わが友ホロゴン・わが夢タンバール

34.2ホロゴンデイ13「2007年5月12日の西の京」2 バレリーナが見事に踊り終わって


以前、メタモルフォーゼの作例として、今回の縦位置を出したことがあります。
たしかにどんより曇った日でしたが、
ここまで、この木が輝いて見えたわけではありません。
私がやったことは、もちろん脳内露出計のあてずっぽうの目分量ですが、
八重桜がちょうど白くなるような露出値に設定することだけ。
あとはホロゴンがやってくれました。
すべてがホロゴンの摩訶不思議な周辺減光のおかげ。
この写真を見ていますと、ちょっとおかしな気分になってきます。
バレリーナが見事に踊り終わって、ポーズ!
でも、誰も観ていない。
そんな感じ。
でも、おそらく木はそんなこと気にしていないでしょうね。
この水の豊富な場所をたった独り占領して、
のびのびと暮らすことができるのです。
ぐっと張り出した枝はまるで背伸びをしている姿。
満足感があふれ出てくるようです。
おのれの場所に満足し、
おのれの地位に不満を抱かない、
おのれの人生に心から満ち足りた思いができる、
そんな人がこの世に幾人いるでしょうか?
きっといるはず。
0.5パーセントかもしれません。
0.05パーセントかもしれません。
もっと少ないかも知れません。
それでもかなりいるはずなのです。
一度会って、どんな人生なのか教えてほしいですね。

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# by Hologon158 | 2008-10-20 13:20 | ホロゴンデイ | Comments(0)

34.1ホロゴンデイ13「2007年5月12日の西の京」1 一々の微塵の中に、仏国海が安住し


さて、ブログをはじめてからずっと、これはやりたいと念願してきた、
「ネパール1989年」を無事(かどうかは分かりませんが)終えることができ、
近場でほっと一息つくことにします。
昨年、奈良市の西部、西の京と呼ばれる一帯を友人たちと歩きました。
奈良朝の著名な古刹、唐招提寺、薬師寺が、
近鉄橿原線の東側に沿って、南北に並んでいます。
どちらも入山料が必要なので、これは避けることにして、
橿原線の西側田園地帯を3駅分歩きまわることにしました。
「ネパール1989年」は、一昔前の、幾種類かのレンズを駆使するアマチュア写真家風撮り方、
今回は、すでにホロゴンたけなわといった感じに一変します。
全部ホロゴン15mmF8による超接近水平垂直撮影法の写真たちです。
またか、もう飽きたわ、などとうんざりなさらないで、
気を取り直して、お付き合いください。
ショック療法として、
最初から、ロボーグラフィ全開とさせていただきました。
奈良は、野仏の多いところです。
大和盆地そのものがいわば仏の身体に似た形をしています。
そのせいでしょうか?
どこに行っても、なにを見ても、野仏を連想させるのです。
野仏がどのような気持ちから、その場に安置されたのか?
私にはまったく分かりませんが、
おそらくは、近親の供養のためではないでしょうか?
私は、仏教のことも詳しくはないのですが、
華厳経にこう書かれています、
「一々の微塵の中に、仏国海ブッコクカイが安住し、
仏雲があまねく護念し、弥綸ミウンして一切を覆う」
要するに、どんな塵一つの中にも仏様とその国土がゆったりと収まっているのです。
野の石にも木ぎれにも、あなたにも、私にも。
この言葉をまともに信じたら、
人間はどんなこともおろそかにはできないことになりそうです。
素晴らしい教えですね。
そのことをしっかりと頭に入れて、私の写真をご覧ください。
すこしは、「ふむ、ありがたい写真だな」とお感じいただけるでしょうか?
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# by Hologon158 | 2008-10-20 11:13 | ホロゴンデイ | Comments(0)

33.30ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」30-完- 真紅の姉妹が暮れ方の広場を駈けていった

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日が沈む直前、バドガオンは、高原の薄い空気のせいでしょうか、
直視しがたいほどに強烈な斜光線を放つ太陽の下、
なお一層黄金色に輝きます。
「直視しがたい」というのはちょっと意味不明かも知れませんね。
私は、実は、このような太陽であっても、赤道直下の正午の太陽であっても、
すんなりと直視できるのです。
「水滸伝」では、悪徳大臣の悪性の証拠として、太陽直視を上げています。
どうやら、私も大臣になったら、悪名を馳せることになったのでしょうね。
さいわい、大臣とはまったく無関係の、その他大勢、一介の市井人。
どうか、みなさん、ご安心ください。
おっと、すぐ話しが逸れてしまいますが、
そんな金色まぶしい広場を美しい姉妹が笑いさざめきながら、
私の横を駆け抜け、太陽に向かって駈け去ってゆきました。
陽光のまぶしさに細めていた私の目には、
2人の姿は蜃気楼か幻のようにフレアーの中に消えていきました。
というわけで、1998年1月のネパール写真展はこれで終わり。
ホロゴンウルトラワイドの使い始めの頃、
私が撮っていたのは、こんな写真たちでした。
友人たちに見せますと、十人中十人までが、異口同音に、
「昔の方が良い写真を撮っていましたね!」
私、江戸っ子ではありませんが、内心、毒づきます、
「ふん、てやんでえ!」
私は、人に良い写真だと思ってもらうことを写真の目標にしていません。
大好きな光景を大好きなホロゴンで撮って記録することが、私の写真。
15ミリから500ミリまでさまざまなレンズをとっかえひっかえ使って、
一眼レフで使っていた当時、
私の撮影技術はそんなに劣悪ではなかった感じがします。
でも、ホロゴン15mmF8に専心するようになり、
ひたすら超接近水平垂直撮影法で日の丸構図だけで撮ってきた今、
そうした撮影技術は全部失われてしまいました。
でも、そんな時代に戻る気持ちはこれっぽっちもありません。
子供の頃、新聞の投書欄で読んだ新婚ワイフの報告を思い出しました。
どこか新婚旅行のメッカに夜行列車が到着したときのこと。
列車の中から続々と新婚さんばかりが現れたそうです。
新婦、そんなカップルの女性を当然ながらすばやくチェックして、愕然!
みんな、私よりもずっとずっとキレイ!
こんな人たちに比べられたら、私への愛情なんてすっ飛んじゃう!
どうやら平凡な普通のお姉ちゃんだったらしい新婦は、
おずおずと新郎の横顔をうかがいました。
すると、新郎が新婦に向かってにっこりと笑ったのです。
その笑顔には、そんな比較をしている気配などみじんもなく、
ひたすら新婚の喜びが溢れていたのでした。
よい話しなので、まだ覚えています。
私、まさにこの新郎なのです。
プロアマを問わず、優れた写真家を見ても、まったく心は動じない。
優れた写真を撮りたいのではないのですから。
無手勝流のど素人撮法で私には十分。
なんの努力も要さず、
才能もセンスも不要、
ホロゴンが私のために大好きな写真を撮ってくれる!
明日からまた、そんなホロゴン写真をどっさりアップさせていただきますね。
# by Hologon158 | 2008-10-19 23:18 | ホロゴン写真展 | Comments(4)

33.29ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」29 暮れ方の古都には金色の光が溢れていた


今、帰りました。
今日は、大阪きっての韓国料理の本場鶴橋に行ってきました。
韓国料理が目的ではありませんよ。
と言いつつ、昼食には本場もののビビンバを頂きましたが。
もちろん写真を撮りに行ったのです。
どちらかと言うと、都会のストリートフォトを撮る気持ちの薄い友人2人が、
本日は無理なので、独り撮影に出ることになり、
さて、どこに行きたいか、そう思案したところ、たちどころに回答がでました。
「鶴橋、ここしかない!」
この2、3年お留守になっていましたが、ロボーグラフィの宝庫なのです。
まるで、ハノイの36ストリートやイスタンブールのバサールのように、
狭い区域の市場にびっしりと各種商店が並び
その周辺は私の大好きな路地が編み目のようにつながっています。
最後は、西日が傾く黄金の時間を愉しみ、
午後5時、まだ撮影可能な明るさなのに、無念、フィルムが尽きました。
でも、合計12本、楽しみです。
もっとも、先週の13本と併せて、現像に出していない分が25本、
ラボで現像中が17本、自宅でスキャン待ちが45本と累積赤字は激増。
まるで危機に瀕した経済大国並。
これじゃ、いくら営々とスキャンしても、終わりそうにないですね。
「下手の鉄砲数撃ちゃ当たる」式撮影法はそろそろなんとかしなきゃ。
でも、路地裏を歩くと、周囲からめったやたらに伏兵が斬りかかってくるので、
「こしゃくなり、返り討ちにせん!」とはやり立って、
まず右で一枚、振り向いてすかさず左で一枚、といった具合。
これじゃ、いつまで経っても、下手の鉄砲はなおりそうにありません。
駄弁はこれくらいにして、さっそく本日の写真にかかりましょう。
バドガオンの典型的なアパートの前はちょっとした広場。
暮れ方です、黄金に染まる広場の中央、私の2メートルばかり前に、
茣蓙をしいて、ご婦人がたがひなたぼっこ。
左手から老人が散歩帰りで、私のすぐ左横を通り過ぎました。
その瞬間を一枚撮影しました。
その2,3秒後、左から少年、右から老人が私の前を通りすぎようとしました。
そこですかさずもう一枚。
つまり、定点観測的連続写真。
向こうの高土間の男が幾人か、私に気づいているようですが、
ドラマの主人公たちはまるで気づかず。
めだたないカメラの効用でした。

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# by Hologon158 | 2008-10-19 21:50 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.28ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」28 午後の一服って、そんなに美味しいのですか?


