わが友ホロゴン・わが夢タンバール

<   2019年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

804.01 落ち着き(2019年2月13日奈良町がズマロン35㎜F3.5に優しく微笑み)1



人間にとって一番魅力的な視覚対象は?
誰かにそう尋ねられたら、あなたはどう答えますか?
もちろん、答えは一つですね。

   人間!

もちろん観たくない人間だっていますね。
でも、あなた以外の人間が全部消え去ったら、どうですか?
生きていくことができませんね。

あなたが写真家だったとして、
一番撮りたい被写体は何ですか?
誰かにそう尋ねられたら、あなたはどう答えますか?
人によって、様々でしょう。
でも、アマチュア写真家時代の私にとっては、答えは一つでした。

   人間!

偉大な写真家の多くは、人間を撮ることで偉大性を獲得しました。
カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛がまさしくそんな写真家の頂点ですが、
アマチュア写真家だった時代に、
魅力的な人間を沢山撮る幸運に恵まれた人、
それが、アンリ・ラルティーグですね。

古き良き時代のフランス人たちの優雅な日常を、
誰よりもたっぷりと撮り続けることができた人です。
1894年、富裕な家庭に生まれ、幼くしてカメラをプレゼントされ、
日常を撮り続けました。
すでに名作が生まれています。

 12歳のときに撮った「カロリーヌ叔母、ブラントヴィーニュ氏」
 17歳のときに撮った「女優のアルレット」

いつ、なにを撮ったらよいのか?
彼はその頃から既に知っていました。
当時から彼は巨匠だったのです。

それが才能、というものでしょう。
写真好きは沢山居ますが、
才能のある写真好きって、千人に一人、万人に一人でしょう。
そんな人が「写真家」なのでしょう。

私はもちろん写真の才能なんて皆無でしたが、
写真を好きになる才能なら、たっぷり持っていました。
ありあまるほどなので、良い写真を好きになるだけではなくて、
自分の写真なら、なんでも好きになる才能。
これがあるから、半世紀近く、写真を撮り続けてこれたのでしょう。
「芸は身をたすく」と言います。
「自分の写真なら、なんでも好きになる才能」があるゆえに、
私は写真をいつまでも愛し続けることができます。
人からの是認、賞賛を必要としない。
だから、一人で撮り続けることができるのでしょう。

ホロゴンウルトラワイドに出会う前、
私はズマロン35㎜F3.5に夢中でした。
それ以前のお気に入りがフレクトゴン35㎜F2.4。
つまり、私は35㎜レンズに魅せられていたわけです。
今でも、やっぱり魅せられています。
人間、変わらないものです。

私が35㎜レンズをフレクトゴンからズマロンに替えた理由、
それは、完璧な空気感よりも、温かな穏やかさに、
私の好みが変わったからでした。
今でも、好みは変わっていないようです。

奈良町をズマロンで撮りました。
ライカレンズの歴史においては、
ズマロンはズミクロンに取って代わられた、いわば敗者。
でも、私の好みは、鋼の感触を加えたズミクロンよりも、
断然、ズマロン。
がっちりとリアリティを掴み取るズミクロンよりも、
私とその場所の全体をやさしく包み込んでくれる、
そんなやさしさを感じさせてくれるズマロンがいい。

 ズミクロンで撮ると、思わず驚嘆してしまう。
 ズマロンで撮ると、思わず心に落ち着きを感じる。

一緒に人生を歩くのであれば、
私は迷わず、ズマロンを選びます。





c0168172_18534082.jpg
c0168172_18532357.jpg
c0168172_18530724.jpg
c0168172_18524099.jpg
c0168172_18522903.jpg
c0168172_18522314.jpg
c0168172_18521638.jpg
c0168172_18520903.jpg
c0168172_18520237.jpg
c0168172_18511390.jpg
c0168172_18510776.jpg
c0168172_18510074.jpg
c0168172_18505351.jpg
c0168172_18504571.jpg
c0168172_18503774.jpg
c0168172_18503174.jpg
c0168172_18502351.jpg
c0168172_18501550.jpg
c0168172_18494473.jpg
c0168172_18493767.jpg
c0168172_18493020.jpg
c0168172_18492373.jpg
c0168172_18491025.jpg
c0168172_18485816.jpg
c0168172_18484596.jpg
c0168172_18483286.jpg
c0168172_18482126.jpg
c0168172_18481489.jpg
c0168172_18480851.jpg
c0168172_18480040.jpg
c0168172_18475145.jpg
c0168172_18474261.jpg
c0168172_18473319.jpg
c0168172_18472350.jpg
c0168172_18470751.jpg
c0168172_18463657.jpg
c0168172_18462881.jpg
c0168172_18461806.jpg
c0168172_18455601.jpg
c0168172_18453687.jpg
c0168172_18452737.jpg
c0168172_18451889.jpg
c0168172_18450968.jpg
c0168172_18450034.jpg
c0168172_18445081.jpg
c0168172_18443523.jpg
c0168172_18441915.jpg
c0168172_17082514.jpg
c0168172_17081431.jpg
c0168172_17080522.jpg
c0168172_17075980.jpg
c0168172_17075128.jpg
c0168172_17074383.jpg
c0168172_17073486.jpg
c0168172_17072718.jpg
c0168172_17071264.jpg
c0168172_17070310.jpg
c0168172_17065604.jpg
c0168172_17064845.jpg
c0168172_17063951.jpg
c0168172_17062053.jpg
c0168172_17061205.jpg
c0168172_17055854.jpg





by hologon158 | 2019-08-20 18:55 | Comments(0)

803.01 ホロゴン外傳275(2015年6月5日キノプラズマート19mmF1.5が三重で美女と出会い) 雨天結構


マックの写真フォルダは撮影日順に並んでいます。
どんなファイルも、それが文書であっても、写真であっても、
内容が一目で分かり、一発で検索できるように工夫してあります。
たとえば、
今回の写真群は、

