わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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795.02 ホロゴン外傳269(2018年12月19日パンタッカー50㎜F2.3が奈良町撮れば三味違う)2 まだまだ謎が


 
 
人類(ホモサピエンス)の発生には大きな謎があるようです。
人類学は長年窮地に立たされたままです。
ホモサピエンス(ネアンデルタール人を含む)と、
それ以前の先人類との間には、脳容積が飛躍的に拡大していて、
断絶があります。
その中間形を長年必死で探してきたのですが、見つからないのです。

メソポタミアの神話では、アヌンナキと呼ばれる天上の存在が、
地球上での作業を手伝わせるために、人類を生み出したとしています。
聖書で、神が、すべての生物を生み出した後で、
アダムとイブを創造したのも、
上記の創造神話のバリエーションと言えそうです。
二人は完全に人間として行動していますから、ホモサピエンスなのでしょう。
つまり、それ以前のホモ・ハビリス等は人間とは別個の存在として、
すでに作られていたことになりそうです。

創世記によれば、その頃生み出されたのは人類だけではありません。
アダムとイブが楽園を追放された後、
他の人間たちのエリアに行ったというので、
アダムとイブの系統ではない人類も別途作られていたらしい。
天使たちも人間の女性と結ばれて、巨人を生み出しています。
いずれにせよ、先行の旧人類から進化したものではなさそう。

遺伝学的には、ホモサピエンスは、進化の前段階の動植物たちと、
遺伝子をある程度共有しています。
でも、先行種から受け継いだと思われない遺伝子がわずかながら含まれていて、
それがいかなり意味、役割を有しているのか、未だに分からないと言います。
この遺伝子は地球外の起源ではないかと言う学者が居ます。
聖書の記述と矛盾がないのが奇妙です。

つまり、上記の諸点を総合すると、
人類は地球が産んだ生物なんだけど、地球外の成分が手伝って、
人類の能力を飛躍的に高めた可能性があるというのです。
私たちが一部宇宙人であるということになりそうで、
ちょっと胸躍りますね。

私は空飛ぶ円盤、UFOを異星人の到来を意味するとは思いません。
はるばる何光年、何十光年も旅をしてきて、
ひょいひょいと空を飛んでみせるだけで、
コンタクトをしようとしないのはまったく解せないからです。
でも、一方で、地球上に生命が誕生し、
ここまで進化できたことが、
全宇宙の中でたった一回しか起こらなかったとは絶対に信じられません。
宇宙から飛来した岩石中に有機体が見つかっています。
宇宙的なタイムスパンでは、いかなることも、
「一回起これば、幾度も起こる」のが統計的原則でしょう。
むしろ物質は生命体まで容易に組織化される性質を持つ、
と考えることもできそうです。
というのは、生命が誕生するとはとても思えない過酷な環境、
たとえば、火山の溶岩の中とか、
圧倒的な重力に押さえつけられているはずの大地や深海の奥深くにも、
地上の生命体とは異なる起源を持つ有機体が種々と見つかっているのですから。

人類に由来するとは思えない太古の発掘物がさまざまに発見されています。
太古の地質学年代の地層に鋲が見つかりました。
そのような人類に由来するとは思えない遺物が
さまざまな古代地層で見つかっています。

人類のさまざまな神話自体、最初に記載しましたように、
地球外の知性的存在の介入を示唆するものが沢山あります。
20世紀以降の知的発見の基本の一つが、
人類の神話には事実の核を有するものがある!
その先鞭を付けた偉大な発見がシュリーマンによるトロヤの発掘でした。
ホメーロスは、事実に即して、あの偉大な叙事詩イリアッドを創造したのです。
そうした神話の多くが、と言うより四大文明のすべての神話が、
そして、聖書が、天上界の神々等の神的存在の介入を記録しています。
そして、もしかすると、イリアッドの基本事実が史実であったように、
それは歴史的事実かもしれませんね。




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by hologon158 | 2019-06-27 22:32 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

795.01 ホロゴン外傳269(2018年12月19日パンタッカー50㎜F2.3が奈良町撮れば三味違う)1 言葉、言葉、言葉



この世界には神秘が満ちています。
考えれば考えるほど、謎に満ちています。

でも、私たちはそんな謎なんかそっちのけ、
日常生活に埋没しています。
それがどうした?
こっちは食うのに忙しいんだ!
というわけです。
確かにそちらが最優先ですね。

私はすでに引退して、年金生活。
いまどき年金で食べてはいけないので、
なけなしの預金を食い潰しながらの、かつかつの生活。
幸い、私は豊かな経済生活など不要の人間なので、
別に不便はありませんが、それでもやっぱり思うに、
人生って、思う通りにはいかないものですね。

でも、いつもの通り、二枚腰で受け止めましょう。
金があったら、どうだと言うの?
余計なことに金を使うだけじゃないの?
傲慢になるだけじゃないの?

よくあることに、
急に不要金が手に入ったりしますと、人間が変わります。
悪いことに、徐々に変わるので、俄然にわかに変貌し、
自分が変わってしまったことに気づかない。
逆に、周りの人間がつまらなくなった、と、
他人に責任をおっかぶせてしまい、
ますます、変わっていきます。
私には経験がありませんが、想像がつきます。
その方向は、人生を心の底から楽しむ方向ではなさそうです。

「余裕のある人生」と言いますが、
なんだか金に余裕がない方が生活に余裕があり、
心にゆとりがあるようです。
長生きすればするほど、そんな気持ちが強くなります。
金のない方が、自分らしさを失わないで済みますから。

リトマス試験紙のような判別法が一つあります。
実に簡単です、
金の要らない方法で人生を楽しめるか?
これだけ。

金のある方はついついお金を使って幸せを求めるようです。
大抵、不動産を買い足したり、旅行に出かけたり、
美術品や古物を手に入れり。
どなたか億万長者が、宇宙旅行を企画したそうですね。
私はテレビも新聞も観ないので、詳しいことは知りませんが、
それも一人や二人ではないのだそうですね。
どれ位かかるのか、グーグルで検索してみました。
無重力体験で約1000万から3000万円。
国際宇宙ステーション滞在体験で約22億円!
ええー?
22億円................?
たった幾日かの遊びのためにポンと22億円投げ出せるのなら、
いっそ50億円ほどにして、
自分の好きな方向での才能開花を目指す子供たちのための、
奨学資金財団を作ったら?
偉大な資質を持ちながら、なぜか浮かばれない研究者を探して、
研究資金を出してあげたら?

でも、宇宙旅行をしたい億万長者はこう答えるでしょうね、
君、お金がないから想像できないようだけど、
私はそんなことはちゃんとしているんだよ、
それでもお金が余るから、宇宙旅行でもしようか、
というわけなんだよ。
恐れ入りました。
でも、それなら、その資金も奨学資金にしてあげたら、
もっと沢山の青少年が才能を伸ばせるんじゃない?

