わが友ホロゴン・わが夢タンバール

31.19ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」19 ヘアーラインの仙境に遊ぶ人たちがいる!


ブログを愉しむようになって、
写真の楽しみ方にもいろいろあることが分かってきました。
その一つが、じつに奇想天外、
私がこれまで一度も考えたことのなかった楽しみ方でした。
開放だけで撮って、そのボケ味の妙を愉しむ!
Andoodesignさん(http://m8view.exblog.jp/)でこれを知ったのですが、
この方、猛烈な探求心と実験心に富んだアーチスト。
陸続と未知の大口径レンズを探り出し、
ヘアーラインのピントだけで絵づくり。
これまで私が見たことも想像したこともなかった作品を続々発表しておられます。
近ごろ、また別の素敵な方を教えてもらいました。
R-D1☆M8狂想曲(http://gatobonito.exblog.jp/)
こちらは、ノクティルックス、タンバールもありますが、
むしろキノプラズマートなどという、映画用レンズたちの秘境世界の冒険家。
こうしたレンズの35ミリマウント改造版に魅せられておられるようです。
でも、その作品群は、どんなレンズで撮っても常に変わらず、
やさしく、品良く、控えめ、ふわりと包み込むようなハーフトーンの世界。
写真をする人って、あまり上品な方が少ないのですが、
この方はその例外中の例外。
どちらも一見の価値があります。
私にとってはまさに秘境、どちらも毎日拝見。
見るたびに、感嘆、讃歎の連続。
いやあ、面白いな、すごいな、すばらしいな、
ぼくには絶対に撮れないな。
私だって、大口径レンズをもたないわけではありません。
マクロスイター50mmF1.8とかノクトン50mmF1.5。
ノクトンは、ライカMマウントなので1メートルまでなので無理ですが、
マクロスイターなら3分の1マクロまで行けます。
andoodesignさんの世界に近いものが撮れるかも知れません。
でも、撮れない理由が別にあります。
私が長年目指してきた目標とはまったく次元が異なるのです。
お二人の世界はそれぞれに異なりますが、
どちらも、仙人的画境に住んで居られる感じがします。
人間離れしていて、清らか。
私の目標は、一言で言いますと、
おっと、先に言っておきます、
読んでも、笑わないでくださいよ、
「デモーニッシュな実在感」
やっぱり、笑いましたね。
大げさなんですよね。
でも、私のような立場の人間には、なんでも夢見ることが許されます。
写真家じゃないのですから、大風呂敷を広げても、誰にも迷惑をかけません。
野原でかってに即興の唄をがなるようなものです。
ただのリアリティではつまらない。
たたけば音が出る、切れば血が出る、そんな実在感がありながら、
でも、見ていると、なぜかゾクッとするような魔術的な気配がひそんでいる、
そんな写真を撮りたい!
でも、この2つの異質な次元、ひょっとすると混じり合わないとも限りません。
Andoodesignさんの作品をご覧頂ければお分かりと思いますが、
ヘアーラインのピントで撮りながら、
その前後に重厚な世界がぐっと凝縮されて詰まっていて、
デモーニッシュな気配が濃厚に感じられることがよくあるのですから。
私はまだ「デモーニッシュな実在感」にちっとも近づいていませんが、
andoodesignさんの方はすでにその境地にぐっと迫っておられるようです。
お二人の世界と私の世界とは、
道はそれぞれ違いますが、
実はおおきな円弧を描いて、
どこかで結ばれるのかも知れませんね。

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# by Hologon158 | 2008-10-06 11:23 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.18ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」18 ホロゴンは銀鉛羊の夢を見る?


前回、写真的記憶のことを書きました。
私も、いつも、私の写真は記憶メモだと書いています。
でも、これは説明不足です。
私が写真に心底求めるもの、それは記憶とはちょっと違うのです。
むしろ、夢
そう、夢なのです。
私は、ホロゴンで夢を見たいのです。
フィリップ・K・ディックのSFに、たしか、
「電気羊はアンドロイドの夢を見る」というのがありましたね。
「ホロゴンウルトラワイドは銀鉛羊の夢を見る」なんてのはいやですね。
私の見たい夢を見せて欲しいものです。
じゃ、それはどんな夢だ?
そんな質問はご勘弁。
どんな夢を見るか、見る前に予想できますか?
できませんよね。
ホロゴンウルトラワイドを15年使いましたが、
ホロゴンがどんな夢を見てくれるか、
いまだに見当がつきません。
ホロゴンが私にくれる夢、それを見てみたいというわけです。
ところで、あなたの夢は色つきですか?
私の場合、普通は色つきかどうか、記憶にありません。
でも、ここぞという本格的ドリームのとき、不思議に、
総天然色で上映ということになります。
暗黒の空まで急な上り坂が続き、
その果てにさまざまな色の星雲、星が葡萄のように密集している夢。
沼の表面がとろり鏡面となり、様々な色彩がたゆたう夢、等々。
ホロゴンが撮ってくれる写真も、
実のところ、これがあの場所を写真にしたのかと目を疑うほどに、
現地とは異なります。
現地よりもずっと生彩に富み、
活力に溢れ、、そして、嬉しいことに、美しいのです。
このあたり、現に私の写真をご覧になっている皆さんから、
どっとクレームが来そうですね。
どこが美しいのじゃ?
どこが活力に溢れているのじゃ!
ちっともそんな風に見えないぞ!
寝ぼけておられるのではありませんか、お前さん?
おっしゃるとおりです。
現代レンズの豪壮華麗なる色彩に彩られた精密描写の超絶写真の前では、
私の写真たちは、田舎の二枚目みたいですよね。
でも、私にとって、こんな写真が美しいのです。
そんな風に感じるようになってしまったのです。
だから、そんな人間として受け取っていただくより仕方がありませんね。
私はホロゴン夢で寝ぼけているのです。

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# by Hologon158 | 2008-10-06 00:03 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.17ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」17 あなたは写真的記憶の持ち主ですか?


写真的記憶の持ち主がいるそうです。
一瞬網膜像になった映像をそのまま記憶している。
日本人には少ないようですが、ヨーロッパ人には時折いるそうです。
たとえば、ユダヤ教のラビたち。
タルムードという膨大なる文献を彼らは全部記憶してしまうそうです。
私も昔興味があって、英訳完訳本なるものを探し出して、
十数冊取り寄せてみたことがあります。
律法解釈を巡って、さまざまなラビたちが論争を繰り広げます。
その博識と独特の論理は魅力がありましたが、
とても錯綜して、門外漢にはとうてい理解できないことが分かり、
あえなく挫折。
写真的記憶の才能が完全に欠如していることが響いたのかも知れません。
この写真的記憶、写真を撮ることで少しは理解できそうです。
たしかに現場に居て、たしかに自分が撮った、
でも、こんなもの、右隅にあったのだなあ、気が付かなかった、
こんなすごい形だったんだ、目で見たときはありふれて見えたのに、
などと、写真で初めて知るディテールがどんなに多いことでしょう!
その点、最近のディジタルカメラはさらに精密記憶が強化されています。
でも、その程度が度はずれているために、
私など、ちょっと辟易してしまうのです。
ちょっと行き過ぎじゃないか?
もっとさりげなく、自然な再現であってほしいな。
今回も、ホロゴンが2枚、シグマDP1が1枚、混在しています。
今申し上げたような、情報過多がシグマDP1の写真にちょっと見られます。
皆さんはいかがでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-10-05 21:12 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.16ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」16 人ごとに理想は違うというお話