  み三重150605▲Kinoplasmat19

一目見ただけで分かります、
三重県で2015年6月5日、
オリンパスE-PL1にキノプラズマート19㎜F1.5を付けて撮った写真たち。

この命名はマック使用開始以来のものです。
ブログ開設前だったので、撮影場所が一番大切。
各フォルダーを全部時間順にソートする必要がありませんでした。

そのせいか、ときおり、全ファイルをソートしても、
撮影時間順には並びません。
そのおかげで、4年も前のものが近作に紛れ込んでいることに気づきました。
写真の撮影時間順にブログを作っているわけではありませんので、
別に不便でも不自然も感じませんが。

4年前、親友のNKさんの車で三重のカントリーサイドを撮影したときの収穫です。

 オリンパスE-PL1
 キノプラズマート19㎜F1.5

私の最愛のレンズの一本です。
雨でした。
私は雨の中での撮影が大好きです。
全天候すべてフォトジェニック、そう考えていますが、
雨が最高。

今でもまざまざと覚えています。
昔、大阪のツカモトカメラ主催で、山陰フォトツァーに出かけました。
講師は当時関西ではトップクラスの写真家、高田誠三さんでした。
バス1台ほぼ満員で出かけたのですが、
憂わしげに、うらめしげに窓の外を眺める一行に、
彼はこうおっしゃったのです。

  「雨ですね。
  でも、確かに晴れの日の写真は撮れませんが、
  雨の日の写真は撮れますよ。
  晴れの日には晴れの写真を、
  雨の日には雨の写真を撮りましょう!」

私は当時写真を始めて20年ほどでしたが、
雨こそ私の絶好の撮影日和と考える人間でしたから、
高田先生のこの言葉は私の心にいたく適いました。

余談ですが、その夜の旅館での夕食の宴で、
先生のところに挨拶に言って、名前を名乗ったところ、
破顔一笑されて、

  「やあ、先日、宮崎の県展の審査に行ったときの宴会で、
  参加された写真家のお一人から、
  ※※というのが宮崎から大阪に転勤したので、
  将来会うことがあったら、よろしく指導してあげてください、
  と言われました。
  あなたのことですね」

なんでもない機会に耳にした名前をよく覚えておられたものです。
広く尊敬される方には、
そんな風に人の名前をしっかりと記憶する方がおられますね。
この先生もそのお一人なのでしょう。

そんなことがあって、
私はその先生も好きになり、
雨天撮影はなおさらに好きになったわけです。

10数年以上前から、写真家気分はぷっつりと絶ち、
自分だけのために素人気分で写真を楽しもう、そう考えて、
ロボグラフィという名称を思いつきました。
コンセプトは、自分の歩いた道の路傍の記憶を写真に残す、
ただそれだけ。
雨天だから、「良い作品ができる」なんて考えることも、
ぷっつり無くなりました。
それでも、昔の男どもは、
美しい女性を、「水も滴るよい女」と呼んだそうですが、
雨に濡れると、路傍のものたちが一段と生気を増すものです。

三重県のカントリーサイドでも同様でした。
とくに、雨の日に絶好の場所がありました。
山間の一角の、廃品集積場。
道路端に完全に老廃したマネキンの女性が
まさに尾羽打ちからした廃残の姿をさらしていました。

これを見て美しいと思う人と、
思わない人の比率は、
推測するに、1対9でしょう。
私はその1に断然属します。
だから、まあ、有頂天になって、数十枚撮らせて頂きました。

私は、はるか昔、宮崎で写真を始めた頃、
「写壇はにわ」に入会しました。
そのクラブで女性モデル撮影会を企画したことがありました。
それがモデル撮影会としては、生涯にたった2回の初回。
ウィーンの音楽大学に留学中の女性ピアニストの方を、
リーダーがツテを使ってお願いしたのです。
とても賢く、美しい方でした。
でも、私とはなんの関係もない女性を撮る、ということが、
私の意欲を全然そそらなかったことを記憶しています。
ウィーン留学のことや、得意な分野をおたずねしたことは覚えていますが、
どんな写真が撮れたか、まったく記憶していないのですから。

ちなみに、もう一度は、全日写連企画の京都の舞妓さん撮影会。
舞妓さん5人に200人以上のカメラマンがまさに蝟集しました。
生まれて初めてで最後のモデル撮影会ですが、
あの殺伐な雰囲気には、今思い出してもぞっとします。
日頃出会うアマチュア写真家とは全く異質、
下品、野卑そのもの風貌、風態、振る舞いのカメラマンたちが沢山混じって、
  「いつまで前にへばりついてるんや!
   ええ加減に交替せんかい!」
などと怒号が飛び交ったりして、騒然。
早々に退散しました。

でも、私はどんな場合でも人に遅れをとることはしませんから、
撮影場所を変える段になると、さりげなく舞妓さんの側で移動し、
指導の写真家が「さあ、ここで撮りましょう」と言ったときには、
自然に最前列に位置するようにできました。

後ろからのそのそ付いてきて、しびれをきらす輩は、
そもそもドジなのです。
たとえば、バスから下車するとき、
自分が料金を支払う番になってから、
財布を取り出して、小銭をがさごそして、両替をする人が居ます。
この人たちは、あらかじめ料金分の硬貨を用意しておき、
両替が必要なら、硬貨を手にしておくという、
予測に基づく準備ができないようです。
そのため、自分にも他人にも迷惑をかけている、
だけど、気づかない。
だから、態度を改めることがありません。
野卑でないだけで、振る舞いの不器用さはこの人たちそっくり。

いつも通り、話が逸れましたが、
キノプラズマート19㎜F1.5、
正確には3/4inchなのですが、私の大のお気に入り。
50㎜の描写は分かりませんが、25㎜より華麗さが減退し、
その分、ロボグラフィの美しさを優しく引き立てる適度の艶やかさがあって、
私は25㎜に劣らず愛しています。

