃が太陽表面にさざ波のような波紋を起こしてるように見えます。
これも幾人もの方が記事を書いていますので、
オリジナルはNASAあたりの観察ビデオのようです。
(https://tocana.jp/2016/01/post_8702_entry.html)

④ 火星の3つの塔

【衝撃】移住時に使用可能?火星にて超巨大なタワーを3つ発見で世界が震えた! 
https://www.youtube.com/watch?v=-dckomWduqA

これもあなたご自身でグーグルマーズで見ることができます。

こんなものが幾つも幾つも見つかります。
発見者は地球外生物の証拠を見つけたと勢い込んで、
ネットに報告しているわけです。

でも、NASAは一切「ノーコメント」
もしくは、⑤についてのNASAの回答は、例によって、
「単にパレイドリアに過ぎず、なんらかの人口の塔ではない。」

私は、上記の現象、写真が、
「視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、
普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず
心に思い浮かべる現象」に過ぎないとは思えません。
たとえば、最後の3つの塔ですが、「本来そこには存在しない」とすれば、
600mと算定される構造物らしきものが写真に写っているにもかかわらず、
そこには現実には「存在しない」のでしょうか?
定規を当ててご覧になったら分かります。
完全に一直線上に等間隔に並んでいる!
カメラのレンズが映し出したものだから、そこにそれはあるのです!
NASAが、「人口の塔ではない、なんらかの自然物なのだ」と、
主張するのであれば、まだ分かります。
その場合には、NASAは、自然物なので調査するに値しないと判断する理由を
説明すべきです。

私は上記のすべてについて、自然の出来事ではない何かが写っている、
そう考えています。
でも、実のところ、私は自分の写真、ロボグラフィにおいて、
私の撮りたいものを写真に収めるにあたり、
一番活用しているのが、このパレイドリアなのです。
私は、私が赴くところには、まさにパレイドリアが盛んに起こっている、
つまり、私は、自分が見たものに、
客観的に存在しないものを見るのが大好きなのです。
ほとんどの写真家は、とくに風景写真においては、
そこに現に生起しているけど、カメラに収めるのが大変に難しい光景、
たとえば、かぎろい(陽炎)を写真に収めたいと苦心惨憺されます。
ここだけの話、本当に起きている自然の美は、現実に撮影不可能です。
たとえば、日の出にせよ、夕焼けにせよ、あなたが現実に遭遇した光景は、
荘厳、神秘に満ちた究極の美として記憶しておられるのではありませんか?
アンセル・アダムズのような偉大な風景写真家の名作でも、
現実にそこにあった荘厳、神秘の十分の一も捉えていません。
写真としてたとえようもなく美しい、だけど......

ところが、私のロボグラフィは違います。
そこには、そんな美も神秘も不思議もないのです。
でも、私に向かってメタモルフォーゼを起こしてくれるレンズがあって、
そんなレンズで撮ると、そこにはなにかしら不思議なイメージが見つかる、
そこにはなかったかも知れないが、ある種のレンズなら作りだしてくれる、
私ごのみの雰囲気、気配。

私は、だから、
自分のロボグラフィを写真世界のコンセプトとしては認めていません。
私一人だけのための遭遇メモ。
私にはなにかが見えています。
でも、私が写真を人に見せていた当時も、私の写真など鼻にもひっかけない、
そんな写真家がほとんどでした。
何撮ってるの?
これが何なの?
訳がわからない!

ですから、私は人に、
「私の写真を観て、楽しんでください」
「分かってください」
などと要求し、希望したりするつもりは一切ありません。
私がパンタッカーやスピードパンクロに夢中になる訳を理解してもらおう、
という積もりもありません。
まず「見てください」とさえも望みません。
本心をありていに言えば、
「ま、ほっといてくださいね」