現代日本人の特徴を一つ言え、
そう言われますと、私としてはこう答えます。
列を作るのが好き。
中華街に参りますと、
まったく同じような店が並んでいるのに、
一方には長蛇の列、もう一方はがらり閑散、閑古鳥。
この理由を考えてみますと、
日本が情報社会に移行したことも関係しているのではないでしょうか?
以前は、知識であり、知恵であり、学識であり、
あるいは噂、がせネタであったものが、
今では、情報という用語にひとくくりされてしまいました。
そこで、雑誌のグルメ情報で人は動き、
さらに、人が動くこと事態が情報となって、
なんにも知らない人が、人が並ぶのだから、
おそらくなにかあるだろうと、列につくことになります。
以前、傑作なことがありました。
友人たちと祇園を撮影していました。
友人のうち2人はまさにカメラマン然とした風貌、風体。
その2人が、タクシーの停まった有名な料亭の門近くで立ち止まったのです。
ひょっとすると、舞妓さんに送られて、誰かが出てきて、
ちょっとフォトジェニックかもしれない、そう考えたようです。
10分ばかり経ちました。
ふと2人が振り向くと、背後の道の両側には100人以上の見物人。
外国人観光客も数人含まれていたのですから傑作。
誰かが考えたのですね、
カメラマンが2人タクシーの側に待機している。
さては、有名人が出てくるにちがいない。
かくして、チェーンリアクション発動!
馬鹿げています。
それどころか、危険です。
高速道路のトンネル内の事故で、警報が発せられているにもかかわらず、
車が前に続いて次々と吸い込まれて、死者幾十人という事故が以前ありました。
これも行列行動(こんな風に言うかどうか知りませんが)。
私は、ほぼ絶対に列を作りません。
人生においても、グルメにおいても。
行列のある店の隣に入ります。
私は、たくさんの人でごった返す店で食べるよりも、
静かに、友人たちと語り合いながら、ゆったりといただく食事の方が、
常に美味しいし、楽しいと考えるからです。
管浦は、観光地化したとはいえ、実に閑散。
思う存分、ロボーグラフィを愉しむことができました。
湖畔ぞいの道より一段上がったところが管浦の部落の道。
その生け垣がいかにも琵琶湖らしい清楚な風情でした。
私が撮影に行くのはお休みの日なのに、
いつ、どこに言っても、こんな風に閑散としているのです。
どうやらそれが私の人生なのらしい、
近ごろは、そう覚悟を決めています。
でも、たとえば、東京の方、もうしわけありませんね。
関西では、撮影地の行き帰りだって、ゆったりしたものです。
電車のつり革にぶら下がってどこかに行った、
そんな記憶がまったくないのですから。
これが、列を作らない人生を選択した私が選んだ故里なのです。

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# by Hologon158 | 2008-10-05 17:31 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.15ホロゴンデイ11「2008年6月21日滋賀管浦」15 カササギじゃあるまいし、光り物見たら飛びつくとはね


幾人かの方から、日に何度もアップロードすることで、
大変なエネルギーだとコメントを頂きました。
でも、ブログ散策をあまりしないので、分かりませんが、
この程度のアップ回数、ありふれているのではないでしょうか?
私の場合、確かに、週日は、原則として、一日3度、
休日なんか原則5度、最高6度アップしています。
でも、これは楽しいから、ただそれだけなのです。
写真枚数は一日最低10枚程度、多いときは20枚以上。
平均15枚として、一年続けると、5000枚くらいアップできそう。
ワクワクしてきます。
だから、エネルギーとは無関係。
なにが楽しいって、
自分の写真たちをウェブ空間に雄飛させることができるのです、
たいしたことじゃないですか!
誰も見なくていい!
ウェブ空間(一体、どこにあるのでしょうね?)に自分の写真たちが並んで、
にやにや見下ろしている、そんなイメージが浮かんでくるだけで、
ゾクゾクしてきます。
文章もどっさり付けますが、これは簡単。
たえず写真のことを考えているので、
パソコンに向かえば、いくらでも浮かんできてくれます。
私だけのようですが、膝の上にキーボードを置いて、
ブラインドタッチングします。
すると、考える速度でタイピングができます。
ただし、推敲なしなので、
長ったらしい駄文にお付き合いさせてしまい、もうしわけありません。
いろいろやりたいことがどっさりあるので、推敲時間が惜しい。
だから、時々注意書きさせていただいています。
文章力はないうえ、ろくな事書いていないと来るのですから、
文章なんか読まなくてよいのですよ。
さて、今回の写真に参りましょう。
光り物に弱いですね、私は。
カメラ、レンズに魅せられてきたのも、この光り物のせい。
その極致がコンタレックス・スーパーでしょうか?
ライカM3の最高級品もそうですね。
これはまだ手に入れたことがない、永遠の美女。
レンズなんて、美女の瞳のようですね。
一度、その瞳の輝きに魅せられたら、もうお終い!
愛の奴隷に堕ちてしまってもなお心安らか、というおそろしい境地に。
ウェブ空間にも、私だけじゃない、レンズ奴隷がうようようごめいていますね。
あなたもそうなんじゃないかな?
でも、管浦の海岸べりで出会った光り物は安全でした。
ドラム缶の蓋。
見事に鏡面仕上げされ、置かれた漆黒のゴム手袋とのコントラストが楽しい。
あんまり楽しいので、ここでもたくさん撮りました。
つまり、結局は、これもまた安全とは言い難いですね。
無駄なフィルムを幾枚も費やさせるのですから。
おかげで、皆さんにご迷惑をおかけします。
写真も飛ばし見でよいのですよ。
おっと、それじゃ、見るものがなくなるか?

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# by Hologon158 | 2008-10-05 14:44 | ホロゴンデイ | Comments(2)

31.14ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」14 空気感と生活の香りを思い出せる写真を撮りたいね


あるカメラ雑誌に掲載された、どこかのコンテストの特選作品。
田んぼに面した細い農道が斜面を背景に水平に見えます。
雨です。
その斜面の左3分の1当たりに、地蔵さんの祠があります。
右側から、小さな傘の女の子、その後ろに真紅の雨傘のお母さんがにこやかに続く。
選者の選評、「生活感がよく出ていて、大変自然で味わいの深い作品です」
撮影者、そんな雨の日に田んぼのこちらで何をしていたのでしょうか?
明らかに、そこに陣取って、待ち受け、
この祠の斜面をキャンバスに絵を描こうとしていたのです。
お母さんの表情、姿勢から、
カメラマンの存在をちゃんと意識していることが明らか。
なんのことはない、やらせなのです。
どこが「生活感」だ?
どこが「大変自然で味わいの深い」のだ?
カメラ雑誌の月例にはそんなやらせ作品が氾濫していました。
そんなことから、バカらしくなって、
私はもうこの10年カメラ雑誌を見ません。
自身をアマチュアカメラマンと見ることもやめました。
写真作家となりたいということを完全に忘れてしまうことにしたのです。
そうすると、心が解放されたのでしょう、
楽しいように、自分の撮りたい写真が撮れるようになりました。
それは、ご覧のように、写真作品と言えるようなものではありません。
みんな、私の写真メモ。
でも、その場所がどんな空気だったか、
自分がその場に居て、どんな風にその場所を感じたか、
はっきりと思い出すことができます。
それで十分ではないでしょうか?
本日の写真、管浦の部落の一角。
家を裏伝いに、裏山に登る道があるようです。
いかにも生活がここにある、という雰囲気の場所でした。
あんまり気に入ったので、随分たくさん写真を撮りました。
すがすがしい空気感と生活の香りを感じていただけるでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-10-05 11:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.13ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」13 整理状態を見れば、精神性が分かる?