それにしても、誰も撮らないような、
路傍に見捨てられたものばかり、よく撮るものです。
「あんたの写真を写真とは認めない」
よく人から言われました。
面と向かって真剣にそう言われて、そのまま交友が途切れた人もいます。
ほとんどの写真の友人は、そう口に出すことがなくても、
私の写真について一切話題にしません。
写真の友人、知人たちとの間で、私の写真が話題になったことは、
私の写真人生の中でほとんどないに等しい、
そう言っても過言ではありません。
私の方でも、私の写真を話題にしてもらいたいと思っていないので、
好都合です。
私の写真たちは、私一人の秘蔵っ子なのですから。

幸いブログに来る人も居なくなり、
「あのときは良かったなあ、
あんなところに隠れているなんて、思わなかったよ」などと、
秘蔵っ子たちとじっくり語り合えます。
今回のような特別のお気に入りたちとブログで再会できるのは、
至福、
そう言っても過言ではありません。




c0168172_12002328.jpg
c0168172_12001349.jpg
c0168172_11595210.jpg
c0168172_11594688.jpg
c0168172_11593999.jpg
c0168172_11593346.jpg
c0168172_11591780.jpg
c0168172_11590961.jpg
c0168172_11590355.jpg
c0168172_11585654.jpg
c0168172_11584843.jpg
c0168172_11584238.jpg
c0168172_11583563.jpg
c0168172_11582327.jpg
c0168172_11581387.jpg
c0168172_11580560.jpg
c0168172_11575520.jpg
c0168172_11540552.jpg
c0168172_11535658.jpg
c0168172_11533912.jpg
c0168172_11533024.jpg
c0168172_11532270.jpg
c0168172_11531335.jpg
c0168172_11530564.jpg
c0168172_11525830.jpg
c0168172_11525046.jpg
c0168172_11524165.jpg
c0168172_11523200.jpg
c0168172_11520106.jpg
c0168172_11515290.jpg
c0168172_11514498.jpg
c0168172_11513560.jpg
c0168172_11504996.jpg
c0168172_11504249.jpg
c0168172_11503555.jpg
c0168172_11502830.jpg
c0168172_11502097.jpg
c0168172_11501019.jpg
c0168172_11494331.jpg
c0168172_11493310.jpg
c0168172_11492470.jpg
c0168172_11491450.jpg
c0168172_11485799.jpg
c0168172_11485192.jpg
c0168172_11484304.jpg
c0168172_11483646.jpg
c0168172_11482831.jpg
c0168172_11481864.jpg
c0168172_11471760.jpg
c0168172_11470734.jpg
c0168172_11465992.jpg
c0168172_11465054.jpg
c0168172_11463959.jpg
c0168172_11462875.jpg
c0168172_11462105.jpg
c0168172_11461377.jpg
c0168172_11460433.jpg
c0168172_11455846.jpg
c0168172_11455123.jpg
c0168172_11454492.jpg
c0168172_11453762.jpg
c0168172_11453127.jpg
c0168172_11452112.jpg
c0168172_11451345.jpg
c0168172_11450765.jpg
c0168172_11450086.jpg
c0168172_11445457.jpg
c0168172_11444757.jpg
c0168172_11443953.jpg
c0168172_11443271.jpg






by hologon158 | 2019-08-17 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

802.02 ホロゴン外傳274(2019年3月30日スピードパンクロ35mmF2が京都御所の春を)2 オボロングラフィ



人間の脳のわずか3%しか(だったと思います)、
人間の組織の形成にあずかっていない、
という話を聴いたことがありますか?
どうやら、そうらしいですね。

そこで、問題は、残りの97%はなんなの?
ただのガラクタ、という説が有力でした。
さらには、今から人間の進化に伴って勝つ用意されるのを待っている、
という、少数説もありました。
いわば、超人間への進化の鍵を担っている!
根拠不明ですが、そうだったら、後世の人類のためには嬉しいですね。
人間がまだまだ進化するとは。
でも、本当に現在でも進化を続けているのだそうです。
翼が生えてきて飛べるようになる、
なんてことはありませんが。
でも、現在では、組織の生成にあずからない部分は、
脳の働きに関与しているという説が有力になりつつあるのだそうです。

結局、どう落ち着くかはわかりませんが、
人間の心身についても、あるいは、
私たちが直面するあらゆる問題においても、
私たちは、その問題の局面、次元、諸相のすべてにおいて、
私たちが知り得ないが、実は重要な関わりをもつ、
未知の部分が必ず隠されているのに、それを考慮しないで、
既知の範囲内で解決策をあれこれ思案しているということなのです。

この未知の部分をミステリーファクター、
約めてMF、と呼びましょう。
どんなに有能な、どんなに学識に富んだ人でも知り得ないから、
MFなのです。

ということは、何を意味するか?
① 私たち人間は、私たちが直面する問題のどの問題がMFで、
どの問題がそうでないかを正確に知ることができない。
② 常に言えることは、
すべてを完全に解明、解決することができない。
③ ①と②の結果、私たちが解決できたと思う問題には、
大きな誤解が含まれている可能性がある。

この世には天才的な英知に恵まれた人が居ます。
そんな方は快刀乱麻、意表外な手法で、問題を解き明かし、解決してくれます。
でも、実は、そんな天才たちの名答の中にも、
③の可能性が潜んでいるのです。
というより、科学の歴史は、ほとんど全ての定説が覆されてきた歴史なのです。
結局、分かった、これは絶対確実、と確信できる学説のほとんどが、
実はそうではなかったとわかってきたのが、科学の歴史。

天才たちが快刀乱麻なのは、
彼らが知り得たデータだけを使って解決策を見つけ出すからです。
実のところ、あらゆる科学、学問でそれが起こっています。
ニュートンもアインシュタインも、
彼らの偉大な発見のほとんど全部または重要な一部を否定されてしまっています。
でも、偉大さに変わりはない。
学問世界は一歩も二歩も進めてくれたからです。
誤答も学問世界を進めることができるのです。