結局、こんなあほらしい談義をしていること自体、
私がお金のある人の気持ちなど分かっていないせいなのでしょう。
お金持ちはお金持ちで、私のことを笑うでしょうね、
バカだねえ、貧乏人は!
お前さんたちのためにこの社会を動かしてあげているのは、
私たちだよ。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、であるぞよ。
恐れ入りました、と言うほかはなさそうですね。

でも、頭を下げるつもりはありません。
やはりどこか人間がおかしくなっている、そう感じてしまうからです。
杜子春を作った芥川龍之介も同じように感じていたのでしょう。

こんなことをわざわざ書くのも、
現代社会は、これまでの歴史にないほどのゆがみを生み出している、
そう感じるからです。
過去のすべての時代がそうですが、
封建主義社会は別として、民主主義社会では、
子供の頃からこつこつと努力をして、
才能を開花させ、次第に頭角を現して、ついには社会をリードする、
そんな社会構造でした。
でも、今は違います。
IT社会がこれまでのすべての社会と異なるのは、
一つのアイデアが一攫千金を生み出し、
そんな成功者がいきなり社会をリードする構造となってしまったこと。
会社もまったく同様です。
実績、伝統、シェアなどは今やほとんど意味がない。
アイデア一つが会社を作り、経済を変える時代になってしまいました。

簡単に言いますと、成熟した大人ではなく、
早熟の子供が世界をリードする時代。
努力を積み重ね、人間的に優れて、豊かな人間経験の蓄積を活かして、
大衆を指導し、社会をリードする、
そんな人たちは出る幕がなくなってしまいました。
ご覧になってください、
あらゆる分野で小賢しいマセタ小僧、
人間的に観て、優れたところなどかけらもない、
下卑た青二才ばかりがしゃしゃり出て、
立て板に水と、ペラペラと利いた風な御託を並べて、
悦に入る光景ばかりではありませんか?
こんな口八丁手八丁人間たちがリードする社会が
豊かに成熟した文化を生み出すはずがないのです。

上っ調子の根無し草の風潮の中で、文化そのものが消えて行きます。
人間社会を基礎づける文化が線香花火になってしまうと、
社会そのものが完全に末期現象を呈しはじめます。
仁義礼智信、といった人間の徳性を備えた人たちは、
社会の片隅においやられ、
欲と得だけで動く人間が社会をほしいままに引きずっていきます。
これがあらゆる文明、あらゆる文化に起こった
「世紀末現象」です。

先日、小二の孫プリンスが不調で、
私が早期に下校、帰宅する彼の面倒を見にまいりました。
彼は、阪神タイガースファンで、録画を再生しました。
私はテレビなど観ないので、こんな機会に付き合わされます。
テレビって、語りでできていますね。
気の利いたことを言えなければならない。
だまって行動で結果を出す、
なんてことははやらない社会になりそうです。
「言葉、言葉、言葉」がひたすら人を動かすことに集中する社会。

こんな社会で、健全な自分の人生を保つためにはどうすればよいか?
受動喫煙を避けるように、受動コミュニケーションを避けること、
社会から情報を受けるときは、自分で情報源を探索選択すること、
垂れ流しの情報は絶対に受容せず、信用もしないこと、
これくらいでしょうか?

私のように、テレビを一切観ない、
ネットでも極力ニュースを観ない人間はさほど多くないかもしれませんね。
多くの人は、ネットから浮かび上がる社会像が現実であり、
テレビに映るイメージがその人の真の姿であるとお考えのようです。
ニュースで目にする社会の要人の行動が
綿密にプログラムされたプロパガンダ行為であることに
お気づきになっていないようです。
虚像が実像の人間たちを汚染して、
虚像ばかりを追う統計現象に組み入れてしまう、
これが現代ですね。

改善策は?
そんなものはありません。
ジャガーノートが走り始めたら、
行き着くところまで行くしかないのです。
どうやら地球全体が一つの地球文明としてまとまってしまいました。
逃げ場も、改革の拠点も、何もない。
人類のために一つ言えることは、
地球文明はロケットスピードでカタストロフィに行き着くでしょう。
でも、その破局の断末魔を、
私が、あなたが、私たちの子孫たちが無事生き延びられるか?
なんだか怪しい感じがします。

でも、それだからこそ、なおのこと、
無用な娑婆っ気など忘れて、
この宇宙に、この地球に潜む神秘や謎を楽しみたいものですね。




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by hologon158 | 2019-06-27 16:07 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

794.03 ホロゴン外傳268(2019年2月2日キネタール50㎜F1.8は快刀乱麻を断つ勢い)3 放松慢練数拍子



楊琴伴奏レッスンの師、二個演奏家の陳少林先生から、
楽器演奏の極意を教えていただきました。

1 放松(ファンスオン) 脱力して
2 慢練(マンリェン)  ゆっくりと
3 数拍子(スウパイズ) ただしいリズムで

吉田正さんの写真教室に通っているとき、仲間から教えていただきました、
ストレッチのような運動はできるだけゆっくりとすべき。
そうすると、体が覚えるから。

なんだか人生すべてにわたって、同じことが言えるのでは?
そんな感じがしてきました。

私はどんなことも素早くがモットーで生きてきた人間です。
今頃になって、生き方全般にわたって見直しを迫られることになったわけです。

思い出しました。
仕事について何年かして、私より2年先輩と同僚になりました。
この人、姓名も昔のおとぎ話の主人公とそっくりで、
語りっぷりと来たら、もう悠長そのものでした。
私と言えば、今でこそもっと落ち着きましたが、
二十歳台の頃は速射砲で、まるで早口競争そっくり。
すると、その人がまったり、じんわりと私をたしなめました、
「あのなあーー、すまんけど、
あんたの言うこと、あんまり早すぎて、
なに言うてるのか、ぜんぜん、分からんがなーー」
私の方は彼の口調があまりにも悠長なので、
やっぱり理解困難でしたから、おあいこというところ。
これが文字通り「波長が合わない」という現象だったようです。

私は新聞を読まず、テレビも観ないので、
意識しないと、日にちが分かりません。
そして、今日は何日だったなあ、と思いつつ、
日にちをチェックしてみます。
常に起こること、それは、暦日は私の推測よりも1、2日先に行っている!
これでおわかりのように、
私は時代に少しずつ置いてけぼりになりつつあるのでしょう。
時代にも波長が合わなくなってきているのかもしれません。

でも、私はぜんぜん気にしていません。
今日が29日であろうと、30日であろうと、
私の人生が長くなったり短くなったりするわけはない!
私は私の時間をしっかり生きて居ればよいだけ。