どなたにも、自分の人生で絶対に味わうことのできないなにかがあるものです。
私の場合は、喫煙の喜びもその一つ。
煙を吸って、どうしてあんなに気持ちよさそうに眼を細めるのか?
どうも皆目見当がつきません。
では、一度吸ってみたらどうなの?
そうおっしゃる方もおいででしょう。
でも、そんなことはしない。
なんでもかんでも経験しなくちゃならないということになったら、
身体も心もいくつあっても足りません。
たとえば、不倫は禁断の喜びだそうです。
でも、味わいたいとは思いませんよね。
失う価値の方がずっとずっと多いのですから。
私たちは、いろいろなアイテムを道中集めていって武装する戦士のようなものです。
自分の人生にぴったり合ったものだけを集めたいものです。
自分の目標を達成するのに役立つものだけを集めたいものです。
私がそんなつもりから捨てたものの中に、
捨てなきゃよかったなと、ちょっと後悔するものが一つあります。
それは、時間的余裕、ゆとりの時間。
神様は私に、めまぐるしく走り回る人生を与えてくださったようです。
どこかで一休みして、じっと手を見るなんてことができない人生。
バドガオンの王宮広場のたたき。
折りからの黄金の時間、斜光線を一杯に浴びて、
老人が安らいでいます。
手には、煙草が一本。
これほどまでに安らぎに満ちた顔をこれまでにご覧になったことがありますか?

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# by Hologon158 | 2008-10-19 08:00 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.27ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」27 これほどまでの集中力でなにかができたら


絵を描くって、一体どんな行為なのでしょうね?
バーとランド・ラッセルの叔母さんが、画家のことを、
「なんて退屈なことをなさっているのでしょうね」と言ったそうです。
これは現象面だけを外から見ての印象。
上村松園の絵に、よく簾が描かれています。
簾ごしに人々を描いたものもあります。
その簾の線の細かいこと!
髪の毛だってそうです。
単調な繰り返し作業だけを取り出したら、まことに退屈なことでしょう。
でも、画家がたえず構想を頭に描きながら、
紙やカンバスの上にそれを実現して行くこの行為は、
ひょっとしたら、大変にスリリングな作業なのかも知れません。
この少年の全身にそんな気配が現れているではありませか?
退屈を感じている気配など毛ほどもありません。
むしろ精神は緊張と興奮の極にある感じ。
まだ中学生ほどにしか見えない少年なのです。
でも、心はすでに画家の境地。
画用紙に描かれた絵も、普通子供が描く絵とはレベルが違います。
片足を石段に乗せたスタイルのかっこよさ!
眼と手をご覧ください。
見もせずに、右手で筆を洗いつつ、
眼は画像をしっかりと凝視している!
まるで画家!
左手はパレットを保持しているのですが、その親指は跳ね上がっています。
緊張、興奮のせいでしょうか?
すぐうしろで好奇心を燃やす見物人がいるのですが、少年まったく気づかず。
私がホロゴンを画用紙のすぐ上に突き出したのですが、少年まったく気づかず。
私だって、これほどまでの集中力でなにかができたら、
文句なしなのですがねえ。

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# by Hologon158 | 2008-10-18 23:42 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.26ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」26 ネパール人カップルは今なおカーストに泣き


バドガオンの裏通りを歩いているとき、
とても可愛い女の子に出会いました。
早速一枚撮りますと、横の土産物店からお父さんが出てきました。
スニルというまだ30前の青年。
これがきっかけで親しくなり、滞在中、随分お世話になりました。
決して金目当てではなかったこととは、
旅が終わっているので、はっきりと断言できます。
彼の言葉どおり、ほんとうに日本人が好きだったのです。
美しい妻アンジュと子アルスナと3人でつましく土産物店を経営して暮らしています。
幸せそうに見えますが、実は解決不能の悩みを抱えているのです。
彼の父はバラモン(カーストの最上位の家門)、
ところが、奥さんは最下位のカーストの出なのです。
父は、いったんは息子を勘当しましたが、孫ができて、勘当は解け、
息子とアルスナは出入りを許されています。
でも、まだ妻の出入りは許されていないのです。
スニルは遠大な目標を立てています。
まず、アルスナには最高の学問を修めさせ、最高級の就職をさせる。
これにより、ネパールにおける女性の地位を高めたいのです。
父が将来亡くなりますと、ネパールは均等相続なので、
堂々と父の屋敷(ヒンズー寺院を改造した広大な建物)に妻とともに入り、
一族に、妻アンジュを認めさせる。
そして、将来は、ネパールからカーストを撤廃する、これが最大の目標。
喫茶店で幾度か水だけを飲みながら語る彼の言葉には、頭が下がる思いでした。
そのためにもお金を貯めなければなりません。
朝6時にヒンズー寺院に行って、ご詠歌を詠います。
7時と19時にたった2回、野菜カレーの食事、飲み物は水だけ。
20時、再び寺院に行って、ご詠歌。
お宅に招待され、夕食をよばれました。
アルスナが玄関に出迎えてくれました。
私のお皿(ダルバールといいます)はお客様仕様、
でも、スニルのお皿は山盛りのご飯だけ。
傍らの小さなボールに入った野菜カレーとご飯とを右手で巧みにこね合わせ、
みるみる平らげてしまいました。
アルスナの純真無垢な瞳を思い出します。
彼女のお父さんの目標がすべて達成されるように、祈りたいものです。

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# by Hologon158 | 2008-10-18 20:39 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.25ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」25 ネパールでフランス人の誕生パーティ?


バドガオンには、カトマンズからタクシーで移動しました。
運転手さんに、よいホテルを探してくれと頼みますと、
王宮のすぐ側のとてもよいホテルを探してくれました。
5階建ての小さなホテルです。
その上の屋上テラスに小さなバンガローがあって、
ここにフランス人ソーシャルワーカーとネパール人青年が宿泊。
毎年夏3ヶ月もネパールに滞在する習慣だというのです。
よいご身分ですね。
でも、ちょっと不思議なのは、
常にこのネパール人青年を伴って旅行するらしいのです。
フランス人は大柄で磊落な人物。
ネパール人は小柄で、とても賢そうな青年。
非常に親密なので、ひょっとしたら愛し合っているのかも知れません。
5階がレストランになっていて、ここがとても美味しいのです。
スペイン風のシズラーが猛烈に美味しくて、はまってしまいました。
このレストランに、2人も下りてきて、
側のテーブルで朝食、夕食をとりますので、時折ぶつかります。
そんな関係で親しくなり、
フランス人の誕生日にはゲストとして招かれました。
2人が部屋にこもって準備していたかと思うと、
お皿にフランス風のパテ料理を盛って、意気揚々と現れました。
ワインもパテもさすがにフランス人の用意したものだけあって、
見事なお味、たいへんに和気藹々の晩餐となりました。
その翌日、この2人と、別に親しくなったネパール人と4人で
タクシーをチャーターして、隣の村に行きました。
なんでも何年に一度という珍しいお祭りがあると誘われたのです。
お祭りそのものもその村も別に印象的ではなかったのですが、
ヒンズー寺院の一角で、
叙事詩マハーバーラタの朗誦が行われていたことだけは覚えています。
吟唱者は老人で、朗誦はちょっと退屈なほど冗長。
世界で一番長大として知られる叙事詩です。
あれじゃ終わるまで何年かかることやら?
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    [撮影メモ]
     青年が一人、吟唱者に背を向けて座っています。
     別に退屈したせいではないでしょうが、
     その対比がちょっと面白いので、一枚頂きました。
     青年はホロゴンをのぞき込んでいるのです。
     その表情から、
     自分が撮られたとは想像だにしていないことがうかがわれますね。
# by Hologon158 | 2008-10-18 17:10 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.24ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」24 ゴミ箱を豊かにしても意味ないですね


「写真を撮るとは、
頭と眼と心が一本のおなじ照準線上で狙いをつけることだ」
アンリ・カルティエ=ブレッソンの言葉です。
カルティエ=ブレッソンの肉声を岩波書店「こころの眼」で読むことができます。
あんなに匿名性を重んじ、なにも語らず、自分の写真も撮らせなかった人が、
晩年になって、映画を撮らせてくれ、本も出版してくれたことを、
私は心から感謝しています。
瞬間の芸術としての写真に対する、極めて深遠な洞察に満ちている、宝庫のような本。
でも、この「頭と眼と心が一本のおなじ照準線で」って、
どういう意味なのでしょうか?
私の音楽の先生(二胡の演奏家)があるとき、こう言いました、
「私は生徒の皆さんよりもずっと音程とリズムが分かっています。
だから、生徒がどう音程がずれ、どうリズムがあっていないか、わかります。
でも、生徒は、私がどう分かっているのか理解することができない。
小澤征爾さんは、私よりもずっと音程とリズムが分かっています。
でも、私には、小澤さんがどんな風に分かっているのか、理解できない」
謙虚ですが、極めて正確な自己認識。
プロだから言える言葉です。
写真も同じなのでしょうね。
私たち、カルティエ=ブレッソンの写真をあうだこうだと批評します。
でも、ほんとはぜんぜん分かっていないのです。
おそらく、カルティエ=ブレッソンが頭と眼と心を一本の照準線に合わせるとき、
ほんとにびしっと合ったことが、彼には分かったのです。
私のような素人にも、ときどきそんな瞬間があるようです。
それが本写真展17の沈思の少女を撮った瞬間だったのかも知れません。
でも、たいていはそんな照準線を意識することはないまま、漫然と撮っているだけ。
でも、一つだけ、守っていることがあります。
スナップは、二枚目を撮らない。
カルティエ=ブレッソンの言葉を今あてはめてみますと、
二度目を撮ろうとするとき、
おそらく頭が照準線から大きく外れてしまうのでしょうね。
心だって、最初の感動が去って、やっぱり照準線からずれていく。
そうすると、目だけが照準線上にあっても、
できる写真は、ピントがあっただけの、ただの駄作。
以前、私の所属したクラブのリーダーの写真家は、
こんなとき、にこやかにおっしゃったものです、
「ゴミ箱に捨ててください」

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    [撮影メモ]
     本日の写真は、そんな駄作の2組の母子。   
     1枚目は豊かな家庭。
     2枚目はそれほどでもない家庭。
     母親には苦労がシワとなって取りついています。
     あれから、11年。
     この2人の子供はどんな風に成長したでしょうね?
     どちらが幸せかな?
     2枚目の子、幸せだったら、いいのだけど。
# by Hologon158 | 2008-10-18 13:01 | ホロゴン写真展 | Comments(4)

33.23ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」23 壁落書きも時とともに芸術に?