c0168172_20144921.jpg
c0168172_20145856.jpg
c0168172_20150564.jpg
c0168172_20151042.jpg
c0168172_20152083.jpg
c0168172_20152669.jpg
c0168172_20153799.jpg
c0168172_20154373.jpg
c0168172_20154997.jpg
c0168172_20155407.jpg
c0168172_20160212.jpg
c0168172_20160881.jpg
c0168172_20161438.jpg
c0168172_20162528.jpg
c0168172_20163050.jpg
c0168172_20163683.jpg
c0168172_20164339.jpg
c0168172_20164995.jpg
c0168172_20165633.jpg
c0168172_20170138.jpg
c0168172_20170701.jpg
c0168172_20171409.jpg
c0168172_20172244.jpg
c0168172_20172989.jpg
c0168172_20173519.jpg
c0168172_20174297.jpg
c0168172_20174882.jpg
c0168172_20175463.jpg
c0168172_20180038.jpg
c0168172_20180889.jpg
c0168172_20181432.jpg
c0168172_20182134.jpg
c0168172_20182819.jpg
c0168172_20183487.jpg
c0168172_20183913.jpg
c0168172_20184683.jpg
c0168172_20185167.jpg
c0168172_20185679.jpg
c0168172_20190315.jpg
c0168172_20190979.jpg
c0168172_20192229.jpg
c0168172_20192876.jpg
c0168172_20193379.jpg
c0168172_20194372.jpg
c0168172_20195020.jpg
c0168172_20195847.jpg
c0168172_20200650.jpg
c0168172_20201807.jpg
c0168172_20202426.jpg
c0168172_20203382.jpg
c0168172_20203943.jpg
c0168172_20204676.jpg
c0168172_20205221.jpg
c0168172_20205907.jpg
c0168172_20210915.jpg
c0168172_20211536.jpg
c0168172_20212294.jpg
c0168172_20213089.jpg
c0168172_20213656.jpg
c0168172_20214521.jpg
c0168172_20215427.jpg
c0168172_20220432.jpg
c0168172_20221355.jpg
c0168172_20222211.jpg
c0168172_20223189.jpg
c0168172_20224167.jpg
c0168172_20224845.jpg
c0168172_20225953.jpg
c0168172_20231190.jpg
c0168172_20231950.jpg
c0168172_20232878.jpg
c0168172_20234057.jpg
c0168172_20234934.jpg
c0168172_20240781.jpg
c0168172_20241875.jpg
c0168172_20242791.jpg
c0168172_20243441.jpg
c0168172_20244119.jpg
c0168172_20245568.jpg
c0168172_20250467.jpg
c0168172_20251288.jpg
c0168172_20255205.jpg
c0168172_20260251.jpg
c0168172_20261423.jpg
c0168172_20262182.jpg
c0168172_20262802.jpg
c0168172_20263616.jpg
c0168172_20264729.jpg
c0168172_20265814.jpg
c0168172_20274453.jpg
c0168172_20275024.jpg
c0168172_20275802.jpg
c0168172_20280678.jpg
c0168172_20281223.jpg





by hologon158 | 2018-12-23 20:30 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

762.01 ホロゴン外傳246「2018年6月13日スピードパンクロ50㎜F2、奈良町で華麗に舞い」1 難問中の難問



今回は、中将姫光学さんからお借りしたダルメイヤーの名玉、
スピードパンクロ50㎜F2との最後の日々の記録です。
大事な借り物なので、なるべく近場で使うことにしていました。
でも、今から考えると、
もっと京都、大阪でも撮っておいたら良かった!
さまざまな場所、さまざまなもので描写性を確かめたら良かった!

私が所有する50㎜レンズの最高峰は言わずと知れた!
でも、あまり人の知らない!
アストロ・ベルリンのパンタッカー50㎜F2.3

スピードパンクロ50㎜F2と比較すると、
レア度、名声度いずれをとっても、
もちろんパンタッカーはとても及びません。
スピードパンクロ光彩陸離を絵に描いたような描写性もスペシャル。

パンタッカー50㎜F2.3はそんな描写力を競うつもりはなさそう。
このレンズの特質は、深遠な幽玄性にこそある、
私はそう信じています。

ですから、苛酷な問いですが、
神様からこう問われるとしましょう、
「どちらでもよい、欲しいと思う方を手元に残していいよ」
私がおずおずと、
「でも、スピードパンクロは中将姫光学さんの所蔵ですが....」
神様、にっこりお笑いになって、
「いいんだよ。
中将姫光学さんの方は私の方で適当に処理しておくよ」
神様のお力なら、
中将姫光学さんと穏便に折り合いを付けるのは簡単だろうな。
そう考えて、私、急にしぶとくなって、
「じゃ、どっちも手元に残したいとお答えしたら、
神様、どうなさいますか?」
実はこれが本心なのです。
神様、急に渋い顔になられて、
「きみぃ....., 調子に乗ったらいけんよ!!」
神様、どこの出身だろ?
というような疑問はそっちのけにして、
私も居ずまいを正して、真剣に思案を巡らしました。
そして、きっぱりと、
「神様、折角のありがたいご提案ですが、
やっぱりパンタッカーの方を選ばせていただきます。」
神様、にわかに相好を崩して、ニターリ、気味の悪い笑顔で、
「やっぱりな、そう来るじゃろうと、思っとったバイ」