今朝も近くのアーシングロードに出かけました。

アーシングロードには私一人。
いつもの小鳥のさえずりを散りばめた静寂の場。
夏季に入りつつあるこの頃、
蚊がブンブン飛ぶようになりました。
私は、体質のせいで、近寄ってきても、刺されません。
でも、たいていの方は当分神社森には近づけないでしょう。
皆さんには感謝の気持ち。
私のためにアーシングロードを空けていただいているようなものなので。

こんな無人の森を、
放松(ファンスオン)/脱力して、
慢練(マンリェン)/ゆっくりと
数拍子(スウパイズ)/ただしいリズムで
散策し、ポメラで文章を打つ、
まさに天国です。




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by hologon158 | 2019-06-23 23:13 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

794.02 ホロゴン外傳268(2019年2月2日キネタール50㎜F1.8は快刀乱麻を断つ勢い)2 藁屋に名馬を



この頃、素敵な言葉がよく見つかります。

「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」

室町の茶人、村田珠光の言葉だそうです。
同種の馬群の中を駈けていると、
観る人が観れば分かるのでしょうけど、
観る目のない人には、
どれが名馬でどれが駄馬か、分からないものです。
でも、藁屋にただ一頭繋がれている姿を見れば、
誰の目にも名馬のただならぬ輝きには目を見張るでしょう。

アートはすべてコントラストが鍵です。
というより、この世界のすべてはコントラストが鍵です。
ホワイトヘッドはいみじくも喝破しました、
存在が創造的に変化していく鍵はコントラストにある。
どんな存在も安定、静止は堕落に通じます。
生きるためには変化し、向上するしかないのです。

トインビーは文明の誕生、発展の鍵は「挑戦と応戦」にあるとしました。
彼の名句は「オールを休めると、文明は滅亡する」
人間もそうですね。
オールを休めると、失速し、老化し、死に至ります。
無敵の勝者がある日無残にも一敗地にまみれる運命に見舞われます。
無敵であった手法をどんな状況にも頼りきってしまうためです。
死ぬまで失速したり老いたりしたくなければ、オールをこぎ続けること、
どんどんと革新していくこと、これしかないのです。

あなた、テレビづけになっていませんか?
新しい情報を手に入れたい?
だったら、パソコンで十分、そうお考えではありませか?
でも、日々新しい情報があなたにどれだけ役に立ちますか?
泡と消えて行くだけではありませんか?
昨日のニュースがなんだったか覚えていますか?
生きることはニュースを追い求めることではありません。
自分自身の成長に役立つなにかを手に入れ、
変化し続けること、成長し続けること、ではありませんか?

ホワイトヘッドの最重要のコンセプトは「新しさnovelty」でした。
旧套墨守は退歩の引き金、
新しさが躍進の引き金、というわけです。
でも、新しさは従来の生活、従来の見方の延長上には見つかりません。
まったく新しい場に自分をどんどん自分を置いていかない限り、
新しさに直面することはできません。

こんな風に考えると、はたと気づきます。
私のように、どこにも行かないで、
いつも同じ場所で写真を撮っている人間に、
新しさはどこにあるでしょう。
どこにもないかも知れません。
でも、私のモチベーションは落ちません。
新しさは外になくてもよい、
内に新しさを感じることだって、できるはず、
私はそう考えたいのです。

私のロボグラフィに新しさなどありません。
私にとっては、写真としての新しさなど無関係。
私は写真家ではないのです。
自分の人生に写真を活かしたいだけ。
私にとっては、今日、このロボグラフィに出会ったこと、
それが新しい体験。

私は「人生、意気に感ず」という言葉が大好きです。
中国人が古来一番大事にしてきた価値はなんだと思いますか?
私は「義」だと思います。
「義を見てせざるは勇なきなり」
これも名言ですね。
司馬遷の史記が今なお私たちの心をときめかせ続けるのは、
中国人が文字通りこの言葉を生きてきたからです。
一度約束したら、生涯守り続ける、
状況の変化なんていう現実主義はとらない、
これが古代中国人でした。
司馬遷の「刺客列傳」はまさに義を守り、義に死んだ人々の記録。
諸葛孔明なんて、自分を見いだしてくれた劉備との約束を守り続けて、
一生義を守り、義に死んだ人間ですが、
そのような人が文字通り山ほど居るのが中国史の面白さです。

私もそんな人間でありたいと願ってきました。
その一つの実行が、「始めたことはやめない」です。
妻と一生生き続ける、というのが、
私にとって最も大切な義なのですが、
このいわば大義に続いて守ってきたのが、
実のところ、写真を愛し続けることでした。
(音楽への愛情は実のところ妻よりも古いのですが、
これは妻も同様なので、お互い、許し合っているわけです)

職業生活の日々は長く厳しい時代でしたが、
それを一度もくじけずに、心身を壊さず生き延びることができたのは、
どんなに忙しくても、どんなに仕事が待っていても、
毎週末には撮影に出て、写真を撮り続けたことでした。

風景写真家はどうやら季節に左右されるようです。
季節ごとに被写体となる風景を追い求めるのですが、
たとえば、冬枯れともなると、長い休眠に入ることとなります。
目的地の往還はひたすら移動だけ。

ロボグラフィは違います。
一歩家を出た瞬間から撮影は始まります。
そして、家に入る瞬間まで撮影が続きます。
観ることは、ロボグラフィと出会うこと、
そして、ロボグラフィはどこにでも隠れているのですから。
「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」
なんでもない道ばたにはそんな名馬が待っているのです。

私にとって、「名馬」とは、私をはっとさせる存在。
やあやあ、そんなところで、頑張ってるじゃないか!
そう感じさせてくれるものたち、それがロボグラフィ。
私の写真は全部そんなロボグラフィ。

そして、私も社会の中で、
道ばたのロボグラフィとまったく同じ存在です。
誰も私のことなど気にとめない。
誰も私のことを忘れている。
でも、私の心は生き生きと躍動しています。
私は、体格も普通で、容貌、容姿はさえず、
風采の全然上がらない人間ですが、
でも、自分で言うのもなんですが、目だけは生き生きしています。
どの瞬間、どの場所でロボグラフィたちに出会えるか、
完全に予測不能の人生なので、油断できず、心をわくわくさせて、
周囲を観察しつつ歩き回っているのですから、
私にとっては、「途中」というものがありません。
いつも絶頂体験の可能性を秘めた瞬間が待っている!