私がパウル・クレーが好きなことは前に書きました。
一生、これがクレーだと分かるようなティピカルな絵を一切描かなかった人でした。
でも、彼が使った道具立てはそんなに複雑ではなかった感じがします。
極めて単純な幾何学文様がクレーの語彙の中心をなしていたように思います。
○、△、◇のようなものたち。
なかでも、とくに核として使われたのは○ではないでしょうか?
私がネパールに行った当時、クレーを知りませんでした。
この壁を見たとき、ちょっと嬉しくなりました。
これはおそらく長い間の寄せ書きの集積なのでしょう。
最後の仕上げが黒い手。
でも、この壁の核は白い太陽。
つまり、クレーの○ではありませんか。
これが落書きなのか、なにかの意図で描かれたものなのか、
さっぱり分からないのですが、
幾人かの参加者のうち、最後の一人は明らかに絵を描くつもりだった感じがします。
ブルー
稚拙ですが、この絵を強調するために、ブルーを書き添え、
周辺に、これは字なのでしょうか、ブルーの文様を書き散らしました。
私は、色の中では、赤の次に青が好きなのです。
このブルー、そんなに深みのある色ではありませんが、
この壁をアートスペースに変貌させたのではないでしょうか?
絵の分からぬ者の勝手な想像なのですが…

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    [撮影メモ]
     ホロゴン15mmF8って凄いな!
     そう思うことがよくあります。
     こんな風に書くと、皆さん怪訝に思われることでしょう。
     私は、ホロゴン15mmF8を道具だとは考えていないのです。
     伴侶、仲間。
     ホロゴン15mmF8のやることに、私は責任がありません。
     このときも、私はただ壁にホロゴンウルトラワイドを向けただけ。
     でも、ホロゴン15mmF8はちゃんとブルーの大切さを認識して、
     太陽をちょっと脇にずらして、ブルーでそれを囲んでくれたのです。
     ノーファインダーで撮るときのお作法はこうです、
     撮影位置は一瞬の感覚で決める。
     情景を前にして、ここがいいかな、それとも、なんて考えない。   
     すっと行って、すっと撮る。  
     ここで迷うと、ファインダーをのぞきたくなります。
     すると、ホロゴン15mmF8は「どうぞ、ご勝手に」と身をひいてしまう。
     ちょっときむづかしいやつなのです。
     私は、ホロゴンは女性なのだとちゃんと見抜いているのです。
# by Hologon158 | 2008-10-18 10:16 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.22ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」22 ひなたぼっこ一家の心はもっとあたたかく


もう少し「美」について書きます。
ある機会に、若い友人夫妻に私の写真を見せたことがありました。
まさに、この「ネパール」でした。
2003年撮影分と併せて70枚ばかりで私家版写真集を作っていたのです。
お二人、「ふむふむ、いいですね、あ、これ好きだな」なんて、
適当に喜んでおられたのです。
でも、絶対的な温度としては微熱程度でしょうか?
うなされるほど、私の写真集に夢中になったわけではありませんでした。
そうしたところへ、風景写真を撮る方がおいでになったのです。
退職されてから写真を始めた方で、折り目正しい人物で、
そのお人柄にふさわしい、きちっとした構図で、
多彩華麗な色彩の四季を撮っておられます。
その方、若い友人夫妻とはまったくの初対面ではありましたが、
「私も写真を持っているのですよ、ご覧になりますか?」
アルバム仕立てのポートフォリオを取り出して、お二人に見せたのです。
このアルバムを開いた途端のお二人の反応が素晴らしかったですね。
「わあー、すーごーい!
きれーい!」
頁をめくる手ももどかしく、一枚一枚、同種の感嘆詞が最後まで続きました。
温度的には、かんぜんな高熱にうなされるせん妄状態。
この違い、まことに圧倒的でした。
なにもお二人を恨んでいるのではありません。
風景写真家の方をねたんでいるのでもありませんよ。
誤解のないようにお願いします。
これは常に私の写真に起こる典型的な反応なのです。
感心したように振る舞いながら、
内心、「なんでこんな変なものばかり撮るの?」という疑問詞が、
鑑賞者の頭上5センチばかりを円環のように取り巻いているのが、
私にははっきりと見えるのです。
私の場合、写真を始めた当初からずっとこの調子を続けてきました。
でも、考えてみますと、これでよいのです。
美しいものを美しく撮っているのですから、讃歎は当然。
美しくないものを、私にだけ美しいと思える方法で撮っている、
これじゃ、人が私の写真を美しいと思えないのも無理がありません。
それじゃ、人が私の写真を美しく思えるようにがんばるぞ!
などと、決して考えないのが私。
たとえば、本日の写真をご覧ください。
これまで人にこの写真を見せても、反応は今ひとつでした。
ただ撮っただけじゃないの?
はあ、そうですか、いいですねえ。
この程度。
でも、私にはこれが美しいのです。
お母さんを中心に子どもたち7人がびっしり集まって、
ひなたぼっこをしているのです。
この一家、陽光を浴びて身体があたたまりつつあるようですが、
心はもともと大変にあたたかいのです。
私がカメラを向けたときの反応でそれが分かります。
撮った結果の写真にはそのあたたかさがしっかり見えています。
母親似の女の子たちに対して、どうやら男の子たちは父親似。
お父さん、長男に似てがっしりとした容貌ながら、
やはりあたたかい人物なのです。
両親揃ってあたたかく、子供に愛情豊かに接するのでなくては、
こんな風に緊密に一体の家族はできあがらないはず。
こんな風に考えますと、
仕事に出てここには居ないご主人の顔も見えてくるよう。

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# by Hologon158 | 2008-10-18 00:15 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.21ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」21 どこの国でもお姉ちゃんってやさしいのだ


前にも書いた記憶がありますが、
アジア諸国では、お姉ちゃんが弟、妹の面倒を看るならわしのようです。
どこに行っても、お姉ちゃんがしっかりと弟妹を監督しています。
お兄ちゃんではなくて、お姉ちゃんというのが味噌。
勝手に出歩き、自分勝手な遊びに夢中になるお兄ちゃんは、
子供の教育係としては不適格のようです。
幼い弟妹の養育係となることで、お姉ちゃんは母性愛をはぐくみ、
自分の子をいつかもうけるための準備をするのでしょうか?
私も、おぼろげながら、お姉ちゃんについて遊び回っていた記憶があります。
昔は、日本も低開発国風だったわけです。
もっと昔、万葉の時代にも大津の皇子とおねえちゃんの大伯皇女の姉弟愛は有名ですから、
この時代はまさにアジア風養育法がなされていたようですね。
2人の相聞歌は美しいですね。
姉 吾が背子を倭へ遣ると小夜ふけて暁露に吾が立ち濡れし 
弟 足引きの山の雫に妹待つと吾れ立ち濡れぬ山の雫に 
皆さんのお姉ちゃんいかがでしたか?     
ネパールのお姉ちゃんはとりわけ母性愛に富んでいるようです。
至る所で、赤ん坊をおんぶしたり、
もう少し大きくなった幼弟を連れて遊んだり、と、
ネパールのお姉ちゃんは家庭内での役割分担をしっかり果たしていました。
今回はそんな姉弟を2組アップしてみました。
1枚目のお姉ちゃん、弟とさほど年が離れているわけでもないのに、
この母性愛に満ちた表情をごらんください。
3枚目はおそらく友達。
なぜって、服装と履き物をご覧ください。
どうも貧富の差がありそうな気がするのですが…

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# by Hologon158 | 2008-10-17 21:47 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.20ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」20 ちびっこ商人たち、もうかったかな?


真・善・美
あなたは、この世で一番大切なものとして、どれをとりますか?
こんな風に尋ねますと、必ず、一人位、こう答えるものです、
「愛!」
この人、ちょっと屈折していますね?
三つの内でどれかをお尋ねしているのです。
昔、私がお世話になった方に、その娘さんが同じ質問をしたそうです。
この方は、常に毅然として果断、人の上に立つに足る器でしたが、
惜しくも50歳で世を去ってしまいました。
お世話になった方たちが追悼記念論集を出版し、
その中で、娘さんが父の思い出を書き記していたのを読んだのです。
書斎で仕事をしている父に戸口からこう問いかけたのです、
「お父さん、真善美っていうけど、どれが一番大切なの?」
彼は振り返りもせず、たちどころに一言、
「もちろん、美だよ」
娘さんはちょっと驚いたと付け加えていました。
この人は、職業柄、当然に「善」または「真」と答えることが期待される人だったのに、
その言葉にいささかもためらいがなかったからです。
私は、まだ30過ぎだったのですが、この文章を読んで、
無性に嬉しくなったことを思い出します。
私も同じ答えをするからです、当時も今も。
なぜか考えてみました。
答えは簡単、
なにが善か、なにが真かを決めるのは大変に難しいうえ、
状況、時代、条件次第で変わってしまうことだってありえます。
善、真は人間関係、社会関係の中で問われるべきことだからです。
でも、美は絶対です。
誰にとっても美か、などということはこの際問題ではありません。
私にとって、なにが美か?
大切なことはこれしかありませんし、これは即座に分かります。
そして、その瞬間、ある形象を、情景を、人を美しいと思うと、
その瞬間は永遠に美の瞬間であり続けます。
美を疑うことはできないのです。
なぜこんなことを書くのか?
私は、自分がたいへん特殊な美的感覚の持ち主であることを知っています。
私が美であると認めるものを、誰もが美であると認めるわけではありません。
これは当たり前のことなのですが、
たいていの方が美を認めるものだけを美と考える、大変平均的な方もいます。
私の場合、私が美と認めるものはたいていの方が美と認めない、
そういう意味で、特殊であることを認めざるを得ません。
でも、私は、自分が美しいと感じるとき、
それがなんであれ、その感覚を否定するつもりはありません。
否定することは、自分を否定することにほかならないのですから。