ヴァザーリの「画人伝」に面白い話が載っています。
ルネサンス初期、法王がヴァティカンに絵を描く画家を捜したのです。
ジョットーにも使者が送られました。
使者が、デッサンを法王に見せたいと言いますと、
ジョットーは、紙を一枚取り出し、
道具を使わず、赤の絵の具を筆に付けて、さっと円を描いたそうです。
一点非の打ち所もない完全な円でした。
ジョットーは微笑して、「これがお求めのデッサンです」
使者、バカにされたと思い、別のデッサンを求めたところ、
ジョットー「これで十分です。他の人のデッサンと一緒に送ってご覧なさい。
そうすれば、私のデッサンが認められるかどうかわかるでしょう」
法王とその側近は、その円を見た途端、
ジョットーが当代随一の画家であることを知ったと言います。
どんなに修練したところで、完全な円を手書きすることなど、
誰にとっても不可能に近いことでしょう。
その証拠に、誰もそんな円を見たことがありません。
ジョットーが天才だったと言ってしまえば、お終いです。
でも、それだけではないはず。
いかに天才でも、最初から円を描けたとは考えられません。
ジョットーは壮絶な練習を重ねたはずです。
とすると、私たち凡才は、
なおさら練習をしなければならないことは、当然のことですね。
管浦では、海辺の小屋にロボーグラフィ的造形。
ここまで見事に整理している!
お顔は拝見していないけれど、
一種のプロとお見受けしました。

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# by Hologon158 | 2008-10-05 00:23 | ホロゴンデイ | Comments(4)

31.12ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」12 ほんとリアリティあるやつらって、こいつらだなあ


今さっき帰宅しました。
本日は、友人のDAさんと2人で飛鳥を歩いてきました。
先々週も行ったんですが、そのときは飛鳥南東部の稲淵付近が中心。
今回は、近鉄岡寺駅から東に歩いて岡寺に至り、
岡寺から近鉄飛鳥駅まで西に歩くという巡回コース。
大変に好天気に恵まれ、
飛鳥駅への帰路は、西日が作り出す黄金の時間を体験。
もちろん、いつもどおり、写真趣味の人間にはほとんど出会わず。
どうやら私たちを避けている見たいですね。
理由は明らか。
つまらないから、誰も来ない。
でも、私たちは一向平気、途中、土手に座り込んで、
DAさん持参のフラスコから、小さな金属カップにヴァレンタインを注ぎ、
この西日を前にして、壮大なる空の雲と陽光のページェントを愉しみつつ、
ウィスキーに舌鼓を打つという贅沢な時間。
途中、大好きなロボーグラフィーたちと出会い、
黄金の時間には、斜光線が作り出す魅惑の光景を撮らせていただく、
なんとも贅沢な一日を過ごしました。
もちろん、帰路の分岐点、橿原神宮前駅で下車して、
2人で反省会を愉しんだことは言うまでもありません。
写真を撮るより、おしゃべりと反省会とが愉しみ、というのは、
たいていの写真好きのお気に入りですね。
本日の写真は、本日もまた数度にわたり出会って、写真を撮らせてもらった、
ドラム缶!
なんと存在感のある下積みでしょうか!
下積みを続ける内に、ドラム缶たちは個性を蓄積します。
古びれば古びるほどに、それぞれに異なる個性で、
大地にそれぞれでんと鎮座しています。
こんな風格のある人間になりたいものですね。
一度、ドラム缶に尋ねてみることにいたしましょう。

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# by Hologon158 | 2008-10-04 22:25 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.11ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」11 このバイクのご主人、今頃何してるんだろう?


管浦で面白いのは、
ほとんど商業、工業等の産業らしきものは見あたらないのに、
一般住宅が随分たくさん並んでいること。
いったい、みなさん何を生活の糧としておられるのでしょうか?
閑静な住宅地として利用して、通勤しておられるのでしょうか?
アイルランドでも同様の疑問を抱きました。
でも、アイルランドの場合、自動車通勤が発達しているようで、
通勤圏は相当に広大なようです。
日本ではどうなのでしょうね。
管浦の後背地は小高い丘。
その一つを登っていくと、廃屋風の民家の中庭にバイクがありました。
形状、大きさから、相当に大きな排気量のものと推測されます。
自転車しか乗ったことのない私ですが、
想像力だけはたっぷりあります。
風を切って走るバイク野郎の気分を想像してみました。
ふーん、こんなバイクで湖西の街道をばく進するのも悪くないだろうな?
すると、たちまち「真冬はどうなんだ? 寒いぞお!」
湖西に家を手に入れて、バイクで通勤する夢ははかなく消えました。

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# by Hologon158 | 2008-10-04 00:07 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.10ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」10 あのカメラバッグ、どこに行ったのだろうな?


写真を始めた頃、
私は大きなカメラバッグを肩に掛けて歩き回りました。
バッグは、フラップカバーを開くと、本体は6個に間仕切りされ、
その間仕切りには、コンタックスRTSⅡ、25ミリ、35ミリ、50ミリ、
85ミリ、180ミリが並んでいました。
これで12年間に3000本撮り、加えて、ハッセルで600本撮り、
夜は夜で、フィルム現像と引伸に狂奔しました。
その全部のフィルムを残していますが、
ろくなものはありません!
今から考えますと、当時は、こんな風に考えていたですね。
今日一日出会うすべての情景を、
撮りたいように撮るためには、これ位のレンズは当然必要だ。
今でも、たいていの写真家の方は、この5本どころか、
もっと広範囲の焦点距離、
たとえば、17ミリから300ミリまでを順次カバーするズームレンズを、
少なくとも2本は携行されることでしょう。
しかも、もっと軽くなっていますから、当時の私よりずっと軽快に。
写真家としては、もとより当然のことです。
ポイントは、自分が撮りたいものではなく、
自分が撮るべきものにあるのですから。
でも、段々私に分かってきたこと、
それは、私は写真家でもなんでもないということ。
人に見せるためではなく、自分のためだけに撮っているということ。
だとすると、出会う情景すべてに対応するレンズなんか無用。
自分が撮りたいものだけを、撮りたいように撮るのが肝心。
そのためには、撮りたいように撮れるよう、
自分の道具に集中して修練する必要があります。
私は本来不器用な人間です。
不器用な上に、道具に熟練していないとすれば、結果は最悪。
だから、この3600本にろくな写真がありません。
くやしいけど、おかしいですね、当たり前なのですから。
私がホロゴンウルトラワイドに集中、専念したのはこのような理由からなのです。
かくして、私はついに写真家にはなれませんでしたが、
でも、後悔していません。
こうして、自分の大好きな写真たちと一緒に暮らすことができるのですから。

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# by Hologon158 | 2008-10-03 21:27 | ホロゴンデイ | Comments(0)