なんだか、この方、神様に化けた悪魔だったかもしれません。
でも、神でも悪魔でもない私ですが、
実は、この問いは、スピードパンクロ50㎜F2を使うたびに、
常に私の心の中を過ぎったものでした。
回答はいつも決まっていました。
スピードパンクロ50㎜F2を使っているときは、「このレンズだ!」
パンタッカー50㎜F2.3を使っているときは、「いや、やっぱりこれだ!」

人間って、そんなに単純なものじゃないし、
名レンズは限りなく存在する、
これがこの世の真実なのでしょうね。




c0168172_16264496.jpg
c0168172_16264938.jpg
c0168172_16265618.jpg
c0168172_16270264.jpg
c0168172_16270882.jpg
c0168172_16271481.jpg
c0168172_16271973.jpg
c0168172_16272519.jpg
c0168172_16273191.jpg
c0168172_16274096.jpg
c0168172_16274651.jpg
c0168172_16275167.jpg
c0168172_16275611.jpg
c0168172_16280138.jpg
c0168172_16280648.jpg
c0168172_16281171.jpg
c0168172_16281632.jpg
c0168172_16282256.jpg
c0168172_16282800.jpg
c0168172_16283456.jpg
c0168172_16283960.jpg
c0168172_16285228.jpg
c0168172_16290053.jpg
c0168172_16290761.jpg
c0168172_16291399.jpg
c0168172_16291880.jpg
c0168172_16292415.jpg
c0168172_16293071.jpg
c0168172_16293615.jpg
c0168172_16294636.jpg
c0168172_16301064.jpg
c0168172_16301516.jpg
c0168172_16302187.jpg
c0168172_16302739.jpg
c0168172_16303362.jpg
c0168172_16304077.jpg
c0168172_16313252.jpg
c0168172_16313900.jpg
c0168172_16315124.jpg
c0168172_16315666.jpg
c0168172_16320298.jpg
c0168172_16320895.jpg
c0168172_16321680.jpg
c0168172_16322261.jpg
c0168172_16322851.jpg
c0168172_16323415.jpg
c0168172_16324067.jpg
c0168172_16325668.jpg
c0168172_16330379.jpg
c0168172_16332285.jpg
c0168172_16332878.jpg
c0168172_16333446.jpg
c0168172_16334045.jpg
c0168172_16334658.jpg
c0168172_16340041.jpg
c0168172_16340799.jpg
c0168172_16341471.jpg
c0168172_16342020.jpg
c0168172_16342652.jpg
c0168172_16343115.jpg
c0168172_16343707.jpg
c0168172_16344669.jpg
c0168172_16345612.jpg
c0168172_16350613.jpg
c0168172_16351427.jpg
c0168172_16352011.jpg
c0168172_16352717.jpg
c0168172_16353458.jpg
c0168172_16354188.jpg
c0168172_16354721.jpg
c0168172_16355433.jpg
c0168172_16360140.jpg
c0168172_16361547.jpg
c0168172_16363170.jpg
c0168172_16363887.jpg
c0168172_16364440.jpg
c0168172_16365079.jpg
c0168172_16365682.jpg
c0168172_16370393.jpg
c0168172_16371111.jpg
c0168172_16371870.jpg
c0168172_16372451.jpg





by hologon158 | 2018-12-21 16:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

761.02 ホロゴン外傳245「2018年6月21日ペンタック38㎜F2.9大阪北区でも妖怪遍歴」2 スーパーリアリズム



2回別記事を挟んで、
ペンタック38㎜F2.9シリーズに戻りましょう。

今回の写真にスーパーリアリズムの肖像画が見つかります。
写真で撮ったかと思いまがうほどの超精密画の傾向の作品です。
どうも大変にややこしい作品制作です。
なにも説明しないで、そのまま写真用のフレームに入れたりすると、
誰もそれが手で描かれたものとは思わない、そんな精密描写。
私にはこれが全然理解できません。
写真の真似をして、なにが言いたいのですか?
どんなアートもそうですが、説明など本質的に無用、有害です。
なんの説明も無しに、見る人の心をガガーンと揺さぶらなきゃ!