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     [撮影メモ]
      本文と写真はほとんど関連がありませんね。
      でも、ふと感じることがあって、
      どうしても忘れないうちに書いておきたかったのです。
      写真はバドガオンのお祭りの路傍風景。
      子どもたちが読み終わった漫画を集めて売っています。
      よくご覧ください。
      とくに昔男の子だったあなた、なんだか懐かしく感じませんか?
      少年時代の友達がそっくりここに居るではありませんか?
      きりっと賢いリーダー、
      お茶目なふざけ屋さん、
      おっちょこちょい、
      平凡だけど、しっかり屋、
      すばしっこい奴、
      ほんのちょっと抜けているけど、人がいいの。
      いつも端っこにいる脇役タイプ。
      あなたはその内、どのタイプだったですか?
      えっ、きりっと賢いリーダー?
      まさかー!
      私はもちろん、おっちょこちょいでしたね、今でもですが。
      でも、この子どもたちみんな、
      活き活き溌剌としているではありませんか!
      こんな古きよき時代の少年像を再現しようと思ったら、
      やっぱりフレクトゴン35mmF2.4のような古式レンズがよい、
      そうお感じになりませんか?
# by Hologon158 | 2008-10-17 18:25 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.19ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」19 写真にしない方がよいものだってあるというお話


近ごろ、2つの写真プロジェクトを平行して進めています。
すでにちょっと書いたかも知れません。
どちらも実にささやかな試み。
ようするに、運動が第一目的。
昼食後、手持ちの各種カメラを手に職場周辺をぐるりと周り、
約20分で1本撮ります。
仮題「食後の一本(A role after Lunch)」
お休みで、お出かけのない日は、歩いて数分のところにある、
小さな村落をぐるりと探訪し、こちらは40分ばかりで2、3本撮ります。
今のところ、仮題さえ付けていません。
この2つ、猛烈に面白いのです。
まず、第一にエリアが大変に狭い。
第二に、ホロゴンだけではなく、さまざまなレンズを試し撮りできる。
レンズが違うと、同じものがまったく別物に写ります。
あんまり違うので、ものそのものがメタモルフォーゼしたかのようにさえ見えます。
そこで、狭い場所でも、バラエティに富んだ写真が撮れます。
もっと素敵なことは、狭い場所でも、毎回新しい発見があり、
毎回どこかが変化していて、その変化した部分が時にフォトジェニック。
いわば、絵のクロッキーのような役割を果たしてくれそうです。
本日もお休みでした。
午後3時半すぎ、外を見ると、まさに黄金の時間が到来しそうな気配。
大急ぎで飛び出しました。
ホロゴン15mmF8と、ビオゴン35mmF2.8付きライカM4-P。
コスモスがまだ咲いています。
コスモスの向こうに柿の巨木がすでに柿の実を付けています。
すがすがしい秋の蒼空を背景に撮ります。
すでに日は西に傾いて、
木の下にぐるぐる巻きにした透明ブルーのホースが逆光に輝いています。
少し行くと、路よりも一段下のあぜ道に純白のバケツ。
少しだけ水が入り、西日がバケツの内側に草の影で水墨画を描き出しています。
ふと、見ますと、曲がり角があります。
入ってみて、さあ、驚きました。
こんな所に細い路地裏があったのです。
しかも、フォトジェニックな情景がそこかしこに溢れんばかりに見つかります。
持参フィルムがその瞬間尽きました。
人一人かろうじて通れる路地を進むと、小さな草地に出ました。
その中でがっしりとした初老の人物が農作業中。
「こんにちは、いいところですね!」と声を掛けますと、
「ええとこでしょ」と返してくれました。
それから、私のカメラに目をとめて、こちらに寄ってこられました、
「見たこともないようなカメラ持ってますな」
カメラをお見せして、ちょっと自慢話、
「どちらもよく撮れるんですよ。
ちょっと古めかしい写りがなんとも言えませんよ」
しばらく歓談して、別れしな、ご主人、
「またおいでなさい」
そのにっこり笑ったお顔が本日最高のシーンでした。
フィルムが無くなっていたのが残念!
でも、こんなとびっきりの笑顔は、フィルムにではなくて、
心の奥にしまっておくべきでしょうね。
そして、浮き浮きと家路につきました、
そう、ちょうど、この少年のように…

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# by Hologon158 | 2008-10-17 00:06 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.18ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」18 祭り嫌いに、祭りだワッショイ!


祭りを撮るのが好きでないことは書きました。
皮肉なことに、そういう私の前にいつでも祭りが出現するのです。
バドガオンでも合計3つのお祭りに巻き込まれてしまいました。
1つめは、バドガオン郊外の小さな村で。
村に入り込んだ途端、どこでもドアから現れたように、
仮面の神様を中心とする祭列が突如出現し、
広場に入り込みました。
村の人が総出でこれを出迎えて、もうてんやわんやの大騒ぎ。
外国人は私一人でしたが、この外国人も祭りの渦の中に埋もれてしまい、
もうまるでもみくちゃ。
誰も私のことを気にする人なんて居ません。
仮面の神様にお祝儀を上げているようですね。
若い女性、マニキュアの指で捧げものの器を上品に支えて、
騒乱の渦に巻き込まれても、この表情を崩しません。
それが美女の美女たるゆえんかも知れませんね。
きりっとあちらに視線を流したりして、かっこいいですね。
ひょっとしたら、恋人が見ているのに気づいていたのかも。
3枚目は、バドガオン最大のお祭りの見物客たち。
2つ目のお祭りです。3つ目は後で書きます。
なまはげかスペインの闘牛祭りのようなお祭り。
十数人の仮面をかぶった神様が大通りを闊歩し、
100人以上の男の子たちがその前方を逃げます。
まだこちらは子だくさんなのです。
時折、神様が狂ったようにいきなり駆け出し、
男の子をつかまえます。
つかまえられた男の子が賢くなるのか、
鬼にされてしまうのか、
食べられちゃうのか、
ちゃんと聞いたのですが、全部忘れました。
それだけでなく、お祭りの写真、ろくに撮っていない!
ハレの日の催し物は、私の言うロボーグラフィには当たらない、
どうもそう感じてしまうようです。
それに、日本のお祭りにハイアマチュアの人たちがどっさり集まり、
そこのけそこのけとカメラマン同士押し合いへし合いする光景を見るたびに、
あんなみっともないことをしたくない気持ちもちょっとあります。
なまはげ祭りを道路脇で見物するのは女の子たち。
こころなしか、面白くなさそうな、沈んだ表情ですね。
なんで男の子だけが参加できるの?
ヒンズー教はまだまだ男性上位。
思えば、日本が近代化できた根底には、
日本人が極めて非宗教的だったことがあるかも知れませんね。
おかげで、女性が日増しに強力化されつつあるようですね。
ときどき戦士のような風貌、足取りの見上げるほど背の高い女性に出会いますね。
そんな方とすれ違うとき、心の中で思わず最敬礼。
ありがとさんよ、ぶっとばさないでくれて。
思い返せば、先ほどの祭りの美女も大きかったなあ。

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    [撮影メモ]
     炯眼な方は、私がこれまでに幾枚か望遠レンズを使っていることに
     お気づきになっていることでしょう。
     そう、一本、望遠レンズをバッグに忍ばせていたのです。
     友人から借りたアストロベルリンのタッカー125mmF2.3。
     M42仕様になっていますが、かつての映画用レンズ。
     70ミリ用だと聞いたことがありますが、本当かどうか?
     知る人ぞ知る、超名レンズ群、それがアストロベルリン。
     加工賃も含めて超高価なレンズもあるようです。
     でも、F2.3シリーズは安価で、しかも見事に写ります。
     このレンズもたしかに良いレンズ。
     黒エナメル塗りの見事な作りでした。
     大変に柔らかい描写をするレンズでした。
     今回の3枚の内、縦写真がそれです。
     美女にぴったりのレンズかも知れませんね。
# by Hologon158 | 2008-10-16 21:16 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.17ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」17 沈思の女性って美しいですね

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アテネ国立博物館で観たと記憶していますが、
「沈思のアテーナイ」というレリーフ、
これは忘れることができません。
美しい横顔がちょっとうつむいて、沈思の眼差し。
小品ですが、
ギリシア美術史上もっとも美しいレリーフだと思いたいですね。
古来、美しい女性をうつむかせて描いた絵が少なからずあります。
フェルメールの女性の多くがうつむいています。
それがフェルメールの魅力の秘密の一つなのかも知れません。
レンブラントにも有名なバテシバがダビデ王に懸想されて思い悩む絵があります。
実はレンブラントの奥さんなのです。
レンブラントは、愛妻のもっとも美しい姿を描こうと思い立ったのです。
そして、彼が選んだのは、バテシバであり、うつむく姿勢だったわけです。
なんだか納得できないような、納得できるような感じ。
その後に、私のうつむく少女の写真を話題にのせるのは、
ちょっと面はゆいというか、身の程知らずという感じがします。
そのうえ、この写真、私の前のブログでも今回のブログでも既出。
二重に、お許しくださいとまず言っておきます。
でも、この写真は、この旅行の最高の収穫なのですから、
これを外すわけには参りません。
それに、このふっくらなほっぺ、
ちょっと両手で包んでみたいと思いませんか?
この写真を見るたびに思うのです、
この子、いったい何を考えているのだろう?
知りたいですね。
この子が今では成人直前だろうと考えますと、感無量になります。
この世の中、私の関知しないところで一杯大切なことが変化していくのですね。
この子に、今会って、このとき何を考えていたのって尋ねても、答えられないでしょう。
たいていの悩みって、そんなものですね。
何年か経つと、もう悩んだことも忘れてしまう。
人間って、忘却を生きる武器にしているようですね。
でも、こうして写真に撮ってしまうと、
この少女自身はこのときここでなにか思い悩んでいたことを忘れているのに、
撮った方は忘れることができなくなっているのです。
おかしなものですね。

      [撮影メモ]
       この写真の使用レンズをあてられる人はまずいないでしょう。
       改造レンズだからです。
       コニカのいにしえの6×4.5判パールについていた標準レンズ、
       ヘキサー75mmF3.5なのです。
       往年の名レンズです。
       不思議なことに、中判用の名レンズを35ミリ用に改造しても、
       撮れるものの質感、味わい、厳しさは、
       中判オリジナルのときとまるで変わらないようです。
       パールは蛇腹がへたって穴だらけというのが時にあるようです。
       もしそんなものを見つけたら、是非手に入れて、
       有名なレンズ改造家宮崎さんにお願いしてみたらいかが?
       こんな風に、濡れたようにしっとりと、
       そして、活き活きと写りますよ。
       いいですよ…
# by Hologon158 | 2008-10-16 18:11 | ホロゴン写真展 | Comments(4)