不自由だから美しいものが作れたのだ


5では、ちょっと批判めいたことを書きましたが、
白洲さんの文章、含蓄に富んだ言葉が随所に見つかります。
今朝も、ちょっと面白い言葉にぶつかりました。
染織の昔の職人さんの仕事ぶりについて、現代のある名人曰く、
「昔の染め物にはとてもかなわないと思っている。
その原因がどこにあるかと言えば、
染料でも糊でも、不自由だから美しいものが作れたのだ。
現在は、材料が豊富に手に入るうえ、使いやすい。
けっして悪いことではないが、
便利なものは、使いよいから、しぜん手を省く。
(中略)工芸の世界で困ることは、
古典芸術とちがい、秘伝といったようなものがなく、
常識として誰でも知っていたことは、書き残していないのである。
そこで、てさぐりで探した後、ついに発見した。
もちろん、使いにくい糊で、他の人には勧められないが、
それで引いた線は、実に力強く、所々かすれたりするのが、
なんとも言えない味わいになる」
思わず手を打ってしまいました。
カメラと写真のことを語っているかのようなのですから。
現代のディジタルカメラは確かに信じがたいほどに高性能、
露出もピントもなんにも考える必要がありません。
被写体に向けて撮れば、手ぶれなしに、どんぴしゃの驚愕の写真が撮れる。
それも、誰でも!
でも、私のような銀鉛モノクロームで始めた人間が見ますと、
その驚愕の写真と見える写真たちがぜんぶ色あせて見えるのです。
あまりにも安直に見えて、画像が猛烈に高細密、高精度であればあるほど、
上っ滑りしているように見えてくるのです。
インディ・ジョーンズでそんな現代を象徴するシーンがありました。
インディがアラブの戦士に襲撃されます。
戦士は、華麗なる太刀さばきでインディに迫ります。
インディは、当然おびえるのですが、次の瞬間、簡単に問題を解決しちゃいます。
腰のピストルを抜いて、ズドン一発、戦士は死んでしまいます。
そのときのインディの得意顔。
それはまさに現代の超弩級ディジタルカメラマンの満足顔に重なります。
私は断然アラブの戦士に同情してしまいます。
卑怯なり!
無情なり!
虫けらじゃないんだぞ!
ヒューマニティはどこに言ってしまったのだ!
ここで、写真の方に焦点を写しますと、
私は、だから、断然クラシックの銀鉛カメラにすべてを託すのです。
今、このシリーズではシグマDP1をサブとして組んでいます。
驚くべき自然さ、驚くべき高細密。
でも、私はホロゴンのあたたかみ、泥臭さ、やさしささえあれば、
シグマDP1の驚愕性能なんて、まるでお呼びじゃない、そう感じてしまうのです。
ホロゴンを使い続けて、いつか、
「不自由だから美しいものが作れたのだ」
そんな風に自分で納得できるまでがんばりたいものです。

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# by Hologon158 | 2008-10-03 19:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.8ホロゴンデイ11「2008年6月21日滋賀管浦」8心が錆び付くと、錆のある写真が撮れるようになるのだな


絶えずあることについて考えて、別のことを考えることができない。
こんな症状は強迫神経症なのでしょうね。
とすると、私など、絶えず写真のことが頭から離れないのですから、
一種の強迫神経症なのかも知れません。
どうすれば、自分の写真がよくなるかなんてことじゃないのです。
いったい写真とはなにか?
自分にとって、写真はどんな役割なのだろうか?
どうすれば、自分の感じるままに写真が撮れるのだろうか?
そんな疑問です。
私は、自分のことがある程度はわかっている人間なので、
自分の写真が一目を惹くようなものではないこと、
独創性なんかかけらもないことをよく知っています。
近頃も、私がシャチホコ立ちしたって絶対に撮れないような、
猛烈に独創的で、豪華絢爛たる作品群を陸続と生み出しているブログ、
「Yoshi-A の写真の楽しみ」(http://yoshipass.exblog.jp/)で、
写真の醍醐味を久しぶりに味わいました。
どうして、こんなにまでざっくりと生気に満ちた写真を切り取れるのでしょうか?
私にはとうていわかりませんし、
yoshipassさんだってわからないでしょう。
ただそんな風に撮れてしまうのです。
そんなブログを拝見した後、自分のブログに戻ると、
いつしか頭を垂れて、じっと手を見る状態に落ち込んでいるのに気づきます。
私だって、目も覚めるような颯爽たる写真を撮りたくないわけではない。
でも、撮れた試しがない!
どこか錆び付いているせいなのだろうか?
そんな風に思案していると、ふと頭をよぎりました、
そうだ、だからなんだ!
錆が出たものたちを撮っているのは、そのせいなのだ!

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# by Hologon158 | 2008-10-03 01:04 | ホロゴンデイ | Comments(7)

31.7ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」7 樹下美人を撮るなら、やさしい古代レンズに限るね

もう芯からぐったり疲れました。
妻の年来の友人が2人、はるばるデンマークから来訪。
夕食をご馳走したのです。
妻は英語もフランス語も相当に使えるので、問題なし。
私の英語は、冗談ならいくらでも言えるのですが、
ちょっと込み入った話になると、お手上げ。
そのうえ、ご馳走作りのお手伝い、
給仕全般(「お茶」「はい!」「果物」「ハイ」「食器下げて」「は、はい」)、
バス停までのお見送り、
山のような食器、鍋、フライパンの洗いと難行苦行が続き、
すべてが終わったのは9時半。
いやあ、もう何もする元気がない…
と、背を丸めて2階の書斎に入った途端、
「そうだあ! 本日のブログ、4回目、まだだあ!」
その瞬間、生き甲斐が甦ったのです。
ぴんしゃんと背を伸ばし、目をランランと輝かせて、
まず、写真選択から開始。
というわけで、本日の解題は簡単に参りましょう。
6のお社からしばらく歩くと、広場に出ます。
その隅に大樹。
その根元にうずくまっているのは、何だ?
ただの園芸材料の袋。
でも、優美にものうげに横たわる美女に見えませんか?
ぽんとそこに置かれただけの袋なのですが、
そんな雰囲気がどこかに備わっているように見えるのです。
メイン、サブ両レンズ総動員で、
樹下美人図と洒落込みました。
今にして思うに、
もっともっとやさしい古代レンズを使って、
開放で撮るべきだったでしょうね。
シグマDP1もホロゴンもクリアーなレンズです。
あまりにも明快、直球に過ぎたかも知れませんね。

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# by Hologon158 | 2008-10-02 22:44 | ホロゴンデイ | Comments(2)

31.6ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」6 道草大好き少年が大人になると、なにを撮るか?


管浦の部落はロボーグラフィの宝庫。
ロボーグラフィって、耳慣れない言葉だとお思いの方も居られるでしょう。
以前に説明したことがありますが、
前の文章、写真などどなたもご覧になっていないでしょう。
改めて、ここで説明しておきましょう。
路傍写真を英語風に造語しただけ。
じゃ、どんなものがロボーグラフィの対象なのか?
これは簡単です。
道ばたにあって、私をはっとさせるもの、すべて。
なんでもよいのです。
ただし、私の心をときめかせるものでなければなりません。
今回は、そんなロボーグラフィを4枚。
なんで、こんなものに心がときめくのだ?
そうお尋ねいただいても、こたえようがありません。
とにかく、ときめいたのですから。
「神は細部に宿る」という言葉があります。
私も、その言葉を借りて、こう申し上げましょう。
神は路傍の片隅に宿る。

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# by Hologon158 | 2008-10-02 16:53 | ホロゴンデイ | Comments(2)

31.5ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」5 私が通人になれない理由を書いてみましょう


白洲正子さんは通人の文章家として有名ですが、
彼女の「余韻を聞く」(世界文化社刊)を読んでいて、
大変気になる文章がありました。
「花器はものだか、花はものではない。
活けてはじめて「ものに成る」
活けるというのは、実にいい言葉で、
花は野にあっても生きているのに、
それだけでは未だほんとうに生きているとはいえない、
器に活けたとき、はじめていのちを得る」
白洲さんの真意が私にはよくわかりません。
花は、野にあっては、まだほんとうに生きているとは言えないのでしょうか?
とんでもない。
花は、人間なんか必要としません。
一生人間に見られることがなくても、花は立派に生きています。
私は、生花の美しさを否定するものではありませんが、
生花は、生花を切り取って、オブジェとするのであって、
生花の美しさは、花そのものの美しさではなく、
オブジェとしての構成の美ではないでしょうか?
いのちの美しさではなく、
ものの美しさ。
器に活けたとき、いのちを得るのは、花そのものではなくて、
器と花の全体なのではないでしょうか?
人は、生花を見て、幸せになれるでしょうが、
生花にされた方は幸せなのでしょうかねえ?
私は、花を見るのであれば、野で見たいですね。
琵琶湖の浜の植物たち、花ではありませんが、
みんな、堂々と生きているではありませんか!
網掛けの下はイチジクなのでしょうか?
これはちょっと窮屈そうですが、葉は隆々と活気に満ちています。
管浦の植物たち、野生ではありませんが、
琵琶湖の自然に恵まれて、いきいきと生きているじゃありませんか!
お昼のお弁当、さぞかし美味しいでしょうね。