私は写真についても同様の考え方をします。
題名、キャプションなんか、写真の力を弱めるだけ。
題名、キャプションがあるから、写真に何かを感じてもらう、
なんて、写真そのものの敗北以外のなにものでもない、
私はそう考えています。

スーパーリアリズムをなんの説明もなしに人に見せたら、
99パーセントの人が写真だと思って、なんにも感動しないでしょう。
数枚の写真の中に1枚混ぜて陳列しても、誰も疑わず、
写真として、なにかのアピールを受け取るでしょう。
でも、画家にとって、そんなアピールなど余計な産物です。
それじゃ、
「えっ、これが絵? 写真じゃないの?」
って、言ってもらいたいのでしょうか?
でも、それって、変ではありませんか?

写真が世に生まれてから今日まで、
多くの人が論じ合ってきました、
「写真はアートたりうるか?」
写真そのものがアートの媒体たりうるか、については、
未だに議論があります。
そこで、アートと認知されるプロセスは、
「この作品は、写真であるにもかかわらず、アートだよ!」

絵ではそんな議論は起こりません。
絵について論じるのは、ただ、
「この絵はアートか、それとも駄作か?」

それなのに、スーパーリアリズムは、
いわば生まれながらにして与えられたアート性を捨てて、
写真のレベルから出発しようとしている、と私には感じられます。
野心的なアプローチです。
でも、まったく有害、無益のアプローチ、
そんな風に感じられてなりません。

写真を言わば擬態として出発することから、
一つの制約を自ら課している感じがします。
たとえば、女性のポートレートを描くとき、
写真で撮ったかのように見せるための前提として、
モデルの女性は現代的化粧をした現代的女性なのです。
私に言わせれば、現代の女性は化粧をすることで、
個性と人間性を失って、ただの観賞対象となってしまっています。
つまり、化粧をすることで別の存在に化けてしまい、
自分を隠してしまいます。
そうすることで、深い人間性を感じさせない観賞物と化している。

ダ・ヴィンチやレンブラント、フェルメールの女性たちだって、
その時代の化粧はしているのですが、どこまでも女性です。
生きる主体としてのリアリティを失わず、
その存在のすべてを上げて、精神的なエネルギーをほとばしらせています。
一人一人、独特の存在です。

でも、スーパーリアリズムの女性たちを観たら、
あなたはどう思いますか?
「ああ、このモデルさんじゃ失敗だったなあ.......」
「このモデルさん、頭空っぽ、なんにも感じてないなあ」
そんな女性を苦労して描いて、
一体、人間性のなにを表現したいのですか?
あなたは、ただ、スーパーリアリズム制作技能を誇りたいのですか?