私はマンションの水漏れを思い出しました。
よくある事故ですね。
マンションの一室の天井から水が滴りはじめます。
住人は大抵の場合真上の区画に原因があると考え、
管理人と一緒に真上の区画の住人にクレームを付けます。
すると、ときにこんな答えが返ってきます、
「いえ、私の部屋ではそんなことは起こっていません。
見てもらってもいいですよ。」
確かに、水が漏れている箇所など見つかりません。

なぜ?
水が化け物だからです。
漏水がどこかで起こります。
水は素直に直下の区画に滴り落ちるわけではありません。
水はこの世で最小の分子です。
入り込める隙間があれば、早速浸透開始!
つまり、超微細な孔、隙間があれば360度どの方向にも浸透していくのです。
ときには、漏出した水は2階分隙間を浸透圧で上昇し、
先頭は、背後から上ってくる水に押されて、
別の隙間を見つけて5室分の中間構造を水平に移動し、
最後に、垂直の隙間に流れ込んで被害者宅の天井をぐっしょりと濡らす、
なんてことはざらにあるようです。

人間はそんな隙間に入っていけるほど大きくないし、
マンションの複雑な構造空間の中に入り込んで、
どんな超微細な隙間も検出できる、
そんな便利な装置もありません。

おっと、分かりもしないで、分かったような口を早速きいてしまいました。
そんな便利な装置があっても、
誰もが利用できるようなものではないでしょう。
「漏水鑑定士」なんてこの世に居るのでしょうか?
たとえ居ても、どんな漏水事故も完全に解明できるとは思えません。

ということで、漏水を原因とする損害賠償訴訟は極めて厄介で、
解決に長引くことで知られています。
ご承知のように、損害賠償請求は、
原告が被告の故意または過失による加害行為を立証しなければ、負け。
でも、漏水事故が訴訟に発展するのは、被告側に責任があると思えないからで、
原告があんたが悪いんだと立証しなければならないケースばかり。
それなのに、水漏れの責任を立証するのは難しいのですから、
勝訴がなかなか難しい種類の訴訟なのです。

この漏水責任解明の難しさは、
実は私たちが直面する問題のほとんどに潜んでいるのではないでしょうか?
考えてみてください。
ある出来事をEと呼びましょう。
Eはなぜ起こったか?
その原因はなにか?

たとえば、ケネディ大統領の死の原因は?
当局はオズワルドの単独犯行として早期決着を付けました。
でも、真相はそうでなかったことが明らかになっています。
実行犯を特定することさえ難しい。
まして、黒幕、真の暗殺者を見つけ出すのはいつの場合でも困難。
捜査機関さえも篭絡している可能性があるのですから。
原因は犯行だけにあるわけではありません。
実行犯がなぜ犯行に及んだか?
その原因はなにか?
こんな風に考えていくと、ケネディ暗殺の原因は直接原因はこれこれであるけど、
そのような行動に及んだのはこれこれの事情があったからで、
と言う風に、どんどんと淵源に遡って行き、
実のところそれ以前の宇宙全体が原因を成していたということになりかねません。

つまり、快刀乱麻な解決には常に、
いいとこ取り、お目こぼし、怠慢等が関与している可能性があるのです。
この世にはあらゆる事象に快刀乱麻の解答を出してくれる人がおいでになりますが、
どうも素直に「そうですか、それで解決ですね」と鵜呑みにするのは危険なようです。

一方、天才の皆さんも、
天才の自分でさえも気づかないファクター、側面、判断要素が
常に隠されていることを忘れないようにしましょうね。
アルキメデスのように、
「ユーレカ!(わかったあ!)」と叫ぶ悟りの瞬間が一番危険です。
その悟りが、目隠しとなって、
真実を突き止める決定的ファクターを瞬時に吹き飛ばしてしまうからです。

でも、実はそんな誤信ユーレカ体験が人類を成長させ、
歴史を築き上げてきたのかも知れません。
人類は間違いをエネルギーにして進歩してきた、
そう言っても過言ではないかもしれませんね。

さて、写真は、京都四条界隈。
私のスピードパンクロ35mmf2は、
兄貴分の50よりもかなりローコントラスト、かなり穏やかな描写。
これは、おそらくオンボロになるまで使い込まれたせいでしょう。
こんなに朧レンズになるまで使いたがった使い手が居たのです。
私の同類かもしれません。
こうなると、ロボグラフィ、と言うより、
オボロングラフィ、が正確かもしれません。





c0168172_14384646.jpg
c0168172_14383814.jpg
c0168172_14383018.jpg
c0168172_14382170.jpg
c0168172_14381379.jpg
c0168172_14374355.jpg
c0168172_14375951.jpg
c0168172_14375080.jpg
c0168172_14380630.jpg
c0168172_14373418.jpg
c0168172_14372637.jpg
c0168172_14371800.jpg
c0168172_14371021.jpg
c0168172_14370218.jpg
c0168172_14365446.jpg
c0168172_14363188.jpg
c0168172_14361609.jpg
c0168172_14355913.jpg
c0168172_14355165.jpg
c0168172_14353405.jpg
c0168172_14352684.jpg
c0168172_14351704.jpg
c0168172_14350814.jpg
c0168172_14345652.jpg
c0168172_14344203.jpg
c0168172_14343653.jpg
c0168172_14342977.jpg
c0168172_14342217.jpg
c0168172_14341593.jpg
c0168172_14340671.jpg
c0168172_14335934.jpg
c0168172_14335217.jpg
c0168172_14334591.jpg
c0168172_14333875.jpg
c0168172_14333117.jpg
c0168172_14332469.jpg
c0168172_14331744.jpg
c0168172_14330381.jpg
c0168172_14331006.jpg
c0168172_14325620.jpg
c0168172_14324507.jpg
c0168172_14323362.jpg
c0168172_14322673.jpg
c0168172_14321358.jpg
c0168172_14320610.jpg
c0168172_14315959.jpg
c0168172_14315212.jpg
c0168172_14314407.jpg
c0168172_14313403.jpg
c0168172_14312557.jpg
c0168172_14311755.jpg
c0168172_11594578.jpg
c0168172_11593603.jpg
c0168172_11592763.jpg
c0168172_11591878.jpg
c0168172_11590636.jpg
c0168172_11584452.jpg
c0168172_11581600.jpg
c0168172_11580764.jpg
c0168172_11575807.jpg
c0168172_11574983.jpg
c0168172_11573979.jpg






by hologon158 | 2019-08-12 14:42 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