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# by Hologon158 | 2008-10-02 10:39 | ホロゴンデイ | Comments(0)

31.4ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」4 デモーニッシュなところが何一つない男の高望み


よく「デモーニッシュ」ということを考えます。
表現が実在感を超えて、
ありえない程の活力、エネルギーを感じさせ、
観る者が、表現されている実在のものそのものではなく、
そのものの向こうに超越的な存在、イデアを感じさせるとき、
デモーニッシュであると評されるようです。
芸術のすべてにそのような表現があります。
たとえば、ダ・ビンチの女性ポートレート。
モナ・リザだけではありません。
彼の女性像はデッサンに至るまで、デモーニッシュ。
一筆ごとのタッチに神業を感じさせ、
その出来映えには奇跡というほかはない超越性が感じられます。
写真にだって、デモーニッシュとしか言いようのない作品があります。
カルティエ=ブレッソン、ユージン・スミス、セバスチャン・サルガド、
エドワード・ウェストン、アンセル・アダムズ、ファン・エルスケン、
ジャンルー・シーフ、森山大道、
いくらでも思い出すことができます。
それは、ある種の霊感に支えられているようです。
それは、ひょっとすると、才能なんかではなく、
未知の存在からのプレゼントなのかも知れません。
生涯に1枚でよい、そんな写真が撮れたらなあ、
そう考えることもないわけではありません。
でも、そんなプレゼントを受けるためには、
ある種の酷烈な自己訓練を繰り返したあげく、
耐え難いほどに深刻な精神的危機を乗り越える必要があるのかも知れません。
くわばら、くわばら。
高望みはやめましょう。
素人は素人らしく、ホロゴンの写りを愉しむことにいたしましょう。
もっとも今回は内2枚がシグマDP1。
でも、あんまり区別がつきませんね。

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# by Hologon158 | 2008-10-02 00:30 | ホロゴンデイ | Comments(4)

31.3ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」3 ホロゴンで風景写真をトライしてました


「神の棲む島」と呼ばれる竹生島、
私はまだ行ったことがありません。
管浦から、葛籠尾崎ごしにこんもりと見えます。
管浦が観光地化した今、この島こそ秘境かも知れません。
管浦の海岸から遠望すると、どこか夢の島の風情。
私は、ホロゴンで撮るとき、30から60センチで撮ることとし、
せいぜい3メートルを超える対象は撮らないことを原則としてきました。
でも、竹生島だけは撮っておきたい。
そこで、琵琶湖を主人公とし、竹生島を点景に加えて、
いわば遠写を試みました。
それも、ノーファインダーで撮ろうというのですから、
冒険というより無謀。
その数枚を並べてみました。
管浦湖畔の景観を味わっていただきましょう。
風景写真にはどこかでハッと心が打たれるような輝きが欲しいものです。
そんな輝きなど皆無。
やっぱり私もホロゴンもとまどっているのでしょうね。

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# by Hologon158 | 2008-10-01 21:22 | ホロゴンデイ | Comments(2)

31.2ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」2 秘境と見れば観光資源とあてこむバカがいて


暗く湿った路地裏、
そこにひっそりとうずくまるなにものか、
置き去りにされ、見捨てられているように見えて、
実は路地の住民たちのあたたかい目に見守られて、
そこに存在することを許されているものたち、
そんなものと出会い、ホロゴンでその出会いの情感を記録する、
これが私の一番のお気に入りなのですが、
ときには碧空にすかっと突き抜け、
あるいは果てしない大海原に全身をさらしたい、
そんな気持ちになるものです。
管浦は、そこまでスケールは大きくないのですが、
私にとっては、
大いなる海と空を愉しむかたわら、
路地裏のロボーグラフィも愉しめる、
稀有の秘境なのです。
でも、十数年前に妻と2人ではじめて探訪した当時、
管浦を包んでいた秘境らしい神秘さは消えてしまいました。
ただの観光地になってしまったのです。
でも、大空や琵琶湖まで観光地化するのは無理。
以前にはなかった桟橋のようなものがのさばってはいますが、
遠く竹生島を望見できる浜辺のしずかなたたずまいは
まだ毒されていないようです。

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# by Hologon158 | 2008-10-01 17:53 | ホロゴンデイ | Comments(2)

31 ホロゴンデイ11「2008年6月21日の滋賀管浦」1 ぐにゃぐにゃの手摺りを下ると、琵琶湖岸だった


さて、前回の生駒の一週間前、湖西の秘境管浦に参りました。
今回は、この管浦の一日をお送りします。
銀治ぃさん、お待たせしました。
メインとサブのセットで今回は構成します。
メインはもちろんホロゴンウルトラワイド。
サブはシグマDP1。
15ミリと28ミリのコンビというわけです。
とりあえず、このコンビのコンセプトを簡単に説明しておきます。
私としては、レンズの違いをことさら強調することはしたくないのです。
たとえば、カルティエ=ブレッソン。
幾種類かの焦点距離のレンズを使っていた感じがします。
でも、一枚を取り出して、これが何ミリで撮られたか、
推測するのは非常に困難です。
カルティエ=ブレッソンは、どこかでF4が常用、
化粧品でF4の絞り位置が指先で分かるように印を付けていると書いていました。
とすると、戦前で言えば、
ヘクトール28mmF6.3なんか使わなかったのだろうか、
とも思えます。
とすると、エルマー35mmF3.5やエルマー50mmF3.5なのかな、なんて推測。
でも、たいていの写真は、小気味がよいほどに、パンフォーカスなのです。
これが分からない。
50mmレンズでは、F4ではとてもパンフォーカスにはならない。
そういう思案の果てに、たどり着いたのは、
レンズの違いなんて、カルティエ=ブレッソンにはどうでも良かったし、
見る方でも、気にすることないということ。
でも、今回のセットは、50年前のクラシックレンズと、
最新最強の四×五判なみに写るシグマDP1との組み合わせです。
最初から、画質に格段の違いがあることは言うまでもありません。
そのうえ、シグマDP1の写り、発色、ものの質感の出方は大変に自然で、
銀鉛となんら変わりがありません。
そんなことを考慮しますと、
別に2つのレンズを区別する必要はない。
そこで、どのレンズで撮ったかは一々説明いたしません。
興味のある方は推測していただきましょう。
興味のない方はただ写真をぼんやり眺めていただければ結構です。
あんまり気合いを入れて見ていただくような代物ではないのですから。
では、はじまり、はじまり。
おっと、もう一つ、お断りしておきます。
いつもは、すべての写真をいろいろと並べ替え、組み替えて、
アップするセットと順番をあらかじめ決めているのです。
でも、今回は、目下の候補作が135枚もあります。
今回は、フォトストーリーではなく、
「湖西秘境アラカルト」として、
順不同、思いつき順にアップさせていただくことにしました。
奇妙な順番で、おかしな写真が続々登場することとなります。
覚悟を決めておいてください。
まず、最初は、JR湖西線永原駅からバスに乗り換えて、約10分。
管浦のバス停に到着したところから参りましょう。
バス道路は、湖面より一段高いところにあります。
道路から湖岸に下りる金属手摺りの階段があります。
この手摺り、ぐにゃぐにゃで、錆びて、ちょっと面白い。
と思うと、さっそく気軽に撮ってしまう私です。
さあ、ご覧ください。
湖西秘境アラカルトの始まり、始まり…

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# by Hologon158 | 2008-10-01 00:07 | Comments(2)

30.6ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」6 足で歩いて、じかに出会ったもの、光景なのですから