33.16ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」16 黄金の時間にさしかかったのは曲がり角だった


アンリ・ラルティーグ、
この写真家をご存知でしょうか?
7歳のとき、父からカメラをプレゼントされて、
死ぬまで、その大半を無名のアマチュアとして撮り続けた人です。
私など、生涯の全部を無名の素人として撮り続けることになりますので、
この人はまさに生涯の模範。
その写真が幼少時から晩年までずっと魅力的なのです。
さまざまなフォーマットのカメラで撮り続けたようですが、
強烈に魅力的なのが、1:2.1という極端に長い長辺をもつカメラのもの。
いつも長辺の一方の画像が横流れしていますので、
ひょっとすると、レンズが回転するパノラマカメラなのかも知れません。
このカメラによる作品、全部空気感があって、雰囲気満点。
私も昔ワイドラックスというパノラマカメラを使ったことがあります。
レンズがくるりと140度回転します。
シルクロードに2週間のバスの旅に出かけるというので、
急遽手に入れ、三脚につけて試し撮りしてみました。
35ミリフィルムが9センチ幅にワイドになり、
見事なパノラマになっていました。
これはシルクロードの広大な砂漠を撮るのに強力な武器になると勇んで出かけました。
10本近く撮ったでしょうか?
現像から上がってきたポジを、胸をときめかせつつのぞき込んで、
唖然、呆然、茫然、憤然、そして凍り付いてしまいました。
そのすべてのネガの両側にソーセージがしっかり写っていたのです。
私の指!
なんにも考えずに、普通のホールディングをしていたのです。
まだホロゴンウルトラワイドを手に入れる前のことでした。
画角110度のホロゴンでも指が写るのです。
140度で写らない筈がない、バカ、バカ、バカ!
ただちにワイドラックスを売り飛ばしてしまったことは言うまでもありません。
でも、売り飛ばしたことに後悔はありません。
とてもシャープですが、とても硬い写りなのです。
ラルティーグの使用したレンズはおそらくブローニーなのでしょう。
大変にやわらかい。
ビビというとても可愛い奥さんを田舎の街道上で撮った作品があります。
パノラマを縦位置に撮っています。
底部から街道が画面ほぼ3分の2まで昇って行き、
その中央に、美しいビビがすっと立っています。
その頭部の少し上の方で、街道の白い路面が右にカーブして消えてゆきます。
ビビの背後にはたった一本の大樹がすっと聳えています。
つまり、下面から街道、ビビ、大樹と空だけでシンプルに構成されています。
もちろん大地と空とは黄金分割。
1923年、まさに古き良き時代だった!
この写真一枚が時代の雰囲気を力まず自然に映し出しているのです。
単なる記念写真、でも、ただならぬ芸術!
私は、いつもこの人の写真を見るたびに、心の中でつぶやいてしまいます。
この人は欲がなかったのだ!
天才だった!
でも、長い間、自分では気づいていなかった!
カルティエ=ブレッソンとラルティーグ、
写真の2人の天才はどちらもフランスの古きよき時代の裕福な家庭の生まれ。
この符合になにか意味があるような気がしてきます。
たとえば、豊かな人間関係に取り囲まれて育つことによって、
人と人との触れあい、コミュニケーションのニュアンスのすべてを感じ取れる、
そんなセンシティブな人間に育ったのかも?
そして、スナップを撮るとき、その豊かな感受性が活きているのかも?
くれぐれもご注意申し上げます。
天才の作品を観た後で、自分の写真を見るものではありませんよ。
その落差にめまいしてしまうでしょうから。

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# by Hologon158 | 2008-10-16 15:24 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.15ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」15 この3人、今も仲良しだろうな!


カトマンズの東近郊の古都バドガオン、
バクタプルとも呼ばれますが、
バドガオンという音楽的な響きが大好きなので、
私はバドガオンとしか呼びません。
カトマンズ、パタンに二王国と鼎立したバクタプル王朝の都です。
まあ、行ってみてください、
町ぐるみ文化遺産、町ぐるみ古都の重厚な雰囲気に包まれ、
まるでタイムマシーンで17世紀に運ばれたような気分になります。
この町の路地裏、最高!
まず、住民たちが実にあたたかい!
一週間以上この町に居て、毎日毎日ほとんど路地裏だけで過ごしました。
当然幾度も同じ場所を通過します。
こんな観光客も珍しいと見えて、
住民たちもすぐに私のことを覚えてくれました。
この3人の友達もそうでした。
寒い冬です、ひなたぼっこが一番。
思い思いに編み物に励んでいます。
この寒さで裸足。
質実剛健の民族なのです。
この3人を見て、三国志演義を思い出しました。
劉備、関羽、張飛が桃園で義兄弟の誓いをします。
ただの一介の市井の人に過ぎなかった、ちょっと無頼の若者たち。
でも、この友情が歴史を作り出します。
一人ではなにも出来なかったかも知れない3人、力を合わせると、
劉備は帝王となって王朝を創業し、
他の2人は「万夫不当」(1万人がかかってもかなわない)の英雄として、
歴史に名を残すことになります。
たがいに能力を伸ばし合った、私はそう信じます。
古典ギリシアのアテーナイ、
ルネサンスのフィレンツェ、
エリザベス1世のロンドン、
ルイ14世のパリ、
フランス革命のパリ、
江戸末期の明治維新を作り出した長州、薩摩、
これらの小さな地域に、わずか2,30年の間に、空前の人材が輩出して、
わんさかわんさかと御輿を担ぐようにして、
歴史をがらり、くるりと回転させてしまいました。
なんで?
私のかってな憶測ですが、
相互刺激効果!
これしかないと、私は信じます。
あいつがやれるなら、おれもやれる!
そんなことをお前がしたか?
よし、おれもやったるで!
この3人の女性だって、そうでしょう。
たがいに相手の編み物の成果を見て、
そうか、私なら、こうしてみよう!
私の一番言いたかったことにたどりつきました。
前回、私の友人2人のちょっととんまな実態をばらしてしまいましたが、
実のところ、私の現在はこの2人とその他数人の友人たちに負っているのです。
例外もありますが、私も含めてたいていは実に平凡な写真を撮ってきた連中。
ところが、たがいに親交を深めるうちに、
次第にそれぞれの良いところが不思議にぐんぐん伸びてきたのです。
今、それぞれに、その人しか撮らないような独特の写真を撮っています。
ほんとうに皆さんにお見せしたいほどのものばかりなのです。
いつか彼らの個展を東京と大阪でする、
これが私の夢。
私はどうなのか、ですって?
私にはこのブログがあるじゃないですか!
これこそ、私自身の夢。
夢を現実に生きている、それが今の私なのです。

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# by Hologon158 | 2008-10-16 11:07 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.14ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」14 陶器師町の陶器干しをホロゴンで


その人の人間性を知りたかったら、友達を見れば分かる。
そんな風に言う人がいます。
この言葉も、リンカーンのあの容貌についての言葉同様、嫌いですね。
そんなことをされたら、たまったものじゃない。
とくに私の場合は!
私の親友の一人ADさんは、28ミリの名人なのですが、
仏様顔負けの柔和でおだやかな人柄。
ここまではよいのです。
ときどき大変にずっこけることがあります。
滋賀県の近江八幡に撮影に出かけたときのことです。
広々とした水郷沿いの路を友人数人で三々五々撮影して歩いたのです。
もう一人の親友RAさんが後方でフィルムを変え始めました。
ライカのバルナック型なので、ちょっとややこしい詰め替え作業。
道ばたにたたずんだまま、なかなか終わりません。
30メートルばかり前方に進んで立ち止まって、彼を待つ私とADさん。
7,8分経って、ADさんが憐憫の眼差しをRAさんにくれながら言いました、
「いやあ、長いですね。
そんなに難しいのなら、家でしっかりと入れ替えの練習をしておかなくちゃ!」
そして、破顔一笑!
その顔は自信に満ちていました。
10分以上経ってようやくRAさん、フィルム交換完了。
やってきたRAさんに向かって、
「RAさん、カメラ持ちすぎですよ」などと、さんざん冷やかして、
さて、先に進もうとしたとき、ADさん、ふと手元を見て、
「あれっ、フィルム終わってますよ」
私とRAさん、10メートルばかり先で立ち止まり、RAさんを待ちました。
彼もバルナック型だったのです。
彼のフィルム交換、何分かかったと思いますか?
RAさんときっかり同時間!
そういう私も、実は先日もっとひどい失敗をやらかしました。
先日もサンプルを一組ホロゴンデイシリーズとしてアップしましたが、
近ごろ、職場界隈と、我が家の近く鹿野園界隈とをお気に入りの猟場にしています。
ときどきホロゴンウルトラワイド以外のカメラとレンズも愉しんでいるのです。
ある日、私もバルナックで撮影を愉しみました。
フィルム交換ももう少し手際よくやってのけました。
翌日、現像に出したフィルムを受け取りに参りました。
店主、「どうなさったんですか? 
フィルムのど真ん中が最後まで完全に切れてしまっていましたよ」
どうやら力任せにフィルムを巻き上げてしまったようです。
遅いけど確実なお二人、早いけど、撮影済みフィルムを一本損した私。
絶妙のコンビというところでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-10-16 00:04 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.13ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」13 目にも止まらぬ巻き上げでフィニッシュした日本人