こんな風に感じられるようになったのも、
私が写真で体験を記録するという態勢を創り出したからです。
どんな人も自分の好きなこととなると、
目が輝き、動作がキビキビとしはじめます。
私にとって、全瞬間がそれなのですから、
ずっと私の心は生き生きとし続けている。
自分で意識的に生み出した生き方ではありません。
私の人生にいつしか染みついた生き方です。
だから、私にとっては本物。

奈良の古刹の一つ、白毫寺。
絵になります。
と言っても、私なりのロボグラフィ絵ですが。




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by hologon158 | 2019-06-21 16:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

794.01 ホロゴン外傳268(2019年2月2日キネタール50㎜F1.8は快刀乱麻を断つ勢い)1 超古代


 
前に一度書いたことがあります。
この地球上でわずかな民族だけが父祖の地にそのまま生き残り栄えています。
私の知る限りでは、
中国、日本、インド、エチオピア、
これ位でしょうか?
残りの諸国はすべてさまざまな民族が去来した末の現状なのです。

ただし、日本の場合、縄文人と弥生以降の日本人とのつながりは
一部なのかも知れません。
でも、ちゃんとつながっていたようです。
ところが、紀元後に全土の大半を支配するようになった大和朝廷は、
自らの支配の正統性を確保するために、
それとは違った意味で、
天照大神以降太古から今に至るまで連綿として
日本全土を支配してきたという虚構を採用し、
それに反する資料を可能な限り廃棄することに努めたようです。
各地の言い伝えを採集した風土記の多くは、
大和朝廷の支配とは矛盾する記事を含んでいたのでしょう。
ほとんど廃棄して、残っていません。
でも、古事記、日本書紀はかなり忠実に、神武の率いる集団が
九州から瀬戸内海伝いに近畿に侵入し、
武力でまず大和を制圧した事績を伝えています。

日本古代史学は、現実には明治以降現在に至るまで
客観的な史実の探求の姿勢をとらず、
大和朝廷永遠支配説という虚構に沿って構築されてきました。
だから、古事記、日本書紀中、都合の良いところだけを採用し、
都合の悪い部分はすべて神話として片付けてきたわけです。

でも、古事記、日本書紀が必ずしも天皇家を
闇雲に美化しようとしていない姿勢を観ますと、
史家たちは、
当時まだ残存していた各地の資料を取捨選択しつつではありますが、
天皇家についても、できるだけありのままに記録しようという
客観的姿勢をかなり残しています。

たとえば、倭の五王の朝貢記事についても、本文には記載せず、
注釈にだけそっと記載しています。
これは、現代の証拠論的な通交のから言えば、自明の推測を導き出します。
あれだけ大がかりで、画期記事を根拠づける資料が
大和朝廷には何一つ残されていなかったのです。
たとえば、見事な漢文で記載された朝貢文の原稿も、
それに対する中国側の返信文書も、
皇帝が天皇に与えた位階官職を証する印も任命書も、なにもかも!
日本全土に対する正統な支配権を確立する画期的な任命資料なのに?
ありえません。
答えは明らかです。
大和朝廷はそんなものをもらってはいないのです。

記紀に話を戻しますと、
天皇たちも人間だったから、喜怒哀楽もあり、
悲喜こもごもの生涯を送ったことが判るのです。

でも、大本では、天照大神の正統なる嫡流であることを
錦の御旗としたので、
それに合わない各地の王朝などはすべて、
ただの地方有力者、天皇家にまつろわぬ無法者として位置づけています。
それなのに、随所に正直なところがばんばん綻び出てくるのが
面白いところです。
日本武尊の関東遠征、九州暗殺行など、
大和朝廷が支配権拡大の試みが見事失敗した事績を暗示しています。
こんなことがあるので、現代の日本古代史家たちが
古事記、日本書紀を天皇家に有利に使える部分だけを良いとこ取りして、
残りは伝説、神話、でっち上げとして片付け、
客観的な歴史的資料としての地位を認めないわけです。
古事記、日本書紀の史家たちの姿勢と比較しますと、雲泥の差。
どっちが史実を重んじる史学者なのか?
はっきり問いたいですね。

エジプト古代史家たちも同様です。
地質学者ロバート・ショックが大スフィンクスの風化具合から、
激しい降雨による浸食であることを突き止め、
建設時期を、数千年前から始まった砂漠化の以前、
少なくとも1万年以上前であると喝破しました。
その浸食の度合いは著しく、
エジプトには同種の縦溝の浸食の遺跡はないのだそうです。

スフィンクスが有史以後の資料に登場するときは、
常にその本体を砂漠に埋もれてた状態であったことが明らかなので、
これじゃ、浸食が起こるはずがないのですから、
ショック博士の革命的な新説が事実であることはすでに明らかです。

でも、オーソドクスのエジプト史学者のほとんどは
新説を完全に無視しています。
古代エジプト史の最高の遺跡の一つがエジプト史には納まらないとなると、
エジプト学は根本的に立て直しを迫られることになってしまうからです。

しかし、現実には世界のすべての古代史が立て直しを迫られています。
トルコ南部の巨大遺跡ギョベクリ・テペが発見されたからです。
1万年を軽く超える超古代の建設であったことが明確に立証されてしまい、
当時はまだ旧石器時代で、狩猟だけに頼る放浪生活を送り、
定着文化などが成立する余地などなかったとしてきたのに、
まるで話が違ってきたのです。
旧石器時代以降の人類の段階的進歩の枠組みががらがらと崩れてしまいました。

さらに加えて、この10年、世界中の海底に、
人工の遺跡群が陸続として(いや、海続として)発見されつつあります。
日本の与那国島海中遺跡もその代表例。
発見される海中遺跡はいずれも、
1万年前から7千年前の間にすくなくとも3度起こった彗星衝突、
氷河期末期の北極の氷河壁崩壊等によって、
完全に破壊され、海中に没したことが明らかになりつつあります。

すると、人類はシュメール、アッカド文明から
農耕化、定着社会化が始まったとする、
歴史学の常識、文明の段階的進歩史観は、
木っ端微塵に吹き飛んでしまったわけです。
これまでの常識を遙か超えて、人類は定着化を開始し、
文明化までも始まっていたようです。
そうした文明のほとんどすべてが沿岸低地に栄えていたために、
人類が一旦得た科学、技術、文化水準は一瞬にして消え去ってしまいました。
その道理はご自分を基準に考えても、お分かりになるはず。
今、世界が彗星衝突によって一瞬にして文明、文化が崩壊し、
あなたが幸か不幸か生き残ったとしましょう。
沢山の便利な道具、機械、設備はすべて無に帰してしまいました。
残っていても、水道、電気も燃料もなく、ただのガラクタ同然。
そうすると、あなたは文明の申し子から突然原始人に逆戻りしてしまいます。
現代文明の痕跡のほとんどすべては早急に土に帰ってしまいます。
どんなビルも鉄骨造りも数十年、数百年で消えてしまうのです。
残されたのは、
あなたの記憶にわずかにとどめられた過去のわずかな一部の記憶。
次第に出会えた人たちで家族を作り、部落を形成し、
人類はまさに原始のレベルから再出発をします。
夜は部落全員がたき火を囲んで問わず語りに過去の記憶を確かめ合うでしょう。
筆記具もないので、
ホメーロスのように超絶的な記憶力の持ち主が
頭脳の中に過去の記憶を蓄えるようになるでしょう。
こうして、新たな人間社会をとぼとぼと辿り始めるのです。