独創性
写真家にせよ、画家にせよ、彫刻家にせよ、
およそ芸術家に課せられた軛(くびき)、
それが、独創性なのではないでしょうか?
そうした独創性を苦もなく発揮できる芸術家もいるでしょう。
でも、たいていの芸術家は、天才と否とに関わりなく、
独創的な作品を生み出すために死の苦しみを味わってきたようです。
そんな芸術家たちの息を呑むような営為を目撃するたびに、
つくづく思うのです。
芸術家に生まれなくて、ほんとに良かった!
私は、自分の記録として写真を撮るだけなのですから、
気楽なものです。
人から独創的だ、芸術家だ、いや似而非アーチストだ、駄作ばかり、
などと毀誉褒貶の怒濤を受けて、一喜一憂することがなくてすむのですから。
写真を撮るにしても、
美術史を塗り替えるような、圧倒的に独創的かつ美的な作品を作らなきゃ、とか、
ファンたちの芸術的関心を呼ぶような、奇想天外な作品を作らなきゃ、などと、
評判を気に掛けながら撮るなんて、馬鹿げています。
アマチュア写真家の皆さんの中にも、
そんな苦しみを味わっている人が居られるようです。
名声を築いてしまうと、
それにふさわしい作品を撮り続けなければならない羽目に陥ってしまうようです。
まことにお気の毒、と高みの見物ができるのも、
私がそんな名声とは完全に無縁で、
守るべきいかなる評判もないからです。
そんなリスクを冒せない人であれば、
今回の写真なんかとても出せないでしょう。
でも、私には大切な子どもたち。
とにかく足で歩いて、じかに出会ったもの、光景なのですから。

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     [後記]
      本シリーズはこれで終わりです。
      たった6回、29枚。
      1時間に29枚ですから、2分に1枚の割。
      ここでもいい加減な撮り方ですね。
      でも、どこに行っても、都会でも村でもいつもこんな撮り方。
      ご勘弁ください。
# by Hologon158 | 2008-09-30 21:20 | ホロゴンデイ | Comments(0)

30.5ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」5 朝方、変なインスピレーション湧きませんか?


今日はお休み最後の日。
折りから、私の大好きな雨。
だんだん暗くなってきました。
午後3時、「行かないで、晩ご飯にしようよ」とすがる、
妻ならぬ猫たちを振り切って、家を出ました。
奥様はさっさと外出してしまい、
私は猫たちとさびしく留守番をしていたのです。
実は、雨で暗くなるのを待つ理由があったのです。
昨日朝睡眠中、突然インスピレーションがわき起こったのです。
横位置のホロゴンと縦位置のなにか開放のレンズと組み合わせたら、
ちょっと奥行きのあるホロゴンデイができるのじゃないかな?
前回、作意がなくなったと書いたことをもう忘れている、能天気な私。
要するに、ちょっと遊んでみたいのですね。
Andoodesignさん、銀治ぃさんほか、開放で素敵な写真を撮る人たちの、
いわば悪影響ですね、恨みますね、ほんと。
そんなインスピレーションがわいた途端、
目はぱっちりと冴えて、ピンシャン、キリリと起床してしまいました。
早めの朝食を済ませて、机に向かって能天気に思案ひとしきり、
じゃあ、どんな開放美人のレンズを買おうかな?
やっぱりタンバールかな?
(などと、資金準備の有無など、完全に度外視して夢にふける私)
そのとき、ふっと気づいたのです。
なんだ、持っているじゃないの?
台湾の中古ショップで見つけたのです、
フォクトレンダーのプロミネント用標準レンズ、
ノクトン50mmF1.5を。
なんとライカ用標準レンズのズマリットの筐体に埋め込んである!
つまり、見事なライカM用標準レンズに化けているのです。
このレンズは、開放で見事なフレアーを見せることで有名なレンズ。
でも、私は絞ってしか使ったことがない。
というわけで、本日、出番となったわけです。
もちろんホロゴンウルトラワイドが主役ですが。
我が家から撮影しつつ、近くにある村落に向かいました。
まだ土塀がいくつか残っています。
土塀、雨に濡れた猫じゃらし、彼岸花などと撮って、
もう少し行くと、コスモスの群落にぶつかりました。
雨がコスモスの群落をなとえようもなくソフトに見せ、
その向こうに、農家の三角屋根が聳え立っています。
まさに絵に描いたような光景。
ノクトンはライカM4-Pに付けるので、ボケ味などは全然確認できないまま、
このあたりで随分撮りました。
わずか40分程度で4本撮り終えて、
快い疲れを覚えながら、雨の中、帰宅しました。
というわけで、大変にご機嫌な状態でこの原稿を書いています。
そろそろ本論に入らなければね。
そこで、本日の写真紹介。
商店街の東と西にある路地を辿って撮りました。
なんと数軒のお宅の上には大がかりなガラス天井が設置されています。
なんのためなのでしょうね。
お金がかかったと思うのですが、さほどお金持ちとは見えないお宅ばかり。
ここの路地裏、さほどフォトジェニックな風情を備えているわけではありません。
でも、ホロゴンを持つと、なんでもよろしいので、
とにかくメッタヤタラに撮ってみました。
こんな写真が面白いとお感じでしたら、
あなた、ちょっと変わっていますよ。

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# by Hologon158 | 2008-09-30 18:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

30.4ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」4 雨で沈滞ムードのマーケットがかえってよい雰囲気で


私が、自分の写真の才能にいささかも幻想を抱いていないことは、
すでに幾度か書きました。
私にとってこれは強み、そう感じているのです。
なにごとにせよ、幻想は弱みとなります。
私の場合、それ故に、作意がなくなりました。
ここではこんな写真を撮りたい、
こんな風に見せたい、
こんな風に写真を作りたい、
そんな写真家としての心の動きがなくなってしまったのです。
おかげで、ホロゴンが自由に撮ってくれて、
できあがった写真はすべて私への賜物となったのです。
私がシャッターを切った瞬間、
ホロゴンと光景とが出会って、
一枚の写真となって結実し、
私がこれをプレゼントとして頂く、そんな構造。
この生駒での撮影はとくにその傾向が顕著。
1時間しかなかったのですから、
あっという間にぐるりと一巡したわけです。
雨がしとしと降り、とにかく暗い。
こんな状態で、手持ちとなりますと、
ホロゴンウルトラワイドはたいてい8分の1秒から15分の1秒と、
手ぶれぎりぎりの撮影条件。
色もよく出ないので、撮影などしないという方の方が多いでしょう。
でも、こんな暗さがホロゴンには一種の最適条件なのです。
色はもともと求めていません。
暗く沈んだ情景そのものがフォトジェニックなのですから、
形が出れば、それで十分。
マーケットのなかであれこれ撮りました。
スタスタ、チャッ、
スタスタスタスタ、チャッチャッ、
スタスタスタスタスタスタ、チャッチャッチャッ...
こんなリズムでしたかしら?
結果は、まるでてんでんばらばら。
でも、こうして集めると、
生駒の小さな商店街のたたずまいが浮かんでくるように感じませんか?