「煙草は吸った方がいいよ、間が持てるから」
これ母の薦め。
こんな母親も少ないでしょうね。
大学入学直後の私、この母の教えによろこんで従ったでしょうか?
とんでもない。
「心配ないよ、間が保てないようなことは、ぼくの場合、ないんだから」
何時間でもしゃべり続けるのですから、間もなにもあったものじゃない!
でも、それは表向きの理由。
当時から、煙草が身体に悪いことは十分に分かっていました。
身体に悪いことは決してしない、それが私の生涯一貫した方針。
煙草に着火し、指でホールドし、そっとふかす、
その仕草のすべてが実に見事に決まっている人がいます。
まことにかっこいい。
だから、やってみるか?
それもしませんね。
だって、その反対に、煙草を巡る仕草のすべてがダサイ人の方がすっと多いのですから。
私の生涯一貫したもう一つの方針は、
人からかっこいいなと思われるようなことは一切しない!
たとえば、「なるほど…」なんて、独りしずかにうなづいて、
沈思黙考してから、やおら口を開く、なんてことは、
しない。
というより、できない。
いきなり言葉が口をついて出てしまうたちなのですから。
友達も終始悪かったですね、
こっちが黙ったら、平気で話題を奪ってしまうようなのばかり。
おかげで、丁々発止、とうとう深みのある人間性は培われずじまいになりました。
こんな環境では、もったいぶったこととは完全に無縁となってしまった私。
そんな私ですが、ここ、バドガオンの町に来て、
まるで維新前の江戸のようなたたずまいの商店街で、
水煙管を吸う老人を見つけて、感心しました。
「やあ、あの吸い方って、煙草のかっこよさ抜きにして、
純粋に煙草を愉しむ究極の方法なんだな!」
もし私が煙草中毒になっていたら、
最後にはきっとこの吸い方を取り入れていたことでしょう。
思い出しました、
人生に一度だけ、かっこいいことをしたことを。
アイルランドの首都ダブリンで撮影していたときのことです。
ホロゴンウルトラワイドのフィルムが終わったのです。
雑踏の中、交換動作にとりかかろうとして、目の隅にふと気づきました。
アメリカ人写真家とおぼしき男が、
手に使い古したニコンを手にして立っていて、
この男の視線は、はっきりとホロゴンウルトラワイドに集中していることに。
このとき位、流れるような動作でかつ極めて短時間に、
フィルムをすぱっと交換し、裏蓋をパチンと取り付け、
2度の目にも止まらぬ巻き上げ動作でフィニッシュしたことはありませんね。
私は、昔ながらの愛国思想とはぜんぜん無縁のやからですが、
このときだけは、日本人として、
カメラの扱いにおいて、アメリカ人に馬鹿にされるようなことをしてはならぬ、
なんていきり立ったのですから、おかしなものです。
ガラに合わぬことはしないこと、それが一番ですね。
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     [撮影メモ]
      たいていのカメラマンなら、
      このような老人を見つけると、
      左に回り、水煙管を前景にぼかして、
      煙管を吸う恍惚の表情をアップにして、
      望遠レンズでシャッと見事傑作をゲットしたことでしょう。
      あいにく15ミリ超広角の私です、
      いつものダサイやり方しかありません。
      通行人に混じって、路を進み、
      老人の横70センチほどに接近した瞬間、
      腰だめのホロゴンを脇に回して、チャッ。
      腰の据わらぬ撮り方ですが、
      老人の方がぐっと腰を据えてくれているので、
      なんとか写真になりました。
      腰の決まった被写体を撮れば、
      腰の決まらぬ撮り方でもちゃんと撮れる一例でした。
      ちなみに、5年後、バドガオンを再訪したとき、
      まだしっかりとお店を続けている老人の姿を見つけて、
      なんだか旧友に再会したようなうれしさを感じたものでした。
      それからまた五年後の今も水煙管たしなんでいるかな?
# by Hologon158 | 2008-10-15 21:26 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.12ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」12 どうして扉に鍵が一杯ついてるの?


ネパールで不思議なことの一つ、
扉に鍵がどっさり設置してあること!
2、3個はざら、5、6個が重なるようにしてバーに設置され、
がっちりと扉を固めているのも稀ではありません。
それだけ、空き巣、強盗の危険が増大しているのでしょうね。
実は、ネパールにも、十年前から経済不況が階層社会と絡み合って、
貧富の差が増大し、社会不安、経済不安が次第にたかまりつつあるようです。
この情勢が極限近くまでたかまってきたことは、
先頃のニュースで皆さんもよくご存知のところです。
9とはちょっと論旨が矛盾するようですが、
世界経済がネパールを押し流してしまう危険もないわけではないようです。
扉の鍵の数がそんな不安の大きさを物語っているようです。
私は、ヨーロッパでは、二度ばかりスリに遭ったりしましたが、
怖い目、いやな目に遭ったことは一度もないのです、
ヨーロッパでもアジアでも路地裏ばかり歩いてきたのに。
どちらかと言うと、貧相な風体で、いつも薄汚れた服装、
そして、これは絶対的にそうなのですが、
金なんか、ちっとも持っていそうにないこと、
そのうえ、路地裏に金のある奴が来るはずがないということ、
こうした点がその理由なのだろうと推測します。
しかし、もっと根本的な理由を私は知っています。
それは、路地裏には悪人はそんなに多くいない!
ほんとうの悪人を捜したかったら、
中央の政界、官界、財界を探しましょう!
いかにも善人そうなみせかけ、
いかにも偉そうな風貌、
いかにも民衆の味方のような振る舞い、
そんな立派な人物を見たら、偽物と思って間違いがなさそう。
経験を積んだ検事さんがこんなことを言っていました、
「これまで出会った大物の悪党はみんな、
私がこれまで出会ったもっとも立派な風采の人物でした」
ほんものの善人、
ほんものの人物って、
みかけは並、普通なのですよね。
だって、本物は見かけを気にしないのですから。
この考え方を今回の写真に逆に適用してみますと、
この家、いかにも頑丈に施錠してありますが、
実は金目のもの、ほとんどないかも知れませんね。
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     [撮影メモ]
      これはもちろんホロゴン。
      暮れ方の黄金の時間です。
      例の水平垂直撮影法がこんな光景にはぴったり、
      などと考えて撮ったわけではありません。
      私はこの撮り方しか知らないのですから。
      でも、ここでは成功だったように思います。
      ホロゴンって、どんなに歪曲の少ないレンズか、
      よくお分かりいただけるはず。
      こんな折り目正しい写真が水平垂直を守るだけで、
      ノーファインダーで撮れるのです。
      どう? 使ってみたいと思いませんか?
# by Hologon158 | 2008-10-15 17:53 | ホロゴン写真展 | Comments(6)

33.11ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」11 心から笑ったことがありますか?


現代化のあまり進んでいない国を訪れて、
一番びっくりすること、そして一番嬉しいことは、
少年たちの目が輝いていること!
このことは幾度か書きました。
テレビもテレビゲームもない!
だけど、子供です。
遊びたい!
そこで、自分たちでゲームを創案し、伝承します。
不思議なことに、ネパールの子供たちの遊びには、
戦後日本の子供たちの遊びとそっくりなのがいくつもあったこと。
ベッタン、
メンコ、
お手玉、
輪回し、
石蹴り、
かくれんぼ、
おままごと、
坂すべり、
木登り…
みんな、懐かしいですね。
なにっ?
ご存じない?
そう、随分前に日本では絶滅してしまった遊びばかり。
テレビと受験戦争が子どもたちを野原から追い出し、
家に追い込んでしまったのです。
おかげで、目が死んでしまいました。
遠くを見ることがなくなると、目は光を失ってしまうようです。
ネパールの子供たち、自分が幸せであることに気づいていないでしょう。
日本の子供たちも、自分が不幸せであることに気づいていないでしょう。
ネパールの遊びの内、おままごと、石蹴り、輪回しを見ていただきましょう。
みんな真剣で、ほんとうに楽しそうじゃありませんか!
子供の頃、全身使って遊んだことのない人、
心から笑ったことのない人は、
それがどんなに楽しいこと、どんなに幸せなことか、ご存じないのです。
今からでも遅くない、
遊んでみたらどうですか?
腹の底から笑えるようなことをしてみたらどうですか?

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# by Hologon158 | 2008-10-15 00:04 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.10ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」10 若奥様、なにをお祈りするのでしょうか?


カトマンズの町を歩いていて気づいたことがあります。
階層によって、お参りするお寺が違うのです。
一般庶民は小さな祠にお参りします。
お参りの時間があるようです。
朝のある時刻になると、祠に行列ができます。
いかにもおばちゃん、おっさん然とした、いわば庶民の皆さんが、
お盆にいろいろお供えを載せて、ぴったりひしめき合って並びます。
カトマンズの中心街にある、外壁を彫刻が埋める由緒あるヒンズー寺院、
豪華な装飾の大寺院は彫像も金づくめ、
お参りの女性も、一見してそれと知れる高価な生地のサリーに身を包んでいます。
第一容貌が違います。
年配でも、おばさんではなくて、はっきりと奥方様の風格、
若い女性となりますと、おねえちゃんではなくて、
はっきりと良家の若奥様の風情。
日本の昔と違い、インド、ネパールでは、お嬢様、若奥様も、
けっして楚々たる風情はなくて、むしろ凛然とした気品をたたえていて、
その振る舞いだけ見ても、庶民とは画然と区別されます。
お供えも器も豪勢そのもの。
成金趣味ではなく、由緒ある逸品。
このあたりの社会層の区分は日本ではほとんどなくなりました。
今でも、どこかに行けば、深窓の令嬢は存在するはずです。
でも、あまりにも数が少ないので、お目にかかる機会がない。
お目にかかるのは、すべて階層の区別など到底できない、
奇抜な現代ファッションに身を固めた、けばけばしい女性たち。
平等化は悪いことではありません。
でも、文化が平準化されるときに起こるのは、常に古き良き文化の破壊。
平等化されるときに切り捨てられるのは、
いつも最高クラスの文化生活なのです。
現代日本は、欲望、あるがままの姿を称揚し、推薦する社会です。
高度に文化的な社会は、理想、あるべき姿を称揚し、推薦する社会。
現代日本は、自己中だけが生き残れる社会、文化。
高度に文化的な社会は、真・善・美を尊ぶ人が自由に呼吸できる社会。
この違いは大きいですね。
私はそんな高い文化の階層の人間ではありませんが、
下劣、低劣な欲望をむき出しにする現代文化を軽蔑します。
ここだけの話しですが、現代の大写真家たちの作品に満足できないのは、
その思想、思考、願望があまりにも低次元の層から始まっているからなのです。
自己をさらけ出す勇気が賞賛されます。
でも、高貴な人間性を培う努力を賞賛する動きはぜんぜん存在しません。
そんな人間性を持つ人間が社会の中心層にいないからです。
そこで、現代の写真家たちの作品を一口で言いますと、
気品がない。
詩がない。
夢がない。
理想がない。
あるのはむき出しの現実だけ。
写真はもっと人の心を高め、清め、
理想を思い出させ、
夢を見させてくれるものであってもよいのではないでしょうか?
でも、そんな写真を撮るためには、
むき出しの情念を浄化して、
自身、真善美を尊び、夢を見る人間になる必要があるのかも知れません。
でも、そんな写真、現代では誰も見向きもしないでしょうね。