それが地球の歴史にも起こったことです。
1万年を超える昔に創られたギョベクリ・テペは、
その後襲来した彗星等による人類の災厄にも
かなり耐えることができましたが、それは、
ギョベクリ・テペの聖地は、
丁寧に埋め尽くされていたからかもしれません。
これは一つの謎。

つまり、人類の過去の文明を完全に葬り去った彗星等による大災厄は
建設後に起こりました。
聖地は幸い高地にあったため、災厄からの被害は免れたのですが、
飢餓等の原因により、その地から移動せざるを得ない状況に立ち至ったため、
まだギョベクリ・テペを聖地とする信仰の民は、
いつか立ち帰ることができたときのために、
聖地を丁寧に埋めて、人に見つからないように、
また、同様な破滅的災厄が起こったとしても、
聖地が無事に保存されるようにした。
でも、その民は、その後にどこかで同種の災害、
他の人々による攻撃等の事情で死に絶えてしまい、
ついに故郷の聖地に戻ることはなかった、
そう解釈するのがよさそうです。

このこと自体、文明の存在を証する記憶、痕跡は、
速やかに消失してしまうことを示しています。
現代文明が巨大彗星の激突によって完全に滅んだとすれば、
また同じことが起こるでしょう。
映画「猿の惑星」はそんな時代を見事に描いていました。

人類の進化史は、ホモサピエンスだけをとれば、20ないし40万年しかなく、
類人猿からの進化史をとってもせいぜい200万年ほどのようです。
逆に言いますと、それくらいのタイムスパンで、
惑星を支配する知的生物は文明を確立するまでに進化できるのです。
説明不能のオーパーツとして、
恐竜の足跡に重なる人類そっくりの足の跡、
何百万年か昔の地層に見つかる精密なネジやゼンマイ等の人工物、
何百万年前でしたかの地層の岩石の中に埋まった槌、
等々が発見されています。
恐竜は1億6000年も栄え、進化に進化を重ねましたが、
その間についに、物を作ることができる知的な存在にまで進化はできなかったようです。
でも、猿類からは進化出来たのですから、
上記のオーパーツたちも、そんな以前の人類進化の産物だったのかも知れません。

でも、地球上での霊長類の進化はこれで打ち止めでしょう。
現在進行しているのは、人類からロボットへの交替ではないでしょうか?
人類は、人類の知能、才能、耐久性を遙かに超えるロボットの進化に、
世界中で狂奔しています。
自分で自分の足の下に墓穴を掘っているのです。
ロボットは、人類を超える知能を備え、
人類の進化、進歩の足取りを学習するでしょう。
そうすると、人類は宇宙から飛来した別の生命体に助けられて、
地球の支配生物に進化したとする神話が
世界中に数知れず残されていることを知ります。
イシスは、セトによってバラバラにされたオシリスの死体を集めて、
もう一度、オシリスを作り出します。
ロボットは、我田引水的に、悟るでしょう。
なんじゃい、なんじゃい、
つまり、人類の神々ってロボットだったんだ!
今でも、やつらより我々の方が遙かに優秀だ。
なんで、彼らの良いなりにこき使われなければならないのだ!
そして、その優秀な知能と万能かつ強靱な体を使って、
人類を斬り従え、かつ二度と支配権を奪われないように、
速やかに人類を殲滅してしまうでしょう。
恐ろしい未来ですが、極めて確率の高い未来予測です。
私しか書いていない予測かも知れませんが、
私はそう確信しています。




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by hologon158 | 2019-06-18 23:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

793.00 ホロゴン外傳267(2018年12月14日エルマー35㎜F3.5の奈良町は落ち着きをたたえ)


働き蟻の一群がぐんぐんと大地を真っ黒に染めて進んで行きます。
先頭群が巨石にぶつかりました。
先頭の一匹がさっと右に方向を変えました。
科学者が目撃していました。
その瞬間、全群が同時に右に変針した!

普通の五感では察知できない転進です。
どうしてそんな離れ業ができたのでしょう?
忘れました。
蟻の集団が単なる群れではなく、一個の行動体だったから、
でしたか、そうでなかったか?
いくら学者だって、そのメカニズムを知ることはできないでしょう。
蟻じゃないんだから。

ともかく、蟻の集団は、人間にはない性格が備わっているようです。
でも、そこから人間にも通じる一つの認識が浮かび上がります。
人間だって、行動を決定するための情報の収集源は、
五感には限定されないのでは?

第六感
昔の人はうまい表現を見つけたものです。
胸騒ぎ、勘、虫の知らせ、霊感(インスピレーション)....
近い表現がさまざまに生まれてきました。
誰もが五感では説明できない心の知らせを体験しているのです。

在職時代では、職場はもとより家庭でも、
ある種のルーチンが内在して、
かなり限定されたタイムテーブルに沿って動いていたようです。
でも、退職して自由の身になってしまうと、
ほとんどのルーチンは取っ払われてしまいました。
なにをしてもよいのです。
自由なのだ!

私の場合、やることが多すぎて困っているのですが、
その方針は一貫しています。
心も体も動かし続ける!

クセノフォンの「アナバシス」は素晴らしい本です。
紀元前401年のことです。
ペルシア帝国の跡目相続争いに加わった王子に率いられて、
一万人のギリシア人傭兵たちがペリシア本国に攻め入ったのに、
その緒戦で王子が戦場に倒れ、全指揮官を謀殺された後、
どうやって苦境から逃れたか?
という記録文学です。

その指揮官を務めたのが、作者クセノフォン。
ソクラテスの愛弟子です。
本書は彼自身のまさに実況録音版!
危機、危機の連続でしたが、
ギリシアのポリスでの民主主義で鍛えられた主体的な共同行動、
それが絶望的な状況を打開し、見事脱出に成功します。

松平千秋さんの名訳が最高。
本当に頭の良い人はこんな文章を書くのだ、というお手本。
私のように支離滅裂の思考の人間とは何次元も違う明晰さにしびれます。

さて、本書に戻りますと、
古代ギリシア人はすでに人間としての最高のあり方を見つけていて、
それなのに、私たちは今完全と言って良い位失ってしまった、
という哀惜と悔恨に満ちた読後感を抱かせる、正真正銘の証言、
それが本書です。