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# by Hologon158 | 2008-09-30 14:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)

30.3ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」3  バイクも戦士の休息を愉しんでいるみたい


昨日、前回のホロゴン外傳の使用レンズは分かったけど、
カメラの種明かしがないじゃないか、そういうコメントを2ついただきました。
29.9の表題にちらっと書いたまま、ボディについてなにも書かなかったせいです。
改めて、ここで説明しておきましょう。
ライカⅡf
それがスーパーアンギュロン21mmF4を付けたボディでした。
ご覧になったことがおありでしょうか?
私は随分昔、あるクラシックカメラ店のウィンドウで見つけました。
なんとストイックなカメラ。
ファインダーがないのです。
普通の横幅ですが、高さは異常に低いのです。
小さな私の手でもしっかり握れるほどに。
ツァイスの名レンズ、ビオゴン21mmF4.5が付いたライカⅡfは、
これ以上ないほどに美観でした。
それ以来、このセットは夢のカメラだったのです。
このビオゴンというレンズ、レンズとしての名声は、
ひょっとすると、スーパーアンギュロンよりも高いかも知れません。
私もライカのスクリューマウントに改造されたものを手に入れました。
順光で撮ると、時として、ものすごい写りなのです。
魏々として聳え、ぐいぐいと突出してくる、そんな立体感。
写った人を切れば血が出るし、木を切れば年輪が出てくる、
そんな独特の実在感。
でも、ライカⅡfは手に入れることができませんでした。
高かったからです。
ところが、ここにきて、中古業界は低廉化の一途。
なんと以前の半額ほどで、ライカⅡfが手に入ったのです。
ビオゴンを付けてみました。
美しさは最初の印象のまま、でも、とんでもなく重い!
ビオゴンは無垢の金属をくりぬいた筐体なのです。
そこで、スーパーアンギュロン21mmF4の出番となったわけです。
ビオゴンと違って、小型軽量、ひっそりとボディの懐に収まってくれました。
もうしわけないけど、ビオゴンは委託に出してしまいました。
手の中に入る道具、それだけを手元に置きたいからです。
だがしかし、今回のホロゴンデイ・シリーズでご確認頂ける筈ですが、
やっぱりホロゴンがいい!
空気感と立体感、とにかく自然!
それなのに、魔術的なオーラを放射しています!
そこで、本日、またも、バイク三題。
私って、どこでも、バイク撮っていますね。
やっぱりバイクが好きなのでしょうね。
雨、それぞれに雨宿りしています。
最後の一枚は、それが何なのか、わかりません。
でも、みんな今にも動き出しそうな不気味な生気!
そう感じるのは私だけでしょうか?
一点だけ、自転車を入れました。
お花が籠に収められて、
なんだか粋…

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# by Hologon158 | 2008-09-30 10:26 | ホロゴンデイ | Comments(1)

30.2ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」2 商店街のご主人たち、花のセンスを競うあう


生花という芸術があります。
1枚目の写真を見れば、生花にもセンスと心が必要であることが分かります。
ネアンデルタール人が死者に花を捧げたという調査結果に対して、
単に、花が偶然屍と一緒になっただけだと反論する学者がいるようです。
ネアンデルタール人と私たち現生人類との間には遺伝的なつながりはないようですが、
我が家の総領息子、銀太の少年時代を思い出しますと、
もちろんネアンデルタール人は死者を悼んで、花を捧げたんだと信じます。
我が家に、ドイツ人の美少女が幾日か宿泊したことがあります。
まだ1歳だった銀太君、このセアラに恋してしまったのです。
3日間、恋する少年はセアラのベッドにプレゼントを捧げたのです。
なんとバッタ、ゴキブリ、それからカマキリを、
セアラの帰宅前、枕の前にそっと置いておいたのです。
毎日ちがったプレゼントを用意するなんて、
なかなかのセンスじゃありませんか!
セアラが帰宅すると、少年は、入り口の柱の陰に身体を潜めて、
じっと固唾を呑んで見守ったのです。
でも、その都度、少女は「きゃっ!」
銀太の初恋は、あわれ失恋に終わったのであります。
猫でさえ、おっと失礼、銀太君、恋をし、プレゼントをするのです。
まして、現生人類よりも脳容積の大きかったネアンデルタール人です。
恋もし、プレゼントもし、失恋も傷心も哀悼もしたはず。
そんな人類の花への愛好を芸術化したものが生花ではないでしょうか?
3枚目の窓の下の花園もゴージャスです。
生きている植物たちをここまで装飾化する、
このデコレーションの制作者もなかなかの芸術家では?
でも、2、4枚目のプレゼンテーション、
実にフォトジェニックではありますが、
芸術的センスという点ではちょっといただけないという感じがするのですが、
いかがでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-09-30 00:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

30ホロゴンデイ10「2008年6月29日の生駒駅界隈」1 生駒駅近くで面白い生き物たちに出会った


さて、ホロゴンに戻りましょう。
目下、琵琶湖の湖西の秘境管浦の第二弾を準備中です。
これはちょっと大きなシリーズになりそうなので、
それまでの箸休めとして、
奈良県の北西の位置する生駒市を採り上げましょう。
と言っても、仲間の快気祝いに集まる直前に、
雨の中、約1時間、さっと近鉄生駒駅南の商店街のあたりを歩いただけ。
その中から20枚ちょっとアップします。
まずは、出会った動物たちから。

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# by Hologon158 | 2008-09-29 21:40 | ホロゴンデイ | Comments(2)

29.15 ホロゴン外傳3「2008年9月奈良職場界隈」15 たった1000円で猛烈に幸せになれる男の話


スーパーアンギュロン21mmF4による職場近くの写真たち、
いよいよ最後になりました。
20回84枚の予定でしたが、結局15回66枚に縮まりました。
アップの作業中に、とても君は駄目だねと下りてもらったのです。
それだけではなく、
平行してフィルムスキャンを進める内に、
スーパーアンギュロン21mmF4もすてきだけど、
ホロゴンは比較にならないほどすてきだと気づいたからです。
横道にこんなに長い時間をとるのは間違っています。
もっともっと自分の伴侶を大切にしなくちゃ!
スーパーアンギュロンのラスト写真は、
私の職場近くにもちゃんと現代風建物、レストランもあるよ、
若い女性たちもいるよというデモンストレーション。
でも、ほんとは至極のどかな田舎町なのです。
私の行きつけのレストラン「吉川亭」のシェフは超名人。
お昼の料理はたった3種類、
エビとホタテ貝と白身魚のムニエル(1400円)、
ハンバーグステーキ(1000円)、
ビーフカツレツ(2000円)。
このどれもが、私の生涯にどこでも食べたことがないほどに美味しい!
飽きたらいけないと、一週間に1回だけ行きます。
どの料理も、一口頂いた途端、心の中で叫びます、
「こんなに美味しいものをレストランで食べたことはない!
イヤー、幸せだあ!」
この3年半、毎週、この繰り返し。
奈良は良いとこ、一度はおいで!
そのときゃ、忘れず吉川亭を試してね!
きっと後悔しませんよお!
いったい、なんの話をしてるんだ!
お怒りのみなさん、気を静めて、
だからですよ、
お昼の私の写真、
幸せ一杯、腹一杯の人間の撮った写真なのであります。
これを言いたかったのです。

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# by Hologon158 | 2008-09-29 17:59 | ホロゴン外傳 | Comments(4)

29.14 ホロゴン外傳3「2008年9月奈良職場界隈」14 今日、私は最高に幸せです!