一言で言って、
「つまらない」



c0168172_22570407.jpg
c0168172_22571170.jpg
c0168172_22571788.jpg
c0168172_22572374.jpg
c0168172_22572951.jpg
c0168172_22573428.jpg
c0168172_22574195.jpg
c0168172_22574796.jpg
c0168172_22575372.jpg
c0168172_22575913.jpg
c0168172_22580446.jpg
c0168172_22581083.jpg
c0168172_22581662.jpg
c0168172_22582277.jpg
c0168172_22582708.jpg
c0168172_22583997.jpg
c0168172_22584761.jpg
c0168172_22585305.jpg
c0168172_22590383.jpg
c0168172_22591097.jpg
c0168172_22591647.jpg
c0168172_22592110.jpg
c0168172_22593095.jpg
c0168172_22593608.jpg
c0168172_22594203.jpg
c0168172_22594737.jpg
c0168172_22595636.jpg
c0168172_23000446.jpg
c0168172_23001061.jpg
c0168172_23002350.jpg
c0168172_23002975.jpg
c0168172_23003539.jpg
c0168172_23004704.jpg
c0168172_23005572.jpg
c0168172_23004704.jpg
c0168172_23010499.jpg
c0168172_23011165.jpg
c0168172_23011809.jpg
c0168172_23012633.jpg
c0168172_23013561.jpg
c0168172_23014134.jpg
c0168172_23014917.jpg
c0168172_23015685.jpg
c0168172_23020336.jpg
c0168172_23020931.jpg
c0168172_23021713.jpg
c0168172_23022606.jpg
c0168172_23023415.jpg
c0168172_23024740.jpg
c0168172_23025486.jpg
c0168172_23030129.jpg
c0168172_23030760.jpg
c0168172_23031365.jpg
c0168172_23031921.jpg
c0168172_23032648.jpg
c0168172_23033230.jpg
c0168172_23033857.jpg
c0168172_23034426.jpg
c0168172_23035031.jpg
c0168172_23035896.jpg
c0168172_23040448.jpg
c0168172_23041099.jpg
c0168172_23041692.jpg
c0168172_23042291.jpg
c0168172_23043155.jpg
c0168172_23043945.jpg
c0168172_23044607.jpg
c0168172_23045223.jpg
c0168172_23045929.jpg
c0168172_23050770.jpg
c0168172_23051410.jpg






by hologon158 | 2018-12-20 23:07 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

762.00 美との対話11「2018年12月18日象徴主義の巨匠モローに魅せられて」



大原美術館に行かれたことがありますか?
ここに、ギュスターブ・モローの「雅歌」がありますね。
二度参りましたが、いつもこの絵に魅せられてしまいました。
そこで、モロー見たさに、東京のブリジストン美術館にも参りました。
ここにも名品「化粧」があります。

どちらも水彩の小品ですが、たとえようもなく美しい作品です。
水彩でどうしてこのような幻想的な表現ができるのだろうか?
見る度に、目を疑います。
一歩踏み外すと、ただの風俗画に堕する素材を限りなく純粋に描いている、
そんな不思議で奇跡的な業としか良いようがありません。

今回、モローのことをネットで調べてみて、
彼がマティスとルオーの先生であったことを知りました。
二人とも師匠とは全然違う作風、画境を生み出した独創的な画家です。
美術史においては、師匠を遥かに凌駕する存在かも知れません。
でも、そんな業績の基礎、根底にモローの教えがあったかも知れない。
そうだとすれば、なんだかしっかり納得できる感じもする。
美術についてはぜんぜん素養の無い私が納得しても、
誰も納得しないでしょうけど、かまいません。

ウィキペディアから引用させていただきます。

象徴派がリーダーと見做すのはポール・ヴェルレーヌであり、
その「詩法」(1874)は象徴主義の規範を定めている。

  それというのも我々はニュアンスを望むから、
  色彩ではない、ただニュアンスだけを!
  ああ! ただニュアンスだけが
  夢と夢を、フルートと角笛を調和させる!

なんだか、なにを撮っても、私の望むなにか異貌のイメージを感じさせる、
そんな撮り方をしたいと考えているのが、私のロボグラフィ。
ちょっと象徴主義的な傾斜があるのかも知れない、
あったら、いいな、という気持ちになっています。

象徴主義の代表的な画家モローから、
私が愛するイメージを下記の書からコピーして掲載させていただきます。

ギュスターヴ・モロー―絵の具で描かれたデカダン文学
鹿島茂著 (六耀社アートビュウシリーズ) 

ウィキペディアによれば、没後、彼のアトリエには、
油彩画約800点、水彩画575点、デッサン約7000点が残っていた、とのこと。
一生を神秘な女性たちに捧げた、そんな感じがしてしまいます。




c0168172_22035615.jpg
c0168172_22040269.jpg
c0168172_22040756.jpg
c0168172_22041886.jpg
c0168172_22042358.jpg
c0168172_22045453.jpg
c0168172_22042959.jpg
c0168172_22043596.jpg
c0168172_22044826.jpg
c0168172_22050195.jpg
c0168172_22050863.jpg
c0168172_22051454.jpg





by hologon158 | 2018-12-18 22:08 | 美との対話 | Comments(0)