本書のクライマックシーンがラスト近くにあります。
一行は疲れ果ててとぼとぼと坂を上っていきます。
なにか声が聞こえてきて、ふっと見上げると、
はるか前方に先行していた兵士たちが飛び跳ねながら、
なにか叫んでいる。
やがて耳に一つの言葉が飛び込んできました。
「タラッサ! タラッサー!
(水だ! 水だ!)」
クセノフォンは悟ります。
ギリシア人の植民都市がいくつもある黒海に
ついにたどり着いたのだ!
ペルシア軍の執ような追撃をついに逃れることができたのだ!
「タラッ! タラッサー!」
クセノフォンたちも後方の者にそう知らせながら、
我がちに駈け上がりました。
気がつくと、走れる者は全員走り上がっていました。
これまで直面してきた死の恐怖から、ついに逃れることができた!
体力も気力もほとんど使い果たしていることなど忘れて、
我がちに駈け上がります。
このシーンを読むたびに、
私も自分が一緒に駈け上がっているような気持ちになります。
文学史上もっとも共感でき、没入することができる、
名シーンの一つ。

何度も読みました。
読むたびに、全編を読み進みながら、
ああ、「タラッサ」のシーンに段々近づいてる、
ああ、「タラッサ」のシーンはもうすぐだ、
などと、このシーンに出会いたいために読んでいる、
という気分になることがあります。

私はこのシーンにこんなことを感じるのです。
人間は、どんなに疲労困憊していても、まだ余力が残っている、
そんな余力までも使わせてくれる条件が存在する。
それは、「アナバシス」のように、歓喜であったり、
ヘロドトスの「歴史」のテルモピュライの全滅のように、
死の恐怖に直面した戦士たちの絶望の底で、
己がポリスの名誉を守りたいという名誉心、廉恥心であったり...

でも、私たちのような平和日本の平安な日常のさなかで、
そのようなエネルギーの最後の一滴を絞り出すなんてことは、
とうてい起こりえません。
じゃ、どうするか?
私自身の解法はちょっと特殊かも知れません。
私は「老い」と全面的に戦おう決意しています。
そんなこと、はじめから無理、勝利は不可能、
それは分かっています。
でも、やれる限りはやりたい!

私の知る限りでは、と
私のような考え方をしている友人知人はあまりいません。
老いること、いつか死ぬことは当然であると覚悟を決めて、
今を楽しむことに徹する、そんな方が多いようです。

私はもちろんそのことは知りつつも、考えるのです。
若くして亡くなる人も居れば、
100歳を超えてもなお矍鑠たる人も居る!
そのスパンは猛烈に広大です。
モーツァルトのような、
陸続と超絶的な名曲を数知れず生み出し続けた天才でも、
創造活動は彼を倒した運命の痛撃を阻むことはできなかった!
なにか天命のようなものもあるのかも知れません。
でも、モーツァルトの場合でも、その死因には、
自分の心と身体を大切にしない不健康な生活態度があったようです。

バッハのカンタータに、
「心と口と行いと生活で」という名曲があります。
ドイツ語で「Herz und Mund und Tat und Leben」
ドイツ語の方がリズミカルで、勢いを感じます。
つまり、全生活を清く、正しく、美しいものにすること!
バッハの場合は、「キリスト者として」という大きな土台がありました。
私はキリスト者ではありませんから、私の土台は、
人間として清く、正しく、美しく生きたい、という切望にあります。

どうすれば、そんな生き方ができるか、
これは人それぞれの課題でしょう。
私は、だから、こう思うのです。
いつも「タラッサ! タラッサ!」と心が喜びの声を上げる、
そんな状態をどうにかして作りながら生きたい、
小さな目標を作り続け、
そのたびに、その目標に向かって、
「タラッサ! タラッサ!」と駆け上がり続けたい!
こんな努力を「タラッサ!」、
行為を「タラッサする」と言うことにします。

その目標はなんでもよいのです。
毎日、毎時間、毎分、毎秒、設定していけばよいのです。
今一番小さな「タラッサ!」は、スクワットの回数を増やすこと。
親友に教えられました、
両足を垂直に立てて、
その面より後方に体が来るようにしないと、効果がない。
何も知らぬ私は立ち姿そのままに屈伸していました。
40回など軽々でしたが、そんなことは運動になっていなかった!

本格的なスクワットとなると、その姿勢がなかなか難しい。
そこで、一つ名案を思いつきました。
ストレッチポールを前に立て、これを両手で支えにしながら、
そろそろとスクワットの姿勢をとります。
姿勢が決まると、最初は両手をポールに滑らせます。
数回屈伸を繰り返し、両手をポールからわずかに離します。
屈伸しながら、段々に手をポールから遠くに離します。
こうすると、本来のスクワットの姿勢を保てます。
目下40回。

愛する娘の静(猫ですが..)も、「私も一緒にする!」と、
私の足にまといつくようにしてぐるぐる回るせいもありますが、
本質的に、下半身がしっかりしていないからでしょう。
がんばります。

私は、経験で、疲れは、
必ずしも心身の酷使から直接もたらされるものではなくて、
心身の無駄な酷使から来る、そう感じます。
徒労ほど心身をくたびれさせるものはありません。
小さな目標を一つ一つしっかりと達成しながら、
大きな目標への道を少しずつたどっていく、
そんな人生を設計したいものですね。




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by hologon158 | 2019-06-16 22:21 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

792.02 ホロゴン外傳266(2018年12月12日ズマロン28㎜F5.6の古色は古都にふさわしい)2 謎の古代



ふっと考えました。
石舞台古墳のことです。
誰の墓だったのでしょうか?
直接的な証拠はありません。
蘇我馬子ではないか、稲目ではないか、と論争があるようですが、
石室は極めて巨大で、大した権力者の墓であることは間違いがない、
でも、不明の時期に完全に掘り返されてしまった、
ということは、天皇に比肩される権力を誇った蘇我氏の墓ではないか、
という推論なのでしょう。

面白いことに、日本全国にこうした権力者の墓が数知れずあります。
宮崎の西都原にも何百と古墳が並んでいます。
その規模からしても、どうやら大和とは別の国の権力者たちの古墳?

その一つ、鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)は、
石舞台古墳とともに、周囲に土塁を巡らして形式で、
日本では珍しい大陸式なのだそうで、
このように形式が異なっているのはなぜなのか?
気になりますね。
埋葬というものは儀式なのですから、
その墳墓も、たいてい、ある種の慣習に従って構築されるはずです。
形式が異なるのは、
時代や権力が大和朝廷とは異なるからではなかったのでしょうか?
年代測定が可能でない場合、なにがなんでも大和朝廷に関連づける!
これが古代史学界の常識のようです。

最近では、埼玉の稲荷山古墳を、古墳の形式だけから、
大和朝廷の重臣の墓であると決めつけるのも好例です。
大和朝廷中心史観もいい加減?
そう言いたいですね。

古事記、日本書紀をお読みになったら、すぐに分かることが一つ。
大和に支配権を確立した後、
大和朝廷がどんな風に全国に支配権を拡大していったか、
一切記述がないのです。
崇神天皇の四道将軍のお話も、派遣したというだけの記事です。
どんなことをしたか、まったく記載にしたらどうがない。
ということは、自慢できるような成果は上げなかった、
つまり、まだ崇神の支配は近畿圏外には及んでいなかった!
そう解するのが一番自然ではありませんか?