802.01 ホロゴン外傳274(2019年3月30日スピードパンクロ35mmF2が京都御所の春を)1 本当の人生



旧約聖書の「ヨシュア記」を読み終えました。
もちろんKindleで。
後半で、ヨシュアはイスラエルの地を征服し終わり、
各士族に占領地を割り当てていきます。
数知れない地名、部族名、人名がズラズラズラズラと果てしなく並びます。
記憶力に乏しい私の頭にはとても残りません。

私の末娘、小2、3年の頃でしたか?
新約聖書を最初のマタイ傳から読み始めたそうです。
しばらくして母親のところにやってきて、
「吐き気がしてきた!」
誰の子が誰、その子が誰と、1頁にわたって続いたからです。
私など、はなから飛ばしてしまいます。
娘は「キチン」を絵に描いたような性格のうえ、
そんな跳ばし読みの技術など身に付けていなかったからです。

でも、今度は私がヨシュア記後半で同じ体験をしそうになったわけです。
数頁正直に読んで、
あとは、Kindleの画面左を指先でポンポンと軽くタッチ。
それだけで、頁が進みますから便利。
こういうときは、画面の字を最小にして、
1頁の行数を最大にしてしまうと、
迅速に飛ばすことができます。
ただし、この場面では、活字本が便利ですね。
何頁もまとめて飛ばし読みできますから。

でも、このとき、私が一番感じたことは、
Kindleの使い勝手のことではありませんでした。
旧約聖書の作者たちのこと。
一体史実なのでしょうか?
それとも、一握りの制作者たちの創作なのでしょうか?
創作にしては詳しすぎ、臨場感がありすぎ。
でも、制作者たちがどうして神様とアダム、イブのやりとりを
知ったのでしょうか?

考古学者たちの間では、
まだイスラエル人の出自について定説がないようです。
最近、エジプトの遺跡からイスラエル人の名(失念)が見つかったので、
古代エジプトにイスラエル人らしい存在が混じっていたことは
どうやら間違いがないようです。
でも、ファラオの重臣に名を連ねたヨセフやモーセについての資料は
まだ見つからないようです。
聖書が描くモーセの出エジプトの記録によれば、
エジプトは壊滅的な打撃を受け、
当時のファラオは海の藻屑になって消えたのです。
王朝の命運を絶ちかねない大事件で、
歴史的にも異例の危機だったのです。
記録の欠片でも記録されないはずはない、
そう思うのですが...?

最近考古学者が、考古学の知見に基づいて、
イスラエル人はそもそも土着で、
聖書上、イスラエル人のライバルの代表格だったペリシテ人と
同じ民族だったのではないか、という説を発表しています。
ジェリコの遺跡からも、聖書に記載されるような
瞬時の壊滅的崩壊を証明する資料は採掘されていないようです。
これは出エジプト記とどうやら真っ向から対立する感じ。

でも、このような古典の史実性は、
地球上のすべての文明に共通する難問ですね。
日本の古事記にも言えることですが、
文字がない時代からの伝承が出典の本体を占める、
そんなことが極めて多く見つかっています。
「ヨシュア記」の土着諸部族の殲滅戦と、
その後のイスラエルの地の分配についても、同様です。
稗田阿礼やホメーロスのような超絶記憶の持ち主が伝えた
伝承記録が典拠なのかも知れません。

でも、現実は事の大小を自然に知ることが出来る状態ではありません。
誰もが自分の周囲の出来事しか認識できないのですから。
そして、時々刻々とその地の社会では人々の営みが続くのです。
そうした複雑多岐の伝承がどのようにして選別され、
その一部が取り立てて記憶にとどめられたのでしょうか?
今起こったことが後世に影響を与える重要な画期的事件かどうか、
なんて誰に判ったのでしょうか?
それとも、その選択は常に記憶伝承者の手に委ねられていたのでしょうか?

それにしても、イスラエル人による数知れない原住部族の殲滅戦は、
あまりにも詳細すぎます。
一言で済ませてもよいのに、
これだけ詳細に記憶する価値があると、誰かが本当に考えたのでしょうか?
だって、神が見捨てた原住の少数民族たちを一々記憶するよりも、
もっと記憶に値することがあったではありませんか?
私が一つ思いつくのは、イスラエルの12氏族のリーダーたち。
彼らはユダヤ12氏族の始祖になったのですから、
その名前位覚えておいてもよかったのではありませんか?
聖書のどこかに書いてあるのかも知れませんが、
各氏族がその住むべき最初の地を分与された、
いわば氏族の基礎を定めた大事件なのですから、
ここにこそ記載してしかるべきではなかったでしょうか?

地球上で起こるすべての出来事が、
全宇宙にまたがる因果関係の海の波頭の飛沫のようなものなのです。
a1,a2,a3,a4,a5........と、
線形を描いて起こるのではありません。
全宇宙が脈打つ心臓のようにドキンドキンと脈打つ、
その全部が宇宙を一瞬一瞬現実化している、
それが宇宙です。
地球上のすべての出来事もその網の中にあるのです。
その中から、なにか特定の事象、因果系列を取り出して、
a1が起こったから、a2が起こり、それがa3となった、
と、良いとこ取りしているだけなのです。

あらゆる史書、古典はそんな恣意的な選択の結果生まれたわけです。
聖書の由来についても専門家がいろいろと研究しているでしょう。
私はまったくど素人ですが、頭の体操をするのは好きです。
聖書の諸章が成立したのは、ユダヤ教が生まれ、
かなり信仰者が増えた頃でしょう。
たとえば、アダムとイブ、あるいはその2、3代あとの子孫が、
創世記を文章としてまとめたとは絶対に考えられませんね。