2043 しとどに(2018年6月6日キノプラズマート15㎜F1.5が元興寺境内をじっとりと)2 nkさん



タイの仏教寺院に行かれたことがありますか?
仏様たちは金ぴかに磨かれていて、
寺院の朱もたえず塗り直されているようです。
一方、日本の寺院、とくに、古都奈良の寺院は、
薬師寺は例外として、大抵の古刹は、
東大寺を初めとして、仏像を磨き立てたり、
金箔を輝かせたり、仏閣の朱を塗り直したりはいたしませんね。

どうやら海外の人たちの多くのはそんな古びた状態を見て、
古さに感銘を受けることはあっても、
なぜもっと華麗なたたずまいにしてあげないだろうか、と、
いぶかしく思う向きの方が多いようです。

元興寺の石仏群は、さほど古いものはないのかも知れません。
むしろ摩耗しやすい石材を使っているので、
設置すると同時に崩壊への道を歩き始めるという感じ。
ご覧のように、ぼろぼろで、摩耗し切って、原型を留めていません。
そんな石仏の前に佇んで、その儚いたたずまいを観賞する、
そんな人は、日本人でもほとんどおいでにならないようです。
まして、外国人が石仏を撮影するシーンは、
少なくとも元興寺では見たことがありません。
第一、ほとんど訪れる姿もありません。

元興寺の石仏をこよなく愛した方に、
nkさんが居られます。
写真ブログNK's PhotoBlogに素晴らしい写真を次々と掲載されて、
大変な人気でした。
2016年6月22日の記事からこの方新しい投稿はないまま。
今はどうしておられるのでしょうか?
お年がお年だっただけに、心配です。
このnkさんの大のお気に入りのスポットが元興寺の石仏群なのです。
2015年11月26日の記事「禁じられた恋」がその一例。
私のとは異なり、完璧な写真作品の持つ毅然としたたたずまい。
また、お写真を拝見したいですね。




c0168172_15043013.jpg
c0168172_15043925.jpg
c0168172_15044535.jpg
c0168172_15044980.jpg
c0168172_15045436.jpg
c0168172_15050037.jpg
c0168172_15050660.jpg
c0168172_15051192.jpg
c0168172_15052454.jpg
c0168172_15052946.jpg
c0168172_15053415.jpg
c0168172_15053976.jpg
c0168172_15054503.jpg
c0168172_15055026.jpg
c0168172_15055471.jpg
c0168172_15060029.jpg
c0168172_15060548.jpg
c0168172_15061169.jpg
c0168172_15061672.jpg
c0168172_15062208.jpg
c0168172_15062712.jpg
c0168172_15063249.jpg
c0168172_15064592.jpg
c0168172_15065441.jpg
c0168172_15070002.jpg
c0168172_15070749.jpg
c0168172_15071318.jpg
c0168172_15071858.jpg
c0168172_15072407.jpg
c0168172_15073121.jpg
c0168172_15073758.jpg
c0168172_15074340.jpg
c0168172_15074944.jpg
c0168172_15075603.jpg
c0168172_15080230.jpg
c0168172_15080781.jpg
c0168172_15081211.jpg
c0168172_15081849.jpg
c0168172_15082477.jpg
c0168172_15082955.jpg
c0168172_15083526.jpg
c0168172_15084181.jpg
c0168172_15084762.jpg
c0168172_15085263.jpg
c0168172_15090425.jpg
c0168172_15091166.jpg
c0168172_15091686.jpg
c0168172_15092389.jpg
c0168172_15093006.jpg
c0168172_15110841.jpg
c0168172_15111970.jpg
c0168172_15112705.jpg
c0168172_15113396.jpg
c0168172_15114009.jpg
c0168172_15115146.jpg
c0168172_15115896.jpg
c0168172_15120486.jpg
c0168172_15120948.jpg
c0168172_15121719.jpg
c0168172_15122372.jpg
c0168172_15122912.jpg
c0168172_15123533.jpg
c0168172_15124167.jpg
c0168172_15124632.jpg
c0168172_15125808.jpg
c0168172_15130529.jpg
c0168172_15131263.jpg
c0168172_15131922.jpg
c0168172_15132868.jpg
c0168172_15133516.jpg
c0168172_15134226.jpg
c0168172_15134843.jpg
c0168172_15140124.jpg
c0168172_15140751.jpg
c0168172_15141421.jpg
c0168172_15142095.jpg
c0168172_15142633.jpg






by hologon158 | 2018-12-18 15:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)