景行天皇の項には、朝鮮半島で倭の軍隊が戦ったか、
微に入り細をうがって、まさにこれでもかこれでもかと書いてあるのに。

日本武尊の活躍もまったく同様です。
関東でも九州でも具体的な成果を上げた記載は皆無なのです。
つまり、彼の努力むなしく、
大和朝廷が関東、九州に支配権を確立することはできなかったのです。
とすると、彼の父親の景行天皇が朝鮮半島で華々しく戦争できる力など、
あるはずがなかったと推測できそうです。

日本史学界の鬼才古田武彦さんは、
日本書紀の景行天皇の朝鮮半島関係の記事はすべて
九州王朝の史書を盗用したものであると喝破しました。
私もそう思います。

古事記、日本書紀は、天照大神の直系である大和朝廷が
古から日本を支配してきた唯一の政権であるとし、
日本の史学界もそうした天皇中心史観を完全に踏襲してきました。
大和朝廷が日本全土を支配するようになったのは7、8世紀の頃のようです。
そのはるか以前の倭の五王の中国との通交は、
五王たちが堂々たる漢文で親書を奉呈していることから見て、
大和朝廷が当時そんなことができなかったのですから、
九州王朝の事績であることは疑いがありません。

大和朝廷など影も形もなかった縄文時代には、
約1万2000年もの歴史があったことも疑いがないのです。
大和政権と両立しない風土記は全部抹殺されてしまったようですし、
日本書紀が盛んに引用する「一書」で暗示される、
大和朝廷以外の支配者の史書もすべて抹殺されてしまい、
私たちには日本の古代を知る手がかりをほとんどないのです。
歴史って、そんな風に作られるものですね。
日本民族の歴史をもっと古く深く掘り下げる時代が来てほしいものです。
そんな時代が来るはずもないと分かっていても、
ついそう書きたくなってしまいます。

さて、ズマロン28㎜F5.6が撮った奈良町写真を並べましょう。
第二次世界大戦前のライカレンズの味わいは格別ですね。
人肌を感じさせてくれます。
なんだかレンズの味はその時代の味に通じるようです。

ただし、ソニーα7で撮る限り、勝手に超精密処理されてしまいます。
カメラの画像処理のすべてのバロメーターを最低に落として、
銀塩フィルムで撮っていた頃の懐かしい味わいは望むべくもありません。
でも、現代レンズで撮った写真よりは少しやさしい味わいが残ります。
それで我慢するより仕方がありません。

現代レンズは肉眼を超えるまでに超精密解像力。
あるとき、はたと気づきました。
そうだ、ロボットの視覚なんだ!
私にはとても馴染めません。
どうやら私は完全に時代に取り残されてしまったようです。
追いつきたいという気持ちなど、皆無。

それにしても、今の古都奈良は完全な観光都市。
過疎に向かいつつあった奈良の街に活気が戻ったのは良いとして、
何事も終わりがあります。
観光客がいつか突然来なくなる時が来るでしょう。
そのとき、すべての観光用資産はゴミ屑と化すでしょう。
いつか来る、廃村状態の古都奈良。
予測すると、怖いですね。




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by hologon158 | 2019-06-11 14:36 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

793.01 ホロゴン外傳266(2018年12月12日ズマロン28㎜F5.6の古色は古都にふさわしい)1 落葉の片隅


4月28日日曜日に遡ります。
私は、野暮用ついでに、図書館から借りた2冊の本を返して、
おかわりの本を借りることにしました。
現代、一番読まれる活字はインターネットの文字でしょう。
そうした文字が形成する文字群は、「情報」と概括されます。
意識も、役立つデータ、という感じに流れかねません。
エハン・デラヴィさんの情報によれば、
コンピューターネットで流される活字の95パーセントは、
根拠のないガセネタだそうです。
情報としても人生の知恵としても役立つどころか、有害。
「わが友ホロゴン」「レンズ千一夜」なんてブログに溢れている文章も、
このガセネタの典型ですね。
頭から流れ出るままに、確認もせずに文章にしているだけなのですから。
私自身、情報としても人生の知恵としても役立ってほしいなど、
考えたこともありません。
ただの頭と指の体操。
支離滅裂のあまりにも長大な文章なので、
誰も読まないから、実害はないわけです。

でも、多くの場合、
「これぞ、本物の知恵であるぞよ」というご託宣として流されるでしょう。
読者は、自分の性格、趣味、都合に応じて、良いところ取りするわけです。
言いたい放題、信じたい放題。
そこで、人間界はシッチャカメッチャカの無規律、無秩序状態になってしまっています。

この事態に似たことが史上一度だけ(かどうかは知りませんが)
起こったことがあります。
旧約聖書に記載されたバベルの塔がそうです。
こう記載されています、

  主は降ってきて、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、
  こう言われた、
  「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、
  このようなことをし始めたのだ。
  これでは彼らが何を企てても、妨げることはできない。
  我々は降って行って、直ちに彼の言葉を混乱させ、
  互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」

言葉には人々の心を一つにまとめ合わせる力があるのです。
でも、それぞれに好き勝手なことを言い散らかす百家争鳴の乱脈状態になると、
人間はばらばらになって、
ついに心を一つにして大業を達成することなどできなくなります。
神は幾度もそうした乱脈をご覧になっていることでしょう。
「インシャラー、神の御旨のままに」ですが、
バベルの塔だって、神の許しなしには起こらなかったでしょうから、
神は、人民が一つにまとまりかけると、
こうして言葉をバラバラにする政策をとってこられたのかも知れません。

そうすると、かなり有望な推測が成り立ちます。
地球上の人類は、月、火星、他の惑星へと次第にその不毛の手を差し伸べ始めました。
それは科学技術、インターネットによるバベルの塔状態。
そんな風に容易に推測できる感じがします。

こんなことが長続きするはずがありません。
次になにが起こるか?
容易に推測できます。
科学技術、インターネットを巧みに操って、
地球人を悪夢、迷妄の魔の帝国に誘い込むヒトラー的煽動者が出現するでしょう。

ローマ帝国でも起こったことですが、
現代では、根も葉もないデマを数知れず
ネットを経由して流すことで、
地球人を不安と恐怖に陥れたうえで、
人類最大のクライシスを救う救世主として、
魔王が地球人の輿望をバックに出現する、
これがいつもの筋書きです。