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    [撮影メモ]
     話しがどうもつい写真に逸れがちですね。
     お参りの若奥様に話題を集中すべきでした。
     でも、若奥様はそのまま寺院の奥に消え、
     私は、フィルムを巻き上げつつ、にんまり。
     これではロマンスは生まれませんよね。
     さて、この写真の撮影方法ですが、
     この女神の彫像の周囲に蝋燭立ての柵が円形に取り巻いています。
     私は、若奥様が蝋燭をお灯明で点火しようとしたその瞬間、
     女神のお顔の手前30センチばかりに
     ホロゴンを突き出したのです。
     私の注意はあくまでも女神に集中(と見えたはず)。
     若奥様は、私が目の前に居ることに気づいても、
     女神を撮っているものと考えたことでしょう。
     でも、私の目的はあくまでも若奥様だったのです。
     この奥行きの深さ、広さがホロゴンの神通力なのです。
# by Hologon158 | 2008-10-14 22:06 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.9ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」9 ここでもお百度参りは切実なようで


ボーダナートの大ストゥーパは世界一の仏舎利塔だそうです。
その大ストゥーパを中心に、仏教寺院、僧院が沢山集まっています。
僧侶たちの多くはチベットからの亡命僧のようです。
中国に国を奪われたチベットの人たちは、
インドとネパールにいわば分宿を余儀なくされているわけです。
ストゥーパの真っ正面とおぼしき場所に捧げ物のようなものがおかれていました。
その中心にはダライ・ラマの肖像写真。
チベットの人たちの願いがそれだけで分かります。
どうやら、この大ストゥーパでも、お百度参りのようなものが行われているようです。
時計回りに、僧侶、善男善女がぐるぐると回っています。
祖国に帰りたい、肉親、友人に会いたい、
そんな切実な願いがボーダナートの大ストゥーパに沿って上昇し、
天空高くに飛翔してゆくような感じさえします。
そんな中、独りの少年だけは逆回りなのです。
いたづらではなさそうです。
頭を垂れて、左手を壁にすりながら、断固逆行し続けていました。
なにか祈願しているのでしょうか?
少年の境遇、このときの心境を知りたいものです。
今でも気になっています。

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    [撮影メモ]
     お百度参りをする参拝者は随分多いのです。
     お参りの邪魔をするわけにはいきません。
     でも、少年に接近しないと撮れません。
     せめて70から80には近寄りたいものです。
     こんな場合、放物線状に動くことにしています。
     まず、お参りの人たちの邪魔をしないように、外に出て、 
     少年と平行に進みます。
     ちょうど太陽に向かって正対する位置に来たとき、
     放物線を描いて、お参りの人の隙間に入り込み、
     少年に接近して一枚シャッターを切って、
     すっと外に退避しました。
     右側の影はお参りの人の影。
     つまり、ぎりぎりの間隔で撮影に成功したわけです。
     手の中でレバーを引いてフィルムを巻き上げながら、
     自問自答します、
     どうだったかな、ちゃんと撮れたかな?
     うん、撮れたはず。
     でも、心はこの問いをずっと持ち続けるのです。
     これが銀塩カメラの醍醐味ではないでしょうか?
# by Hologon158 | 2008-10-14 19:00 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.8ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」8 いつも笑顔でいるって、難しいことだね


パタンの小さな仏教寺院に入ってみました。
ヒンズー寺院と基本的な作りは一緒。
中庭があり、周囲にお堂があります。
でも、ちょっと違うのは、中庭の中央に大きなお堂があり、
中にびっしりと仏像が詰まっているのです。
その底部近くに、この仏像を見つけました。
非常に小さな仏様です。
フレクトゴン35mmF2.4は、私の記憶では、10センチまで寄れます。
本来のマクロではないので、そんなに美しくは撮れないのですが、
開放では像が微妙なニュアンスで崩れるので、
マクロとしても、ちょっと面白いレンズなのです。
頭部だけで約10センチもな小仏像をその中に見つけました。
お堂の内部は非常に暗いので、
前面の柵にカメラを押しつけて、たしか8分の1秒で撮りました。
この柔和さ、ほのかな笑顔、
すべてを理解し、すべてを許す、そんな表情、
まるで京都太秦の広隆寺の弥勒菩薩様のようです。
こんな笑顔ができるようになれば、
長生きできそうですね。

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# by Hologon158 | 2008-10-14 17:00 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.7ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」7 あなたは友人とぴったりひっついて座れますか?


パタンの寺院の西面。
ベンチがあります。
常連さんなのでしょう、互いに顔見知りの老人たちが集まっています。
密接距離というのをご存知でしょうか?
人が、ある距離を超えて近づいてくると、圧迫感を覚える、その距離です。
民族により、国により、文化により、地方により、人により異なるそうです。
さらには、近づく相手にもよります。
恋人なら、密接距離はゼロとなるでしょう。
仇敵なら、はるか彼方に見えただけで、嫌悪感、圧迫感、不安がこみあげてくるでしょう。
つまり、密接距離は無限大。
友人同士ならどうか?
日本人男性なら、友人同士でも、ぴったりひっつくのはちょっと無理。
ところが、中国人は男同士平気で手を握って歩きます。
ロシア人ときたら、しっかり抱き合って、接吻までします。
こうなると、かなり短いですね。
ちなみに、この距離が長いのがドイツ人だそうです。
ドイツ人は、どこに行っても、誰と居ても、
肉体的にだけではなく、精神的にも、間隔を置きたがるそうです。
ネパール人はどうでしょうか?
この写真の友人たちをご覧ください。
両側に随分余裕があるのに、皆さん、びたびたとくっつき合って、にこにこ顔。
もちろん少し寒いので、たがいに温め合う目的もあるのかも知れません。
それにしても、日本人はそんな風に暖をとることはしないのですから、
ネパール人も密接距離が大変に小さいようですね。
でも、おもしろいものですね。
左端の男性をごらんください。
ちょっと離れて座り、なんだか疎外感を漂わせていますね。
この人たちと知り合いではないのでしょうか?
それなら、もっと離れて座ってもよさそうなものです。
両側にいっぱいベンチがあるのですから。
このあたりの人間関係、皆目見当がつきませんが、
専門家が見たら、たちまち見破ってしまうかも知れませんね。
カトマンズは、たしか海抜が千メートルを越えるはず。
そのうえ、盆地です。
ヒマラヤが北と西に聳えているのですから。
そのうえ冬と来るのですから、日没が大変に早いのです。
その残り日のあたたかさを少しでももらおうと、
老人たち、傾く太陽にしっかりと対面し続けているわけです。

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     [撮影メモ]
      ホロゴンと老人たちの距離は約2メートル。
      だから、老人たち、私に気づいたのです。
      私に向かって、なにか言いかけてきました。
      私も、適当に、英語で返事します。
      意味が通じようが通じまいが、そんなことは問題じゃない。
      肝心なことは、たがいに笑顔を交わせるということ。
      これ以上離れたら、とても写真にはなりません。
      ホロゴンは、その意味で、引っ込み思案の方には向きませんね。
      ちなみに、私の密接距離は、自分から近づく場合は、30センチ。
      つまり、ホロゴンで撮る最短距離が私の密接距離なのです。 
      
# by Hologon158 | 2008-10-14 00:05 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

33.6ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」6 古都パタンの闇をひとっ飛びしたお話


「リトル・ブッダ」の撮影地、パタンはカトマンズとは町つづき。
カトマンズに5泊してから、パタンに2泊しました。
ヒンズー教と仏教の寺院が林立し、壮観です。
日本人には異質なデザインのせいでしょうか、まさに宇宙的景観。
そんな寺院の一つに入ってみました。
日本のお寺と違い、ちいさな入り口から入ります。
すると、中庭に通じる通路の両側に、
一段高い休憩所のような板の間が作られています。
右側の板の間に男たちが4人談笑しています。
横になった男の足下には、疵だらけのバイクヘルメット。
逆光で4人のシルエットが燃えています。
すっとヘルメットにホロゴンを近づけて撮りました。
すると、男の一人(眼鏡の男です)が、
「なにをしているのですか?」
なんと、日本語。
「ヘルメットとあなたたちのシルエットが美しいので、撮らせてもらいました」
もちろん、ここでにっこり。
しばらくおしゃべりをしました。
その一人だけが日本語を今勉強しているのです。
幾人か日本語をしゃべれる人に出会いました。
それだけ日本経済がネパールにも進出しているのでしょうね。
暮れ方、レストランを見つけて夕食を頂いた後、
ホテルへの帰途につきました。
街灯などありません。
まるで暗黒。
突然、窪みに脚をとられて、宙を飛び、身体は地面に落ちたのですが、
不幸にも顔は溝に一瞬ドブン!
ほんの少し、泥水が口に入ったようでした。
懐かしいニオイ!
子供のころ、ドブで遊んだときのことが一瞬甦りました。
転倒しながら、肩のペンタックスMEが放物線を描いて一回転するのを、
なぜか感じました。
そして、バチャッという水音。
カメラが水たまりに落ちたのです。
自分の顔が泥だらけになっているのなどそっちのけで、
カメラから水を拭き取りました。
大急ぎでホテルに帰り、バスルームに飛び込んでまずしたことはカメラの清掃。
見上げた心がけですね。
MEの巻き戻しレバーの軸はASA感度の設定ボタンになっています。
このボタンの下に泥水が入り込んで、フリーになってしまいました。
でも、損害はその程度で、使えることを確認。
ほっとして、次にシャワーを浴びました。
膝小僧が血だらけになっていました。
翌日の夜、また現場を通りかかりますと、
その深い窪みにはちゃんと蝋燭が立ててあるではありませんか!
誰か、私が宙を飛ぶのを目撃したのでしょうか?
それとも、昨晩だけ、蝋燭を立て忘れたのでしょうか?
膝の傷はあとで化膿して、旅の間痛みがとれません。
持参した薬が効かないのです。
我慢ができなくなって、地元の薬屋(ぜんぜんそれらしくない屋台風)に飛び込んで相談。
すると、軟膏を処方してくれました。
これが俄然効きました。
外国で罹患した疾病は地元の薬で治すのが一番なのでしょうか?
ちなみに、泥水が少し入ったお腹の方はその後ますます元気そのもの。
旅に出て一度も不調になったことがない胃腸のせいでしょうが、
ひょっとして泥水って栄養があるのかな?