人生、今日は最高だなあと思う日があるものです。
高校2年のある日の暮れ方、天空全部を糸巻き雲が埋め、
それが極上のゴールドに輝いたとき、
大学1年、明石の天文博物館のプラネタリウムが済んで、
ドーム室を出ようとしたその瞬間、
マスカーニのオペラ「カバレリア・ルスティーカーナ」の間奏曲が
ドーム一杯に拡がったとき、
大原美術館でモローの小さな「雅歌」と題する聖書画を見たとき、
アイル・オブ・スカイの北西果ての峠に立って、
大きな空と大きな海、
そのすべてに音がなに一つない、そう知って驚愕した次の瞬間、
ポンポンポンという、船の排気音がかすかにかすかに聞こえたとき、
桂林郊外の揚堤という小さな村に向かう道の側の草地に座って、
桂林のあの丘が空気遠近法で重なる遠景を見晴るかした際、
やはり音が何一つ聞こえないのに、
揚堤への細い道を遠く男が一人自転車で走る姿を目にしたとき、
プラド美術館でベラスケスの「ラス・メニーナス」を目にしたとき、
ホロゴンウルトラワイドを手に入れた日、
マウリッツハイスで、フェルメールの「デルフトの光景」と出会ったとき、
佐伯祐三展で「煉瓦焼きの家」を見たとき、
などなど…
そのすべてが、思いがけない突然の出会い。
人生って、そんな不意打ちに満ちています。
いやなことだって、不意にやってきます。
でも、よいことも不意にやってくるのですから、
どちらも不平を言わずに受け取りましょう。
そうでないと、人生が意地悪をするかも知れませんからね。
そして、
今日、
私はいつもより1時間早く目が覚めたのです。
不眠になったことがないという、不思議な男なのに、
たとえ目が覚めても、アブラカタブラ、あっという間に睡眠に戻れる私なのに、
はっきりと目が冴えている自分に気づいたのです。
予感だったのです。
やむなく、妻に気づかれぬよう、マットの上で静かに静かにストレッチ15分。
本日と火曜日は仕事はお休みにしています。
70本とたまりにたまったネガをスキャンするぞと勇んで取りかかりました。
すると、これがなんともはや、素敵な色にあがっているではありませんか?
たった1時間、生駒駅界隈で撮った2本ですが、
どれもこれもゴージャス!
次のホロゴンデイ、決定!
ブログに、古道具店の写真5枚をアップしました。
そして、しばらくして見ますとneonさんという方がおいでになっている。
画家!
それも古いものがお好き。
うれしくなって、その方のブログに飛んでみたのです。
そして、その画面の小さな絵をクリックして拡大。
その瞬間、私の心が幸せに包まれました。
まあ、一度、おいでになってください。
その後、1時間かかって、数ヶ月遡ってみました。
どの絵もどの絵も、私を幸せにしてくれました。
凛々しく立ち上がる古い家並みたち。
素敵なハーフトーンと質感。
独創的で、しかもさりげない!
これが至福の時というものなのでしょうね。
おっと、これくらいでやめよう。
あせらず、時々訪問して、ゆっくりと味あわせていただこう。

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# by Hologon158 | 2008-09-29 12:42 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

29.13 ホロゴン外傳3「2008年9月奈良職場界隈」13 愛古党結成宣言!


骨董店は苦手ですが、
古道具屋さん、これは素敵ですね。
コンセプトはひたすら一つ、
古い道具を大切にしましょう。
使わなくなったら、別の人が使ってあげましょう。
よい道具は永遠です!
数ヶ月前、京都の骨董店に偶然入って(生まれて2度目位でしょうか?)、
韓国の数十年前の食器の一つ、スッカラを見つけました。
ただの大スプーンで、黒く汚れているのですが、とっても美しい形状。
楕円形の皿から、幅5ミリ程度の板厚の柄がすっと長く伸びているのです。
そのバランスがなかなか芸術的!
尋ねますと、1枚の板の端5分の1程度を皿の形状に丸くたたき込み、
残りを板棒になるまでたたき潰しているのです。
猛烈に時間と手間のかかる、完全手作りの職人芸。
あんまり気に入ったので、2本手に入れて、
金属磨き「ピカール」で丁寧に辛抱強く磨きました。
現れ出でたるは、極めて重厚かつ渋い光をほのかに発するゴールド。
作り手の心がこもった、本当の意味の道具というのはこういうものでしょうか?
陶磁を代表とする韓国の民芸の芸術性、心の温かさは世界最高と評価されていますが、
こんなささやかな道具に、その一旦に触れた思いがします。
それ以来、朝のシリアルを小さな方で、
カレーライスを大きな方でと、常用スプーンになっています。
味が違うか、ですって?
無論!(これ、韓国語でも同じ発音みたいですね)
スッカラの舌触り、極上なのです。
えっ? 奥さんに使わせないのか、ですって?
そうじゃないのです。
私は、小さな方を妻のために大枚はたいて買って帰ったのです。
と言っても、1本1500円でしたが。
ところが、妻は、他の人が口に入れて使ってきたものって、使いたくないというのです。
それもそうかなあ、なんて、ちらっとも思わないのが、私。
話がまた逸れましたが、
私が昼歩く界隈にも、そんな古道具店が一つあります。
ただし、いつ行っても閉まっています。
どうやら閉店してしまったみたい。
でも、その看板はがんばっています。
どっこい、おれは死なないよ。
だから、看板もガラス戸も苗字の方から薄れつつあります。
道具店の部分は、あくまで閉店に反対のご様子で、まだくっきり残っています。
店の左半分は雨戸が閉じられたまま。
この雨戸がすごい!
もうまるでビュッフェらの現代抽象画。
これぞ、私が勝手に造語した「時間芸術」の極致。
つまり、なんでもないものが経年変化により芸術と化した状態。
こんなものを見たとき、「ああ、いいなあ!」と思う人、
「わあ、汚い。どうしてほっとくの? 捨てちゃえよ!」と思う人、
この違い、大きいですね。
前者は、また造語しますと、「愛古党」
この党も、どこかの政党のように、極度に少数派に転落しつつあります。
私もその党員。
このブログにおいでの方も、おそらく大半がその党員。
党員の責務は、時間芸術を発見し、鑑賞し、讃歎し、
そして、できれば写真に保存すること。
がんばりましょう。
それとも、ひょっとしたら、ぼく独りかな?

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# by Hologon158 | 2008-09-29 09:51 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

29.12 ホロゴン外傳3「2008年9月奈良職場界隈」12 どこに顔が隠れているか分からない、それが町の面白味


町の地面
現代でもっとも酷使されている地表部分。
車やバイクや人の足ががんがん踏みつけ、痛みつけます。
その痕跡がすべて地面に残ります。
ネイティブアメリカンのトラッカー(追跡名人)は、
コンクリート地面の1年前の痕跡まで読み取ってしまうということです。
どんなことでもそうですが、
目利きが見えるものを、
ぼんくらは全部見逃してしまう、
これが世の中の道理。
こうして、能力の低い者は高い者を理解できないこととなります。
私は、トラッカーの能力ゼロ。
自分の大切なもちものさえも、ときどきどこに行ったか分からない始末。
でも、なぜか町の地面の面白い形象には目が行きます。
すでに住民がいなくなって久しい小さなビルのたたき。
マンホールの蓋が顔になっていました。
行方不明の経営者でしょうか?
駐車場のイエローラインがまっしぐら目指すのは、
北極ならぬ赤極。
まるで、このライン君、赤が大好きな私みたい。

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# by Hologon158 | 2008-09-29 00:04 | ホロゴン外傳 | Comments(4)

29.11ホロゴン外傳3「2008年9月の奈良職場界隈」11 現代の馬がバイク、とすればドライバーは騎士?


時々思うのですが、
もし現代日本の主要な乗り物が馬であったら?
きっとストリートフォトももっと美しい情景を描くことができたでしょう。
悲しいかな、馬ではなく、自動車とバイク。
たてがみを靡かせ筋肉を波打たせながら疾駆する、神々しいばかりの生き物と、
機械音を甲高く響かせながら疾走する、ずんぐりとしたメカニズム。
この対比は大きいですね。
人間の生活も文化もこれに伴って一変し、メカニズム主導型の世界になってしまいました。
でも、これはないものねだり。
この世界は、神から人、人から機械へと不可避的に移行してゆくようです。
やむなくバイクを撮ります。
でも、ないものねだりを止めますと、
バイクというのはなかなかの存在ではありませんか?
存在自体に躍動感があり、
動いていても停まっていても、絵になりますね。

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# by Hologon158 | 2008-09-28 21:53 | ホロゴン外傳 | Comments(0)