なぜなら、当時、言語なるものがどれだけ成立していたか、
極めて怪しいのですから。
神とアダム夫婦の間のコミュニケーションは、
言語を介してのものではなく、
思いを伝える以心伝心のコミュニケーション、
あるいは、人間と犬の関係にもっと近かった、
そう考えた方がよいのではないでしょうか?
人類が話し言葉を発明し、その後、
文字を発明したのははるかに後世だったはずですから。

ホモサピエンス誕生後現人類に至るまで、
遺伝子的にはほとんと変わっていないのだそうです。
つまり、数万年前、クレオパトラや楊貴妃のような美女たちが
地上を颯爽と闊歩していたかも知れないのです。
(現代の美女たちはあるいていません。
この人たちは整形と化粧で作り出された外観だけなのですから)
ネフェルティティのトルソを思い出してください。
彼女が現代に出現しても、現代美女の誰もかなわないでしょう。
神とも紛う完璧な美貌には、生来の気品と威厳が備わっているのですから。
もちろん文明がもたらした独特の洗練された容貌があるのかも知れませんが、
そんな文化による洗練を経由していないだけ、
みずみずしさ一杯の美女がいたかも知れません。
(余談ですが、若い頃の吉永小百合さんや、
「初恋の来た道」に初演したチャン・ツィイーを思い出してください。
成功して、大スターになってからのチャン・ツィイーさんの顔なんて、
見られたものではありませんね)

古代美人に話を戻しますと、
当時は単音節の叫び声でコミュニケートしていたので、
美しい口をついて出るのは、阿鼻叫喚に近い絶叫だったかも?

言葉に深い意味を与えるようになった複雑な概念は
遙かに後世になってから出現します。
古典ギリシア人や中国人、インド人が
そうした思考の飛躍に大きく貢献しましたが、
そのお隣あたりでは、
「おれ、あんた、きらい! 
殺す! 
キャーワワー!」
という感じだけだったかも知れないのです。
たとえば、ゲルマン神話やサガを読むと、
抽象的な概念などまったく無縁ですね。

話を元に戻しましょう。
旧約聖書も、イスラエル人が文字を持たない時代をかなり経た後で、
次第に言葉が整備され、文字が発明されて、
文章力、記憶力、思考力が高められながら、
かなりの時代を経た後で、制作、編纂の段階に至ったはずです。

さらに、私が勝手に思うのですが、
諸文明を創造した神もしくは神々は、
それぞれに独立の別種族だったようです。

なぜ?
神様はどうやら地上の人類と言葉を交わしたようです。
ところが、各地、各時代の言語はそれぞれ全然別で、
文字もまるで違う。
神に呼びかける神の御名も全然違う。
地球の創造神が一人もしくは一種族であったとすれば、
なんで地球上でてんでばらばらの時代に、
てんでばらばらの言語なのでしょう?
たとえば、シュメール、アッカドの楔形文字と、
エジプト文明の象形文字との間には、
地理的にはかなり近いのに、なんの関連性もないようです。
それぞれに宇宙を創造したはずの神様が、
地球上にあちこちに同時的もしくは経時的に沢山出現していることは、
どう説明すればよいのでしょうか?

これは今私が思いついただけのことなので、
偉大な学者たちがすでに決着を付けている問題かも知れません。
でも、その決着の付け方は、たいていの場合、
①ある神だけが本物で、後はでっち上げ、
②神様なんて、全部でっちあげ、
という手法でしょう。

では、①の場合、
その本物の「本物性」をどうやって万人に証明できるのですか?
どうもそのあたりはあやふや、という感じがします。

それと、もう一つ、私がいつも思うのは、
どの宗教でも、天界の存在と人間は直にコミュニケートしていたのに、
なんであるときから以降、
神様たちは自分の創造した民に全然ご無沙汰なの?

この点は、近頃のUFOについても同じ事が言えます。
合衆国を初めとして、いくつかの政府はすでに、
UFOを捕獲し、かつ宇宙人と交渉があると言う方がいます。
そんな宇宙人と交渉できるようになった政府が
その事実をひた隠しに隠そうとするのはわかります。
宇宙人からできるかぎり最良最大の情報と利益を確保したいからです。

でも、宇宙人はどうなのですか?
はるか遠くの星から遙々何光年も超えて飛来したのです。
地球文明の科学技術水準を遙かに超えています。
はるか遠くの星から飛来して、外交関係の糸口をつかんだのに、
いつまでも自分たちの存在を否定し続ける一政府とだけ
秘密に交渉し続ける利益がどこにあるのでしょう?
そんな利己的な地方政府とだけ交渉し、
利用されるだけというのでは、なんのメリットもないではありませんか?

キリスト教の神を含む古えの神々も、現代の宇宙人も、
私たち一般人には永遠に隠された存在、という感じがします。
私が言っていることはかなり幼稚なのでしょう。
でも、どんな場合でも、シンプルがベストです。
神様は私と会えるのです。
存在すれば、会えるはず。
でも、私は神様と会ったことがない。
宇宙人ははるばる地球に到来したのです。
みんなに「こんにちわ!」って挨拶したっていいじゃないですか?
それなのに、いつまでも隠れん坊ごっこ。
どうもわけがわかりません。

私は、単純なのでしょう。
でも、自分で直接確認できないことを容易に信じることはできないのです。
だから、いつまでも無神論者。
宇宙人の存在は認めます。
私たち自身がそうなのですから。
でも、地球外の宇宙人が地球にコンタクトしている事実は
とても信じられません。
むしろ宇宙は余りにも広すぎて、
億単位の文明世界が宇宙に散在しても、
時間と空間とが違って、すれ違い、
それが真相なのではないでしょうか?
だとしたら、ほんと、残念。
地球人以外の文明の主人公たちに出会ってみたいものですね。