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# by Hologon158 | 2008-10-13 20:30 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.5ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」5 町の東西が分かってからがほんとの旅

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カトマンズの道をぐるぐるぐるぐる歩き回りました。
道はぬかるんで悪いのですが、人は滅法よろしい。
どこに行っても、だましたり、口車に乗せたりという客引きゼロ。
というより、大変に親切。
写真を撮ったことが分かっても、大人も子供もおねだり一切なし。
どこに行っても感じたことは、
たとえば、シュリーマンやイザベラ・バードが幕末日本を旅したときに感じたことを、
今ぼくはここで感じているのだということでした。
ちょっと低開発国風で、経済も貧困、生活はいわば19世紀的、
人間も素朴なので、つい劣等に見たくなってしまう。
でも、これはとんでもない誤解。
旅でいろいろな出会いがありましたが、
ネパール人は固有の文化としっかりとした見識を持つ国民なのです。
それは、まさにシュリーマンたちが日本で感じたことなのです。
子どもたちの態度からもそれが知れました。
けっして物怖じしたり、大げさにはにかんだりしないのです。
自分をしっかりと堅持して、外国人である私とも対等に振る舞い、
隙を見せません。
ときどき「ワン・ダラー」などと声をかけてくる子もいます。
「ノー・ダラー」なんて返しますと、にやっと笑います。
くれないのはちゃんと分かっているけど、
駄目もとで言ってみただけと言わんばかり。
その態度に物乞いの卑屈さなどかけらもありません。
誇り高いのです。
貧乏旅行中の日本人学生に食事を振る舞ったことがありましたが、
ルートの選択を誤ったと後悔していました。
「インドから入ったので、ネパール人が親切にしてくれても、
なにか魂胆があるに違いないって構えてしまうのです。
だから、素直に親切を受け入れることがなかなか難しいのです。
ネパールからインドに入ればよかった」
私に言わせれば、インドとネパールを一度に回ろうとするのが間違い。
ネパールからインドに入ったら、きっと手ひどくだまされたに違いありません。
外国旅行は、一旅行一国が原則です。
でも、日本の現状は、会社に一旦就職したら、
全身全霊会社にとっぷりと浸りきり、無私の忠誠を尽くさなければならない。
長期旅行など論外。
彼も、当分旅行はできまいと考えて、貧乏旅行をしているのです。
私は、もともとそんな忠誠心まどかけらもない人間でしたから、
相当若いときから、旅行を楽しんできました。
十数年前から、写真撮影のための個人旅行に切り替えてからは、
一国どころか、ほとんど一都市が原則です。
最初は西も東も分からない町が数日経って、
地図なしに方向、位置が分かるようになる。
それからが旅の醍醐味なのですから。

      [撮影メモ]
       これはホロゴンによるノーファインダー撮影。
       110度の画角のある超広角レンズだとは誰も気づきません。
       どこからどこまで写るか、撮ってる本人だって分からない。
       まして撮られる方はまったく見当がつかないはず。
       それに、私はけっして周辺の写したい人に目をやりません。
       あくまでも遠く中空に視線を集中して、
       あのあたりを撮るぞ、撮ってやるぞ、という気勢。
       撮り終わった後も、人の方は原則として見ません。
       自分の視線の方向をもう一度しっかりにらんで、
       よし、ちゃんと撮れたぞ!という思い入れでうなづくのです。
       すごく好奇心を燃やしている視線を感じると、
       ふとそこに君がいるのに気づいたよと言わんばかりに、
       くるりと視線をその人に回して、
       「おや、なんだ、そこに居たの?」といわんばかりの笑顔で、
       「こんにちは」
       向こうも気楽だし、こっちはもっと気楽。
       たいていその国の言葉がしゃべれない町を回りますので、
       自然な笑顔、これが万国共通の国際語ですね。
       みなさん、平素から常に笑顔で人に接することにしましょうね。
       そうでないと、急に笑顔はできませんよ。
# by Hologon158 | 2008-10-13 17:23 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.4ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」4  朝まだき、ホロゴン、少年と出会う


カトマンズの町、気に入りました。
冬のカトマンズはなかなかに厳しい気候です。
厳寒はもちろんですが、時折雨が降ります。
降ると、街中ほとんどどこに言っても、どろんこのぬかるみ道。
サリーの女性、巧みに深いぬかるみを避けて、平気で歩いています。
2日目の朝はやく、高台の大仏舎利塔ストゥーパを目指して散策しました。
このとき出会った少年のホロゴン写真、
前にもアップしましたが、今回もう一度掲載させていただきます。
カトマンズからゆっくりと下ってゆく街道でした。
ふと下を見ると、脇道から来たのでしょう、
6歳くらいの少年が1メートルほどの位置に近づいてくるのが見えたのです。
なにか考え込んでいるような真摯な表情。
こんなに小さくても、もう一人前の思索ができそうな容貌です。
右手にストラップを巻き付け、両手でしっかりと保持していたホロゴンを、
とっさに左脇に写して、少年から80センチほどの距離で1枚。
少年はまったく気づかずに通り過ぎてゆきました。
今、もう成人前、どうしているでしょうね?
やっぱりこんな表情で朝歩いているのではないでしょうか?
帰国して、現像してみて、びっくりしました。
私にとっては、おそらく超接近水平垂直撮影法の開眼となる一枚となったのです。
これまで撮ったいかなる広角レンズでも撮れない、なにかが写っていました。
それが冷え冷えとし、冴え冴えとした空気感だったのかも知れません。
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     [撮影メモ]
      どんなにフレクトゴン35mmF2.4が名レンズであっても、
      ホロゴンのこの描写を見てしまうと、
      もうフレクトゴンに戻ることはできませんでした。
      レンズの世界にユニバーサルにあてはまる箴言は、
      「上には上がある」
      でも、ホロゴン15mmF8に出会ってから、
      まだ、これ以上のレンズに出会ったことはないのです。
      SWCビオゴンも、名にし負うライカ用スーパーアンギュロン21mmも、
      もうしわけないけど、ホロゴンの敵ではありません。
      強烈すぎて、人肌のフレーバーが足りないのです。
      ハイパーゴンという強烈な大判用超広角レンズがあります。
      たしか前後対称形の半円形超薄型レンズの2枚玉。
      究極の超広角として知られています。
      でも、その写りは極端にシャープすぎて、辟易してしまいます。
      ホロゴン16mmF8もまた現代風に超シャープ。
      ホロゴン15mmF8は、さすがにフレクトゴン35mmF2.4の親戚です、
      中庸を得た大人のレンズなのです。
      何ごとも「過ぎたるは及ばざるがごとし」ですね。
      今書き出した超名レンズたちの愛用者のみなさん、
      こぞって大反対なさることでしょう。
      それが自然、それが当然。
      誰だって、自分の奥さんが一番可愛い!
      そうでしょ?
      そうじゃないかな?
# by Hologon158 | 2008-10-13 14:22 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

33.3ホロゴン写真展「1998年1月冬のネパール」3 日本人ってかわいそうな存在なのです


ネパールをサバティカルの目的地に選んだのは、
映画「リトル・ブッダ」を観たことから。
キアヌ・リーブスが若き日の仏陀を演じたのですが、
その少年シッダールタの育つ都の光景、
私には地球外のどこかではと思うほどに奇想天外で、しかも見事な様式感。
もう、仰天し、目を奪われました。
後日、この映画はネパールの古都パタンとバドガオンで撮られたと知ったのです。
ネパールと言えば、ほとんどの方はヒマラヤを目指します。
私が目指したのは、カトマンズ、パタン、バドガオン3古都の路地裏。
ふん、変わってるね!
たいていの方は、そんな私の心情を理解できないことでしょう。
でも、構いません。
ヒマラヤの峰を観たのは、バドガオンのホテルの屋上からだけ。
大きなもの、高いものを見たければ、私はいつでも空を見ます。
ヒマラヤよりも神々しく、エベレストよりも高い。
これで十分心が拡がります。
撮りたいのは、路地裏であり、そこで待っていてくれる人、もの、場所。
カトマンズの通勤風景を撮りました。
こんな風に歩いて通勤できるって、幸せですよ。
一歩一歩自分に沈潜しながら職場に向かうのです。
騒音と群衆に心の大半を奪われて通勤している日本人って、
ほんとうにかわいそうな存在なのです。
自分では気づいていないけど。

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      [撮影メモ]
        まだ、フレクトゴン35mmF2.4で撮っていますね。
        これらの写真をごらんになれば、
        まだ当時、私がアマチュア写真家路線を歩んでいたことがわかりますね。
        いつもちょっとなにかしら思い入れが構図を決めています。
        こんな写真を撮り続けていたら、
        今頃、胸を張って、私、写真家を志望しています、って力んでいたことでしょう。
        なんの思い入れもない、ただの写真が撮りたくなったとき、
        ホロゴンがお手伝いしましょって、言ってくれたわけです。
        ホロゴンとの出会いは、奇縁であり、運命であった、
        そう感じています。
# by Hologon158 | 2008-10-13 13:19 | ホロゴン写真展 | Comments(0)