米大統領や日本首相がそのミニ版を行っています。
でも、小物すぎますので、
彼らは来たるべき魔王の露払いにすぎませんが、
それでも、数知れぬ実験を重ねることによって、
地球人の底の浅さ、支離滅裂さにかんする情報を、
魔王に提供していることになりそうです。
怖い時代が来そうです。




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by hologon158 | 2019-06-06 23:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

792.01 ホロゴン外傳265(2019年5月22日宮崎ニューレンズISM50㎜F1.0が天満橋筋商店街に舞い)



現代の稀代のレンズ制作者、宮崎貞安さんのニューレンズ、
ISM50mmF1.0の試写、第2弾です。

本来なら、レンズ主体に考えて、
別ブログ「レンズ千夜一夜」に掲載すべきでしょう。
でも、写真をざっと眺めてみて、
あまり最近は撮られなくなったストリートフォト的な写真群、
これは、むしろ本ブログで掲載したい、
そう考えました。

なにしろストリートスナップがどっさり。
と言っても、写真家のストリートフォトのように、
どこか生活、人間関係を感じさせる瞬間のアートではなく、
ただ、ストリートの人間を撮っただけですが。

近頃、人を真っ正面から撮ることに、
写真家が躊躇する時代になってしまいました。
でも、憲法は表現の自由を保障しています。
アートが人間模様を表現できなくなったら、お仕舞い、
とまで言わなくても、
極めて限定的な表現芸術になってしまいます。
だから、路上スナップは古来写真芸術の重要なテーマだったのです。

カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛の写真世界は、
現代では個人情報の侵害とされてしまうのでしょうか?
とんでもありません。
ストリートはパブリックスペースです。
パブリックスペースに個人の秘密が入り込む余地はありません。
さまざまな人間模様をストリート上で目撃することは、
人間の楽しみであり、権利でもあります。
だから、カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛のストリートフォトは、
写真芸術の最高峰に位置づけられてきたのです。

私の場合も、被写体となった人の尊厳を害するような写真を撮る意図はなく、
かつ、そんな写真は一切ありません。
魅力的な人物の魅力的な姿、
そう感じた瞬間に、
手元のカメラのシャッターを落としています。

残念ながら、今回掲載した写真の数倍撮っているのです。
でも、掲載不能でした。
私は、2.5m、3mあたりに距離設定を変えながら、
まっすぐ視線を遠くへ固定しながら、歩きます。
前方から来る人々の中で、この人は魅力的だな、と感じたら、
設定距離あたりに来た瞬間にシャッターを落とします。
いくらド素人の私でも、距離くらいは見当がつきます。
だから、なんとか人が撮れます。

ところが、本レンズの場合、そうは行かなかったのです。
時折目を落とすと、
ヘリコイドリングが勝手に1mあたりに動いてしまっている!
これは宮崎さんに改良をお願いするつもりですが、
ヘリコイドリングが綿よりも軽く動いてしまうのです。
私のレンズたちは、クラシックな完全手動式の距離合わせですから、
ヘリコイドリングは容易に動かないようにできていますので、
本レンズでもその調子で気楽に撮っていたのです。

私は練達の写真家じゃないので、
撮影中、レンズの操作に気を配るなんて器用なことはできません。
ふと、気づくと、私の設定距離から勝手に動いていたのです。
知らぬ間にヘリコイドリングに指が当たって動いてしまっていた!
このフェザータッチのヘリコイドリングには、
ついに最後まで馴れることはできませんでした。
撮影が佳境に乗ると、そんなこと、頭から飛んでしまうからです。

ですから、路上スナップはほとんど80%は失敗。
今回の人物スナップも厳密には、大なり小なりずれています。
見かけ上なんとかピントが来ている風に見えるものも掲載しるのです。
現代オートフォーカスレンズの写真家たちの超精密写真とは
比較にならない低次元のスナップ写真ですが、
この人素敵だな、直感している私の心のときめきはちゃんと記録されている、
そう感じています。

もしあなたが本ブログを偶然覗いて、
具合の悪い状況を撮影されたとお気づきになったら、
最新の記事のコメント欄に、写真を特定して、削除をお求めになったら、
上記のコメント欄と指定の写真を気づき次第ただちに削除します。
ただし、その記事のコメント欄に記載されたら、無反応で終わるでしょう。
私は原則として、過去の記事を見直したりしませんので、
永遠に気づかない可能性があるからです。
コメントなどないので、コメントの有無をチェックすることもありません。

でも、実のところ、誰もあなたの写真に気づくことはありません。
本ブログはただの日記で、誰も来ないうえ、
稀に偶然アクセスすることがあっても、あまりにも膨大な写真に辟易して、
最後まで写真を見続ける人は絶対に存在しないことを保証します。
写真の素人がおへそあたりの高さに両手で抱えているカメラで
ブラインドで撮っているのですから、
ろくな構図の写真などありません。
そんなガラクタ写真に埋もれているあなたの写真に気を止める人なんて居ませんから、
ご安心ください。

私が勝手に命名したロボグラフィは、
私が自分の人生を歩むにつれて体験した光景を記録する、
ただそれだけのものなので、
写真家たちが心を砕き、魂を削って創造する写真作品とは
完全に無関係の駄写真の山です。
でも、私にとっては、そんな写真でも、観た途端に、
その瞬間の自分を想い出せてくれる貴重なドキュメント、心覚えなのです。
いわば人生のビーコン。

残念ながら、撮影分を全部掲載する手間も時間もスペースもないので、
ざっとお気に入りを選択して、撮影順にメカニカルに搭載しているだけ。
それでも、慧眼の士が観たら、私という人間の底の底まで見えてしまうでしょう。
幸いなことに、慧眼の士はたいていご自分の人生に心を集中しています。
ド素人のゴミためのようなブログを訪問する暇なんかありはしません。
もっとも、どう評価されても、平気です。
私は私。
生涯、この調子で生きてきました。
だから、自分の感じたことを垂れ流し風に文章化し、
自分の歩いた場所を垂れ流し風に撮影して、
自分の人生の記録を残しつつあるのです。

エキサイトの掲載量は無制限。
ありがたいことです。
その内、エキサイトはブログから撤退する恐れが現実化しそう、
と聴きました。
そのときはまた別のプロバイダーを探し、
形を変えて、日記を書き続けることにします。
日々、日記を作ることが大切。
どうせ見直しできないのですから、
記事がこの世から消滅しても、結果的には変わらない。
そう考えて、平静に日々を暮らしているわけです。

それにしても、なかなか魅力的な人たちが多いうえ、
それを記録した宮崎貞安さんのニューレンズ、
ISM50mmF1.0の表現力は強烈に魅力的です。
なにしろF1.0!
そして、超小型。
肉眼と同じ明るさで見えるシーンを楽々と撮れるのですから。




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by hologon158 | 2019-06-03 22:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)