さて、今回は、春爛漫を演出する枝垂れ桜の京都御所。
写真の仲間と参りました。
小雨日和でしたが、かなりの人出でした。
季節ごとの花々を主題とする写真家は多いでしょう。
私が写真雑誌を眺めるのを止めたのは、
今から30年以上前。
桜どころか、およそ花を主題とする写真家たちの業績など、
全く知らないと言っても良いでしょう。
しかも、私は花の写真を撮りたいという気持ちもありません。
私が撮っているのは、私と花とのプライベートな接触の記録。
こちらが「やー!」と声をかけ、
桜が「よー!」と返す、ただそれだけ。
でも、桜たち、頑張っているな、と、少し安心できる、
そうすることで、お互いの無事を確かめあう、というスタンス。
それ以上の気持ちはありません。

すでに幾度も御所を訪れましたが、
今回は、ソニーα7にスピードパンクロ35㎜F2を付けました。
古都の雨交じりの穏やかな初春の光景。
いつもの通り、編集した組写真ではなく、
撮影順に並べることで、私の人生の一コマを記録しています。
撮影者の私の記憶と合体することで、体験がよみがえります。
私だけにしかできない、「美しきひとときの思い出」
これに、私一人にしか理解できない個人的な思考の記録を組み合わせる。
私一人のためのブログ活用法をついに確立できた、
そう考えて、悦に入っています。
日々、道行きで交差する多くの人々の眼差しはかなり暗い、
そんな感じがします。
「もう人生でやることを全部やり終えた」
そんな思いが滲み出てくるような眼差し、表情です。
私は、違います。

「これからが、本当の僕の人生だ」

ついでに、書いておきます。
私の写真の色はニュートラルではありません。
現実の再現でもありません。
フォトショップで、色再現を調整するなんてことはしません。
例えば、ソニーα7のカラーバランスは「オート」に設定。
でも、クラシックレンズには様々に色の偏りがあります。
それがそいつのクセなのです。
それが私のお気に入りの理由なのです。
どうして、それを修正する必要があるのですか?
そんなレンズたちのクセを慈しみたいのです。
それを写真表現のミス、失敗だと思う人は、
私の意味不明写真など見なければ良いのです。




c0168172_17365759.jpg
c0168172_17364941.jpg
c0168172_17364087.jpg
c0168172_17362965.jpg
c0168172_17362285.jpg
c0168172_17361352.jpg
c0168172_17360571.jpg
c0168172_17354834.jpg
c0168172_17355677.jpg
c0168172_17353944.jpg
c0168172_17353197.jpg
c0168172_17352055.jpg
c0168172_17330422.jpg
c0168172_17325602.jpg
c0168172_17310044.jpg
c0168172_17305042.jpg
c0168172_17303690.jpg
c0168172_17302848.jpg
c0168172_17301573.jpg
c0168172_17300767.jpg
c0168172_17295590.jpg
c0168172_17294814.jpg
c0168172_17293836.jpg
c0168172_17293104.jpg
c0168172_17292486.jpg
c0168172_17291538.jpg
c0168172_17290637.jpg
c0168172_17285847.jpg
c0168172_17285039.jpg
c0168172_17284356.jpg
c0168172_17283423.jpg
c0168172_17271319.jpg
c0168172_17270642.jpg
c0168172_17265824.jpg
c0168172_17264419.jpg
c0168172_17263609.jpg
c0168172_17260997.jpg
c0168172_17260033.jpg
c0168172_17255243.jpg
c0168172_17254527.jpg
c0168172_17253883.jpg
c0168172_17252873.jpg
c0168172_17252108.jpg
c0168172_17251496.jpg
c0168172_17250144.jpg
c0168172_17245426.jpg
c0168172_17244712.jpg
c0168172_17243871.jpg
c0168172_17241407.jpg
c0168172_17240434.jpg
c0168172_17235614.jpg
c0168172_17234989.jpg
c0168172_17234207.jpg
c0168172_17233587.jpg
c0168172_17232750.jpg
c0168172_17231775.jpg
c0168172_17231040.jpg
c0168172_17230315.jpg
c0168172_17225458.jpg
c0168172_17224762.jpg
c0168172_17223572.jpg








by hologon158 | 2019-08-07 17:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

801.02 ホロゴン外傳273(2019年4月8日スピードパンクロ35mmF2が奈良町なら任しとき)2 二枚腰、三枚腰で



イエスのところにローマ軍の百人隊長がやってきます。
彼が病を言葉一つで癒やすと聴いたからです。
イエスが話を聞いて、
「それでは参りましょう」
と言うと、
百人隊長は答えます、

  「むさ苦しいところにおいで頂く必要はありません。
   ここでただ一つ言葉を頂ければよいのです」

ローマ人らしい言葉ではありませんか?
カエサルが侵入者を破ったとき、
元老院に送った報告文を思い出します、

  「来た、見た、勝った」

これがローマ人でした。
実は、私は、カエサルはしゃべりすぎと思います、
「勝った」だけで良かったのではありませんか?
カエサルは韻にこだわったのです、

  「Vini Vidi Vici」

でも、国事なのです、飾りは余計、そんな感じがします。
イエスの前に現れた百人隊長は、飾りにこだわりませんでした。
彼の方がローマ人らしいと言えそうです。

私は、実のところ、ローマ人と対極にあります。
やたらしゃべりまくり、やたら書きまくる。
ただし、私の友人たちは私よりも雄弁なので、
私の出る幕はほとんどありませんが。

でも、私は社交的な人間ではありません。
職業生活で言葉を実用のものとして使った時代でさえもそうでしたが、
すでに人とのコミュニケーションをほとんど絶っている今、
すべてが独り言に近くなっています。

すると、言葉はなにかを伝えるためのものではなくなります。
いわば自分自身の内燃機関を燃やすための燃料。
有効な燃料、たとえば、ガソリンがあるときは、
ガソリンも使うでしょう。
しかし、原子力は絶対に使いません。
自分で中から被爆してたら、元も子もない。
でも、大抵は近くにあるものを、
不要物と見たら、めったやたらに放り込んでいる、
それが私の文章です。

日本の祭り囃子がそうですね。
小さな定型パッセージをどこまでもどこまでも際限なく繰り返す。
この繰り返しが段々と自分自身と祭りに集まった人の心を浮き立たせ、
舞い上がらせます。
ラベルの「ボレロ」を思い出してください。
段々と楽器が加わってきます。
あなたはそうは思わないかも知れませんが、
私には、ラストは阿鼻叫喚の修羅場としか思えません。
多くの音楽愛好者はそれで興奮し感激するのでしょう。
でも、私が作曲者だったら、阿鼻叫喚は一瞬で、
ラスト半分で、段々と楽器が一つずつ消えていき、
ラストは楽器1本のピアニッシモで終わります。

でも、その曲は、ラベルの原曲と違い、
「ブラボー、ブラボー」のスタンディングオベーションはよばないでしょう。
聴衆は深く静かな満足感を抱きながら、静かに立ち去るでしょう。
演奏者も出番が済んだら、一人一人姿を消すことにしたら、
アンコールアイテムとなりますね。

でも、ラベルは拍手喝采を選んだのです。
別にフランス的な嗜好と言うわけではありません。
静かに終わる作品も沢山ありますし、
シャンソンにもそんな歌がかなり多くあります。
私は、どちらかと言うと、そちらが好みですね。
たとえば、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のラストのように。

でも、そんな人間ですが、
文章を書くと、めったやたらに饒舌となります。
これはなぜか?
結局、家族の呪いのようなものかも知れません。
母親はアルツハイマーとなりましたが、
心身ともに強壮であったために、
アルツハイマーの状態でかなり長生きしました。
私は絶対にそんな風になりたくないで
しかも、当たりクジがかなり沢山混すね。
アルツハイマーの原因はまだよく判っていないようです。
罹患の機序も、遺伝でも伝染でもないようです。
つまり、宝くじのようなもので、じっている。
だから、防ぎようもないのでしょう。
でも、私は絶対に防ぐ、そう決意しています。
その方法は、心身を使いまくること。

理由はありません。
ひたすら心身を動かして、「通りゃんせ、通りゃんせ」と輪を作り、
アルツハイマー疫病神がこの輪を破って入ってこれないようにする、
そんなスタンスです。

偶然ですが、毎夜就寝前に観る韓流ドラマは、
「記憶~愛する人へ~」」
イ・ソンミンという、私に言わせれば、稀代の名優。
突然アルツハイマーを宣告された、やり手弁護士を熱演しました。
宣告されても、どうしようもない。
だから、必死で生きようと、仕事に家庭に没入する姿は、
痛々しいけど、心を揺さぶられます。
もし自分がそんな宣告を受けたら、どうするだろうか?
そう考えると、このドラマ、他人事ではないという感じ。

幸い、今の所、あまり老いの兆候もなく、
はつらつと人生を楽しんでいます。
人生って、結局は、自分ではどうしようもないものです。
そして、自分は、5年後、10年後、20年後、さらには30年後、
どうなるか、まったく予測不能です。
実は、どんな年齢の人でも、事情は変わりありません。

例えば、あなたが80としましょう。
ああ、残り少なくなったなあ、と嘆きますか?
でも、105歳まで元気で生きる人だって、ザラとは言いませんが、
かなりおられます。
すると、まだ人生を楽しむ時間は35年も残っているのです。
そんな可能性など頭から否定してしまって、
「ああ、俺の人生、あと10年あるかなあ」などと嘆きつつ、
やる気を失って、うかうかと日々を暮らしますか?

それも人生でしょう。
でも、私は確信しているのですが、
人は自分の予測する方向についふらふらと誘われるものです。
ああ、もう残り少なだとよろけたら、その通りになるでしょう。
80歳のあなたが、まだ人生の半分近くも残っているぞ、
よし、これはうかうかできないぞ、そう思ったら、
短期、長期、あれこれと計画を立てよう、という気になり、
そんな計画に沿って、生きるかもしれません
「人間万事塞翁が馬」と言うではありませんか?
どんな状態になっても、「どんと、来い」とばかり、
二枚腰、三枚腰でしなやかに受け止めていきたいものですね。






c0168172_11410811.jpg
c0168172_11405956.jpg
c0168172_11404616.jpg
c0168172_23343274.jpg
c0168172_23342347.jpg
c0168172_23340761.jpg
c0168172_23333820.jpg
c0168172_23333015.jpg
c0168172_23332307.jpg
c0168172_23330172.jpg
c0168172_23324012.jpg
c0168172_23305495.jpg
c0168172_23304120.jpg
c0168172_23303356.jpg
c0168172_23301673.jpg
c0168172_23293978.jpg
c0168172_23293069.jpg
c0168172_23291437.jpg
c0168172_23290156.jpg
c0168172_23285223.jpg
c0168172_23275958.jpg
c0168172_23274613.jpg
c0168172_23271459.jpg
c0168172_23270063.jpg
c0168172_23264786.jpg
c0168172_23253121.jpg
c0168172_23252191.jpg
c0168172_23250727.jpg
c0168172_23242184.jpg
c0168172_23230388.jpg
c0168172_23225092.jpg
c0168172_23215191.jpg
c0168172_23212514.jpg
c0168172_23211605.jpg
c0168172_23210381.jpg
c0168172_23204863.jpg
c0168172_23203345.jpg
c0168172_23194711.jpg
c0168172_23193834.jpg
c0168172_23193051.jpg
c0168172_23191979.jpg
c0168172_23185496.jpg
c0168172_23173799.jpg
c0168172_23172670.jpg
c0168172_23171143.jpg
c0168172_23170031.jpg
c0168172_23165138.jpg
c0168172_23164226.jpg
c0168172_23162779.jpg
c0168172_23161978.jpg
c0168172_23160393.jpg
c0168172_23154610.jpg
c0168172_23153221.jpg
c0168172_23152108.jpg
c0168172_23151142.jpg
c0168172_23145470.jpg
c0168172_23144349.jpg
c0168172_23143516.jpg
c0168172_23142084.jpg
c0168172_23141062.jpg
c0168172_23140055.jpg
c0168172_11395265.jpg






by hologon158 | 2019-08-01 23:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)